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皇居の桜 3月29日(土) 

 今年の東京の桜は、開花から満開までがとても早かった。先週の日曜日と比較できるように昨日も皇居周辺の花見に出かけた。昨日は、竹橋の毎日新聞社が入っているパレスサイドビルの地下駐車場に車を駐車して、千鳥ヶ淵を散策し、営団地下鉄九段下駅まで行く。そこから地下鉄に乗って一駅、竹橋で降り、改札すぐ横にある同じビル内の駐車場に戻る。科学技術館・武道館横の駐車場はこの時期、入るにも出るにも大変だ。国立近代美術館へ行くのもこの駐車場を使っている。

 昨日は、雲が多く青空が少なかった。満開が早くきたせいであろう、焦って花見に来ているような慌しさをここ皇居周辺に感じた。花見の客がたくさん行き交う千鳥ヶ淵沿い土手の狭い道で、人の往来を妨げながら宴席を張っているグループもあった。もう少し先へ行けば、桜もきれいに咲き、人の邪魔にならない場所がある。事前の調査を怠り焦った結果であろう。ボート乗り場は2時間待ちということであった。そんなに待たされたらボート待ちの人々は「暴徒」になりそうだが。
 
 靖国神社近く、インド大使館がチャリティーで出店した売店の前を通ると、三角形のウマそうな食べものを皆が買い求めている。「サモサ」というらしい。タンドリーチキンと一緒に買ってみた。マッシュポテトにカレー粉で味付けをし、それを春巻きの皮で三角に巻いて揚げた物だ。一瞬、初めて食べたこともあり錯覚し感動したが、「なんだ!カレー味のコロッケだ」と結論付けた。タンドリーチキンは素手では食い辛かった。口の周り中、カレーだらけになった。

 靖国神社には寄らず、靖国通りを降り駅に向かった。

先週、3月23日(日) 桜が開花していない風景
3月23日皇居半蔵濠


昨日、3月29日(土) 桜咲く
3月29日(土)半蔵濠


平河門
1皇居背景桜


田安門
2皇居背景桜


千鳥ヶ淵
3千鳥ヶ淵 高速と桜


半蔵濠 国会の国旗が真横に翻り日の丸が綺麗に見える
5国会日の丸


ボートに並ぶ暴徒予備軍 2時間も待つな!!日が暮れる
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千鳥ヶ淵 あ~、電線だらけだ・・・
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誉め上手 昨日のお花畑の続き 

 そうそう、昨日の「千倉の花畑」で書き忘れてしまったんだけど、久々、誉め上手な若者のカップルにその花畑で出会った。私はカメラで撮影すること自体は好きではない。色の組み合わせや微妙な色合いが好きなので、それを右脳に留めるため、資料としての画像を残すために撮っている。ゆえに人を撮るのは最も苦手だ。普段から目の前の自然や現実の色を、自分だけが分かればいいという感覚でカメラを操作している。

 好みの色やその組み合わせは一通り撮った。その後、カメラにたいする通常の感覚を持とうと考え、花畑であらゆる構図を考え向学のため画像を撮りまくっていた。そこに若いカップルがにこやかに近付いてくる。私はすぐ察知した、「撮っていただけませんか?」と言われることを。内心、「家内に頼んでくれないかなあ」と思った。が、私にカメラを差し出した。快く受けざるを得ない。承諾すると二人は重なるように中腰になりポーズをとった。

 二人の背景は、花畑が続きその先は海だ。二人の左側には花がない。土壌がむき出しの畑だ。そこを避けながら、自分としてかつてここまで考えたことはないという位、自分の位置も動かし慎重に構図を考えて撮った。過去に何度も通りすがりの人に頼まれた。都度、適当に撮ってきた私が、だ。私はたった一枚だけ撮り、背景は海まで入るようにしたことを彼らに告げ、カメラを返した。「大丈夫かなあ?」と少し不安ではあったが・・・。

