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上海万博 パクリ問題 

 5月に開催される上海万博は、今パクリ問題で大騒ぎ。知的所有権も全世界で考えると大変なことになる。取得した権利の主張はもっともである。しかし、限られた条件や範囲の中での造形や音の並びかたには限界がある。似通ってしまうものだ。悠久の歴史の中で、知的所有権の概念が生まれたのはつい最近である。今後、100年、200年と時間が経過するうち、きっと権利でがんじがらめに縛られ、世の中訴訟だらけ、何を作っても似ているような状況に陥ることは間違いない。今後、パクリだ、パクリだ、と騒ぎ、まるで当事者を犯罪者扱いしたり、権利の主張を声高に叫んで相手を陥れるのではなく、金銭を伴う権利の移譲を速やかに行えるような方法論を講ずるべきであろう。
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時既に遅し 

 「入稿です~」って客が言ったので、「伺いましょうか?」と営業ライクに言ってみた私。「データを送信しますからわざわざ・・・・・・」と、月末なのできっと心温まるお言葉がいただけることを期待していたのだが・・・・・・。客は笑いながら「心を入れ替えたのですね!」。そんないつも横柄なのかなあ?と、少し反省しながら地下鉄ではなく自転車で客に向うこととした。29日、朝6時くらいは心地いい北東の風が吹いていたが、午後からは暑く湿った西風。午前中、電話で他の客とスッタモンダの大騒ぎがあった。だから、気分転換に外へ出たかった。

 受注後、客の要請で特殊なパーツに変更する必要があり、それを現金で仕入れた。その後、二回の金型修正があり、その確認には都合2ヶ月間要した。再提出した見積書には、即金とまで無理は言わないまでも、今月末にはその分だけ支払ってほしいと、商人としてはあたりまえのことを明記した。6ヶ月前、発注があった際に仕入れたが客の都合で使わなくなったパーツと、それに代わる新規のパーツ。どっちも現金は先に支払済み。すべてが整い後は計画とおり生産に入るだけといった時点で、突然、条件変更したのは客のほうであった。

 まず私が客の条件を受け入れ、客の担当者は私の条件を受け入れた。にもかかわらず、月末支払いの確認電話をすると、経理担当は聞いていないと言った。ここまでの話は頻繁にある。が、更にその上司からも横柄な電話があった。会った事などは一度もない野郎だが、金を無心するオタクの会社は大丈夫なのか?と。これにはさっすがにキレた。あまりにも失礼な奴だったので、私の仕入れ条件を呑んだ担当者へ12月から5月までの経緯を聞いてくれと、稟議書はないのか?と、二度も同じ説明はしたくないと、強く言った。「だったら、今から出向いて説明しようか?」とも。

 このような輩には「電話だからって調子乗ってんじゃネエヨ、テメエ~殴ってやるぞ!」くらいの勢いで対応しなければならない。「アンタの時間の都合を電話してよ」と言い一旦電話を切る。この時点で敬語やら丁寧語などは一切忘れていた。久々に野生の私に戻った。担当者とやり取りをしたメールをすべて出力し、日時時間を明記した簡単な報告書をすぐに作った。あの横柄なヤロウのツラは一回見ておかないと気が済まない。その後すぐに直接の担当者から電話があった。「上は了承しました。すいません」と。「逃げてんじゃネエヨ!」。

 前職の社長はそりゃあもうスゴかった。理不尽且つ高圧的な客に対しては「アンタネェ、ウチはオタクに買ってもらってるんじゃないんですよ!売ってあげてるんですよ!そこんとこ勘違いしないで下さいよ!」と豹変し言い切る。仕入れも、その在庫が無くなるのを危惧し焦って仕入れると必ず怒られる。あくまでスケジュールに基づき、決して締め前に焦って発注するな、客からの入金は先で支払いは必ずその後になるよう常に考えないさいと、いつも言っていた。先方からの条件変更があった場合、黙ってそれを呑むな!条件変更は単価引き上げのチャンスだ!とも。

 とても怖かったけどカッチョよかったなぁ~、H社長。私にとって、生涯この人以外尊敬できる上司はいない。独立した今にいたっても、これら教えていただいたことは本当に生きている。「テメエら!自分の懐が痛くならないから簡単に値引きに応じるんだ、客からの条件変更もコストが伴うのに言いなりになるんだ、上品ぶってんじゃネエ、ケンカ売って来い」とはH社長。「プレゼンまでは評価するが、こんな注文断わって来い!」。社長!そんなこといいながら、売上予算行かなかった場合、「あんたから会社にボーナスが欲しいくらいですよ」と言うじゃないですか~。

 H社長に散々ぱらお教えいただいたのに、瞬時に相手を説き伏せる名言を吐くことが出来ない情けない私だ。「オ、オ、オマエなんかオカラにゲロだ!」なんぞ、役に立つはずもない。また社長は客であっても仕入先であっても「相手の瞬間のウソを見逃すな!すぐそこへ切り込め」とも。生産は論理だから、前段階での嘘は、後々、他の小さな問題も巻き込み雪だるま式に大きくなり収拾が付かなくなるということだ。H社長の弟子の私としては、あの時こう言えてれば80点位だったであろう。「じゃあ、オレにオタクの会社の稟議書を書けってこと?」。ああ~、言っておきたかったなあ~この言葉。時既に遅し。

このクソガキが!!このクソ運転手が!! 

