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怒られても怒れない このごろ 

 車のクラクションを鳴らす場合、その意思は大きく三種類に分けられるのではないか。 ①怒り心頭にクラクションを発する場合(正しい日本語としては、「怒り心頭に発してクラクションを発する」かな?) ②「危ないから気をつけてネ!」のような善意の警告 ③「ここだよ」とか「来たよ」等の自分の居場所を教える合図である。数年前までは、滅多にクラクションを鳴らすことも無く、買ったばかりの車のクラクションを一年後くらいに始めて鳴らし、「ヘェー、こんな音がするんだ」と感動したこともあるほどだ。最近は、歳食ったこと、万年カルシウム不足、歩道は赤なのに携帯電話をかけながら悠長に渡っている馬鹿者達の増殖、親のしつけがなっていないクソガキの出現等で、怒りがじわじわと後から湧き、あのとき瞬間にクラクションを鳴らせば良かったと後悔する日々を送っている。

 最近のランボーな私は、怒りをクラクションで表現したいという邪悪な気持ちに支配されている。しかし、クラクションを鳴らすという行為自体が私自身、身に付いていない。いざ鳴らそうと思っても、クラクションを押す加減が分からなく、軽く合図する場合にはよくスカってしまうのである。その押しても音が出ない葛藤の中でもがきそして苦しんでいる。軽くゲンコツでクラクションをポンと叩けば、小さい音が鳴るであろうと考えて加減して叩くのだが音が鳴らない。韓国や中国出張の際、運転手たちがあまりにもうるさくクラクションを鳴らすので「皆、怒ってるんだなあ」と感じた時期があったが、それは歩行者に対する優しい警告であったことが後日分かったことはずいぶん前に書いた。

 前々からずーっとオートバックスへ行ってクラクションを下調べしなくちゃと思いつつ、それも出来ていない。ユザワヤや東急ハンズ等に行っている場合じゃあない。生地やパーツなんて見てるからオマエは瞬時に怒れないんだ、このオカマ野郎!そんな盲腸のような役立たずの○ン○ンなんか切っちゃえ!と、自分をいじめてどうするの?○ま○ま(伏字にする必要はなかった=たまたま)、津田沼のユザワヤの3階にある100均のダイソーへ行った時に、ゲーム用であろうパフパフのクラクションを見つけた。あのゴム部分を押すとパフパフと音がするパフパフだ。その隣には、宴会用エコーマイクがあった。大きな樹脂製のマイク本体の中にバネが入っていて、マイクに向かって話すと確かにリバーブ(エコー)がかかる。

 私みたいなオカマ野郎には、オートバックスのクラクションではなく、このパフパフのレベルでちょうどいいんじゃないか?と自問自答しながらその二つを買うことを5分間くらいは立ち止まり考えていた。その後、他の売り場へ行ってはそこへ戻り買うかどうか悩みに悩んだ。なんて決断力が無い男なんだ、このオカマ野郎!とまたまた天の声が聞こえてきた。じゃあ、しょうがないと、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、エコーマイクだけ買ってしまった。どうも、私の車にパフパフは似合わないんじゃあないか、と最終結論を出した。買い物も終わり家に向かう途中、ふと気が付いた。「2つ買っても200円だったんだ」と。タバコ一箱買うよりも安いんだったら買っとけば良かったと後悔するも自宅は近い。

 このように最近は優柔不断な毎日を送っている。昨日も国際貨物のフェデックスに集荷を依頼したにもかかわらず、その後来客が立て続けにあり、荷物の準備は出来ているという前提で集荷依頼した荷物が集荷までに作ることが出来なかった。担当者の怒りが分かったので丁重に30分後にお願いしますと媚を売るしかなかった。注意書き等、日本で作った印刷物を中国に輸出する際に、「非木材梱包証明書」を添付しなければならなかったのだが、来客中でそれが書けなかったのだ。中国サイドが明日までにどうしても必要であるとのことであったので、普段使っているEMS(国際郵便)ではなく、久々にフェデックスを使ったのに。たった60gしかない書類のような貨物でも、3,400円+サーフューエルチャージ510円で合計3,910円もする。

 同じ条件のDHLがいくらになるか?8,400円だもんね。たった60gよ。これ高杉晋作。EMSだったら900円だもんなぁ。酒が入ってないと、たった百円でも悩む私だが、この料金の差に悩むのは私だけではないはずだ。ま、EMSじゃ現地到着に3日はかかるけどね。それにしても、ドイツポストと一緒になったDHLは高すぎんじゃないの。フェデックスとのこの差も一体全体何なの?上海や香港だったらEMSで中一日、発送日から二日後には到着する。翌日もたまにある。このように清水の舞台から飛び降りるような気持ちでフェデックスに発送依頼してるのに怒られるなんて。そうそう、その前日にはトラックの運転手に怒りのクラクション鳴らされたこともあった。なんか最近、いい歳こいて皆に怒られてんなあ。このあり地獄を早く抜け出さなくちゃ。
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仕事のトラブル(1):外国からの出稼ぎ労働者 

 たしか‘86年のやけに寒い春であったと記憶しているが、某化粧品会社サマーキャンペーン用のビニール製丸型巾着バッグ5万個のデザインが採用され受注した。当時、ビニール商品は単価が安いこともありほとんどが国産であった。埼玉県草加市や千葉県野田市・松戸市などには多くのビニール製品を作る工場があった。夏に向かいビニール工場は繁忙期であり、デザイン提案と同時に予算と納期に合わせられる工場を探しようやく一社、単価・納期の折り合いがつき前回も少量であったが取引がある工場に発注した。

 スケジュールをエンドユーザーに提出する為に、その工場の社長と専務が来社した。工場の工員は全部で12人である小さな工場である。簡単な仕様であったので、一人一日2,000個は仕上げることが出来、その仕上げには5人を投入すると言われた。一日約一万個完成し、約五日間で仕事は終了する。その前に半透明の紫色のビニール生地を指定色にして完成させるのに約二週間、余裕を見て約一週間の予備期間を設け、都合約一ヶ月で納入できる。