 その場を離れようとすると、突然、彼が大きい声で「本当にきれいに撮れてる。有難うございました」と言った。感謝されるとは考えてなかったのでとてもうれしかった。今時の若者にしては、ちゃんと御礼が出来、見上げた心がけだ。おじさんを誉めるのが上手い。私が犬であったら尻尾をフリフリするところであった。犬でなくて良かった!「もう何枚か撮ってあげればよかったかなあ」と少し後悔した。私は誉められて延びる(鼻の下が)じゃあなく、伸びるタイプだ。「誉め殺しを分かってねえな、あのオヤジ!」と彼は思っているのかも知れない、なんていう邪推は止めておこう。

別のお花見 南房総・花畑 千葉県南房総市千倉町白間津 

 先週22日土曜日は晴天であった。前日、BOZ&TOTOのコンサートは7時開演、10時半終了と長丁場であった。終了後、JCBホール横の駐車場に車を止めてあったので、途中で弁当を買い自宅へ直行した。自宅でTOTOとBOZのCDを聞きそのまま早くも1時頃には就寝した。そんな早く寝たせいか翌日は6時半に起床し、朝飯を食べ、前日やり残した仕事を10時に終え、江戸川区の洗車場で車を洗車しワックスをかけた。

 空は晴れとても気持ちがいい。以前より行ってみたかった千葉県南房総市千倉町白間津の花畑に出かけることにした。自宅で昼食を作っていては時間がかかってしまうので、台場の吉牛で牛丼を食べ12時半には出発した。私の車にはカーナビがない。事前に自宅で生活地図サイトMap Fan Webのルート検索で調べた川崎経由アクアライン、木更津JCから館山道を使うルートが最短で、目的地まで107.8kmである。そのルートを使うことにした。

 途中、昨年鴨川駅で降り自転車で立ち寄った海浜公園「ちくら・潮風王国」に寄り、現地へ到着したのは3時頃だ。その周りにもたくさんの花畑がある。そこから山側の国道410号へ戻り、2km位南下すれば、千倉町白間津である。国道右手山側に「道の駅 白間津花のパーキング」がある。かなり混んでいたが幸運にもすぐに駐車でき、国道を挟んで海側の広大な花畑に向かった。花畑と太平洋を一望できる絶景である。

 販売用の花を作っている人工の花畑ではあるが、地元農家の人達が花畑で働いている姿を垣間見ることが出来、美しい花を咲かせる為には手間暇を惜しまない様子がよく分かる。花の農家ごとに花畑が分かれており、各農家ごとに花を販売する小屋がある。この小屋を白や黄色の小屋やロゴハウスにすれば、海を背景とした花畑全体の景観もよくなり更に客を呼べる。残念だが現在は農家の小屋の域を出ていない。

 写真を撮っていて邪魔なのは、海側の通りに沿って立っている電柱と電線だ。これらを写真データから削除するテクニックを私は持ち合わせていない。これを町の予算で地中に埋め、小屋の色や大きさ・設計基準を条例で規定し補助金を出す。ログハウスの展示場を兼ねるのもいいかもしれない。山側には花畑と海を一望できるスパ付の低層ホテルを作れば、地元の雇用も促進されるし、花畑農家の子供達も地元に定着する。

東京から車でわずか1時間半で行くことが出来る。南国の楽園だ。

潮風大国
潮風大国


白間津1 花畑と太平洋 電柱と電線が・・・
花畑5


白間津の花畑2 山側にホテルがあれば・・・ ここも電柱と電線が・・・ 小屋がやっぱり・・・
花畑7


白間津の花畑3
花畑1


白間津の花畑4
花畑2


白間津の花畑5
花畑3


白間津の花畑6
花畑4


白間津の花畑7
花畑6


白間津の花畑8
花畑8


白間津の花畑9
花畑9






「敵は本能にあ~り」 おはぎ 

 メタボな私はスーパーで買い物をする時、「おはぎ」が目に入れば買ってしまう、そんな今日この頃だ。特に「こしあん」より「つぶあん」がもち米の団子上部に被っている田舎のお彼岸風おはぎがお気に入りだ。昨日のブログはこんにゃくでメタボ回避のダイエット、そして今日はメタボ促進のノン・ダイエット、全く何がなんだか分からない。自分を弁護するのであるなら、おはぎを食べる為に他の食事のカロリーを減らしているとでも言おうか。

