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フルコースのディナー 

 昨年末から一月にかけて、生きる為に頑張って栄養を摂らねばと、自炊をした時期もあった。頑張ろうと思ったが、慣れる前に既に諦め状態に陥っている。独身のプロの皆様からお教えいただくのは、ほとんどが鍋。たしかに栄養のバランスも良く、鍋と取り皿が2個が汚れるだけ、油も飛び散らず、〆では冷や飯処理も出来、手軽であることも分かった。問題は具の量の配分。一人の場合、白菜は昨年くらいからスーパーで出回りだした独り者にはなんとも有難い量の8分の1カットでも多い。エノキやシメジも一個分は多い。個別に材料を買うと、半分以上余り、2・3日連続で鍋になる。野菜が多く、雑炊に辿り着けないこともある。

 本来、ポン酢で食べる鍋が好きであるが、ポン酢も作るか買うか、その上、紅葉おろしも必要とあり、手っ取り早く鍋汁自体に味付けがしてある鍋になってしまう。そうなると、寄せ鍋かちゃんこ鍋の鍋汁、更に絞り込んで最終的にはちゃんこ鍋風が多くなる。これを連日で食べることになると、「ごっつあんで~す」状態。昨年11月は78kg、12月末に69kg、リバウンドして今じゃ74kg。過去、飲んでいる席で知人の独身男性から、冷蔵庫の残った白菜が心配なので帰ると聞き、そのミミッチさに怒りを感じた私だが、今ではその気持ちが痛いほど分かってしまう。よくいえば「もったいないの精神」が徐々に分かってきた。

 仕事中に突然、「あっ!野菜室のネギ食わなきゃ腐っちゃう」とか、今その冷蔵庫内の名称は分からないが、未熟児が入っている保育ケースのようなところに入れっぱなしの2~3週間前の豚肉やベーコンは大丈夫?とか、納豆の表面は乾燥しているんじゃないか?とか、豆腐の表面が黄ばんできているのでは?などと、多くの心配が脳裏をよぎる。鍋を食ってる最中は、カセットコンロのガスをミミッチイほど極限まで細くもする。リビングが鍋臭くなり、食事中に換気扇をつけると、その空気の対流だけでその細い火は消える。エプロンつけてお料理教室のようなカマネタに走りそうだが、「もったいない」に男女の違いは無い。

 修行中ゆえ、私の節約は、節約の本質とかけ離れている。こうして鍋に飽きた私は、ある日スーパーでパックに入った「おでん」に再会。家内がいた頃には、冬、たまに酒のつまみにと家に買って帰った。決して中の具は旨い物ではないが、寒い日のつまみには丁度いい。1パック290円位。鍋は飽きたといったのに、懲りずにチキンラーメンのピヨちゃんマーク入りの鍋におでんと汁を入れる。豆腐半丁を追加し一緒に煮込む。ビールを飲みながらおでんをつまむ。途中、〆の冷凍うどんをレンジで温める。おでんを食い終われば、残り汁に出汁を追加し更に温め、うどんを入れる。卵を入れネギを散らしてハイ出来上がり。

 または、冷や飯を入れ雑炊。これで腹は一杯。三大欲求の一つは安く手軽に満たされた。素股でいかされたような感じだ。栄養バランスを考えると、野菜は大根と追加して入れた豆腐のみ。これではイケナイと、〆の〆に安い野菜ジュース190円とポンジュースを半分ずつコップに入れてミックスして胃の隙間に流し込む。これ、案外旨い~。このディナーのフルコースは、手軽で簡単、マイ・ブームだ。汚れて洗わなければならないものは、鍋と取り皿。残る食材は全く無し。冷蔵庫の中を心配する必要も無い。でも食べ過ぎて、いつかはきっと飽きるに違いない。ま、本人が一生懸命思い込まなければディナーにならないが。
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モヤシのセイロ蒸し 

 今週は湿気が少なく、外に出て営業するには持って来いの気候が続いている。早朝出勤時は寒いくらいだ。農家は大打撃。野菜は高騰。庶民の皆さんは、スーパーの野菜売り場を行ったり来たりし、挙句、安いモヤシを買い、じゃあメニューは焼きそばかと、焼きそば三昧の日々を送られているのではないでしょうか?昨日は袋に入っている粉のソース味、今日は変化をつけて塩味の上海風焼きそばと、やってることはどこの家庭でもきっと皆同じ。夏休みの子供たちもそろそろ「お母さん!また焼きそば?」と、文句の嵐が日本全土を覆いそうな今日この頃。焼きそばに飽きたら、モヤシのナムルはいかが?あっ、それも飽きた?胡麻和えも飽きたの?