 その後、生地の工場投入と裁断・プリントまでを確認し、納期まであと2週間であるところまでは順調であった。実質、5日間で生産は終了する。気持ち的には余裕のヨッちゃんのスルメイカだ。まだ、前の仕事が終わっておらず、私が発注した裁断・プリントした状態の生地は工場の一区画に山積みされていた。「一週間後からは仕事にかかれます」との社長の言葉を聞き安心して松戸の工場を去った。

 一週間後、工場に電話を入れた。まだ前の仕事が終わらず、まだ仕上げに入れないとのことであった。その仕事はあと二日間かかると言われた。納期まで5日間しかない。焦ったが信用するしかない。「徹夜をしてでも間に合わせます」と言われ、私は不覚にも安心してしまった。仕上げにかかる三日目の午後に工場へ行った。約束通り、私の仕事をやっていたが、その日完成したのは約三千個位であった。仕事の初日は、予定数量の立ち上がりが悪いことは分かる。

 翌日の夜も工場に行った。工員さんたちは皆外人である。たしかパキスタンから集団で来ていると聞いた。今時点で完成した数量を尋ねたところ、今日も約三千個であった。深夜12時まで残業するらしいが、それでも5千個に満たないであろう。ここで私は本当に焦りだした。この分で行くと、間違いなく納期遅れになる。五日間しかない工程の2日目で一万個も出来ていないのである。怒ってみたが怒ったところで納期が早まるはずも無い。

 他の工場と折衝し、部材を他の工場に振り分けるにも後三日間しかない。他の工場を探したところで、繁忙期なので受ける工場は無いであろう。翌日、朝一番にエンドユーザーの担当者へアポを取り事情説明に出向いて、納期の遅れの承認を取るしかないと考えた。翌日、連絡したが明日まで出張中とのことであった。昼までに工場に入る旨を工場の女性事務員に伝えようと電話連絡した。社長も専務も今日は一日中不在であるとのこと。私は頭の中が一瞬真っ白になった。

 あわてて車で工場に向かった。もしや工場は倒産したのかもしれないとの不安がよぎった。客の担当者が居ない為、納期交渉もままならない。サマーキャンペーンにしては、納期が前倒しされているのである程度、担当者が納期の余裕を取っている可能性もある。エンドユーザーの場合、納入後すぐに商品をキャンペーンで使うことは滅多に無い。でも、すぐ使うこともたまにある。今の私では、何の判断を下すことも出来ない。不安だけが募るばかりだ。

 昼前に工場に到着した。社長・専務どころが工員さん達全員もいない。ひっそりと暗い場内であった。「納期まで三日間しかないのにどうしてくれるんだ!」と、その女性に怒った。その女性に責任はないことを分かってはいるが、私の怒りのはけ口はその女性しかない。社長でも専務でもすぐに連絡を取ってくれと強く要求した。午後一時には必ず工場に社長から電話があると言った。どうにも納得がいかない私は事務員に詰め寄った。すると女性は泣きながら事情を説明し始めた。

 「パキスタン人の出稼ぎの人達は来週、滞在期間が終わるので国に帰らなければならない。一年間働きずくめで、東京見学へ一度も連れて行くことが出来なかった。納期は分かっているが今日しか連れて行けるタイミングが無かった」と、私に説明した。正直、何も言えなかった。午後一時に社長から電話があり同じ説明を受けた。すぐに帰って来いとも言えなかった。午後8時までには戻って全員徹夜してでもやらせると社長は言ったのだが・・・。

 閑散とした工場にある事務所で、私と女性事務員の長い沈黙があった。自分の気持ちを整理した。ここまで来たら、客の担当者は納期の余裕を持っていることに賭けるしかない。すぐに社に戻り、明日出張から帰ってくる担当者に事情説明のFAXを入れておくしかない。さずがに東京見学とは書けなかったが、簡単な仕様である商品だが曲線が多く予想した工程の2倍はかかってしまうことと、寒い春であったので加工が終了した後、ビニール巾着をひっくり返す手間が思ったよりかかっている事情を書いてFAXを入れた。

 FAXの最後には、もっと丁寧に加工時間をかけ不良率を落としたい旨を書き締めくくった。明日の客からの宣告は納期延長OKの無罪放免か死刑宣告かしかない。すると、その日の夜、客から電話がかかってきた。出張の帰りに会社に立ち寄ったとのことであった。事情を聞きたいので、今から会社に来てほしいと言われた。すぐに表参道の本社に出向き、サンプルを見せながら破茶滅茶な事情説明をした。担当者は言った。「この時期、ビニール工場は忙しいのが分かっているので納期は一ヶ月以上余裕を持っている」と冷静に言った。

 女性担当者が天使のように見えた。その納期の一週間前位であるならばいつでも構わないと言う。明日、工場と打ち合わせて納期の再連絡をほしいと言われた。勝訴だ、無罪放免だ!!7時半頃、打ち合わせが終わり、外の公衆電話で工場に電話した。社長が出た。今、東京見学から戻ってきて食事を皆でしているとのことであった。これからすぐに作業に入るとのこと。迷惑をかけて申し訳ないと社長が私に謝った。

 私は今、客と折衝し工場の事情を説明したと告げた。徹夜した結果不良が出ても困るので、納期延長を客が承諾したことを伝えた。約一ヶ月間の余裕が出たといっても、来週工員達は国へ帰ってしまう。来週の水曜日に皆帰国してしまうので、前日までには間違いなく納入すると社長は言った。今週は土日も休まないのでと、社長は付け加えた。そのことを言われると、私はとても複雑な気持ちになった。

 仕事は無事終了した。その週末、工場を訪ねると彼らは誰一人としていなく、閑散としている。海外からの出稼ぎ労働者を雇うのも工場としてはかなり大変であったので、今後は工場を閉鎖して他の工場に委託すると社長は話した。その時期以降、日本のビニール製品加工工場は次々と消え、韓国や中国へ生産が完全にシフトした。それと同時に私も海外に生産委託するようになっていった。プラザ合意の一年後位であろう。

益々便利になる都民の足「都営バス」 

 東京都交通局の都営バスは、眠らない大都市「東京」の産業・経済を24時間体制で支える為に、通称「都バス」の運営時間外運行(特に早朝)を専門とした子会社「カウパーバス」を平成20年10月までに設立することを決定した。「都バス」より時間的に先走ることとなる。「都バス(飛ばす)より前に運行する訳だから、カウパーバスのネーミングは都民に好意的に受け入れられるのではないか」(石原都知事談)

