スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

国道4号と折り畳み自転車(ホールディング・バイク) 

 自転車で一日100km以上走ると、忘れることの出来ない「思い出のツーリング」となる。私のクロスバイクは楽にスピードが出るので遠出も可能だが、途中、自宅から50kmくらい離れた場所で体調が悪いことに気付き走ることが突然嫌になったり、以前ネットでチェックした有名な安い居酒屋や、外見は汚いが餃子やラーメンが旨そうな中華料理屋を発見したりすると私は一体どうなる?当然、ツーリングを中断する。店を発見した場合は、吸い寄せられるようにと店へ入る。そんな時に便利であると考え購入したのが折り畳み自転車だ。

 困った事に店に入った後の自分が想像できない。中華屋を発見した場合、まず失われた体力・精力を補うため必ず餃子を頼む。いつまでもビンビンな男の子でありたいと願いを込め発注する。餃子が出来上がるまで、この冷えたコップの水を飲むべきか、それとも大瓶のビールを発注するべきか、真剣に悩む。「セルフおあずけ」状態が数分間続く。その間、疲れで気が遠のいていく。ここはドコ?私はダレ?のように。そして気付けば知らぬ間に、テーブルの上にはキンキンに冷えたビールがある。自転車を畳んで電車で帰ればいいか!となる。

 国道4号(日光街道)では、上記理由で幾度となくツーリングを途中で投げ出す事態に陥った。が、自転車を畳んで電車で帰ればいいだけ。畳めないクロスバイクの時、帰り際、国道4号の上野辺りで、体力の限界を感じ、どうしようかと考えた。3km東へ行くと浅草がある。浅草ROXの裏、伝法院通りの煮込みでも食うか!と浅草へ向かった。チュウハイ2~3杯で帰ろうとしていたのだが、陽気な左隣のオジサンと更に陽気な右隣の外人に挟まれ話が弾んだ。自転車では帰れないほど酔った。銭湯へ行く体力も無いし、さあ、どうしようか?

 ふと、浅草駅近くの隅田川・水上バスで帰れるのでは?と考えた。午後5時半くらいに、台場行きの最終の船があったはず。早速、飲み屋を出てそこへ向かった。運良く最終に間に合った。自転車料金は?と聞くと、子供料金とのこと。自転車を置きっぱなしにして電車で帰るより数倍いい。涼しい海風に吹かれ無事に帰宅することができた。水上バスの場合、折り畳んで袋へ入れている状態なら、自分の料金だけで済む。都バスや電車もすべて無料。遠距離バスだけは積み込むこともダメらしいが、折り畳み自転車はいいこと尽くしなのである。
スポンサーサイト

日光、結構、もう結構!日光から東京へのポタリング 

 正月になまった体をどうにかしなければと、日曜日、念願の日光から自転車で東京に戻る約150kmのポタリング?に挑戦した。5時起きで東武浅草駅6時20分発「東武日光駅行き」快速に乗った。久々の片道電車の旅である。ガソリンが高騰しているこの時期、片道1340円のチケットは安い。6両編成の前2両が、東武日光駅手前の下今市駅で切り離され、後ろ4両は、会津田島行きになる。先頭車両はトイレ付である。閑散としている2両目の後方に自転車と共に乗った。次の駅、北千住でゴルフに行く客が多数乗り込んで、騒がしくなってきた。

 電車は、埼玉県に入った辺りから猛スピードで鬼早くなって来た。ガタピシャと車両をきしませながら、かっ飛んで走る。筑波山(標高877m)が車窓右側、低い朝日の方向にポツリと見え、次第に後方へ流れていった。間もなくすると、栃木駅を過ぎた辺りで、車窓の左側に雪をまばらにまとった男体山(標高2,488m)が見えてくる。天気予報では曇りのち雪であったが、この時間は快晴で、「世界の車窓から」の気分に浸った。車内に差し込む日差しがなんとも心地よい。「ああ、今日はいいポタリングになるんだろうなあ」と、思わず期待させる、車内ではそんな雰囲気があった。

 日光駅に到着した。肌を刺すような鬼寒さだ。「寒痛い!」。雪を降らせる寒波が襲ってくることは分かっていたので、とりあえず、ももひき、自転車用パンツ(スパッツのようなもっこり系のもの)、そしてアディダスのアウターパンツと三段構えであったのだが、それでも足りないのではないかと、不安になる寒さだ。約1分で自転車を組み立てた。観光であるなら、逆方向で近くの東照宮でも参拝しているところだが、走るのが目的であったので、迷わず目的地東京方向に向かった。杉並木の通りは、陽が遮られて寒い。まして下り坂なのでスピードも出て体感温度も下がる。

 今回、標高約550mの東武日光駅から出発し、東京へ戻る道は下り坂のみ、決して坂を上るようなことはないであろうとの想定だ。下り坂が多ければ漕がなくて済み、150kmは楽勝且つ、坂だけは自動車並みに走れて時間短縮も来る。栃木県を過ぎ、茨城県に少し入り、利根川を渡り埼玉県の幸手市へは入らずに五霞から関宿橋に行き、江戸川サイクリング・ロードで東京へ戻る予定であった。日光駅から、鹿沼、小山を抜け、4号バイパスの小山市出井交差点まで58km。そこから利根川橋まで28km。関宿橋から自宅まで約60km。合計146kmである。

