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大人手当 

今日は午後からブーフーウー三匹の子ぶたが物凄い勢いでやってくる。暴風雨だけど。そうであっても午前中はとてもいい天気であった。午後、客との打ち合わせは外袋サイズ検証だけ。メーカーさんから電話があり恵比寿の帰りに車で直接私の客へ行くとの連絡。わざわざ私が来る必要はないと言った。これから来る暴風雨の中、地下鉄を降り傘をおちょこにしながらあの赤坂の坂を登り降りするのかと思った途端、「お願いします」と言ってしまった仕事に無責任な私。

帰宅ラッシュ時に雨量は最も強くなるらしい。こうなったら帰宅難民にならないうちにとっとと千葉へ帰るか、事務所へ泊まり込むかだが、明日午前中は父を病院へ連れて行かなければならないので千葉しか選択肢はない。父は要介護3、母は先週一時的に介護ホームへ入所し介護区分を2から3に申請中。父の退院後、両親にはケアマネさんがあらゆる介護方法を講じてくれたが、母の場合、自宅からデイケアだけでは立ち行かなくなった。今、新しい入所先を探している。

4月のカレンダーをよくよく見れば月末の30日は昭和の日の振り替え休日なので実稼働日はたった20日間。5月連休前の駆け込みキャンペーンの関連グッズの受注を何件取れるかにかかっている。それにしても景気回復の兆しが全く見えないというのも困ったもの。やっぱデフレ対策には米連邦準備局のバーナンキ議長が言ったようにお札をたくさん刷ってヘリコプターからばら撒くのが一番いいんじゃなかろうか?それからケインズが言ったように穴掘ってまた埋める。

と、素人が言ったところで何の説得力もない。世界一になったスパコン「京」を使いデフレ対策に効果的な金のばらまき方のシュミレーションをしてみたらいい。宵越しの金は持たねえ!くらい金使いが粗いがファッションセンスがありバイクも日本車も大好き、尚且つグルメで酒好き、風俗は欠かさない、スポーツは全般的に好きでゴルフは趣味、国内旅行も好きで音楽好き。そんな奴を指名推薦しすべてを使い切る契約をして一人一千万円支給する。予算は10兆円。

名付けて「大人手当」。もし貯金等した場合は犯罪とする。支給する札は期限付きの新札とすればいいか。一か月で紙くずとなる札。その札を受け取った人もすぐ使う、っていうか使わざるを得ない訳だから乗数効果は果てしない!10兆円が100兆円規模に膨らむ可能性だってある。ま、冗談のような話だけど有価証券の流動性を高めるにはこの方法が一番。こんなことを考える自分も情けないが、景気対策を後回しにする政府はもっとダメ。真剣に考えてくれ~。
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原発問題 

日本にとりエネルギー問題は、安全保障の根幹を揺るがすものである。先の大戦も石油の日本への禁輸が引き金となった。原発への賛否は、昨年の東日本大震災での事故がきっかけとなり、世界唯一の被爆国である日本の世論は原発とは比較にならない程小規模である再生エネルギーを代替としたまやかしに乗じ、廃止方向へ多きく舵を切ったように思える。ドイツは震災後早くも大衆に迎合するかたちで原発を廃止、再生エネルギーを普及させると息巻いている。

その間、不足する電気は原発推進国のフランスからの輸入。これは自国民だけ良ければいいというねじれた自己満足に他ならない。日本は海に閉ざされているので隣国からの輸入は不可能であり、原発が停止すれば資源の無い日本として化石燃料の輸入に頼らざるを得ない。近年益々、中国の南シナ海におけるプレゼンスが高まり、日本のライフラインであるタンカーの通路も危険に曝されつつある。友好国であるイランからの輸入も米国と歩調を合わせるしかない。

この状況下ですべての原発を停止させていいものか。もっとも電気を必要とするのは日本の産業である。家庭単位ならば設備を買う金さえあれば太陽光や風力等の再生可能エネルギーを活用することは可能であろう。それら再生エネルギーの電力を原発の代替エネルギーとする話は、更なる開発や設置場所の確保にも時間がかかり、家庭と企業の話のすり替えのような報道が頻繁で現実味が全く無い。原発の産業への安定した電力供給にはほど遠いものであろう。