 もっとちゃんとしたモヤシ料理を作りたいなら、土鍋と蒸しセイロを用意すれば、冷蔵庫の野菜室の野菜もモヤシと一緒に一掃できる料理ができる。セイロを持っていない人は、まず土鍋の蓋の直径を測り、ホームセンターの「コー○ン」へ直行して欲しい。文字を隠す必要など全くないのになぜか隠した「コーナン」。このコーナンだけは、様々なサイズのセイロが安く揃っている。あっ、そうそう、今日、客からの帰り、神田駅の近くをチャリで走っていたらブッ飛ぶ名前の中華料理屋に出くわした。なんと「香満苑」。「嘘だろ~」と通り過ぎ、振り向いて看板を確認しようとしたら、対向車にぶつかりそうになった。店名に間違いはなかった。

 鍋に出汁を入れ、その上にモヤシや余ったキャベツ・ネギ・玉ネギ・ニンジン・ピーマンを乗せ肉を被せて卓上コンロの火で蒸すだけ。胡椒やゆず胡椒でアクセントを付け、ゆずポンでいただく。豆腐や厚揚げを入れればボリュームが更に増す。酒のつまみにもなるし、〆は野菜や肉汁がたっぷり落ちた出汁に、冷凍ご飯やうどんをぶっ込めばこのセイロだけですべては完結。自宅で蒸し料理を鍋風に食べる事は去年まで全くなかった。今年の冬、偶然テレビで、青山の紀伊国屋裏手にあるセイロ蒸しの料理店が紹介された。それを見て「自宅蒸しセイロ」を思い付き、すぐにセイロを買いに行った。量販店各社やホームセンター各社を回ったが、コーナンが最も安くサイズが多くあった。

 焼く、炒める、揚げる、煮るまではやるけど、意外と「蒸す」は食卓上でやらないのでは?鍋料理が少し変化しただけ、意外にすばやく出来て簡単なのがいい。これを料理と言えるか否かは定かではない。が、料理として最も重要な点はひとつ、鍋の蓋の直径にセイロのサイズを合わせることだけだ。自宅の土鍋の縁にジャストで入るセイロがあればいいなあ~と、予め鍋蓋の直径を測ってセイロを買いに行った。家に戻り鍋の内側の蓋の溝にジャストで入った時はとても嬉しかった。木枠のセイロは¥1,100-程。さすがA型。父はB型、母はA型。妹はAB型。今後、いったい何回の冬をこのセイロと共に私は越すのであろうか?(←大げさな!) 

 年齢と共に揚げ物や、テーブルに油が飛び散る鉄板焼き(ホットプレート)もダメになってきた。安い野菜や余った野菜も多く摂取でき、このように手軽で簡単な蒸し料理を発見できた事は私にとりとても収穫であった。さあ、皆もセイロを買いに行こうじゃないか!「コー○ン」へ。あっ、ゴメン!話を面白くしようとホームセンター名を「香満苑」につられて間違えた。江戸川区の「ホームズ」だった。さあ行こう!「ホームズ」へ。

トイレ研究(4) クソ真面目に糞を考える 

 私の朝のお勤めの時間は長く険しい。前日、夕食と称し発酵した食物から搾り取った液体を流動食として摂取することが多いのが原因である。固形物を食す事もたまにはあるが、ほとんどの時間、飲むことに費やすのが現状である。このような食生活を送り、人並な短時間のお勤めと、社会的に認知されているスタイリッシュな流線型の物体は期待できるはずも無い。誰に見せても美しく、そして恥ずかしくない「美しい糞」を出産してみたいという気持ちに駆られるようになった。忙しい朝、それを流し忘れたとしても、その後にトイレに入った人が「なんて美しい黄金なの!」と驚嘆し、間近で食い入るように見詰めて貰えるような、惜しまれながらも去り際がカッコいいような、水流に飲み込まれていく姿に郷愁や匂いが漂うような、そんな分身を生んでみたいと思うようになった。