 尚、「都バス」運行後(深夜)にも「カウパーバス」は必要になるであろうとの都民の要望にも応え、「リフィールバス」(refill 和訳— vt. 再び満たす、補充する、おかわりする) も設立し子会社化する方針である。この東京都交通局の24時間体制により、「カウパーバス→都バス→おかわりバス→そしてまたカウパーバスから都バス、おかわりへ」と、医学的にはすでに検証されている正しい名前の循環のみを踏襲する一大事業になる。

 「今日、中国では上海と浙江省寧波を結ぶ38kmの世界一長い橋が完成しましたが、そのような莫大な費用も必要とせず、時間外運行専門の子会社を作り、それらのネーミングまで好意的に受け入れられた役所の分社化は、国の経済を更に活性化させ、節税にも貢献できるはずです」
(新橋駅前SL広場前からゆりかもめに乗り継ごうとしている中年男性 談)

「役所も男もそうですが、老朽化するとカウパーバス→都バスまでも行き着かないことが往々にしてあります。まして40歳代半ばも過ぎると、おかわりされた日にゃあ、それはもう不安で不安で・・・。東京都交通局は赤ひげ堂の妙薬かなんかを飲んでいるに違いありません。まして、24時ぶっ続けで出来るなんて・・・。「定年退職後の私たち夫婦にも春が来ました」のような週刊誌の裏表紙の宣伝のようじゃないですか。私もあやかりたいものです」
(営団日比谷線人形町駅の階段を下の段から息を切らして数えていた自由業風中年男性 談)

 「都バスより前にウンコウすることに私は反対です。子供の頃、両親やお婆さんから『夜糞は嫁に嫌われる』と耳にクソが溜まるくらい聞かされて私は育ちました。都バスより後にウンコウすることも常識はずれだと思います。後にウンコウしたらその後の『おかわり』はほぼ望めないものになるんじゃないですか。あっ、そうそう、『カウパーバス』と『都バス』の間には、『不二・オカモトカブセールバス』も理屈としては必要になりますし、『都バス』と『リフィールバス』の間には、『大王製紙ティッシュバス』も必要になります」
(JR安房鴨川駅前で折りたたみ自転車に乗っていた中年男性 談)

 「JR安房鴨川駅で発言した男性に対してのオブジェクションなのですが、『耳にクソが溜まるくらい』などという表現は日本語にはないと思います。体の上から説明しますと、目には脂(ヤニ)、耳には垢、鼻にはクソ、へそにはゴマです。もし、耳にあのウェッティーなクソが溜まってしまったら、いったいどうなってしまうのでしょうか?便利なのは水泳の時くらいじゃないでしょうか。耳からクソが出るのであるなら、いっそのこと目からは尿が出ればいいのではないでしょうか。トイレもボールに頭を突っ込むだけで簡単に大小ができますし。男女の別れ話がもつれている場合などを想定すると特に笑えます。男:『おまえ、泣いているのか?』 女:「いいえ、泣いてなんかいないわ」 男:「じゃあ、その濡れた瞳はどうしたんだ」 女:「目の涙腺からおしっこしてたの」となります。この世知辛い21世紀、こんな笑いのオアシスがなければ生きていけないじゃあないですか。
(JR館山駅で折りたたみ自転車を畳んでいた中年男性 談)

人間の本性を無視した歴史解釈 

 中学校の教科書をチェックする際いつも思うことだが、「縄文時代の人々は狩り・漁・採集生活を行い、貧富や階級の差はなかった」の「貧富や階級の差はなかった」とする件に沸々と疑問が湧いてくる。考古学者も歴史学者も歴史過程の中で、初期段階としてこの時代には「貧富や階級の差はなかった時代」であってほしいという希望的観測が多く込められているのではないか。「平等から不平等へ」なったとする背景には論理的整合制があるので、時代の流れを段階的に説明することが教えられるほうも分かりやすく簡単であることも確かではあるが・・・。

 たとえ当時、食料である貝や木の実が多く採れるような「富の分配の平等」があったとしても、人間に生来備わっている闘争本能などを失うことが果たしてあるのだろうか。心理学者マズローの欲求の五段階説にある初期的段階の生理的欲求である睡眠欲・食欲・性欲のすべてを、縄文時代の人々が平等に満たしていたとは考えにくい。それゆえ、人間の本性から考えれば「貧富や階級の差はいつの時代にもある」と、考えるべきであろう。

 とくに意思疎通の手段である言語が未発達のこの時代、意思を伝えようとする前に見た目で相手を判断したり、俗に言う「眼を飛ばす」ような行為は頻繁であったはずだ。先入観が横行している時代である。先天的な肉体の造り(筋肉の付き方や顔の造り)や体力の差などは当然あり、性的欲求については肉体的に強い男がいい女を力ずくで獲得するようなことも頻繁であったと推測できる。恋愛や結婚等に不平等を感じる人々も大勢いたであろう。

 「貧富・身分の差が生じ階級社会が発生した」とするのが縄文時代の次の時代、紀元前3世紀から始まる弥生時代とされている。水稲耕作やそれに使う道具やその素材の発達により、採取から生産の段階に入り、多く収穫されたものを貯蔵する高床式倉庫も作られた。大規模な水田での生産事業を統括したり貯蔵庫を守ったりする上で、集団を統括する必要性から支配者が出現した。

 平等の時代が終わり、支配者の出現で不平等の時代になったと解釈できるこの教科書の記述は理屈は通っており見逃しやすいが、なぜか釈然としないのは私だけではないはずだ。理性より本能で生きている私には許せないのである。じゃあ、なにかい?動物園のサル山はボス猿やそのサブがいるので弥生時代なのか?と聞きたくなる。貧富や身分の格差のない平等はいつの時代でも、あくまで理想であり、絶対的な現実にはなりえないと誰もが考える。