日本は枯渇する化石燃料を危険な航路での輸入に頼らず、3・11やそれ以前の事故を検証し教訓として、地震・津波対策が万全な原発を今後も開発して電力確保するしか道は無い。日本は石油に頼った為、戦争に突入せざるを得なかった。政府は日米安保を反故にする行為を重ねており、この輸入を他国に阻まれた場合、現状の憲法では指をくわえて死を待つしかない。再生可能エネルギーでは開発途上で企業へ安定した電力供給は難しい。ならば原発のリスクをコントロールできる組織に再編し、原発の再稼働に向かうべきであると考える。

都市計画が無いので考えてみた 

今日は今にも雨が降り出しそうな曇り空であったが、天気予報を信じてスクーターで出勤した。湾岸道の温度計は13℃。冬から春になるにつれ、スクーターやバイクで出勤する人が増えてきた。運転にはこの時期、特に気を使わなければならない。千葉に引っ越して一年が過ぎ、次の日曜日には大震災からちょうど一年目になる。昨年の今頃は3ヶ月前に家内が病気で突然亡くなり何もする気が起こらず、通勤定期を買い、通勤することのみを目的とした時期であった。

千葉に住んで一年。その感想はと聞かれれば、とっても不便と言うしかない。東京と比較してだが…。車が無いと行動も儘ならない。都市計画はすべてが中途半端。モノレールも途中でぶった切れで終わっており、当初の計画の千城台から先の大宮台まで繋がることも無くなった。若葉区の区役所は、JRの都賀駅からも遠く、横にモノレールが走っているにも関わらずその駅を新設することもない。高齢者にとっては不便極まりない場所。このようにすべて後付け。

自宅近くにはコンビニも無く、一番近い店で500m。往復で1kmもある。だからタバコ等は買い置きが必要になる。深夜に帰宅し腹が減っても買いに行くのは億劫なので我慢する。深夜営業のラーメン屋も遠い。だから痩せたのか!立ち食い蕎麦屋は、一番近いところで都賀駅にあったが私が食う前に昨年閉店。すき家はあるが、松屋も吉野家も市街近くにしかない。量販店の2強であるイオンやイトーヨーカドーもない。後者は四街道に行けばあるが遠過ぎ。

この2社は出店する際、徹底的な市場調査をする。年齢や家族構成、収入等を調査した結果、売り上げが期待できる数値ではなかったので出店しないのであろうか。それとも土地が無いのか?片側2車線以上の広い道沿いに建てなければ、駐車待ちで大渋滞になる。そのような道路に沿った条件のいい土地が無いのであろう。都市計画?まずはモノレールを24時間運行させ、その沿線に24時間営業のスーパーや事業所、工業団地の工場を誘致するところから始める。

住宅も安いし東京も近いから、地方から人も会社も集まってくると思うのだが…。元々なんの魅力も無いのだから、手っ取り早くモノレールの24時間運行を始めれば千葉市として売りになる。JRにそれを強要することは難しいし、沿線の土地も家賃も高い。モノレール沿いは安いよ~。小倉台駅徒歩2分でネット完備、敷金礼金無で家賃3万円位が相場。私も両親の介護を止め、何度一人でワンルームに住もうと思ったことか。考えられるのはこれくらいかなあ。

公務員給与削減が果たして正しいのか? 