 健康的なものの重さであれば、引力の9.8Gに助けられ途中途切れる事も無く、和式の場合は白い陶器のお皿に上品に盛り付けられる。洋式の場合は、モロキュウが味噌に刺さった感じとは真逆のイメージ(←これイメージとても難しい)、はたまた、アサヒビールの本社ビルのように、ウンコがビルに刺さっている状態を90度左へ回転させたような近代建築物のような感じになる。誰もがその形状の美しさに魅了され、ギリシャの彫刻のような気品ある完成度と、熟練した職人の手によって磨かれたカリン糖のような食をそそる艶は、後世に語り継がれるものになるであろう。大きければ大きいほど、そのものが例え長くても重力に助けられ所要時間も短くなるに違いない。このような出産が可能になれば、大腸粘膜との摩擦により出産には快楽が伴うので、長々と新聞を読むような無駄な行為は止め、出産の快楽と共に朝の神聖な儀式に集中できると思う。この摩擦の追及は、男女の組み合わせを逸脱する危険な領域に言及することとなるので、今回はやめておこう。

 そのような快楽を伴う快適な時間を過ごす為には、小腸と大腸を雑巾のように搾り出すような体内作用をもたらすツールがあるとさらにいい。下半身が「スゥー」とする何かを考えればいいのである。例えば、「ブランコ型トイレ」などがあったら最高であろう。公園に設置されているブランコの座る部分が、すべて便器になっている。そこに座ってブランコを前後に高い位置まで漕ぎ上げ「スゥー」としながら、重力とさらには遠心力にも助けられ用を足すのである。4人家族であるならば4人分の「ブランコ型トイレ」があれば、家族のコミュニケーションは活性化し、他人も羨む絵に書いたような円満家族になること請け合いだ。

 この欠点は、最後に拭く事が出来ない事くらいである。拭かなくても人間は死なないので些細な事だ。そんなデメリットを差し引いてもこの「ブランコ型トイレ」は優れものである。拭かなきゃ生きていけないと贅沢を言う家族がいる場合のみ、公園でもブランコの横には大抵、噴水があるので、家にも噴水を作りウォシュレット代わりに使えばいい。家族そろって「ブランコ・プレイ」。あまりにもほのぼのし過ぎて、SMを連想する人は決していないであろう。

 もう一案は、3Dタイプのトイレマットを作ることだ。マットの中の3D映像は、東尋坊のような高い崖から数百メートル下の岩礁だらけの荒波が砕ける海が見えるものであったり、超高層ビルの屋上から地上の道路にる豆粒のような車や人を見渡すことが出来るものもいい。高所恐怖症の私などは、恐怖のあまり、さぶイボ(鳥肌)が立ちきっと「お漏らし」してしまう。トイレなので漏らしても全く問題はない。「小が大を呼ぶ」連鎖が大いに期待できる効果絶大なマットになる。ま、余談であるが「マット・プレイ」と名付けておこう。

 トイレに要する時間は人様々であるが、私が80歳まで生きると仮定し生涯大小に要した時間の合計は、なんと627日間になる。約2年間もトイレに入っていたことになってしまう。罪を犯し服役するのと同じ期間、海外留学、駅前留学、家庭内留学、トイレ留学のようにトイレに入っていたことになる。やはり、この時間の過ごし方を真剣にもっともっと「糞真面目」に考える必要がある。
 

再燃する「第二次すき焼き論争」  「豚丼」は「牛丼もどき」なのか?それとも・・・・・・。 

 営業の帰り、昼飯を取ろうと、迷った挙句、結局、久々、吉野家に入った。BSE問題で牛丼が一時発売中止になった時、なぜか無性に牛丼が食べたくなり、築地本店を自転車で探しに行った私だ。が、築地市場場外を探したが見つけられなかった。場内にあったのだ。ならばネットで調べ、近い味の牛丼を自らの手で作ろうとまでした情熱大陸のはかせ太郎。味のポイントは甘い白ワイン。わざわざ牛丼の為にキレの悪い安価な白ワイン(モーゼルは違う)を買う気にはなれなかった。ならば、もっとも簡単で味が近いとの意見が多い「エバラ・牛丼のたれ」を買った。輝ける牛丼全盛期に想いを馳せ、涙ぐみながら牛丼をかきこんだ。

 例えるなら私の行動は、失った古代文化を取り戻そうとしたルネサンスのようだ。イスラム圏に古代ローマ・ギリシャ文化が継承されていたように「エバラ・牛丼のたれ」の中に吉野家は脈々と生きていた。ちょっと濃い目だが・・・・・・。豚肉の中でその味を継承しようとした「豚丼」は、私独自の宗教裁判で異端とした。私一人で懸命に復興させようとした14世紀から男性世紀の狭間でカンペイな諸運動を「ルネッサンスーチン女史軟禁からの復興」という。十字軍宣言があった「クレルコウモン会議」になぜ「ヨシテねアヌス1世」が登場しないのか?500年も違うから登場するはずもない。