 人間社会が自然的な段階を踏み、時代と共に理性的・論理的に良くも悪くも進展していくような、理想として現社会を補うような次の時代が来るような、いい加減な推論を簡単に中学生の教科書で言い切ってしまうような、そんな教育はなぜか胡散臭い。誰かが裏で悪意を持って心理的支配を画策しているとしか思えない。その時代に思いを馳せるような想像力の欠如が原因か。「貧富や階級の差はあった」と、いつの時代においても「普遍的な人間自身の性」は絶対にあること教え、機会の平等はあっても結果的な平等は絶対にない事を、日本の将来を担う中学生達にしっかりと教える必要があるのではないか。

在日本ヤーレーン国総連の騒乱 

 ヤーレーン(Yahrain)は、正式名称ヤーレーン民主主義人民共和国で東アジアの国。首都はソーラン(宋蘭)。日本国島根県竹島の北東、大韓民国は北、中華人民共和国とは南に隣接する国である。中華人民共和国に最も近い人口第二位の大都市ヤサエ(野紗枝)、ロシアに隣接する極寒の都市エンヤン・サーノ(延安差阿野)、現在最も世界中をニュースで賑わせているのが、ミサイル基地のある内陸部の都市ド・ツコイーシヨである。かつてのソ連邦の影響が現在でも残っており、建国時の国名候補であったロシア風国名であるチョーソン・スタンだけは何とが免れることが出来た。しかしながら、既述のように都市名は未だにロシア風が色濃く残る。

 日本との国交は無く、日本国内には、ヤーレーン中央会館(東京都千代田区)内に在日本ヤーレーン総連合会(ヤーレーン総連)の中央本部がある。この土地と建物は現在、整理回収機構によって強制競売の申し立てを起こされ存続が危ぶまれている。この申し立ては、627億円を機構に返済するよう総連に命じた18日の東京地裁判決を受けた措置で25日付である。競売の手続きが開始されると、総連は中央本部の明け渡しを求められる可能性がある。これらの措置は「そちも悪じゃの~」との判断から行われたものであり、時代劇の勧善懲悪に感化されたことは言うまでもない。

 ヤーレーンはバーレーンと国名が似ているので勘違いされることが多いが、文化も習慣も全く異なる国である。バーレーンの場合、隣国サウジアラビアとは橋一本で結ばれており、早くから経済的な結びつきがあった。中東では最も早く石油採掘を行った国でありGDPの30%が石油関連事業によるものである。ヤーレーンの人々はバーレーンのように資源も無く、隣国につながる橋も許可なしでは渡れない。アムノックガン(鴨緑江)を渡り隣国に入るには、冬の場合、凍て付いたいつ割れるとも知れない河の上を命がけで渡らなければならない。国の代表的な産業として認知されつつあるのが、ミサイル・拉致・支援米の再輸出・麻薬・偽札などがある。

 特にミサイル産業には力を入れている。貿易契約が無い内から、税関も通さずに勝手に連射的に輸出した事件は世界中を震撼させた。それらを買い上げた客のメインは「日本海」、一発だけ「太平洋」が「テポドン・ミサイル」を買ったこともある。このような状態のヤーレーン国であるので、在日本ヤーレーン総連合会(ヤーレーン総連)の中央本部が立ち退き解体された場合、騒乱(ソーラン)が起こることが予想される。(ここまで長かった。終わった~)

ハ~イ!先生と一緒にみんなも歌ってね!ソーラン節の節だよ~。
サン、ハイ!

♪ヤーレーン、総連、騒乱、騒乱、ソーラン、ソーラン、ハイハイ←ここが最も今回言いたかった事)
妊娠したかとヤモメに問えば わたしゃ立つ事も出来ない ただのデブ チョイ←ただのつなぎ)
ヤサエ エンヤン・サーノ ド・ツコイーショ ア ド・ツコイーショ ド・ツコイーショ(多くの都市名)

ちょっとだけ面白かったでしょ。最後だけでも良かったのになんて、そ・れ・は・禁句!
首都の宋蘭と騒乱がかかっててなかなかでしょ。ねえ?
ヤーレーン国をリアルな国名にして歌っちゃダメだよ!
そんなことしたらオシリ・ペンペンしちゃうからね~。

中国人作家 反日批判論文を撤回 

以下、SankeiWebより引用

「戦争記念館展示は誤り」 中国人作家、反日批判論文を撤回

【北京=野口東秀】中国・上海大学中文系教授で作家の葛紅兵氏(38)が今月上旬、中国各地の抗日戦争記念館について、「復讐(ふくしゅう)心をあおるような展示はやめるべきだ」とする論文を発表したところ、非難が殺到、葛氏は10日弱で論文を取り消す事態に追い込まれた。胡錦濤指導部は「中日友好」を重視し、対日批判を押さえ込んでいるが、葛氏への非難のなかには「(中日)友好宣伝に反感がわく」と政府批判まで登場、当局は社会の安定を重視し事態を沈静化させる方向に動いたとみられる。

 非難殺到、政府にも矛先

 論文は、日中戦争の発端となった盧溝橋事件から70周年にあたる7月7日に北京郊外の抗日戦争記念館で行われる行事を前に今月12日、同氏のブログに掲載された。論文は「歴史を記憶させることに反対はない」としながら、「しかし恨みをあおる展示の仕方は誤りであり反対する」「寛容と和解を抱くことが中国の国益にもなる」などとして、事実上、「反日教育」の転換を訴える内容だった。
 
 葛氏は論文撤回直前、産経新聞に対し、「事態はすでに自分がコントロールできる範囲を超えた」などと返答、電話などでの批判が想像を超えるほど多いことを示唆した。ただ、当局から論文撤回要求があったかどうかは明言しなかった。ネットでの葛氏への非難は、「おまえは中国人か」「日本に対し中国は、まだ寛容ではないというのか」といった批判や、旧日本軍の「人体実験」や、靖国神社参拝問題、石原慎太郎都知事の過去の発言に言及し非難を展開したものもあった。