 そもそも、おはぎのケースにカロリーの表示が無いのがいけない。数値が無ければ私の理性には届かない。本能で買ってしまうのだ。本能寺がヘンなのだ。これこそ「敵は本能にあ~り」だ。そのように本能のせいにしつつ、会計の際、レジで多くのこんにゃくを会計されながら2個セットのおはぎが入った透明ケースをレジの女性にバリッと捕まれカウントされる時は冷や汗ものだ。私がレジ担当なら、「このバカが!」と思うはずだ。

 きっとレジ担当の女性は、ネチョネチョ濡れた袋のこんにゃくを自分の手を濡らし嫌な思いをしつつ何度もカゴから取り上げ会計し、その挙句、ダイエットに反するおはぎを買っているバカな客(私だ)に憤りを感じているに違いない。心の中では、おはぎをカゴから取り上げ「このバカヤロ~め!」と怒りながら、床に叩きつけたいという衝動に駆られているはずだ。怒りはこれに留まらない。カゴの最後には、デカイお徳用バニラ・アイスクリームもある。

 このような自己矛盾で弱々になっている自分を「オレは客なんだ」と、勇気付ける。ここマルエツのおはぎは何故か旨い。「つぶあん」にほのかな柚子の香りがする、ような気がする。だから、それが忘れられなくて何度も買ってしまう。隠し味程度に入れているのではないか。家内に尋ねたが、柚子の香りはしないと言った。柚子は私の妄想なのであろうか?否、入っているからこそ旨いんだ。ヨモギやニッキの香りでは絶対無い、と思うのだが・・・。

刺身こんにゃく 

 メタボな私はスーパーで買い物をする時、刺身こんにゃくが目に入れば買ってしまう、そんな今日この頃だ。特に外装を含めた全体が薄緑色、プチプチとこんにゃくに緑色の川海苔が入っているこんにゃくがお気に入りである。このこんにゃくには甘酢味噌のタレが入っている。外装を開封すると、こんにゃくが刺身のように20×45mm、厚みは約5mmに何枚にも切り分けられ、タレ入り袋も出てくる。先日、夕飯を待つ前に暇を持て余した私は、こんにゃくの袋に印刷されている内容を柄にも無く確認してみた。

 内容量:こんにゃく120g入り、タレ30g入りとあった。もし、他の食品をビールのつまみとしてを一人で120g食べたならメタボは更なる加速を遂げるに違いない。こんにゃくならカロリーも無いし腸もきれいになる。ビールとこんにゃくの組み合わせについては定かではないが、プリン体ゼロのビールならきっといいはずだ。その先を読むと、こんにゃく100gあたり4kcalとある。「どうだ!」のような、この食品を自信を持って選択した私はついにメタボ回避の確信に迫る数値を発見する。

 「もっと痩せてきれいになってやる!去っていった彼を見返してやるんだ!!痩せて顔の面積を減らし、おしろいの量を節約するんだ!」と、三面鏡を見ながら唇にグロスを塗り唇を舐めながら自分自身に誓うオカマチックな私に陥りそうなところ、自分は男であることにすぐ気付く私だ。本当はもっと痩せて、足膝の関節の痛みの軽減や、駅での階段昇降を楽にし、いびきや無呼吸状態をなくしたいと願っている。「こんにゃくダイエットはいいなあ」と思いながら次を読んだ。

 タレ100gあたり225Kcalと書いてある。タレの内容量は30gだ。「エエッ!かんぱ~い、状況が変わった、ルネッサン~ス by髭男爵」。数字に弱い私でも分かる。ということは、タレだけで約100Kcalあるちゅう~ことやないかい~。なんとこの袋の中のタレは、小さくても驚くべきカロリーを持っていたのである。一袋内のこんにゃくだけでは約5Kcalだが、タレを付けると100Kcal増える。二つを足せば105Kcalになってしまうのだ。