 出発して4号バイパスに辿り着く58km間で最も驚いたのは、すれ違う人の少なさだ。日光杉並木通りは人がいないとしても、鹿沼市役所近辺でさえ見当たらない。たまに歩いているのは、おばあさんくらいであろうか。自転車も走っていない。寒いので外出を控えているのか、自転車に乗る習性が沖縄のように場所的にないのか、皆若者は車にしか乗らないのか。スギ花粉の時期は自転車向きではないことも分かった。そんな閑散としたコースで突然、人だかりを発見したのは下都賀郡壬生町本丸の街道沿いにある「ラーメン二郎」であった。

 12時前であるにもかかわらず、大きな駐車場は車で満杯、プレハブ造りの安い店舗の周りを取り囲むように約100人くらいの客が並んで待っていた。駐車場にとめられない客は、100m手前の臨時駐車場から歩いて店舗に来る。大盛況だ。実は人はたくさんいたのだった。並んで待つ時間はない。栃木名物・佐野ラーメンのような、手打ちで縮れた太麺、さっぱり系のスープの店はコース沿いにないかと探し、12時頃に一軒発見した。同じ栃木県だからまだたくさんあるだろうと通り過ごしたのが失敗であった。その後、全くなかったのだ。

 仕方なくラーメン屋を見つけ、餃子・チャーシュー麺と平らげた。出発から86km地点である利根川橋に到着したのは、午後3時半くらい、西の空の陽はすでに傾きかけている。東京の自宅まであと60kmだ。そこから6km走った地点で急激にやる気が萎えてきた。「やめた!」と決めた途端、自転車は4号バイパス芝原交差点を右折して、東武幸手駅へ向かっていた。桜の開花の時期、幸手市へは権現堂桜堤へ何回か来ており、前回、江戸川サイクリングを関宿から東京方向に向かったこともあり何故か縁のある場所だ。「幸手知ったる他所の土地」とでも言おうか。

 日光駅から幸手駅まで100km。「いいや、100kmで」と、自分を許した。自転車を畳んで4時38分の半蔵門線直通中央林間行きに乗った。事務所に車を止めてあったので、人形町を目指した。次の駅で隣に中目黒行きが止まっていた。本来、これに乗り換えなければならないのだが、疲れすぎていてその判断もつかなかった。うとうとしながら途中で気付いたが、既に押上駅に到着していた。すぐ浅草線に乗り換え人形町で電車を降りた。駅からすぐ近くの駐車場で、鍵を探したが無い。なんと、今日早朝、事務所を出る時、事務所のドアに鍵を付けっぱなしであったのだった。

 ここで反省。冬のポタリング?否、ツーリングは短距離にするべきである。花も木も枯れた冬場は、写真を撮ることも出来ず、人もいない。なんも面白いことがない。ただ孤独にさいなまれ走るだけでご褒美も何もない。日照時間が極端に短い。ましてや大寒の1月20日だ。寒いなんてもんじゃない。今回の企画は外した。日光のこのコースは春には杉花粉でやられるに決まっている。もうすぐ立春だ。房総か三浦半島あたり、菜の花の咲く海沿いのポタリングを考えよう。もっとゆったりと、焦らず急がずの旅にしよう。

「ウォーリー」ならぬ「○○オちゃん」を探せ!! 

 最近、ブログネタが無いんだよね~。それじゃ~って事で自分ネタ暴露でもすっか。先日、チャリンコでお台場に帰ってきたときに、自宅からウチのママに撮ってもらった写真見せちゃおかな~。なんかこう、遠くから撮られても美しい自分ってコワイ。じゃあ、探してみてね。

PICT0165a.jpg


 どう?見つかった。
 正解は続きを読むをクリックして下さい。
続きを読む

江戸川サイクリング・ロードのポタリング「埼玉県幸手~台場へ} 

 昨日は曇りであったが、ポタリングへ出かけた。当日のポタリング計画の内容は、行きは自転車を折り畳み千葉県関宿にもっとも近い駅である「幸手」まで輪行し、関宿城から約60km間つながっている江戸川サイクリング・ロード右岸を東京に南下し自宅まで自転車で帰ることだ。朝8時、台場からゆりかもめに乗り、新橋で朝飯の天ぷらそば\380-を食べた後、銀座線を銀座で日比谷線に乗り換え、北千住乗り換えで階下の東武電車の特急で東武動物公園で降り、鈍行を待ち二駅目の幸手で降りた。電車代\1,150-位。

 幸手の駅で降り自転車を組み立てた。時間は10時15分。霧のような雨がパラついたが、すぐにやんだ。千葉県北東の最先端である関宿にある幸手駅から12km先の関宿城に向かった。寄り道しながら11時には関宿城に到着した。長禄元(1457)年、側近の簗田成助が古河公方足利成氏の命で築城したと言われ、この城跡はその位置ではないらしい。さっさと写真を撮って本業に励むべく、タンクトップに着替えた。帽子も前と後ろにひさしのあるものに被り変えた。首が焼けるのを防ぐことが出来る。ラジオを聴くと気温は25度であるとのこと。

 11時15分、関宿城を出発した。当日のMP3の選曲は、パット・メセニーが中心だ。途中、グライダーの発着を眺めたくらいで止まることもなくただ黙々と。時速は約20km。2時間、35km走ったあたりで左岸に柏市の町が見えてきた。寅さん記念館まで約3kmの表示が見えてきた。前回、逆のコースを選び北上したのだが、北風が強すぎてここ葛飾区柴又でくじけた。途中、野球場から舞い上がる砂埃もものすごく、私が目指す楽なポタリングとは相反したので、そば食ってここから帰った。ここまでくれば家も近い。蔵前通りにかかる橋が見えてきた。