 一方、「中国人の反日感情は中国政府の中日友好の宣伝教育のなかで生まれたものだ」などと政府への反発の意見も少なくなかった。
 
 論文が削除された後の22日のブログで、同氏は「私の論文がネットで反復され重大な争議を巻き起こした。その影響は予想もできなかった。ここで正式に論文を撤回する。多くの読者の民族感情を傷つけ謝罪する」としている。胡錦濤指導部はすでに、靖国神社参拝問題や南京事件についてメディアや学術界で反日をあおらないよう通達しており、逆に19日の中曽根康弘元首相を顧問とする「日中青年世代友好代表団」の一行と胡国家主席らが会見したことを大々的に報道した。「友好」と「対日関係重視」の姿勢を示すことで、反日の動きを封じ込める狙いがある。消息筋は「当局は葛氏の論文をめぐる動きが反日を逆にあおる導火線になると判断したのではないか」と指摘する。
(2007/06/25 09:25)

中国人作家、反日批判論文を撤回 論文の要約

 日本の超党派議員の団体から抗日戦争記念館の“反日”写真を撤去するよう要求が出た。中日友好の観点であるならば彼らの要求は完全に道理がないとはいえない。
 
 中国各地の抗日戦争記念館での宣伝は、各種の音声技術や写真で日本人の残虐行為を再現している。これら刺激の強い宣伝はすべて「恨み」を強調することが基本目的とみてとれる。青少年の参観者にどれほどの意義があるのか。負の意義の方が大きい。彼らの心に恨みを募らせ、「戦争は人類の災難で悲劇。戦争は回避すべきだ」という教育効果はない。それに反し青少年に報復を願望させ、好戦的かつ残虐さを植え付けてしまう。いかに敵が残虐だったかを詳細に見て、「敵より残虐さをもち、敵を消滅させることで勝利を得る」との気持ちにさせる。
 
 中国の戦争記念館は反日、対日報復の宣伝場所に変わってしまった。そこからは日本人も戦争の犠牲者との視点は見えてこない。戦争記念館は、愛と平和を宣伝する場であるべきで、青少年が狭隘(きょうあい)で好戦的な姿勢、憎しみを強調することを名誉と思いこむ姿勢になっているのは記念館の宣伝効果だ。
 
 各地の戦争記念館で展示される大量の血にまみれた写真は人間性教育に不利で、小中学生の正確な人類観、戦争観の育成に助けにならない。
 
 戦後50年を過ぎ、われわれは「中国が遅れているのは日本の侵略によるものだ」と言うべきではない。恨みは人の心をだめにする毒薬であり、国家(民族)の心を害する毒薬である。

以上、SankeiWebより引用(2007/06/25 09:24)

 

 先の大戦における日本との戦争の結果の対日関係は、江沢民以降更なる反日教育を施して人民を煽ってきた中国政府の指導の下、あたかも日本悪しという勧善懲悪で人民感情を操作し昨年の小泉政権まではその効果も熟し切り最悪の状態になっていた。その後の静けさは阿部総理の画策では決してなく、たまたまそのタイミングが中国にとって良く静かになっただけである。中国がオリンピックや上海万博を控え、日本に対する懲悪が原因となる外交問題で、世界の常識・良識に晒されたくない中国政府が勧善のみ重視した政策転換であることは間違いない。

 前にもこのブログで書いたが、私も上海大学教授の葛兵紅氏も、戦後半世紀を過ぎ、「中国が遅れているのは日本の侵略によるものだ」という恨み混じりで他国に責任転嫁するようなことは、世界の中の一強国としてすべきではないと強く思っていることは同じである。中国の最も大きな問題は、経済・軍事の成長は著しい割に、乗数効果が働かず沿岸と内陸の貧富の格差が益々開いてきていることに集約される。一党独裁且つ法治ならぬ人治主義が原因で、中央政府や地方政府を中心とし、その家族や親族にしか富が行き渡らない政治・経済システムの老朽化といえる。

 この老朽化したシステムでも、世界的な大イベントが次の中国で開催されるという目標がありそれを人民が一丸となって成功させようとする精神的支柱が明確であるならば、それらに群がりその利権を行使でき商売する少数の選ばれし人達の恩恵が、いつかは自分も授かることが出来るかもしれないといった曖昧な期待感で人民は今を乗り越えていくことが出来よう。しかし、それらの開催後、収入はインフレで増えたように見えるが可処分所得が以前と同じであるような、実質的な富の分配が無く利権者のみが潤ったことに気付いた場合、人民の怒りの矛先は果たして日本に向くのであろうか。中央政府が管理しきれないほど、情報は錯綜し人民は混乱し目の前の見える敵しか考えられなくなるであろう。

 このような政府に向けられた怒りが国外に向かわない場合、今までの反日政策のカードや抗日戦争記念館での反日宣伝は徒労に終わる。そのような場合隣国の例を引けば、まずは都市部の不安を鎮静するために、88年のソウル・オリンピック後の韓国のようにクレジット・カードや割賦販売を子供騙しのように横行させる可能性も考えられる。その結果は97年のIMF救済でご存知の通り国家の破綻である。更なる中国の貧困の原因を作ったのは誰か。間違いなく共産党であると中国の奥地の人民にまで、行き渡るに違いない。中国はその膨大な国土ゆえ貧富の格差が原因になり、更には教育の格差、情報の格差なども深い根を下ろしている。

 警察力や軍の力を持って一政党が人民を押さえつけようとしても、今やそれらの組織も拡大を続け、その中においても富を有するものと、貧困に喘ぐものと両極端に分かれてきている。これらの組織の中から民主化を訴えたり武力を持って暴走するものが出てきた場合、不満分子のレベルではなくなる。一歩間違えれば、完全な内乱になるであろう。隣国であるソ連邦のペレストロイカやグラスノスチに端にした解体なども実際に目にし、それらのシュミレーションも中央政府は十分に考えているはずであるが、絶対に自分の利権を手放そうとはしない原因はいったい何なのであろうか。

 前近代的な行為のように思われれる賄賂の横行や身内を潤わせようとする利権者の行為は、民主国家日本といえども昨今のニュースのように今現在も当たり前にある。利権者ともいえる官僚や役人、中国の場合は一党独裁なので共産党員全般においては、体制が変わることで、自分が働いてきた悪事の数々や富の独り占めを暴露され、事後法で裁かれるのが怖いので現体制を頑ななまでに維持しようと躍起になっているはずである。アジアにおいては、韓国のように前の大統領を裁くがごとく、事後法で人を裁けることが当たり前のように考えられているのではないか。

 中国の政治体制もそろそろ限界であることは、政府内部の人々の間では周知の事実であろう。法の正当な概念では、事後法で裁く行為は決してあってはならない。その概念の遵守を体制譲渡・民主化の前提条件とし(これが難しいだろうなあ)、議院内閣制か国民投票で選出される大統領制を導入することを検討する方法しか、今の中国には残されていないのではないか。共産党もいくつかに分裂し、市場経済社会党や社民党等に分裂したらいい。軍部や警察からも立候補者を立て、それをバックに議員になる事も可能だ。過去を事後法で裁く危険性が数パーセントでもあるようならば、中国の体制は頑として変わることはないであろう。

このクソガキが!!このクソ運転手が!! 