 じゃあ、タレを付けなければいいじゃん!とお考えでしょうが、このタレがあってこそ刺身こんにゃくが旨く食えるんだなあ、これが。また、親切にもこのこんにゃくは最近進化し、切り身に更に細かく筋切りをたくさん入れ、美味しいがカロリーオーバーのタレが染み込むようリニューアルされた。以前は、切り身だけで表面を細かく筋切りしたものではなかったのだが・・・。さらに美味しく食べられるようにメーカーが工夫したのであろう。

 ここで刺身こんにゃくを諦めるわけにはいかない。この状況を切り抜けてこそ、いい男に嫁げる、玉の輿になれる。すぐに思いついたのは、先日新宿で時間調整のために入ったデニーズのテーブルに置いてあったノンカロリーの砂糖だ。これをたくさん盗めばいいのか!酢味噌にこれを入れればいいんだ、と閃いたのだが、スーパーで買えばいいことにも遅れて気付いた。そうか!ノンオイルのドレッシングでもいいなあ、と主婦のようなアイディアが次々と出てくる。じゃあ、タレは要らないからその分値引きしろ!と、またまた主婦のように考える私なのであった。

JCBホール・こけら落とし BOZとTOTO 夢の共演 

 「トト様、カカ様、お元気ですか?ボズはとっても元気です」。多目的ホール
JCBホール」が東京・水道橋の東京ドームシティに3月20日オープンした。オープニング・セレモニーとして米ロックバンドTOTO(トト)とBOZ SCAGGS(ボズ・スキャッグス)が共演するこけら落とし公演が同ホールで行われた。TOTO様はこれを最後に活動を休止すると聞き、予約しチケット代\13,000-を払い2日目21日(金)のコンサートへいそいそと出かけた。

 JCBホールの収容能力は最大で3,000人超、ステージから最後部の観客まで最大25m、フラットなアリーナを3方向コの字型に3階層のバルコニー客席が囲む。同ホールは、ライブの臨場感とアーティストとの一体感を売りにしている。私の席はステージ右手すぐ上の1階層で、ステージへ向かって右手のプレイヤーはPAに隠れて見えない。ボズもルカサーもブルーノート東京並みにとっても近い。TOTOのドラマー、サイモン・フィリップスがよく見えなかったのが残念だ。

BOZとTOTOの関係は以下である。
R&B色が濃い泥臭い音楽を続けていたボズだが、1976年、ファンキーでクロスオーバー的な洗練されたサウンドの『シルク・ディグリーズ』を発表。これが全米2位を記録し、500万枚以上を売り上げた。アルバムからも「ロウ・ダウン」(全米第3位)、AORのスタンダード曲「ウィ・アー・オール・アローン」の大ヒットを放つ(このアルバムに参加したセッションミュージシャンたちは後にTOTOを結成)。次作の『ダウン・トゥ・ゼン・レフト』、『ミドル・マン』も続いてヒットした。
(ウィキペディアより引用)

 会場で買ったTOTOのパンフには、彼らのジャンルはクラシック・ロックとなっていた。古びた意味でのクラシックではなく、ハイドン・モーツァルト・ベートベンに代表される西欧の古典的・芸術的音楽のように、楽器や歌い手の編成や奏法、メロディーやハーモニーも、その領域でこれ以上の進化はなく、未来永劫に受け継がれる音楽であるという意味なのであろう。そういえば、今時のポップ楽器好きな少年少女もこの時代の音楽を聴いているようだ。

 コンサートの最初はBOZ。2曲目には早くも『Jojo』であった。こんなに飛ばして大丈夫?徐々にJojoを演ればいいのにと(座布団一枚!)、御歳63歳のボズを心配した。途中、不朽の名作『We’re all alone』を原曲より2音位キーを落として切々と歌い上げた。3年前、ブルーノート東京でボズを聴いた時は、1音下げ位であった筈。さすがのボズも寄る年波には勝てないということか。ルックスは、相変わらずイタリアン・マフィアのような出立ちで、細身にピタッとしたツヤのある上下のスーツがカッコいい。