 左岸には和洋女子大学、手前の岸には小岩菖蒲園が見える。菖蒲園手前で写真を撮り、サイクリングロードを降りた。幸手駅からここまで、58km。関宿城からここまで46kmだ。時間は午後2時、近くの小岩駅周辺で飯屋を探し、悩んだ挙句に「餃子の王将」でラーメンセット約900円をペロリと食べた。その後、蔵前通りを丸八通りまで行き左折し、亀戸水神駅横を通り、総武線に平行している亀戸商店街を明治通り手前まで突き抜け、裏通りの飲み屋街で写真を撮った。錦糸町から三つ目通りを左折し、清洲橋通りを左折、森下を清澄通りで左折、清澄白河の銭湯「辰巳湯」に午後3時30分に到着した。ここまでの行程は70kmであった。

 ゆっくりと風呂につかりその後水風呂に入ることを3回繰り返し、約一時間後に風呂を出た。銭湯の中にあるポカリスエットが本来ならば120円であるのだが110円に値下げされていた。そういえば、近くの「常盤湯」は100円だったことを思い出した。その後、豊洲の「ララポート」を突き抜け、台場に向かったのだが、時間はまだ4時45分でお日様がカンカンに照っている。ララポ前の海浜公園を散策し、台場も遠回りしてみることにした。船の科学館横を海岸に向かうと「日本丸」が停泊していた。時計回りにお台場の海岸線を走り、デックス前の道から公道に出て家に到着した。全行程83.61km、約6時間半であった。

東武線「幸手駅」コンパクトでとってもいい駅だ
20070709182057.jpg


埼玉県と千葉県の県境「江戸川」にかかる「関宿橋」
20070709182119.jpg


千葉県側の岸沿いを北上するとすぐに見えて来る「関宿城」
20070709182200.jpg


「関宿城」近景 新らしすぎて有り難味が薄い
20070709182139.jpg


「江戸川」河口まで59km(関宿城から約1km南下した場所)
20070709182221.jpg


「江戸川」河口まで31.25km(常磐道の橋が架かる地点)
20070709182241.jpg


やっと柏市のビルが見えてきた 「そごう」も見える
20070709182259.jpg


小岩菖蒲園 左側の対岸にあるビルは「和洋女子大学」
20070709182317.jpg


小岩菖蒲園 京成電鉄の鉄橋
20070709182338.jpg


亀戸の商店街
20070709182400.jpg


お台場 船のカ科学館脇に停泊している「宗谷」
20070709182428.jpg


たまたま停泊していた「日本丸」
20070709182526.jpg


お台場海浜公園 芝浦方面1
20070709182548.jpg


お台場海浜公園 芝浦方面2
20070709182605.jpg


お台場海浜公園 大井埠頭1
20070709182708.jpg


お台場海浜公園 レインボーブリッジと小さい東京タワー
20070709182730.jpg


ウチに到着 83.61km
20070709182747.jpg


 平坦なサイクリング・ロードで距離を稼いだので、前回の鴨川~館山のポタリングより楽であった。疲れも銭湯に入ったせいかあまり残っていない。とってもよい有酸素運動になったと思う。少しは坂道がないと物足りないこの頃だ。天気予報を見て、風向きも研究?したことも、走り易さの一因であった。これくらいが今の私には丁度いいのかもしれない。このコースであったなら、帰りはプールに寄って少し泳ぎクールダウンするのも良かったかもしれない。

 自宅で夕食後、「風林火山」も見ないで9時半には就寝した。朝三時半には起床した。これじゃ、ウチの73歳のオヤジと同じだと思い、少し寝て6時に起きた。寝ることにも体力が必要な年齢になってきたなあ。

南房総 時計回りのポタリングの旅 

 梅雨入りしたのに晴天であると知った先週の6月16日(土)は、朝4時半に起床して南房総ポタリングの旅に出かけた。東京テレポートセンター6時21分発の電車に乗り、新木場→蘇我と乗り継ぎ、9時15分に安房鴨川駅に到着した。約三時間、電車代は2,500円位であった。前回は館山駅でスイカが使えなかったが、今回も安房鴨川駅でスイカは使えなかった。鴨川から太平洋側に海沿いを南下し、館山の南端・野島崎灯台を根本キャンプ場、洲崎灯台を経て館山駅を目指した。

 ま、感動をつらつら書けばまたまた長いカキコミになってしまうので、今までの中で最高に気持ちの良かったポタリングであったとだけ言っておこう。一つ難を言えば、鴨川から房総半島最南端である根本キャンプ場までの44km間は、土地の起伏がなくL.A.の西海岸のような気分を満喫できたが、そこから海岸線を時計回りに、館山市の西部の鳥のくちばし部分は起伏が多くあった。途中、何度も自転車をたたんでバスに乗りたいという衝動に駆られた。休み休み館山駅に向かいなんとか目的地に到達することができた。

 下調べなく、昼食も適当に近くにあったラーメン屋に入ったので、食の収穫は何一つなかった。出発地を鴨川より北の勝浦に設定し、根本キャンプ場でバスに乗って、館山駅に向かうコースであったら、起伏もなくもっと良かったであろう。炎天のせいか、ポタリング族は誰一人として見かけず、クロスバイク族も本当に少数であった。若干の難はあるが、自転車道も歩道も多く、3ヶ月前に木更津駅から館山駅まで海岸線をポタリングしたコースとは雲泥の差である。房総半島の反時計回りはやめたほうが無難だ。