 以前もカキコミしたことだが、私の車にダンプカー並みのどデカイ音がするクラクションを付けたいと常日頃から思っている。更にその気持ちが高まる事件が連発した。昨日、自宅の駐車場から、その出口に向かう約50mを私はゆっくりと徐行して走っていた。駐車場はマンションの一階にあり、車に関係ない人でも、ゴミ捨て場や、住人がショートカットのために駐車場内を歩くことがある。ガキが飛び出したり、お年寄りが歩いていることも頻繁だ。

 駐車場出口のほうから、5歳位のボウズっくりのガキと30歳代のお父さんが二人で歩いてきた。ガキの行動は予測付かないので、更にブレーキをかけスピードを落とした。そんな場合、賢明な父親ならば予測不能なガキの手を引いて、本来車道である駐車場の端っこを「危ないよ!」と注意を促しながら歩くのが筋である。そんな仕草も見て取れなかったので、慎重な私は更にスピードを落とした。歩行者に危険を与えまいと気を使った。

 ところが、である。そのガキは落ち着き無くフラフラしだし、車の前に出ようとしているではないか。両手を広げて「とうせんぼ」のように私を挑発している。何なんだ、このクソガキがと思うや否や、3m位車が迫った場所で急に飛び出し、歩いていた反対方向へ飛行機の羽のように手を広げ強引に横切ったのだった。慌てた私はとっさにブレーキを踏み逃げていくガキをバックミラーで追った。クソガキのクソ親父が高笑いしているのが聞こえる。

 とっさのことにブレーキをかけることで精一杯であった私であった。瞬発的に怒ることが出来ない自分をいつも腹立たしく思う。私の父であったなら怒り狂って車を降り、ガキに一発ぶちかましているところだ。私がガキの頃、父の車に同乗している時、相手の車に何かしらやられたと思い込んだりした場合、すぐに相手の車を追っかけて強引に止めさせて言いがかりを付けにいったのを何べんも見てきた。まるでやくざのように・・・。

 そんな鬼のような親から生まれたのに、まるでホトケのような私である。瞬時に切れることが父のように出来ないのである。若い頃の仕事でも同じである。相手が嘘を言ったり、その場逃れの発言をした時に、そうだと分かっても、瞬間的に怒ることが出来なかった。婉曲な言い方で分かってもらおうとするので、その長い間に違うことを指摘され逆の立場になってしまい追い込まれたこともあった。さすがにこの年になってからは、はっきり言える。

 あのガキのことを思い出すと今でもあったま来る。あの瞬間、ブレーキを踏むと同時にクラクションを鳴らし、窓を開けて「このバカやろう~」と鬼の形相で怒る必要があったと今でも思っている。私もストレスが発散でき、ガキもその後は怒られることが分かっているので、車をなめたりはしなくなるであろう。私のガキの頃もそうであった。道から飛び出したり危ない自転車の乗り方をしていると、世間のオヤジに「バカヤロ~!!」と怒られたものだ。オヤジ達が怖くて注意したものだ。

 そんな経験を昨日した私が今朝、事務所近くの駐車場に車を止め事務所に向かおうと大通りを歩いて渡ろうとし車の流れが途絶えるのを待っていた時のことだ。一台のトラックがゆっくりと私の左側の駐車スペースに停車しようとしている。歩道から車道に降りている私の手前で停車するものであるとばかり思っていた私は、車道の車の流れの途切れるのを更に同じ場所で待っていた。駐車枠に完全に入っていたので、それ以上こちらに来ることがないと思い込んでいたトラックは、枠を外れ私の直前まで近づいてくる。

 運転手は横の窓を開けており顔もよく見える1m位の至近距離である。小さい声でも伝わる近さにいるにもかかわらず、大きな音のクラクションを鳴らし私にそこを退けという。鳴らされるような気はしたので、飛び上がってまでは驚かなかったが、人に対するコミュニケーションが出来ない不器用な奴であると感じた。窓から顔を出し、「前に行きたいので、そこをどいてくれますか?」と簡単に言えば済むことである。ガキもこの運転手もほんとうにあったま来る。運転手には久々にガンを飛ばしてやった。スッキリとはしなかったが・・・。

早いねぇ~今週一週間は・・・ 

 今週も早かったなぁ~。光陰矢のごとし、歳月人を待たず、時の過ぎ行くままに、As time goes by。なんの資源も無い会社には、唯一時間だけが大会社と平等に共有できて、タダの資源であると思ってたのに・・・。こんな早いんじゃたまんねえなあ。オマンマ食い上げだゼ、まったく。週の最後のクソ忙しい最中に大銀行さんからは、車で移動中に携帯に電話がかかってくるし、その内容ったら会計士が作成した試算表とオレ様が記載した売り上げ金額が倍も違うんだと。前の車にぶつかりそうになっちまったぜ。青信号に変わったのも気付かなくなっちまったよ。頭いっぱいになって。

 オレも書類出すの遅かったけど、連絡くれんのも遅すぎんじゃないの?もし今、手形払いの客があったらどうすんの?今の時期はキャッシュの客がほとんどで、手形は8・9月に数件あるだけだからまだいいけどさあ。手形が生まれるまで温めてらんないのよね、ウチの会社は。以前に一回、会社設立すぐに実績が無く割り引けないんで90日間も事務所で温めてたら 死にそうになったことがあったなあ。200万円だったけど。ウチの場合はAV女優みたいなもんなの、生死が顔面にかかってるんだから。F1レーサーもAV男優も生死をかけて現場に挑んでんだなあ。