国家公務員の給与を平均7.8%引き下げる2年間の時限立法が先日成立した。議員歳費の削減は東日本大震災後6ヶ月間の昨年9月で終了。国会議員は、国家公務員のごとくさらに身を削れとの指摘もある。果たしてそれが根本的な解決になるのであろうか?給与引き下げは一つの案であろうが、役人を減らす方法を考えた方が根本的な解決に近付くはず。定年退職する人は年間相当数であり、それら高給取が去ると同時に、新規の採用枠は減らせばいい。

民間でいえば収益である歳入に応じた人事を常に意識し、少ない場合はリストラを敢行できる組織に変えていく必要がある。手っ取り早いのは新規採用を減らすこと。公務員は身分保障があり失業保険に加入することはない。一旦役所へ入れば、その後、能力が低下したとしても定年まで年功序列的な給与が保障される。それの条件に魅了され努力し公務員試験を突破してきた人からその保障を取り上げるのは難しい。次年度採用者から失業保険に加入とすればいい。

そのような新人は少数ゆえ精鋭となり、数年後、役所に変化をもたらす。「パーキンソンの法則」において、1)役人は部下を増やすことを望む。ただしライバルが増えることは望まない。2)役人は互いのために仕事をつくりあう。という二つの素因によって役人の数はひたすら増え続けるという現象が発生する。この根本に「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」という法則が存在し、一人で出来ることでも数人がかりとなる。

役所の事務仕事というのは採算を考える必要が無いので「1時間以内で」といわれれば1時間以内で、「半日でと指示」されれば半日かけてやれてしまう。指示する上司にも依ろうが、その悪習を部下は継承する。窓口等は忙しそうに見えるが、見えない場所には相当の閑職があり、実際に一日中何も仕事をしないで定時になったらすぐ帰宅する人が多いとも聞いた。そういうポジションを別の役人に探させ、リストラすることは役人同士なのできっと難しいであろう。

役所の人ではなく大きな括りの部署や天下り先に問題があった際、「統廃合」という言葉を我々はよく聞かされる。1つの行政機関が無くなったと勘違いし税金の無駄使いも無くなったと安心してしまうが、本来、「統廃合」とは役所言葉で何もしないことの意味である。ここにメスを入れ、税金の無駄使いを無くそうという話にはなるが、果てはまた「統廃合」で決着。何の解決にもなっていない。政治家に削減を任せても、思ったような効果は出てこない。

ならば採用を減らす。地方・国家公務員を合わせれば払わないでいい給与の合計は莫大なものになる。今回、二年間に亘る国家公務員の給与引き下げだけでも5530億円が捻出でき、それを東日本大災害復興財源に充当するとのことだが、平均年収800万円前後の地方公務員の場合、採用を減らし給与引き下げも差し障りの無い全体の3%くらいに設定。地方公務員は自分の給与が大幅に削減されるより、役所内で必要のない人や部署を誰よりも知っているはず。

採用を前年の75%に削減したとしても全く問題ないと納得するのではないだろうか。当然、人員削減だけではなく臨機応変に必要があれば失業保険に加入する中途採用の公務員も考える。と書いた今日、政府は国家公務員の新規採用は’09年度と比較し’13年度は4割超削減を目指すとのとニュースが入ってきた。地方公務員へも広げれば、実情を考慮できる割合となり、採用計画の調整も難航せずに済むのではないだろうか。

アンコール編)カレーを食べて記憶力アップ  

アンコール編)カレーを食べて記憶力アップ 2008年8月21日


以前、このブログで、日本の諺「味噌糞一緒」と同義の諺が世界にはないのか?という論文を発表した。私が研究などするはずも無く、勝手気まま指任せ、イメージを膨らませ、一体結論は出るのだろうかと不安にさいなまれながらも書き始めた。すると、書いている途中、結論に行き着く前に、諺の神様が私に降臨し、新しい諺?を、実に即興で2つも作り出してしまった。一つは「味噌屋が味噌に糞をする」。もう一つは、「豆腐屋がオカラにゲロを吐く」だ。

これらの意味は前ブログに書いたが、確認の為もう一度説明する。既に賢い諸君はお分かりだと思うが、2つとも「これをやられちゃあ、たまんない」とか「これをやっちゃあ、おしまいよ」程の意味。「味噌糞一緒」を親とすれば、その遺伝子を継承した諺の子供達。と、いつもながら結論から遥か彼方に反れてしまった反町ジャパン。金が欲し~の星野ジャパンだ。「味噌糞一緒」と同義の諺は、なんと、インドにあったと、私は推測でテキトウに結論付けた。