 以前もカキコミしたことだが、私の車にダンプカー並みのどデカイ音がするクラクションを付けたいと常日頃から思っている。更にその気持ちが高まる事件が連発した。昨日、自宅の駐車場から、その出口に向かう約50mを私はゆっくりと徐行して走っていた。駐車場はマンションの一階にあり、車に関係ない人でも、ゴミ捨て場や、住人がショートカットのために駐車場内を歩くことがある。ガキが飛び出したり、お年寄りが歩いていることも頻繁だ。

 駐車場出口のほうから、5歳位のボウズっくりのガキと30歳代のお父さんが二人で歩いてきた。ガキの行動は予測付かないので、更にブレーキをかけスピードを落とした。そんな場合、賢明な父親ならば予測不能なガキの手を引いて、本来車道である駐車場の端っこを「危ないよ!」と注意を促しながら歩くのが筋である。そんな仕草も見て取れなかったので、慎重な私は更にスピードを落とした。歩行者に危険を与えまいと気を使った。

 ところが、である。そのガキは落ち着き無くフラフラしだし、車の前に出ようとしているではないか。両手を広げて「とうせんぼ」のように私を挑発している。何なんだ、このクソガキがと思うや否や、3m位車が迫った場所で急に飛び出し、歩いていた反対方向へ飛行機の羽のように手を広げ強引に横切ったのだった。慌てた私はとっさにブレーキを踏み逃げていくガキをバックミラーで追った。クソガキのクソ親父が高笑いしているのが聞こえる。

 とっさのことにブレーキをかけることで精一杯であった私であった。瞬発的に怒ることが出来ない自分をいつも腹立たしく思う。私の父であったなら怒り狂って車を降り、ガキに一発ぶちかましているところだ。私がガキの頃、父の車に同乗している時、相手の車に何かしらやられたと思い込んだりした場合、すぐに相手の車を追っかけて強引に止めさせて言いがかりを付けにいったのを何べんも見てきた。まるでやくざのように・・・。

 そんな鬼のような親から生まれたのに、まるでホトケのような私である。瞬時に切れることが父のように出来ないのである。若い頃の仕事でも同じである。相手が嘘を言ったり、その場逃れの発言をした時に、そうだと分かっても、瞬間的に怒ることが出来なかった。婉曲な言い方で分かってもらおうとするので、その長い間に違うことを指摘され逆の立場になってしまい追い込まれたこともあった。さすがにこの年になってからは、はっきり言える。

 あのガキのことを思い出すと今でもあったま来る。あの瞬間、ブレーキを踏むと同時にクラクションを鳴らし、窓を開けて「このバカやろう~」と鬼の形相で怒る必要があったと今でも思っている。私もストレスが発散でき、ガキもその後は怒られることが分かっているので、車をなめたりはしなくなるであろう。私のガキの頃もそうであった。道から飛び出したり危ない自転車の乗り方をしていると、世間のオヤジに「バカヤロ~!!」と怒られたものだ。オヤジ達が怖くて注意したものだ。

 そんな経験を昨日した私が今朝、事務所近くの駐車場に車を止め事務所に向かおうと大通りを歩いて渡ろうとし車の流れが途絶えるのを待っていた時のことだ。一台のトラックがゆっくりと私の左側の駐車スペースに停車しようとしている。歩道から車道に降りている私の手前で停車するものであるとばかり思っていた私は、車道の車の流れの途切れるのを更に同じ場所で待っていた。駐車枠に完全に入っていたので、それ以上こちらに来ることがないと思い込んでいたトラックは、枠を外れ私の直前まで近づいてくる。

 運転手は横の窓を開けており顔もよく見える1m位の至近距離である。小さい声でも伝わる近さにいるにもかかわらず、大きな音のクラクションを鳴らし私にそこを退けという。鳴らされるような気はしたので、飛び上がってまでは驚かなかったが、人に対するコミュニケーションが出来ない不器用な奴であると感じた。窓から顔を出し、「前に行きたいので、そこをどいてくれますか?」と簡単に言えば済むことである。ガキもこの運転手もほんとうにあったま来る。運転手には久々にガンを飛ばしてやった。スッキリとはしなかったが・・・。
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