 久々のポタリングだったので、お尻が誰かに犯されたように痛い。肌もこんがりと焼けヤケド気味だ。まったくバカなヤツだ。帰りの電車では、日焼けと疲れで滅多に乗り物で寝ることのない私が約15分間、ダ~レ~ヨ~をポタポタ・ダラダラと垂らしながら寝てしまった。京葉線で新木場で降りずに、東京駅に向かい二駅目の越中島で降り、また自転車を組み立て清澄白河の銭湯「辰巳湯」へ行った。湯船では焼けた肌に針が刺さったような痛みがあった。その後、家へ帰ればいいのにやけに喉が渇いたので、いつもの門前仲町の焼き鳥屋さんへ寄って小一時間ほど飲み、自転車を折りたたみ、面倒なのでバッグには入れずタクシーに乗って帰った。本当に疲れた。爆睡した。

今回のポタリング詳細

自転車をたたんで袋に入れ電車に乗る(輪行)たたむ所要時間3分
東京テレポート駅(6時21分発)→新木場駅で京葉線に乗り換え→蘇我駅下車(7時19分)→御宿(8時30分)→勝浦乗換えで安房鴨川駅(9時15分) 2,520円 Suicaで入ったが使えず、現金を払い、他の駅でSuica精算用の伝票を渡される。

自転車で安房鴨川駅を出発(9時30分)→横渚海岸→鴨川漁港→八岡海水浴場→仁之門島(鴨川駅より5km)→和田浦海水浴場→千倉町瀬戸浜田のレストラン「ちゃいなはうす」で食事(11時45分、27km、ラーメン・餃子・中ライスで1,320円)→千倉自動車教習所近くの野島崎まで左折12kmの看板のある交差点(28km)→野島崎灯台(40km)→根本キャンプ場(44km)→洲崎神社(57km)→JR館山駅(16時00分、70km)

JR館山駅より越中島駅まで輪行
JR館山駅(16時15分発千葉行き、乗車券2,210円)→木更津駅(17時20分)→蘇我駅(17時50分)京葉線乗り換え→越中島駅下車(18時45分着) 自転車で清澄白河の銭湯「辰巳湯」430円→門前仲町の博多焼き鳥ダイニング「花菜の月」→帰宅22時30分

電車賃・昼食代・飲料代・銭湯まで付けて今回の総予算は約7,000円。電車賃がこの内約5千円を占めており甲府に行ける位高い。自動車で行くよりも、環境にいい、健康にいい(健脚、腰の負担がない)、ダイエットになる(この日約2kg減)、渋滞がなく電車で寝て帰れる、ストレス発散できる、土地に詳しくなる、MP3で音楽をじっくりと聞ける、駐車代がかからない、発汗しながら程よいスピードで走れるので暑さを思ったより感じないと、何もかもいいこと尽くめなのである。

エメラルド・グリーンの海を東京の近場で体験するならば、鴨川以南の海が最もお勧めである。とにかく綺麗な海である。全裸になって人魚と二人で戯れたくなる、そんな海だ。


JR安房鴨川駅
KIF_5401.jpg


横渚海岸(鴨川駅に最も近い海岸)
KIF_5402.jpg


八岡海水浴場から雀島を望む(鴨川漁港に近い秘密の細い道を入る)
KIF_5407.jpg


仁之門島
KIF_5410.jpg


和田浦海水浴場(環境省認定「快水浴場100選」のひとつ)
KIF_5420.jpg

KIF_5429.jpg


千倉潮風王国 ふれあい広場
KIF_5443.jpg


野島崎灯台
KIF_5451.jpg


根本キャンプ場(何度も行ったなぁ、思い出深いキャンプ場だ)
KIF_5462.jpg


誰か?の別荘(フラワーライン沿い)
KIF_5465.jpg


洲崎神社
KIF_5469.jpg


洲崎灯台
KIF_5474.jpg


あと10kmで館山市内だ
KIF_5477.jpg


南国情緒溢れるJR館山駅西口(前回の東口はただの駅であった)
KIF_5481.jpg


私が不得意とする写真入のカキコミをここまで見てくれて本当に有難う。それでも、飽きないで最後まで見てくれた人にこの写真を感謝の気持ちを込めてお送りしよう。その名も「激白!これが私の解剖全図だ!」である。以前、私が火星に住んでいた時、私の職業はファッション・モデルであった。

秘密の写真 この先は勇気のある人だけ「続きを読む」へ進んで下さい。

続きを読む

南房総 ポタリング 木更津~館山 

 2月11日(日)建国記念の日は、かねてより予定していた南房総へポタリングの旅に出かけた。前日に行く予定であったが、金曜日の夜から雨が降ったので翌日の土曜日の早朝から出かける事は諦め日曜日に変更した。5時起きし東京テレポートセンター駅から安房鴨川駅まで輪行(自転車を折り畳んでバックに入れて電車に乗る)し、外房の千倉~野島崎灯台~洲崎灯台を回って、北風が無ければ館山から内房の金谷~竹岡~上総湊駅で輪行し帰路へ付こうと考えていた。私はこのようにルートのシュミレーションをする時が最も好きだ。土地の起伏や季節の風向きを考え、なるべく辛くないルートを選ぶ。戦略を自分で練って細部に亘る戦術まで担当し実行する。まるで自分の仕事のようではないか。