それは、「カレー糞一緒」。この諺に含まれる2つの物質は似て非なるもの、食べようと思っても片方は食べられない。「味噌糞」と同じだ。風邪などをひいて鼻が詰まった場合、本来、食べられない方を食べてしまいそうな程、その見た目は酷似している。そういえば、「カレー風味の糞と、糞風味のカレーのどちらかを食べろと言われたら、いったいあなたはどっちを食べる?」という、ファッキン‘な問題もあった。私なら間違いなく「ゲロ味のオカラ」。

これらの私が勝手に繁殖させた諺の家族を、具体的な名詞から抽象的な名詞に置き換え整理すると、頭の混乱も無く、糞を食べる危険性も半減する。「食べ物排泄物一緒」。この諺こそ全体集合であり、部分集合の「味噌糞一緒」の更に親、ご先祖様といえる。と、ここまで、「カレーを食べて記憶力アップ」の読売新聞の記事を見て、その記事に絡もうと頑張ってきた。しかし、それを発表したのが、武蔵野大と米国のソーク研究所であったことが災いした。

カレーの研究に「ソーク研究所」が絡んでいた。これを読み一瞬固まった。この研究所を業界用語で言えば「クーソ」になる。そして、その記事には、更に私を畳み込み喜ばせるように、「カレーのスパイスの一種ターメリック(ウコン)から作った化合物に記憶力を高める効果があることが動物実験でわかった」とあるではないか。整理すると、「米国のソーク研究所がカレーの研究をしウコンから作った化合物」と、子供から大人まで喜べる三連発。

インド人の頭の良さは「ウコン」にあった。アルツハイマー病など脳疾患の予防にも役立つらしい。北京五輪の野球を見て、韓国チームが最後まで踏ん張れたのはニンニクの効果に違いないと確信、今日まで餃子を食べ続けてきた。明日からはカレーを食べなくっちゃと、いつものように軽~く世間に流され、意志薄弱な意志を新たにした私だ。カレーは「脳味噌」にいいのか!?。と、また味噌が出てきた。書き出したら止まらなくなる。この辺でさようなら。

『礼記・大学篇』に曰く 

月末であった先週から昨日にかけ「公私共に忙しかった」と書きたいところ、「公」は月末だけ、「私」が連日忙しかった。冗談にもならないので書くことは避けるが、父が滞在していた埼玉深谷市の別宅へは都合三日で最終日はレンタカー、東京千葉を2往復したのは一日。レンタカーはトヨタ・パッソを借りたのだが、コイツがリッター21kmも走ったのには驚いた。とても疲れた。そんな時、産経新聞の『正論』に立命館大学教授の加地伸行氏のコラムに出会った。これがまた読ませる。皆も読んでスッキリしてね!

立命館大学教授・加地伸行 「正心誠意」を海舟作とした浅学←ココをクリック

液晶テレビと葛飾北斎 

 液晶テレビの2009年の世界シェアは、韓国のサムソン電子が2,735万台でダントツ1位、韓国のLG電子が1,628万台で2位。これら韓国2社合計が4,363万台。以下、日本のソニーは1,525万台で3位、シャープが978万台で4位、東芝が848万台で5位、日本3社合計が3,351万台。(朝鮮日報より引用) 日本は約1,100万台分、韓国に水をあけられている状態だ。

 現在、韓国の首位を脅かしているのは、追従するこれら日本の企業ではなく、新規参入するアメリカのグーグルとアップルであるとのこと。テレビの液晶画面や心臓部が日本製で、常に対日貿易赤字の原因であることはあまり問題視されていない。グーグル・アップルは、インターネットから動画やソフトウエアーをダウンロードできるパソコン機能付のテレビで今後新規参入するらしい。