 なぜ、吉野家の看板の「吉野家」のロゴ上に、人差し指がある方向を指しているマークを入れないのか?と、誰が言ったか、私が言った。ヤクザの親分の通夜の場合、親分の格によって、通常は内側に巻き込んだ状態で描かれている中指・薬指・小指がない場合もある。三本指すべてが無く、まるでゴム鉄砲で遊んでいるようなマークが描かれている案内を見たら要注意。銃弾が飛び交う可能性が高いお通夜だ。姓が吉野さんのお宅で不幸が起きた場合、葬儀場近くの「牛丼の吉野家」はどのような対応をするのか?そんな場合、葬儀場への案内の紙と同じように、看板上に指差し案内をつけて欲しいものだ。

 お話のイントロが長過ぎた。では、本題だ。店へ入った私は迷うことなく「牛丼並みと味噌汁」を発注した。汁はたくさん欲しかったが、「シルダク」なのか「ツユダク」なのか?どちらが正しいのか?また迷ってしまったので言えなかった。女性がこの言葉を発しているのをマトモに聞くことが出来ないシャイな私だ。店員:「お客様はいかがですか?」 女性客A:「私、あそこは並でシルダクなの」 女性客B:「私のあそこは、大盛りでツユダクなの」と、会話中の「あそこ」は多分無かったが、そのように聞こえたことがあり、赤面した記憶がある。

 また話が逸れた。戻そう。私の後の客は2人とも「豚丼並」。そんな異端な「牛丼もどき」を、この時代に食べる奴がいるのかと思いきや、次の客である着物を着た上品そうなお婆さんと孫、その孫も「豚丼」を注文した。するとお婆さんは孫にこう言った。「お婆さんに遠慮すること無いのよ!お婆さん、お金いっぱい持ってるんだから牛丼にしなさいね」と。その刹那、客も店員も店全体が固まった。「豚丼」はまるで貧しさの象徴であるが如く言い切るお婆さん。重苦しい空気が店全体に漂うことなく滞留した。私にそれを突破する術はない。特に「豚丼」を先に注文していた客が一番固まっていたはずだ。お婆さんに無差別に発砲され撃沈された状態とでも言おうか。

 豚丼より50円だけ高い牛丼を頼んだ私も、たった50円ポッキリのミミッチい優越感などあるはずもない。偶然、店内放送で「ショウガは体内の代謝を良くします」との音声が流れ、正面の豚丼を食べていたおじさんが、豚丼の上に赤いショウガをたくさん乗せ出した。

 おじさんは、決して豚を隠しているのではない。きっと照れ隠しなのだろうと大人の私はその状況を思いやった。「豚丼」は、「牛丼もどき」でとっても異端であるとした私ではあったが、お婆さんの発言は全く冗談にもなっていなかった。無差別テロに近い。孫が空気を読めていたら「牛丼より豚丼が好きなお友達はいっぱいいるよ、お婆ちゃん」と言えたかもしれない。これを豚丼を注文した客が聞けば、そのお友達と同じである客はいくらかは救われたはずだ。豚であろうが牛であろうが、私でさえ味を途中で分からなくなるほど強烈な出来事であった。だったら豚丼を注文すれば良かった。豚丼を注文した客たちの本当の苦しみをココで書けたかもしれない。「50円高くても牛丼にすれば良かった」と。

4年前と全く変わっていない、進歩の無い自分に驚くばかりだ↓
「第一次すき焼き論争」 すき焼きは牛かブタか?

料理研究(10):「雑煮」と「出産日」の関係 副題:味付けと塩加減 

 同じ出身地の男女が付き合う場合や結婚した場合、料理の塩加減で濃い薄いの問題が発展し喧嘩になることは少ない。だが出身地が違う場合、喧嘩が絶えないのではないか。そういう私の両親は埼玉県出身、私は埼玉生まれの千葉県育ちであり濃い味だ。家内は東京生まれ、東京育ちであるので薄味である。ゆえに喧嘩が絶えなかった。女性との口論で勝ったためしの無い私は結婚後、尖ったツノを家内に折られ薄味に転じた。いや、馴らされてきたのだ。「減塩ペットフード」を喰わされる猫の様に…。