 そんでもって、手形が現金化される日にぁ、出張で銀行行けなくって、また客の経理に行って日付を書き直してもらったんだよなあ。慣れてないんで一日がかりだった。あ“~やなこと思い出しちゃった。いいじゃあないの、東京信用保証協会が銀行をバックアップしてくれてんだから。銀行になんやかんや言われたくないなあ、ほんとに。元総理大臣の某氏が役員やってる会社の手形は保証協会なしでも、銀行自ら言い出して割り引いてくれたじゃないの!目ざといんだよネ、そういうことだけは。なんかの得があるんだろうね。

 今はネットで支払いしてるんで、銀行に行かなくて済んでるけど、昔は銀行のあの空気がたまんなかったなあ。なんか犯罪者が銀行に来てるんじゃあないかと、回りのみんなに思われている気がして・・・。そんでもって、窓口から社名で呼ばれんだけど、絶対正しく社名を呼んでくれる人がいないっていったい全体どういう訳?こっちとら慣れないんでキンチョーしてんのに、日本の夏なのに。ああ、夏なのに。ま、オレの装いや雰囲気が銀行向けではないんでしょうがないけどさあ。社名の頭だけなぜか間違えんのよね、みんな。

 「パーティー○○○~」と間違えて呼ばれんのが最も多いんだけどさあ、お祭り騒ぎしてる変な会社だと、静かに座って待ってる人たちに思われんじゃない。ひどい人になると「パンティー○○○~」だもんなあ。オレはパンティー泥棒じゃないんだって!みんながオレを見てんじゃないの、まったく。社名を言い直せとも言えないし、しぶしぶ窓口にでていくしかないんだよねぇ、これがまた。OLのネーちゃんもおばちゃんもクスクスと笑ってるし。窓口で判子押すときなんか、慣れてないんでうまく押せないんだよね。どっかが欠損して何度も押すことになって。もうサインでいいんじゃないの?

 あの判子が正しいか否かを調べるために、書類を重ねてペラペラされんのも嫌だなあ。疑われてるみたいで。「社長!」と銀行員に言われんのも、バカなの分かってるけどバカにされてるみたいで嫌だ。ああ、やっぱバカにしてんのか。新卒くらいしかオレには応対してくれないからなあ。去年から行員は私服になったみたいなんだけど、似合わないからダークスーツに戻したほうがいいんじゃない?特に太った人や極端にやせた人なんか女性でもだらしなく見えんのよね。いつかは官庁やお役所とお仕事したいな。だって、信用絶大だかんね。

 お上の支払いは、手形なんて無いらしいから。毎月、口座に何億とお上から振込みがあったら、銀行もオレをほっとかないだろうなあ。あの奥の応接室で支店長じきじきに応対してくれるに違いない。 千葉の実家の隣に住んでんだけどオレの先輩で財務省のエリートいるから、今度ハニートラップでもかけちゃって、出入り業者になっちゃおうかな~。オレその先輩の恩人なんだよね~。高校時分、中学のクソガキ二人に、かつあげされてるところを助けてやったことがあるんだ。おっと、その前にネクタイ買わなくっちゃ。そうそう、スーツも。法事しか着ないからなあ、最近は。

 死ぬ前にもう一度、ダイナース・カードを持ちたいなあ。持ってるだけで空港のラウンジも使えたし。たまにしか泊まんなかったけど五つ星のホテルじゃフルーツや花のアレンジメントのサービスがあったし。イトーヨーカドーやイオンのカードじゃ、カッコ悪り~もんなあ。でもポイント貯めるために作っちゃったんだよね。♪「20日・30日は5%オフ」に誘われて作っちゃったんだよね~。ほんとにオレって庶民の、そのまた底辺で生き続けてんだなあとつくづく思う。これをなんて例えたらいいんだろう?スコップでドブさらいし続ける人生ってか。ドブをさらってもさらっても、その窪みにとめどなくヘドロがまた流れ込んでくる収拾のつかないようなそんな人生・・・。

 アアッ!いっけねえ。早くヨーカドーのポイント使わなくっちゃ。一年過ぎると無くなっちゃうんだよなあ、確か。でも来週末は5%オフの30日だからイオンにも行かなくっちゃ。忙しいなあ、オレって。煩悩が多い癖して、それまた再生産してんだから煩悩のネズミ講のようだ。今日のプレゼンは我ながら良かった。客も喜んでたし。みんな、オレのお友達たちは週末の今日も駅前留学してんだろうなあ。皆、言葉が驚くほどうまくなってるんだよ、スペイン語に近いタガログ語が。駅前に「SOVA」って名前のバニー姿のフィリピン・パブが出来たら面白いのに・・・。SOVAうさぎか。♪人生エロエロ、シマ、男もエロエロ、シマ、女だってエロエロの状態が、「努力を忘れて努力できる」唯一の道なのかなあ。「努力して努力する」---これは真によいものとは言えない。「努力を忘れて努力する」、その境地にいたるまでは「愛(いと)しむか捨てるか」という決断を身につけなければならない。渡辺昇一著 幸田露伴『努力論』を読むより抜粋 ←ほんとかね?ほんとだよ。じゃあこのへんでおひらき○み○ということで。

八頭身になってモテる方法 

 私の写真から顔のサイズを検証した結果、なんと270mmであったことは驚くべき事実であった。身長は1,710mmであるので6.33・・・頭身との悲惨な結果に驚愕し、親を恨みつつ地球で生きていくことは、こんなにも大変なのかと、改めて思い知らされた。トレンディードラマには不向きであるが、舞台俳優であるならば、どうにかやっていけそうである。みんなも自分の写真を基に何頭身であるか、検証してほしい。私より大きい場合、貴方がエイリアンであることは間違いない。

 もし、この顔の大きさのまま八頭身になろうとした場合、270mm×8=2,160mm、2m以上の身長が必要になる。シークレット・ブーツを履いても不安定すぎてコケルであろう。靴を脱いだら最後、「控えよろ~」の長い袴のようになりシークレットは保てなくなるであろう。実際の身長と45cmも違うのであるから。それよりも、頭蓋骨とあごの骨を削り、身長171cm÷8=21.37cmに整形すれば八頭身に成れる可能性も無きにしもあらずだ。