 南房総を、イタリア半島のようにスリムではないが太った人の足に喩えた場合、ふくらはぎ部分=安房鴨川、アキレス腱部分=千倉、足裏かかと部分=野島崎、つま先部分=洲崎、足の甲の上=館山、弁慶の泣き所=勝山・金谷・竹岡で、膝のお皿の下が上総湊である。生活地図サイトMapFan Webで前日の夜、ワインを飲みながら距離をルート検索で出したところ約100kmであった。北風が強い場合は、館山の「里見の湯」にでも浸かり走行距離65kmで良しとする事にした。計画は万全である。期待で心躍るぜと思い時計を見ると時既に午前2時半を回っていた。ワインも一本空いていた。

 こりゃあ5時の起床は無理だとヘラヘラ笑いながら寝入ったら8時に起きた。パソコンへ向かいルート戦略を「寝坊モード」へと練り直した。行きの輪行は約2時間、走行距離は60kmで日が暮れてしまう。内房線で木更津駅まで行き、竹岡で竹岡式ラーメン「梅の屋」へ行き昼食を取り、内房を下り館山駅まででちょうど60kmだ。台場の吉野家で「特朝定食」\490-を食べ、10時15分に東京テレポート駅で電車に乗った。新木場で乗り換え蘇我駅で又乗り換え木更津駅到着は12時15分であった。

 輪行袋から愛車を取り出し約1分で組み立て、富津を南北にぶった切る127号へ向かった。約25kmで竹岡だ。道の中央分離帯の菜の花は満開だ。連休なので下りの車は大渋滞である。平坦な道であれば1時間強で到着する。ところが走り出して17km地点で思ったよりキツイ上り坂になってしまった。片側一車線になり更に渋滞は激しくなった。上り坂であっても自転車の方が数倍早い。観光バスも所々で止まっておりトイレ休憩まで待てない女性達が右往左往している。下り坂もあったが何回かゆるくて長い上り坂もあり「梅の屋」へは2時ジャストに到着した。この時間でも30人は並んでいる。約1時間待ちであろう。噂はかねがね聞いており、千葉県人であった私としては一度は食べてみたいラーメンであり並ぶことに躊躇はなかった。

 地元では名高い竹岡式ラーメンの本家本元はここ「梅乃屋」である。竹岡は漁港の町で、漁師が好んで食べたラーメンであるとの事。チャーシューの煮汁に乾麺を茹でたゆで汁を入れるシンプルなものであるが、かなり人気がある。当然、麺は乾麺である。ラーメン500円、大ラーメン550円、チャーシュー麺600円であるが、店の入り口に「チャーシューを煮るのが間に合わないので大ラーメン(ラーメン大盛り)にして下さい」と貼り紙があった。トッピングは「薬味」と称するタマネギのみじん切りで40円也。

 待ち疲れ50分後遂に店に入れた私は、生ビール600円と大ラーメン薬味付き、合計1,190円を注文した。店員はすべて女性である。座った途端、生ビールとナッツをすかさず出してくれ、さらに「にいさん、これ食べな」と、屈託の無い笑顔で「菜の花のおひたし」をツマミにとオマケでくれたではないか。優しいおばさんだ。そしてビールが飲み終わる頃ちょうどに、大ラーメンがアルマイトの古いお盆に乗っかって出てきた。お盆はスープがこぼれてびしょびしょである。テーブルにこぼれたスープを布巾で拭き取ってくれた。漁師町にいる女性達だけあり多少の荒さは感じるが、それ以上に垣間見れる優しさや笑顔で荒さは隠れてしまう。てんこ盛りのタマネギの下にはチャーシュー麺でないのにチャーシューが8枚入っていた。大盛りなので麺をさらっと平らげることもならず、濃いスープに麺が染まって来てしまった。もとから茹で過ぎの観がある麺を今更慌てて食ってもしょうがないと考えいつもよりゆっくり食べた。そしてスープは少し残したが後は完食した。体を使ってない人にはスープが濃い。海水浴の昼食として食べるなら丁度いい味か。当日の私は旨さのツボを推測する力を持ち合わせなかった。「太いインスタントラーメンを、濃いチャーシューの煮汁で煮込みました」が食後感である。店には2階もある。「昔懐かし雰囲気を存分に堪能出来る漁港のラーメン屋さん」という形容が、この店を引き立てている最も重要な要素であるかもしれない。

 竹岡を後にして館山へ向かった。時間は3時ちょうどだ。金谷の手前、竹岡から4km位の右手海沿いに昨年末に出来たという日帰りスパを発見した。岩壁沿いに立地しているので、夕焼け時の太平洋や富士山、大島等が一望できる風呂なのであろう。今度、時間があるときに行ってみたい。そしてすぐに金谷港に停泊しているフェリーが見えてきた。正面は鋸山だ。そして、保田~勝山~岩井海岸を過ぎ岩井海水浴場すぐ南の高崎港に着いたときは既に5時になっていた。海を良く見ると夕焼け空と水平線の上にくっきりと大島のシルエットが見えるではないか。その大島の山頂に今まさに日が沈もうとしている。そして少し右手を見れば富士山のシルエットである。約10分間の夕暮れショウをデジカメに撮りながら堪能した。

 その後、すこし走ると海沿いに「弁天鉱泉」があった。これもなかなか良さそうだ。いつか行ってやろうと思い館山を目指した。道の起伏もトンネルも多い。トンネルは歩行者や自転車用の側道も無い。まして車道は片側一車線でとても狭い。その上すでに日は落ちている。とても危ない道を選んでしまったと後悔した。個人や更に団体のポタリングには合わないコースだ。途中、9kmで館山という表示があった。車通りが少なく、外灯も少ない国道を急いだ。6時20分に館山駅に到着した。6時44分発千葉行きの電車がありそれに乗る事にした。内房線で蘇我駅までは約2時間、京葉線で新木場までは約35分だ。9時45分に東京テレポート駅に到着した。家内からメールがあり風邪をひいて夕食を食べていないとのことであったのでマックを買って帰った。