 彼女が出来たばかりの男性は特に、「雑煮」には気を付けなければならない。出身地が違うとその地方独特の「雑煮」が食えて面白い等と、好奇心と驚きが入り混じり味オンチになりがちである。「雑煮」は正月の象徴的食べ物だ。ガキの時、正月に一家団欒で食べた雑煮の味は一生忘れる事が出来ない。歳を負う毎に昔の味を懐古し、その味の再現を強く要求してしまう。自分が自分で無くなる瞬間を作り出す潜在的原因を持ち合わせた恐ろしい食べ物でもある。齢を重ねる毎、実家の味を懐かしがり自然と我が出てくる。中の餅も、完全な姿か崩れた状態かの好みも過去に戻る。男は総じてこれを「お袋の味」と女性を嘲る様に軽い口調で言う傾向にある。

 もし、「雑煮」が振舞われる正月に、DNAに刻まれた好みの塩加減への懐古心が湧き上がった場合どうなるか。その懐古心は「マザコン」とも言えよう。当然、恋人同士や夫婦間では喧嘩になるのである。そうして、その喧嘩を引きずり「姫初め」も儘ならず、結果として10月10日近くに出産をする事も不可能になる。この月の10日前後に生まれた人の家庭は、「雑煮」で喧嘩する事の無い、世間も羨むあたたかい家庭と言えるのではないか。

 私の両親は同じ埼玉県出身で隣町同士である。しかし、「雑煮」の醤油加減で頻繁に喧嘩をしていたと推測出来る。時は昭和35年(1,960年)の正月に話は遡る。約一ヶ月半は喧嘩が原因で口もきかず2月の中頃に仲直りをしたのであった。仲直りの勢いの延長には、11月27日の私の出産があった。私が成人してから母に聞いた話であるが、私は望まれて生まれた児ではなかったらしい。纏綿たる私の悲しみの原因はここにあったのだ。

 父は母に対しお腹に宿るこの可愛い私を「堕ろせ」と言ったのだ。「雑煮騒動」を端緒とし、その結末である勢い付いた仲直りで宿ってしまった私の社会的位置付けを冷静且つ哲学的に分析するならば、「快楽の副産物」が最も言い当てている表現であろう。「ほたて」であれば貝柱。ヒラメであれば「縁側」のようなものである。快楽を助長・促進する華々しくそして雅やかな「大人のオモチャ」でもないのだ。人を気持ち良くさせることも適わず、親に祝福される術も持ち得ない可哀想な存在なのである。

 「アレ破れて 私あり 家晩春にして騒動深し」by(杜甫ホ=トホホ)。私の今の生き様から自身を的確に喩えるのであるならば、俳句として有名な「砂浜や 恋人どもが 夢の跡」の状況下で、使い捨てられたコンドームをエコロジー・ブームに乗って綺麗に洗い、リサイクルしていつでも誰でも使える状態が、副産物としての私に近いのであろう。これは実話だが、かつての西ドイツにはリサイクル・コンドームがあった。洗って人に貸したりはしないものであると思うのだが…。

 とまあ、たかが「雑煮」のカキコミに芭蕉や杜甫まで登場させてしまったヒッチャカメッチャかな週末一歩手前の私だ。筆任せゆえ、タイトルの「出産日」は当然あとづけだ。計画性が無く勢いだけなのでタイトルも副産物を生んでしまう。私の父がこの私を計画性無く勢いでつくったプロセスとクリソツではないか。

 世界各地のご当地スープを旨いと思える塩分基準値は、0.6%~0.8%であると聞いた。体温計のような塩分測定器が三千円位で売られているが私は買えない。家に持ち帰った途端、家内の虐めにあってしまうことが分かるのだ。見つかった罰としてその後益々塩分を減らされ、ヤル気をそがれ廃人にさせられてしまう可能性大なのだ。

地下鉄人形町駅 各出口の階段の数を検証する 

 地下鉄人形町駅のホームから地上に出るまでの階段は長く果てしない。私の事務所に近い出口は、A4出口、A5出口で、すべて人形町交差点近くの地上に繋がっている。有名な「洋食キラク」に通じるA3出口は、すべて階段であるのであまり使わない。ゆえに階段の段数を数えた事は無い。今回はA4出口、A5出口の2つに絞って肉体的・精神的な疲労度を比較することにする。
 