 BOZに比べ全くルックスを気にしないのがTOTO。まるでスーパーマリオ・ブラザーズといった感じか。安いTシャツとジーパン。ルカサーはメタボな腹の上にギターを置き掻き鳴らしていた。ボーカルのボビー・キンボールは、マイクスタンド下にペットボトルを何本も並べ、歌っては飲み、飲んではステージ袖に隠れ、隠れては走ってステージに戻り、息を切らせながらまた歌っては飲みの繰り返しで、落ち着きがない。体力を自ら消耗し、挙句の果てに高い声が出てなかった。あれだけ水を飲んでいるのだから、ステージの袖には白鳥型オマルが置いてあるに違いない。

 とは言っても、音楽史上に残るBOZとTOTOの夢の共演だ。観客の年齢も30歳代後半から私の世代、そしてその上の世代までのシニア層で幅広い。20代以下はとても少ない。BOZはTOTOとの出会いによりAORの先駆者と謳われようになった。それに平行しTOTOは、ブリティッシュ・ロックをすべてを消化し尽くし、米・西海岸のロックを更に新しいスタイルに変えた。ギターリストでスティーブ・ルカサーの影響を受けなかった人は皆無であろう。今回、ルカサーのギターを聴き、私のギターに滅多に付けることの無いトレモロ・アームを付け弾いてみようという気になった。メタボな私のトレモロ・アームはどこに行ってしまったことやら・・・。「すごくよかった、BOZとTOTO」。TOTO様をリスペクトして究極のメタボバンド『KAKA様』でも作るか。

 

皇居の桜 開花状況 平成20年3月23日午前中  

 今朝、早起きし愛車ダホン(ホールディング・バイク)に乗って皇居周辺の桜の開花状況を撮影した。ほんの数本だが早くも開花していたのは、竹橋から北の丸、代官町、千鳥ヶ淵を通る道沿いのみであった。赤い花は「寒緋桜」で、桜らしい色のピンクの花は「陽光」という桜の新しい品種らしい。山桜やソメイヨシノは、蕾の先から白い花が覗いており明日にでも咲きそうな勢いを感じた。春が来た。誰にでも春はやってくる、誰でも貰えるものだ。春を買っちゃあ~お終いよ。では写真をどうぞ!

日本橋三越・日本銀行本店近くの桜(皇居周辺外の写真はこれ一枚のみ) 
背景はマンダリンオリエンタルホテルと日本銀行
マンダリンオリエンタルホテル桜



国立近代美術館前 竹橋を渡ってすぐのお壕側
竹橋 桜と菜の花



首都高代官町入口手前のカーブ お堀側 交番前
この桜は今が見頃 皇居周辺ではもっとも華やかな桜の木
桜満開全景



上記桜の近景1
近景1



上記桜の近景2
近景2



千鳥ヶ淵の土手横 皇居側の反対側の歩道を歩くと千鳥ヶ淵側に渡れないので注意!
東西線竹橋駅から来る場合は、まずお壕沿いに歩き、首都高入口で武道館側に渡る。
道路沿い桜



上記桜の近景 
この太い幹から直接咲いている桜の花が好きなんだよなあ。なんて言ったらいいんだろう。こう、なんか、自分の皮膚の考えてもしなかった場所に突然生えてきた太い黒い毛のような、白い長い毛のような、そんな愛おしさがあるみたいな感じかなあ。上手く表現できたなあ!よかった、よかった。
道路沿い桜近景



土手のタンポポを撮ってみた ダンデライオンズ
タンポポ



愛車ダホンです。ガードレールがあるので皇居側からコチラの歩道へは渡れないのが解るでしょ!子供はガードレールを「またげない」 大人はまたげます。おっと、ここまでにしておこう。
自転車



ここで今日は終わり 千鳥ヶ淵交差点から、交番前の横断歩道を皇居側へ渡り、半蔵濠方向を撮影。先は霞ヶ関。左の一番高いビルはJT本社ビル。JTは打ち合わせの時、唯一タバコが吸える愛煙家にとっては貴重な客であった。今はどうなんだろう?午前10時でした。
おほりと菜の花



 その後、半蔵門、桜田門を抜け、日比谷公園の桜もチェックし(公園ド真ん中の桜が開花していた)歩行者天国がない銀座、築地場外をジグザグに巡り、勝鬨橋、晴海大橋を抜けお台場に帰った。11時30分。マルエツで頼まれていた牛乳2本も忘れずに買った。さあ、昼飯だ!