 寝坊した為、ポタリングに向いていないルートを選んでしまい不完全燃焼な私である。麺はどうにか制覇したが、風呂は制覇することなく見るだけに終わった。これじゃあいけないと反省し、家内に夕食のマックを渡すや否や今度はマイカーに乗って銭湯を目指した。車は漕がなくていいのでラクチンだ。体が疲れている時は熱い湯に限る。そう思い江東区森下駅近くの「ときわ湯」を目指した。ここは浴槽が低温・中温・高温と分かれており徐々に体を慣らしていく事が出来る。低温の浴槽にゆったりと浸かり、最後は高温でピリピリと体を刺激し疲れを絞り出すのである。いつもであるならば、一分と入ってられない高温の湯であるのだが、時間も11時近くであったのでぬるかった。そんなことならここから近い墨田区の「大正湯」へ行けばよかったと後悔した。ここは30秒と入ってられない位熱い湯だ。帰りには99ショップへ立ち寄り、おでん・おいなりさん・とうふ・冷凍おくら・りんご2個を買って遅い夕飯を食べた。疲れながらも、明日は自転車で何処へ行こうかと真剣に考える私なのであった。本日の走行距離はたった58kmであったが起伏が激しかったのでもっと走った気がする。後日、写真もアップする予定である。

「小江戸」川越でポタリング 

 先週の土曜日は家内が友人とコンサートへ出かけ一人であった為、小江戸・川越の街を折りたたみ自転車でポタリングし、そのまま自転車で東京に帰ってきた。その週、書店で見田盛夫著「東京五つ星の蕎麦」を買い、その本を参考にして週末に都内の有名蕎麦屋数店を自転車でハシゴしようと考えた。都内の有名店がある住所を見ると、私がすでに熟知している街が多い。自転車で走る以上、未知の街並みを流したいとの衝動に駆られたので都内近郊編で探してみた。すると、かねてより「小江戸」として有名であるにも関わらず一度も行く機会の無かった埼玉県川越市の有名店が数店掲載されていた。さっそく川越に行き先を決めた。

 当日、時間は既に午前11時を回っていた。台場から川越まで自転車で往復する時間は無いと判断し、お台場の臨海副都心線「東京テレポート駅」から輪行(自転車を折り畳んで電車に乗る)することにした。終点川越駅までは直通の快速があり74分だ。午後12時32分に川越に到着した。初めて降りた川越駅周辺は、都内近郊のお約束であるスーパーと駅とが連結しており川越の代名詞である「小江戸」の情緒は感じられない。

 だが、自転車を組み立ててバスターミナルを出るとすぐ、古い建物と狭い路地が錯綜し徐々にその趣きを感じる事が出来る。果てしなく広がる川越の街並みに高いビルは見当たらない。せいぜい駅前や線路沿いのスーパーや「まるひろ百貨店」が見えるくらいである。まずは昼食を取る為、大通りを喜多院方向に北へ向かい喜多院すぐ裏の手打ち九割蕎麦の蕎麦屋「鎌倉」へ向かった。1時過ぎであったが3人ほど並んでおり約20分待ちであった。

 食後、早速ポタリングを開始した。川越散策マップ西の十念寺から始め、栄林寺→観音寺→本応寺→養寿院→行伝寺→(ここから蔵造りゾーンに入る)→長喜院→「時の鐘」→法善寺→蓮馨寺→東照宮→喜多院→中院と約10km、1時間半のポタリングであった。都内から約50kmと近く都内には断片的にしか無い江戸風情が、ここ川越には色濃く街並みとしての連続として残されてる事に感心した。山形県の喜多方や米沢の街の趣きに近い。埼玉生まれ、千葉育ち、東京在住の私は、何故これまでこの街を知らなかったのかを悔やんだ。川越市が補助金を出し街中に温泉でも掘って観光に力を入れれば、京都・奈良は言い過ぎにしても徳川・江戸繋がりで日光に匹敵する観光地になること請け合いだ。

 最後の中院で時既に3時半。自転車で帰路に着く事を考えている私にとって時既に遅しだ。それでも当初の計画通り頑張って川越街道を南に走り東京へ向かった。いつかは散り行く命を惜しむ私は、街道沿いの歩道を自転車で走った。街道沿いであるが故、個人宅の車庫に入る歩道の部分の凹が多く、自転車のタイヤが細いとハンドルを取られる危険性がある。マウンテンバイク並みの太いタイヤの私は難なく埼玉県をすり抜け、2時間後に東京都へ突入した。自分の車で川越街道を走ることは滅多に無かったので、成増の商店街の人ごみの多さに驚き駅前まで寄り道してみた。都内に入った途端感じた事は、歩道が整備されており車道並みに広いということだ。自転車も楽々と20km以上スピードが出てしまう。このスピードで環七を横切り池袋サンシャインシティーの夜景を目指し東京ドームまでは分けなく走れた。皇居に出て私の事務所のある人形町には7時30分に到着した。