 A4出口は、下り電車、浅草方面へ向かい前方の車両出口の近くにある。ホームから改札へ行く為には41段の階段を登る。改札を出て左に曲がりエスカレーターがあるが、その横の階段は31段ある。そこを登り切りさらに28段の階段を登ると、地上の交差点に出る。ホームから41段→31段(エスカレーター)→28段の合計100段だ。
 
 A5出口は、上り電車の前方車両近くにある。ホームから改札へ行く為にはエスカレーターが併設されており階段は41段でA4と同じである。改札を出てからは、長く果てしないらせん状の様な階段を59段登り続けなければならない。ホームから41段(エスカレーター)→59段の合計100段である。偶然、このらせん階段を登り切った人が歩道に出てこう言った。「地獄のらせん階段だ」と。ほんとうにその通りである。交差点にあるコンビニ横に出るのだが、地上出口も狭く人とぶつかる。さらに登り切った後、2段階段を降りるオマケまである。ゆえに正確に降りる段数まで含めれば100段+2段=102段だ。
 
 A4出口は、真ん中にエスカレーターがあるので途中休憩が出来、交差点近くに出る場合は階段が広いのでストレスを感じる事が少ない。A5出口は、最初41段分エスカレーターで楽なように感じるが、その後に地獄が待っている。狭い上に果てしなく長いらせん階段を登らなくてはならない。雨の日などは最悪である。地上の狭い出口周辺では、降りる2段の階段の前で皆傘を開こうとし歩道では傘をたたむ人も大勢いて、さながら満員電車のような混み方でもある。

 どちらの出口を選ぶかは人それぞれの好みであるが、私はA4出口のファンであり皆さんにも推奨する。途中休憩できるエスカレーターがある為、肉体的にも精神的にも楽であると感じる。交差点に繋がる28段の階段も広い。さらに選択肢がある。もう一つの28段の階段もありそれは裏通りに繋がっている。A5出口の地上のような混雑は無い。

 この私が肉体的・精神的に苦痛であると克明に検証したA5出口は、私の事務所を訪問する人に道順を説明するには便利な出口である。苦痛であることを検証している後ろめたさが少し付きまとうのだが説明し易いのでしょうがない。「A5出口を出た歩道を右に行き、『小諸そば』を右手に過ぎ『もつ焼き神谷』がある一個目の路地を右に曲がる。200m先の交差点…」と、なる。

 事務所を人形町に構えて丸6年目が過ぎた。いつかは前人未到の研究を発表しよう思いながら6年も過ぎてしまった。なんて行動力が無い奴なんだと自分自身に憤りながらも、長い年月をかけた努力がここに実り、未知の分野であったこの研究の先陣を切れ発表できた事を今日皆さんにご報告すると共にご挨拶に代えさせていただく事とする。ご精読有難うございました。(パチパチパチパチ…、拍手鳴りやまず、爽やかな笑みを浮かべながら教授は壇上を降り過酷な研究であった事を微塵も感じさせない。エスカレータで登れるところをあえて階段で何回かは登ったのは間違いない事実である。by影の声)

料理研究(9):新宿「東京麺通団」 

(料理研究などと言う大げさな物ではないが、とりあえず食い物に関してはこのカテゴリーに入れる。ま、針小棒大だからいいか。と、根がマジメな信用取引、意味が無い)
 
 昨日、新宿に行った帰りにコラムニスト勝谷誠彦氏がプロデュースした讃岐うどん店「東京麺通団」へ行った。以前、香川県へ出張したおり、到着後すぐに昼食として高松空港を出た坂のすぐ下にある「讃岐うどん」を食べた。そのうどんがあまりにも旨かったので、その後2日間に亘り有名店を客3人と数件ハシゴした経験がある。

 「讃岐うどん」を、本場で、それも真剣に食べたのは客も私も全員初めてであり、特に「大根おろしに生醤油」をかけ、すりゴマとショウガを入れて冷水でしめたうどん」の虜になってしまった。最後にかぼすを絞って食すのだ。

 我々に2日間同行してくれたのは、メーカー社長の奥さんであった。その息子はその時私が勤めていた会社に入社しており、娘も東京の大学の学生であったので頻繁に東京に来ている。参考までに東京で「讃岐うどん」が食べたくなった場合どうしますかと聞いてみたところ、香川県の「加ト吉」の冷凍うどんが最も旨いと言っていた。

 本場で食べたうどんは断面が5mm位で四角く太い。表面がツルツルして薄っすらと黄色いが透明感もある。歯応えは抜群で、噛み切るのがやっとの物もあった。噛めば噛むほど小麦の甘みが出てくる。その甘みと大根おろしの甘辛い風味が醤油により旨みを更に引き立たせる。