人生はマリモッコリ 

 最近、あそこに薄っすらと毛が生えてきたようなかつての感覚で、「人生は直線上にあるのではないのだな」ということを薄っすら感じる。ついに、精神的な第二次成長期になったのか?一つの考えや自分自身を核とし、日々、忙しい場合は秒刻みで、その核から放射線状に人生や仕事の多くの選択肢が延びている、と思うようになった。

 たとえ選択肢としての一本の毛が抜けたとしても、日頃から頭皮の油分を丁寧にシャンプーしていれば、そのように核さえしっかりしていれば、毛は股から生えてくる、じゃあなくて、毛はまた、選択肢はたまたま、じゃあなくって、またまた核から生えてくる。他の選択肢もたくさんある。やり直しはいくらでも出来るということだ。

 子牛が『論語』で曰(のたま)わく「モ~、モ~、僕は煮込むよりローストのほうが美味しいよ!」じゃねえや、孔子曰く「本(もと)立ちて道通ず」だったか?のような、「繰り返し日々実践し経験を積んでいる仕事や確固たる信念があれば、自ずと道は通じるものだ」という言葉がある。2,500年前の言葉は今でも光り輝いている。

 この言葉に照らし2次元のチャートにした場合、頼りなく見える一本の線より、放射線状の線が元気に何本もあるとした方が勇気付けられる、心が休まる。3次元ならば、マリモ、ウニ、栗のようなイメージであろう。「志を立てろ!夢を描け!」だ。志や夢はその人の多様な生き様そのものだ。ゆえにマリモであれば繊毛であり、ウニや栗であればトゲだ。

 抜けても折れても、誰も気付かない程、多くあるに超したことはない。自分でさえも気付かない時があってもいい。繊毛のような柔らかさで攻めるか、はたまた、トゲのように鋭利に攻めるかは、時を見て臨機応変に考えればいい。大きい組織に入り、出世狙いだけが人生の目標である人は、一本の線のみで生きることになる。最も困難な道か。

春 そしてセルフ・コントロール 

 なんか、もう、春だねぇ~、ウキウキするじゃないか~い、ルネッサンス!足取りも軽い、口笛吹いてホライアオ、客に出かけるのも苦じゃあない。皇居横、北の丸で一本だけ桜が咲いていたのを見っけた。ユニクロで買ったアンダーパンツ(別名:ももひき)とも先週早々なだそうそう涙の決別を果たした。「ももひきさん!今年の冬も本当に有難う。また、年末あたりにお会いしませう。その時はまた、股から下を優しく包んでくださいね」。

 と、ももひきさんを、感謝のお手紙と共にタンスにしまった。すると、ももひきさんからお手紙着いた。私は読まずに食べた。しかたがないので、ももひきさんはまたお手紙着いた。しかたがないので読んだ。「テメエなんぞの下半身にはかれるのはまっぴら御免だ」と、血で書かれていた。アッタマ来たんでお返事書いた。「オメエを、スパッツがわりにダブダブのデカイトレーナーを着た大阪のおばさんの下半身タイガースにはかせてやる」と。

 ももひきさんからお手紙着いた。「テメエにはかれるよりマシだ」と。キリがないんで、思いつきで成り行きまかせなお話はここで終わる。

 先週、イオンで買い物をしてレジに並んだ。次は私の番なので、会計中の人のカゴの後ろに自分のカゴを付け、レジの台の上に乗せた。財布を取り出し会計を済ませようとしている人に、危機感を与えないようにいつもある程度の距離を置く。狭くなったレジ台の上に、無理やり後の子連れのババア(推定年齢34才)が、私のカゴを潰すように自分のカゴを置こうと、私の背後、数センチに迫り、鼻息を荒げていた。