 現状のサイズが、27cmであるので、27cm - 21.37=5.63cm削ればいいことになる。頭蓋骨は薄いので、顎から削らなければならない。そうした場合、鼻の下あたりまで削ってしまうことになり火星人顔から顎なしE.T.顔になってしまう。それはとっても残念なことだ。では、どうしたら八頭身に見せられるのだろうか。私の場合、苦肉の策で顎鬚を生やしており、遠くから見ると肌部分が小さく見え小顔に見える、かな?髭はシャドウの役割を果たしている。

 記念撮影の時は極力、カメラから一番遠くに立ち遠近法を味方につける。しか~し、カメラに最も近い女性より顔がデカかったりすることもしばしばだ。重いデカイ頭をかよわい頚椎で支えているため、首は凝るし肩も凝る。頭がデカ過ぎて血も巡らないので記憶力も相当悪い。脳みそがいっぱい詰まっているかと思いきや、ほとんど使えないカニ味噌だ。カニに産まれれば良かった。やっぱり、生まれ故郷の火星に帰って生業のファッションモデルをしながら生きていくのが私には合っているのかもしれない。火星では四頭身以上で、芸能人かモデルになれるのだ。

 私の体の場合、このように小さくあってほしいと思うパーツはデカいし、大きくあってほしいと思うパーツは小さい。「大きくなーあれ!」というパーツは錆び付いている。「小さくなーあれ」は、かなり過去の出来事だ。そんな葛藤の中で生きていかなければならない。小さくあってほしいものが小さく、大きくあってほしいと思うものが大きかった場合、私はきっとヤンチャなオヤジになっていたかもしれない。「遅くなーあれ」は早かったり、「早くなーあれ」は無い。そろそーろーこの辺でおひらき(裕○○)と言う事で。

小説『手鏡』に成り得た「手鏡」 

 二重括弧で括ってしまうと、日本の著名作家が書いた小説の題名のようでもある『手鏡』は、古代中国から日本に伝来し、21世紀には消滅するはずの商品であった。ところが、元早稲田大学の植草教授が、自ら痴漢犯となり社会的地位や名誉までも犠牲にして復活させた意味深い商品になってしまった。この事件により、手鏡を持ち歩く日本男性は激減したが、「手鏡が悪いんじゃなくて植草教授のこのお手々が悪いの!」と、理性的に幼児を怒ることが出来、罪を憎んで人は憎まない日本の母親は逆に、手鏡に感情移入し哀れに思えて買い求めるようになった?だろう。

 なぜここまで手鏡は廃れたのだろうか。それは両手に余る時代になったからであろうと推測される。ドライヤーが‘60年代から出回るようになり、右手にブラシ、左手にドライヤーとなり手鏡を持つ手がなくなってしまったのである。また、核家族化したので一家に一台の固定式鏡(三面鏡)を独占できるようになったこともその原因の一つであろう。この論理的な推測は逆に手鏡を使った痴漢を防止することにも使える。ビジネスバッグに肩掛けストラップが付き、世の男性(痴漢予備軍)はいつその自由になった両手で、自分の意思とは裏腹に痴漢をしてしまうかが、分からなくなってきている。オイタをしてしまいそうな赤ちゃんな自分が怖いのだ。

 そんな今頃の男性が痴漢行為で鉄道警察に捕まった場合、「このお手々が悪いの、ごめんちゃいママ」と、甘えてみてももう遅いのである。駅に行けばそこら中に張ってあるポスターにも書かれているので私でも覚えた、「痴漢はりっぱな大人の行為です」ならぬ~「りっぱな犯罪です」と喧しい。「じゃあ、なにかい?スカートめくりは犯罪なのかい?」。なあんも分かんないが、ガキンチョでさえ、何故だかスカートめくりをしたくなるのである。好きな娘のパンツが見たくてしょうがないのである。この衝動は、玄関や門にあるピンポンを押したいという衝動に酷似している。将来、二つのピンポンを押すであろう自分にはまだ気付かない時期である。

 この「スカートめくり」と「ピンポンダッシュ」が好きなまま大人になった場合、「痴漢ダッシュ」する大人になることが考えられる。「通り魔痴漢」とでも言おうか。私もそれに一時期なりかけそうになったが、スカートめくりよりもっといいことがあることに気付き、すぐに元服したのでその難を逃れた。と、両手の話からやけにすっ飛んでしまったので閑話休題。まあ、そうだねぇ、男性の両手に何かを持たせておくのが、痴漢対策には最も効果的であろう。特に満員になる電車では、天井中からつり革がたくさん垂れていれば皆がそれに捕まり万歳しているので心配が少なくなる。

 公道を歩くときも、つり革のようなものを両手で握っていればいい。それが夜間になると発光すれば、それを確認した女性は安心するであろう。植草元教授の手鏡を警視庁が分析したところ、表面が鏡、その反面は教師であった。なんちゃって~。人は自分を映す鏡とも言う。ならば女を見てて自分が見えたらどんなに気色悪いだろうか。私は念力や豊かな想像力を持った目ぢからで女性の服や下着を貫通させてその先を見ることが出来るので、間接的なミラーなど要らない。「ミラーマン」になるヤツは、想像力が枯渇したオケツ野郎だ。それに比べ私は「スルー○ン」だ。なぜ伏字をしたのか自分でも分からない。最近の癖だ。

 鎌倉幕府著『吾妻鏡』のような歴史書として第一級資料にもなることもなく、かつて著名な小説家が誰一人としてこのタイトルを小説に冠したことが無い、ありそうで無かった小説のタイトルとして響きがいい『手鏡』。なぜか文学的な香り漂うのだが、それは明治の文豪「泉鏡花」の名にも「鏡」という字が使われているせいかもしれない。今考えれば、誰も小説のタイトルとして付けなかった「手鏡」の、その道具としての存在や趣のある言葉自体をここまで貶めたのは、かのミラー○ンこと植草教授に他ならない。彼のせいで、小説家を志望する青年たちのタイトル選択の幅が、また一つ狭まってしまった。
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