 事務所の車庫に車があったので自転車を畳んで帰ろうとしたが、人形町で博多ラーメンを食べに行った際、喉の渇きにおもわずビールを頼んだのでそれも不可能になった。こうなったら自転車でも酒気帯び運転になってしまうが、近くの江東区清澄白川の銭湯「辰己湯」に行って酔いを覚まし疲れを癒そうと考えた。一時間半程ゆったり風呂に浸かり、酔いも醒めたので台場に向かった。途中、私の夜のホームグラウンドである門前仲町を通った際、これまた普段はあまり飲むことの無いビールが無性に飲みたくなり、馴染みの九州博多の焼き鳥ダイニング「花菜の月」に寄ってしまった。ラーメンといい焼き鳥といい博多繋がりだ。常連も集まり約2時間位、カウンターの椅子に根が生えたように飲み帰路に着くのだが、これまたまたまた酒気帯び運転になってしまうので、自転車を畳みタクシーのトランクに積んで帰ったのであった。折り畳み自転車って本当に便利だ。

 川越市内で10km、川越から門前仲町まで54km、総距離64kmのポタリングであった。否、ツーリングと言っておこう。

(3)ポタリング STEP1・2荒川沿いポタ+ツーリング 総距離123km 

荒川沿いポタ+ツーリング 写真付き解説編

序章 荒川河口までの道程

3814.jpg
AM5:30。お台場海浜公園を出発した。

3819.jpg
荒川河口までは、国道357号湾岸道路横の歩道を走る。

3821.jpg
約5km地点の明治通りを左折すると左右に「夢の島総合運動公園」がある。357号を反対に右折すると「新木場駅」、その先には「若洲海浜公園」がある。

3822.jpg
この辺り江東区新砂は、大きな倉庫や運送会社の多い地域である。早朝からトラックの量も多いので、車道を走るのは危険である。

3826.jpg
佐川急便の近くを走っていると、私の事務所がある日本橋人形町の担当ドライバーにあったので挨拶した。時間はすでにAM6:00である。

3827.jpg
江東区新砂にある荒川の河口に到着した。台場から約11kmである。


STEP 1 始点から笹目橋までの28.5km区間(進行方向左岸を走る)


3828.jpg
荒川沿いを走るのが目的なので、距離を計測する為にメーターを一旦リセットした。

3832.jpg
荒川サイクリング・ロードの始点は、ここである思っていた。看板には「新砂」と書いてある。船着場である。

3833.jpg
首都高湾岸線に架かる「荒川河口橋」と、その奥には「葛西臨海公園」の観覧車が見える。

3835.jpg
「さあ!がんばろう」と、上流方面のCR(サイクリングロード)を写した。

3838.jpg
なんと河口から約1km走った場所に「荒川CRの始点」があった。

3840.jpg
国道6号水戸街道を潜る。

3841.jpg
墨田区墨田 河口の始点より10km地点。

3844.jpg
足立区 河口より17km地点。上に見えるのが、首都高速に架かる橋ですぐ対岸は江北JCである。

3845.jpg
20km地点。正面は、埼玉県川口市の高層ビルである。ここで荒川沿いのCRは一旦、左側の土手に向かって上る。初めての坂らしい坂である。

3848.jpg
約50m上ると左手に隅田川に架かる「新岩淵水門」が見える。荒川と墨田川がここで合流する。この水門を通り約500m位走った先で、荒川沿いに向かい右に下りる。第一回目の目標である「笹目橋」までは、あと8kmである。

3851.jpg
25km地点。関越・東北新幹線の鉄橋が見える。

3853.jpg
左手には、棚田のような土手が続く。

3856.jpg
28km地点。前方に見えるピンク色の橋が新大宮バイパスに架かる「笹目橋」である。最寄の駅は、都営三田線の「西高島平駅」である。橋を渡ればすぐ埼玉であるので、埼玉のCRを満喫したい場合はここまで輪行する方法もある。


STEP 2 笹目橋の渡り方


3857.jpg
「笹目橋」を渡るには、橋の歩道に繋がる前方左手の坂を上る。

3859.jpg
坂を上ったら笹目橋の歩道を走る。埼玉に向かって右側のみ歩道がある。

3861.jpg
笹目橋の途中で埼玉県に入る。「埼玉県」と「荒川」の標識が見える。

3869.jpg
笹目橋から下流方向を撮る。

3870.jpg
橋の途中右側の欄干が切れたところが下流に向かう荒川沿いの道である。そこを右折し一旦下流へ約50m逆走する。

3872.jpg
下流に向かって右折し、50m位走ったところに川沿いに下りるグリーンのアスファルトのジグザクの道があるのでそれを下りる。その後、上流に向かって笹目橋の下を潜る。この時点で、埼玉県のCRになり荒川上流に向かい進行方向右岸を走るようになる。

3875.jpg
笹目橋を潜ると、約500mは緩やかな上り坂である。舗装はされておらず土に埋め込まれた樹脂製の緩衝材にタイヤを取られるので注意が必要だ。私の「ダホン」のタイヤは太いので問題なく上る事が出来たが、細いタイヤの自転車の場合、降りて押すほうが無難である。

序章とSTEP1・2の写真入解説はここで終わる。STEP2以降は次回。






(3)ポタリング 折りたたみ自転車で荒川沿いポタ+ツーリング 総距離123km 

荒川沿いハード・ポタリング、名付けて「ポタ+ツーリング」123km達成
 
 9月30日(土)、天気は晴れ、かねてより企画していた荒川沿いのサイクリングをこの日、決行した。起床は早朝4時、「朝まで生テレビ」を見ながら朝食を済ませ、荒川サイクリング・ロードの始点がある荒川河口に折りたたみ自転車「ダホン」で向かった。