 なにか急用でも出来たのかと思う位、せっかちに自分のカゴで私のカゴを押し続けている。次の娘への発言には驚いた。「レジの先の台が混んでいるから場所を取っておいて!」と、娘をいつもそうなのであろう、夕方の時間帯なのでレジ先の広い台は人で混雑していたが、娘は母親に従順に従い空いている台を見つけ、やおら陣取った。「テメエのルール作って、娘にまで押し付けんじゃねえよ!」と、怒りが込み上げてきた。

 せっかちな母親のパシリにされている娘が可哀想だ。「それは君んちのお母さんだけのルールで、世間にはとっても嫌がられることなんだよ」と教えてあげたかった。駐車場の空き待ちの際、女・子供を車から先に降ろし、空いた駐車スペースを陣取らせている親のようだ。私はこのような身勝手で自分本位の行為を見ると、陣取っているスペースに止めたくなくても、クラクションを鳴らし窓を開け「どけ~」と怒りながら車を止める。

 「空いたスペースには、駐車しようとして駐車場を走っているそこに一番近い車が止められる」という不文律、世間の常識を、血管を浮き上がらせながら怒り、ドスの効いた大きい声で教えてあげることにしている。昔からこのような場面を頻繁に経験しているので、必ずブッチ切れながら、無理やり車を突っ込む。「花見の陣取りと勘違いしてんじゃねえよ」。かつて、これをやられ理不尽であると思ったが諦めた経験がある。

 だから、今では身勝手な主張に屈しないよう、後悔しないよう、ブチ切れるようにしている。穏便に済まさない。私生活でも仕事でも、やっぱ、せっかちな奴は私の敵だ。「テメエ、殴り合いする覚悟でオレに物言ってのかよ!」という、高校時代までのヤンチャな、昔友達が住んでいた笹塚、昔取った杵柄、本来の私が復活する。それ以外は、韓流タレントのウォンビンじゃあねえや、穏便にすます私なのだが・・・。歳食ったせいもある。

 レジが済み、店内の喫煙所へ行った。若い兄さんが一人タバコを吸っていた。私が入ると、彼は口笛を吹き出した。「コイツ、自分自身を制御出来ねえんだろうなあ」と、狭い喫煙所で二人の危機的距離を本能が察知し、気まずさもあってか、彼は条件反射的に口笛を吹いたに違いない。いるんだよね~、こういう奴。エレベーターの中とか狭い場所で、所かまわず口笛を吹いちゃう奴。訓練しろよ~、自分自身の制御を。

 日本より日本以外のアジアの国では、日本以上にこのような状況で口笛を吹く人が多いように感じる。中には女性なのに口笛を吹く人にも遭遇もする。せっかちも含め、自分を制御する術を学ばなくては、一生そのような人で終わってしまう。昔は、貧乏ゆすりも、せっかちも、口笛もすべて持ち合わせていた私だ。友人に注意され、反発もしたが最後には受け入れ、自分を制御することを教わった。持つべきものは友人だ。

はじめてのおつかい 

 昨年のこと、母親が目の病気で浦安の順天堂大学付属病院に緊急入院した。その日は日曜日、午後から私は一人で呑気に上野の美術館へ行こうとしていた。上野駅を降り美術館出口を出た辺りで実家の近所に住む妹から携帯電話に連絡が入った。千葉市の病院で検査後、浦安へ救急車で向かうとのこと。入院手続きが必要なので、検査時間と搬送時間も含め4時間後に浦安に来て欲しいと連絡であった。

 このまま呑気に美術館へは行けないと思い、とりあえず車がある人形町の事務所へ向かった。浦安の病院までは車で一時間弱なので、残りの時間を潰さなければならない。大事を取って検査入院すると妹から聞いていた。慌ててもしょうがない。午後3時を過ぎていたので、人形町の銭湯「世界湯」に行くことを思いついた。昼間の銭湯は明るく気持ちがいい。その後、車でディズニーランドの横を通り病院に到着した。