 その後、東京で讃岐うどんの店に数件行ってみたが、本場のうどんを再現できていると感じる事が出来た店は無かった。社長の奥さんが言っていた「加ト吉の冷凍うどん」が最も満足できるものであった。

 「東京麺通団」のうどんは、高松出張時の感動に近いうどんであった。久々に麺にコシと甘みがあるうどんに出逢った。また値段は、東京新宿にありながら高松並み、否更に安かった。あつかけとひやかけうどんで(小)\290-、(大)\390-である。セルフであるので最初にうどんを注文し、その後惣菜のカウンターに行き好みの天ぷらやおにぎりを取って会計を先に済ます。一人\500-前後の予算で満腹になる。

 場所は、新宿大ガードの西側交差点を新大久保方向の小滝橋通りに入る。200mm先のマクドナルドの反対側を左手前ではなく左先に左折し、30m位行った左手1階にある。

料理研究(8):「小さい秋見つけて食べた」 

 この時期は例年「紅葉狩り」に出かける。今年は天気が不安定との理由で出かけなかった。それじゃあと言う事で、渋滞に巻き込まれることなく楽に晩秋を楽しむ方法を考えてみた。秋を拉致して自宅に監禁する方法だ。

 秋が凝縮されている果物をふと思いついた。「柿」である。さっそくスーパーへ行って柿を物色した。熊本県産の「太秋柿」(たいしゅうがき)と愛媛産の「次郎柿」を一個ずつ買った。

 「太秋柿」は大きく高価だ。一個300円から800円位する。甘くジューシーで柔らかい食感である。マンゴに近い食感と甘みを感じる。「太秋柿ミルクアイス」もある。「次郎柿」も、甘さがあり柿らしいサクサクとした歯応えがある。大玉で一個150円位だ。

 これらの柿を「紅葉狩り」の価値と同レベルにする為に、いかに付加価値を付けるか。食後のデザートでは一般的過ぎる。それならば、かつて秋田県か石川県で食した「柿の浅漬け」にしてみようと考えた。大した付加価値ではないが…。

 浅漬けの素に漬け込んでそれぞれを食べてみた。「太秋柿」は、カブとマンゴーのような食感は残しながら上品な浅漬けになった。「次郎柿」は大根や人参までは硬くないが程よい歯応えがあり浅漬けらしいものになった。柿は使える。「柿の糠漬け」もあるらしい。

 秋の味覚からは話が反れるが、その他に好きな浅漬けに「山芋の浅漬け」がある。浅漬けの素にわさびを溶いて山芋を入れるだけだ。

 今月はボジョレーが解禁される。柿とチーズの組み合わせでサラダを作っても存外合うかもしれない。柿の酢漬けも考えられる。柿がベースになった食品はあまり無いと思うのだが、知らないのは私だけなのだろうか。

料理研究(7):『納豆』と『豆腐』 

 『納豆』と『豆腐』 この2つの食べ物は「味噌クソ一緒」に見えるような食べ物ではないが、意味が逆である事は常々不思議に感じていた事であった。世間の通説では、何世紀も前に中国から輸入される時、言葉の意味を取り違えたというガセビアが主流であった。

「納豆」=豆を納める(豆を腐らせたものが納豆だ)
「豆腐」=豆を腐らせる(豆を潰してにがりを入れて箱に納めた物が豆腐だ)

 しかしながら、私が以前中国安徽省へ出張した際、「中国の豆腐発祥の地」という石碑を見つけてハイヤーを停めさせて以来、中国人も豆を煮てにがりを入れ箱に納めてかたどった物を豆腐と同じように言う事に
気が付いたのであった。

 ま、こんな時に気付かなくても中国料理の代表格である四川の「マーボー豆腐」を見れば日中での意味が同じである事は明らかなのに…。本当にいくつになっても大まかにしか把握できないオバカさんなのである。

以下の説が、有力であるそうだ。

 「腐」という語は、もともと固まりでやわらかく弾力があるものという意味で、腐っているという解釈ではない。豆腐の創始者は漢の高祖の外孫准南王劉安といわれているが、これも諸説あるとのこと。私が見た「豆腐発祥の地」の石碑は、上海から北西に300km位の距離の安徽省の省都・合肥から近いところにあり、この准南の近くである。「とうふ」という読みは、中国語読みそのまんまとのこと。ちなみに中国ではバターのことを乳腐と言うそうだ。

 納豆はこれまた納める豆ではなくて、昔、僧が寺院の納所(なっしょ)で作ったことに由来して納豆(なっとう)と呼ばれるようになった。ということは、日本製なのだろうか?