 そもそも「ポタリング」とは、街中での食べ歩きや名所・旧跡巡りを楽しむサイクリングの事である。123kmも走る事は通常、「ツーリング」という。なぜ今回、長距離走行に適さない折りたたみ自転車で、「ポタ+ツーリング」を決行したかの理由はおおよそ下記である。

(1) 昨年、今年の9月に開催されるホノルルのセンチュリーライドに挑戦しようと大まかに思ったが叶わなかった。仕事の都合でハワイに行けなく悔しかった。
(2) 荒川沿いのサイクリング・コースは、ほとんど坂道が無い。
(3) 荒川河口から100km以上続くと言われているサイクリング・コースの行き方の詳細を、携帯が簡単な文章をメインにして写真(後日)と共にブログに掲載する。
(4) 両親の実家は埼玉県深谷市にあり両家のお墓も近いので、墓参りを最終目的とした。
(5) 秋の風景を写真に収めたかった。
(6) 途中で挫けたら、自転車を畳んで電車で移動できる選択肢があった。

 自転車でもっとも辛いのは坂の高低である。荒川沿いであるならば高低差が少ないとの仮説が立ち、無理さえしなければ陽の出ている内に写真を撮りながら目的地に到達できると踏んだ。予想通り土手を上り下りする短い坂が少しあっただけで、どこまでも平坦な道程であった。
 
 カーナビで走れるはずもなく、大きい地図を携帯する事は困難である。大きい地図をリュックに入れ背負って走ることも可能であるが、背中の発汗の妨げになり汗をかく。発汗を妨げない通気性をもたせるリュックもあるが背中はやはり圧迫されるので、袖から入る風が背中まで回り込まないので今の時期でも背中に熱が蓄積する。ゆえに腰の部分にかけられ収容量もあり、左右にペットボトルを入れられるポケット・ネットがあるウエスト・ポーチが最適であると考えた。以前よりウエスト・ポーチを使っていたが、小さかったので、今回の為にイトーヨーカドーのポイントで大きいものを買った。そのメーカー名は、熊本出身の風大左衛門こと大ちゃんに言わせれば「アディダスだす~」だ。私はこれを「ウエポ綾2号」と呼んでいる。
 
 地図は一枚見開きの昭文社『埼玉全域地図』も持っていたが取り出して一々開くものかったるくサイクリングロードなどもちろん載っていないので、昭文社文庫版『埼玉県地図』\600-を残りのポイントで買った。すでにインテル入っているように老眼入っているので書店の蛍光灯の下では細かすぎて見え辛かったが、日中はその障害も感じることなく見ることができた。
 
 ベスト・コースを選択するにあたっては様々なブログを見て研究?してみたが、写真が多いほどそれを持って出かける事が儘ならないので理解しがたいものになるように感じた。もっとも分かり易く思えたのが、女性が書いたブログでのコース紹介であった。それは荒川沿いを橋の区間に分け、それぞれの橋から右岸左岸のどちらを走ったらいいかという内容のものであった。埼玉から東京にかけた全域地図の中に走るコースも掲載されておりA4サイズ2枚であったのでコピーして携帯した。地図のコースはすべて荒川の川沿いコースになっていたが、写真の内容は川沿いを反れているコースもある。
 
 川沿いの右岸左岸の規定は、上流から下流に向かって右岸左岸と言う。ゆえに東京の荒川河口から上流に向かう場合は逆に言わなければならないとの事だが、ここでは分かり易く上流に向かう進行方向の左右で言うこととする。

続きを読む

(2)ポタリング 「荒川沿いのポタリング」 予行演習編 

荒川沿いのポタリング

 9月23日(土)は天気予報では曇りであったが、朝起きると秋晴れであった。お彼岸なので前日の予報が晴れであれば早起きをし、埼玉県深谷市まで墓参りも兼ね往復約200kmのポタリングを決行しようと考えていた。

 台風の影響で雨になってしまった場合、体力に自信が無いのでそれはひとまず止めた。往復200kmの予行演習も兼ね、午後12時15分に台場を出発し19時には帰宅する予定にした。片道3時間往復6時間でどこまで行けるのか試してみようと考えた。

 一日100kmは、昨年千葉の実家を目的地とした時に経験済みである。このときは、ただ行くことのみを目的とし、7月初旬の炎天下の中を走ったので楽しくはなかった。新しい風景の発見も少なかった。クロス・バイクで行ったので、ヘルメットを被った完全装備のバイクに何度も抜かれ悔しい思いもした。

 東京から埼玉県深谷市に行くのには国道17号(中仙道)が便利であるのだが、国道は危険が多いので荒川沿いサイクリングコースを選んだ。台場から荒川河口近くの葛西橋まで行き、そこからサイクリングコースを走る。車や電車ではなかなか見ることの出来ない風景を堪能しデジカメで写真を撮りながらゆっくりと走る事が私の目的である。

 そのような時は、折り畳み自転車に限る。今回もそれにした。クロス・バイクは、途中で嫌気が差して止めたくなった時に置き場に困る。私の折り畳み自転車は『ダホン』というメーカーで、本社はアメリカであるが製造は台湾である。約11kgであり輪行用(折り畳んで電車やバスに乗ること)のバッグに入れる事ができるので、どこにでも出かけられる。往路や復路だけでも自転車に乗り、目的地や自宅まで他の交通機関に委ねる事が出来るのである。因みに『ダホン』を連続して言うと「ダホンダホンダホンダ、ホンダ」になる。’80年代に出来た新しいメーカーであるので『ホンダ』からパクッて命名した可能性も考えられる。

 午後12時15分、お台場海浜公園から出発した。
続きを読む
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。