 日本から見れば、首位独走の韓国、追い上げる米国で、挟み撃ちのような状態。韓国だけでなくアメリカにも日本の技術は当然供給され、アップルやグーグルブランドに隠れてしまう。きっと日本の企業もこれらの脅威を感じ、独自に新機種を開発していることであろう。世界の消費者にとってのテレビは今や生活必需品の筆頭、家庭にいながらにして世界を見聞できる利器である。

 海外の消費者は、完全な商品の外に刻まれたブランドが大事なのであって、分解しなければ見ることの出来ないブランドに関心はない。内部がどんなに高性能であっても外にあるブランドに使われている下請け一業者に過ぎないと見る。企業における商品機能の新発想やデザインは、それを採用・決定するスピードがすべてであり、日本に比べ韓国やアメリカの企業はトップダウンで早い。

 ビジネスにおいて日本人はあまりにも平等。海外は区別ならぬ差別の意識があり、上下関係でビジネスを構築する。海外企業は「日本の技術を使ってあげている」という認識、かたや日本の企業は「技術を提供させていただいている」という謙虚でどこまでも能天気な姿勢。これでは世界から下請けとバカにされる。商品を丸ごと開発し、日本製ブランドを世界に売りまくってやろうという意気込みが必要である。

 これだけ優れた技術を持っているのに日本が下位に甘んじているのは、貪欲な主張に欠けていることと、企業内での決定が遅さの2つが原因であろう。それが世界市場で日本製品の占有率を下げている。決定も以前より早くなったのであろうが、企業文化を改善するのはとても難しい。であれば、当面、どのような方法で海外の消費者に日本製の液晶テレビをアピールし買ってもらえるようにすればいいのか?

 私として考え付くことは、日本文化、日本らしさを前面、液晶画面に出す販売だ。先日、テレビで「葛飾北斎」を見たのだが、北斎こそ唯一世界にアピールできる日本人であることが分かった。その絵画のコンテンツをテレビのHDに入れる。1999年雑誌『ライフ』の「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」に日本人でただ一人エントリーされた。世界での評価はすこぶる高い。

 「これが北斎ブルー 他社の液晶より青が美しい」等。フランス人の心を鷲づかみしそうなコピーを作る。また、「日本の四季」や「織物」「陶磁器」など、日本を代表する華やかで鮮明な色使いを堪能できるコンテンツをHDに内蔵し、スライド・ショウで見ることが出来る機能を搭載する。日本製液晶テレビの購買動機に大いに貢献する。日本文化を付加価値とした商品、日本企業だからこそ出来ることであって、韓国やアメリカ企業には当然出来ることではない。企業ブランドとメイド・イン・ジャパン。このダブルネームを掲げ世界で勝負すべきだ。

ポジティブ・シンキング 

 1月も中旬から下旬に突入しようとしている。気が付けば、生活年度では24分の1が過ぎ去ってしまった。嗚呼、何故時が速く過ぎ行くのをいつもこうボヤクのであろうか?答え:「先の目標が曖昧だから」。「だよね~」と、分かっちゃ~いる。このネガティブな「時に対する意識」を変えるには、近い将来「早く来ないかな~」などという、その日になるのが待ち遠しいような楽しい目標を設定するしかない。例えば、ゴールデンウィークにはトルコのイスタンブールへの旅行、夏休みはバルト3国とベラルーシーの旅。一年の締めくくりの正月休みには、芸能人並みにハワイ等々。

 嗚呼、そんなの夢のまた夢。以前は対象が無くても朝立てたが、先立つものが無ければ、旅立てない。不景気のどん底から日本経済を立ち直らせるアイディアは無いものか。与党の幹事長のたった4億円ごときの追及に国会議員の労力を費やされても困る。まずは現金や有価証券がグルグルと回るような政策を考えろと言いたい。将来の不安を無くし、老後に備える貯蓄など必要のない国にすればいいのだ。「猥褻」の「褻」の漢字なんぞは書けなくてもいい。衣の中に「勢い」の上部が入ると覚えれば誰でも書けてしまうところがあら不思議。勢いすべてが入らないところがなんとも猥褻ではないか。