 予定より一時間以上も早く母は到着していた。ナースセンターへ行くと既に検査は始まっている。検査後、担当の先生とお話し、明日月曜日午前中に更に精密検査をすると言われた。その後、母は病室に戻った。入院するとは思っておらず、休日診療できる病院から緊急搬送され「千葉の最果ての地に連れてこられた」と嘆いていた。千葉市から浦安を見ればそりゃあ「最果て」か。所持金も全く持っていないと言う。

 「東京から見れば千葉市のほうが最果てなんだよ、おっかさん!」と、きつく世間の常識を教えた。「なにか必要なものある?」と聞くと「全部必要」との返事だ。下着類と靴下、タオル全てだと言う。妹に電話をかけ、実家のタンスから持ってくるように頼んでみたのだが、昨日も一昨日も、朝から晩まで母親の病院巡りに付き合ったらしく、疲れてるのにこんな夜遅くに「千葉の最果てになんか行けない」とほざいた。全く似た者親子である。

 妹にも世の中の常識を教えたところ、「千葉県地図の右側に盲腸のように垂れ下がり、今にもちぎれ落ちそうなのが浦安市だ」と言った。こいつは「地図が読める女だ」と自分の妹ながら感心し、ディズニーランドの開園時に彼女はそこでバイトをしていたことを思い出した。八方塞になった私は母親に必要なものを聞き、誰をとっても美人ぞろいの看護士さんの一人をつかまえ、新浦安駅にあるダイエーが近く便利であることを聞いた。

 ダイエーには車で向かい専用駐車場に止めた。一階へ降りるとセール中の婦人用下着売り場があった。私には、このアマゾネスの世界である売り場へ入り「どんなパンティーが可愛いかしら?」と、母の好みを想像しながらシッピングを楽しむ勇気は無い。その売り場に入るのを躊躇し、手前の金物売り場で少し立ち止まり、数種類のジェントルマンな顔も作ったが、この私の出立ちではきっと変態にしか思われないであろう。

 私には母の入院という大義名分がある。自分を励ましながら勇気を持って売り場へ少し入ってみた。そしてすぐ出た。「ああ~、オレには買えない」。悲観に暮れ溢れ涙をぬぐいながら、遠くに目を見やった。セール品専用のレジがある。そこには女性店員が数人いる。閃いた。彼女に事情を話し選んでもらおうと。彼女はすぐ了解し売り場を一緒に回ってくれた。「おばさんパンツ」三枚で980円やシャツ2枚で1,600円など等。

 環境に影響されやすい私だ。生まれて初めて女モノを買った複雑な気持ちから、頭の中の思考は女言葉になっていた。「やだわ、わたしったら!」。箸が転んでもおかしくなってしまう、即効性のある女性ホルモンが何故か注入されている自分に気付いた。「どうせだったら、自分ひとりで選べばよかったわ」とも後悔した。ダイエーのフロアを慎重に袋を両手に提げ、ジャケットの後襟を抜きながら、しなをつくってそぞろ歩きしていた。

 「母はブラは要らないのかしら?なんでかしら~」と、目の星をキラキラ輝かせながら思ってもみた。「そんなの関係ないわ!」。メモに母が書いた必要なものは、他の売り場の歯ブラシ・タオルも含めすべては揃った。意外と安く上がったのには驚いた。母にブランド指定され、それがトリンプやワコールだったら、万札に羽が生え飛んでいってしまう。何故か「はじめてのおつかい」のような充実感が胸に込み上げて来た。

 「はじめてのおつかい」の子供には常に涙が付きまとう。この先、この私も涙が出る場面にきっと遭遇するのであろう。「そ、そ、そうか!」。買ったものを転んだ拍子に人様の前にばら撒かなければいい、特殊な買い物であるので慎重に運ぶ必要があることに賢くも気付いた。もし、これらを転んだ時に人前でばら撒いてしまったら、「キャ~ッ!ヘンタイ!誰かこのオヤジを捕まえて~」等という事件に発展しかねない。

 病院へ戻り母に渡すと、買ってきた下着類をガサガサと袋から取り出しベッドの上に広げ出した。「オレが帰ってからにしてくれよ」と、母親のデリカシーの無さに嘆く私なのであった。大人版「はじめてのおつかい」も番組として成立するなあ、とその時思った。
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