 これ以上調べることもなく強制終了するのであった。



日本語の思考回路を使わざるを得ない『英語教育』 

 2004年6月号『諸君!』で、数学者の藤原正彦氏と英語学者の齋藤兆史氏との対談があり、英語早期教育を批判していた。国を挙げて日本全体が熱病に捕り付かれたかのように、英会話に狂奔している。で、あるにもかかわらず、お隣の中国・韓国と語学力を比較すると、日本人の語学力は彼らの上には立てないのであるそうだ。

 現在は他国との比較においては、各国の同年代に共通の試験を課し点数で順位を明確にすることが出来るようになった。しかし、相対的な語学力の問題ではないらしい。絶対的に日本人は英語が出来ないのである。なぜか。

 語学の基本は、インプットしてアウトプットする。「耳で聞いた言葉を口で真似することにある」。聞くことは話すことの必要条件である。「読んだ言葉を書くことにある」。読むことは書くことの必要条件である。

 海外に暮らしていない我々は、日本語の説明や解説で英語を学ばなければならない。ゆとり教育で日本語教育も疎かになっている昨今、説明された日本語も理解できなかったり、テスト問題の日本語の文章も読めなかったりするそうだ。英語は、日本語の思考回路で認識していかなければならないのである。

 ゆとり教育は確実に国語力を低下させる。低下すれば必然的に英語力も低下する。テレビ・パソコン・ゲーム画面など一日中一人で見ている日本人に他国の語学が身に付く訳が無い。

 日本語モドキの歌でさえ子供の頃にインプット・アウトプットを繰り返せば、何も疑うことなく覚えてしまうものだ。『かごめかごめ』が、その代表曲であろう。『夜明けの晩に』については、子供ながらおかしいと思い先生に聞いた事があった。即答は無かったが、翌日『夜明けの番人』が歌いやすいように変化したと教えてくれた。

 かーごめかごめ
 かーごのなかのとーりぃは
 いついつでやーる
 よあけのばんに
 つーるとかーめがすーべった
 うしろのしょうめんだーれ

 この曲は、子供の時に誰もが覚えることが出来、大人になった今でも歌うことが出来る曲である。日本の子供にたいする言語教育の最も有効な方法のヒントがここに潜んでいるのではないであろうか。

1:一人ではなく、多人数である。
2:多人数で円陣を組み向かい合う。
3:短い歌詞の歌を同時に皆で歌う。
4:繋いだ手と手でリズムを取る。
5:一人が鬼になり、歌が終わった時、鬼の後ろの人を当てる。(ゲーム性がある)
6:ゲームの最後に必ず笑いがある。
7:1~6を何度でも繰り返せる楽しさがある。

 『ロンドン橋』も、『かごめかごめ』にとても似ている。

London Bridge is falling down, falling down, falling down,
London Bridge is falling down, my fair lady.

 先日、NHKの番組をテレビで見たのだが、上記とほぼ似たような方法で英語授業の成果を上げている島根県の中学校教諭の授業を紹介した内容であった。言語は、そもそも意思疎通のためのツールであるので一人の教諭に多数の生徒が向かい合う状況では、その生徒の人数分教諭の意思が分散されてしまう現象が多々あることは否めない。

 言葉はそもそもキャッチボールのようなものでもある。一人の教諭が投げた球を生徒はそれぞれのレベルでキャッチする。キャッチできない生徒もいる。生徒が一斉にボールを教諭に投げ返しても生徒の人数分キャッチできるものではない。その教諭の授業では、すでに内容を理解した何人もの生徒が、まだ理解し得ない生徒の先生になり、ほぼ一対一でゲーム性を持ってキャッチボールのように授業は進められて行く。笑いも当然ある。

 日本人にとって最も効率がいい学習方法を教育現場自らが考えなければならない。日本人の場合は、英語教育の前に日本語教育がある。数学の証明問題を解くにも日本語を解せなければならない。話せば話すほど体得できるのが言語である。国語や英語学習は授業中に生徒一人一人が多く言語を話せる状況を作り、ゲーム性を持たせ笑いを伴うような授業に変えていくべきである。教育現場の不断の努力があれば、どこを切っても同じ金太郎飴のような授業である時代は終わるであろう。
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