 土木や建設業の人達が儲からないと街に活気はきっと戻らないのでは?なにかいい公共工事は無いものか?海を埋め立てたら地代が下がる。関越間に大きな溝を掘り、新潟の雪を無くしてしまえば、美味しいコシヒカリは食えなくなる。今思いつくのは、居住できる巨大船舶を造船することくらいか。それもワンルームが千戸くらい入るような船をたくさん造る。雇用も促進され、海沿いの各県の港にドッグさえ作れば、どの県でもすぐにこの事業は始められる。そもそも土地買収等、面倒くさい手続きも無い。雇用者を徐々に増やし、造船中の船が寮にもなる。港町も栄える。

 まずは厚労省がこの船を買い、セットで南アジア諸国のリゾート地に保養施設も作る。日本の県営・市営住宅もその施設に組み込む。現地の安い物価と労働力を使うことが出来るので、年金生活者が月3万円くらいで生活できるようにしたい。船生活、海外生活、日本での生活の三点セットでローテーションを組む。釣り三昧、読書三昧だ。一生涯、この費用で暮らせることができると分かれば、貯蓄は消費に回る。元気な方にはその船や施設内で働くことも出来るようにしたらいい。また別の船は、国内外での被災地に派遣も出来、宿泊施設や病院として機能させ、世界に貢献する日本の船とする。

 この船をたくさん造り海外にも売る。船は15年を寿命とする。その後は壊す。壊してまた造る。雇用は確保できる。ケインズの穴を掘って埋めさせるといった大まかな施策構想より数倍現実的だ。一大産業になる。いいんじゃないの?このアイディア!!

東大教授・加藤陽子を援護する 

 以前、このブログで加藤陽子著『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読み、とても分かり易く興味深い本であると書いた。日本の近代史が専門である東京大学の教授である彼女が、中高生への講義の機会を得て、その講義の質疑応答をまとめ一冊の本にまとめた画期的な内容のものだ。明治憲法の天皇大権における「統帥権」については、憲法発布以降、激変する世界の時局に鑑み、日本国はそれらに対応すべく、いつからどのように解釈がなされたのかを、今まで私が読んだ歴史解説書の中では唯一丁寧、しかも分かり易く書いてあった。

 その後書店で『月刊 正論』を買う際、隣に積まれた『月刊 Will1月号』を立ち読んだ。すると「加藤陽子・批判」が特集として組まれていた。その中では、歴史評論家や歴史を専門とする教授陣、大の男4人が揃いに揃って彼女は勉強不足だの、この本は読んでいない等の批判を繰り広げていた。一人ずつ、その本の一部分を拾ってはピンポイントで批判、自分の知識を披露するといった感じで、論点が全く定まっていない。1月号に続き翌月号へ続くとされていた。きっと批判し足りないのであろう。大の男4人 VS か弱き女性1人。

 なんとも女々しい限りの男達。ここで彼女の抗弁を聞けるわけでもない。このような多勢による力任せ、一方的な状況を世間では一体何と言うか?そう、「弱いものイジメ」と言う。私が歴史に興味を持ったのは、単に受験の為に記憶するという学問ではなく、その当時の状況やその当時の人の気持ちを思いやることが出来る唯一の学問であることをある日知ったからだ。歴史観は勝者のものになりがちであるが、負けた方の正義もあったのではないかと思いやる。自分の命を賭して戦う義とは一体何かと、自分なりに考えたりする。

 守るべきものや弱者に対する思いやりが、一体歴史にどのように作用してきたのか?と考えてみる。「歴史は虹だ」とは、渡部昇一先生の本にあった。「思いやり」を前提に、見る人や場所によって解釈は様々なのである。それが歴史だ。そもそも、多勢をもって一人の解釈を一方的に批判するような、歴史家の基本、人としての基本である「思いやり」を持たないニセ歴史家に、人を批判する資格などあるはずもない。「男4人も揃いに揃って寝ぼけやがって!顔を洗って出直してこい!」と言いたい。

 男なら男らしく一人で論戦が張れるような勇気がコイツ等誰か一人にでもあればとも思う。翌月号にも続くらしいが、一度では言い足らず男共が雁首揃えまた女一人を批判するつもりなのか?出版社に躍らせられていることや、愚かな自分のイジメに気付くデリカシーがなければ、オメエ等には人に歴史を説く資格は無い。このイジメを続ける限り人間失格であるとも言っておこう。彼女と東大の権威を勝手に重ね、それに恐れ情けなくも多勢になったのか?様々な解釈はあっていい。しかし、個人に対する批判は堂々と個人でやるべきである。

お得な「都バス〈共通〉カード」 

 買っちゃった~、「バス〈共通〉カード」。健康、節約?の為と自転車通勤であった私だが、年末のこの寒さには勝てなかった。以前からバスはよく使っていたが、これはパスモの支払いでいい!としてきた。カードであると割安になるので、バス内で買おうと考えたこともあった。都バスの事務所が近くにあれば購入時、きっと領収書を発行してくれるのだろうが、通勤圏にそれはない。バス内で運転手さんに「領収書下さい」と、言う勇気もなかった。が、先日、お勤めご奉公の時代を思い出してみれば、交通費を出金伝票で精算していた自分がいた。取っ手が外れ、底が貫けている私の記憶の引き出しが開いたのであった。

 早速、バス内で買った。前回、パスモと回数券が入ったビニールケースを落としてしまったので、一万円のカードはあえて避け、5000円分のカードにした。買ってカードを見れば、な、な、なんと!5,850円と書いてある。850円も儲けたことになる。なんというお得感!運転手さんとのやり取りの中で850円も稼いでしまった。その時間はたった約15秒間。一分に換算すれば3,400円、一時間なら204,000円、八時間ならば1,632,000円。一ヶ月の実働日数を20日間とするならば、32,640,000円にもなる。これでこの不景気は乗り越えられる、一人勝ちだ!と真剣に思った私だ。

 そうして気持ちにゆとりが出た私は、「バスに乗るのはきっと今日が最後だ!」と考えた。月収三千万、年収約四億円。ま、これは仕入れなので、半分を粗利とし、月収1,500万円でもいい。これを自分の一生の生業にし、六本木ヒルズに住もうとまで思った。バスカード御殿もありえる。ビジネスモデルはコレだ!誰にも教えないで欲しい。このブログを見た人だけの秘密のアッコちゃんにしてネ!では、説明しよう。5,000円を払って5,850円になるのであるから、本来200円で25回乗れるところ29回乗れることになる。この29回を5,000円で割れば、172.41円。計算上面倒なので173円が原価だ。

 この金額以上で客に売れば商売は成立し、ヒルズ族にきっとなれる。まず、バス停でバスを待つ人にこのように営業をかける。「都バスには、現金で乗られますか?」と。「はい」と言った人だけに向けて「では190円にマケておきます」と言う。190円で売ることが出来れば、17円も儲かる。客から現金200円を受け取り、10円のお釣りを返す。それからカードを渡す。そうしてバスが来たら客にはこう言う。「バスが発車したらすぐバスの窓からこのカードを私に投げてくださいネ!」と。停留場から去り行くバスを追いかけ、ヒラヒラと舞うカードを拾ったらまた次の客に営業をかける。

 これを繰り返す。「商いは飽きずにやるからアキナイ」。雨ニモ負ケズ、雪ニモ負ケズ。一時間に4本のバスが到着するバス停で、一本のバスで4件の商いが成立すると、17円の利益×4人で68円。バス4台で一時間272円。ここまでの計算で賢明な私はついに気が付いた。日本の最低賃金にも満たないと。272円×8時間で日給2,176円。と、どこからこのお話がこんなにも夢の無いものに変わってしまったのか?甘い商売など世の中に無い!と自戒し、本業に専念するしか生きる道はないと、ここまで書き連ねながらようやく悟った。大きい金額にも、細かい金額にも結局はザルな私なのである。あっ、それと、このカードの端数、5,850円の50円は一体どうなるのだろうか?と悩んでいる。誰か教えて!
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