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西行秀樹、還暦!! 

なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさの 涙こぼるる By 西行
何の木の 花とはしらず にほひかな By 芭蕉

 この二つの歌は、西行1,100年台後半、芭蕉1,600年代後半、約500年の時を経て伊勢神宮で詠まれた。芭蕉は、西行のこの歌を意識して詠んだらしい。かたじけなさ=身に染みて有難いとの意であるが、伊勢神宮のような神域では、霊妙な(人知でははかり知ることのできない)有難い何かが、参拝する人へシャワーのように降り注ぎ、理性では全く自分を制御出来ず、涙が知らぬ間にこぼれてしまうのであろう。日本人の宗教的心情がこの歌に凝縮されている。

 仏道にある西行が、神道の杜で涙をこぼす。本地垂迹・神仏習合、最近、分かっちゃうんだよね~、この西行の気持ちが・・・。芭蕉がこの歌を読んだのが45歳なので、今の私とほぼタメだ。西行秀樹は伊勢神宮で言った。「ヒデキ、還暦!!」。西行は1,118年(元永元年)生まれ、鳥羽院の北面の武士を経て23歳で出家、その後、心の赴くまま諸所に草庵を営み諸国を放浪した。治承元年(1,177年)に伊勢二見浦に移ったとある。59歳、数えで60歳、本当に還暦だ。

 日本はいいなあ~。自然の中にたくさんの神が宿っている。その神を知っている。日本人が抱く宗教心は今も昔も変わらない。「おかげさまで」という挨拶はその典型だ。主語にどこの神様かわからないが人間を超越したものの存在を意識しており、当たり前に誰もが発することが出来る挨拶だ。自分は、まわりの多くの人や自然環境に生かされていると、誰もが謙虚に思っている証でもある。意識下に、きっちりとこの宗教観が刻み込まれているのであろう。ここで二句。

 どこそこの どちらのどなたか 知らねども すみませんとで ことはすみ
 何する気!やめてよ!にほひを 嗅ぐ癖は 変体なのね あきれちゃう モウ~(字余り過ぎ)

 西行、芭蕉にインスパイアされた私であったが、芭蕉から約400年を経て、彼らに連なることはやはり無理であった。


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夜の事務所で雨宿り 

 このようなジメジメした日がいつまでも果てしなく続くような、そんな感じがする今日この頃だ。仕事の合間にも気持ちが地面に雨と共に吸い込まれそうで嫌だ。ついに梅雨入り。人類や植物には必要な自然の恵みであるが、「夜降ってくんねえかなあ~」などと愚痴りたくもなる。お母さんにアンパンマンの長靴買ってもらって♪「雨雨降れ降れ母さんが~ピッチピッチ、チャップチャップ、ランランラン!」なんて歳でもないし、八代亜紀じゃあないが、♪「雨雨降れ降れもっと降れ、私のいい人連れて来い」ほど、自分の人生を雨に託すつもりも無い。

 「長靴履いてねえなあ~最近」。 東京じゃあ、泥濘(ぬかるみ)や水溜りが無いんだよね。履く必要がないんだなあ。ガキの時分は、買ってもらった新しい長靴で水溜りの中にガンガン入っていったものだ。アメンボを蹴散らしながら。雨上がりの水溜りが干乾びて、その底にヒビの入った泥チョコレートも遠い昔のものだ。あまりにも旨そうなんで食ってみた記憶がある。当たり前にマズかった。チョコレートやバナナ風味の消しゴムも、給食まで堪えきれなくって何度もカジった。いつも歯形がついている消しゴムを親が見て不思議がってたなあ。

 昨日、またも私宛の国際小包が東京税関で止められてしまった。そんなことが、先週も2回あった。当日中に受け取りたいので夜間配達(午後7時から9時)をリクエストした。それを待たなければならなかった。芝浦のセンターに取りに行きたいところだが、その会社に限って夜間の局留めは無い。一回目の試作サンプルなのだが、それには某有名キャラクターがプリントされている。そのせいで検査が入った。決して、偽者を作っているわけではない。向こうもそれが仕事なのでしょうがない。届かないサンプルに客はイラ付く。胃が痛い。

 半年前に提案し、すぐ決定するはずであった商品なのだが、半年もずれ込んだ。原油高のせいで原材料原価は半年前の2割り増しだ。当然、半年前の見積もりで出せる訳もないのだが、その見積もり以下で出来ないかと客は言う。当時より円高なので、少しは吸収できたが、まだ足りない。中国のメーカー3社に指値でサンプル作りをさせた。私の最も親しい中国人のパートナーは私の値下げ要請時点でその予算では不可能、一個に付きUS$0.15-アップする旨を申し入れてきた。その他のメーカーはその指値で大丈夫、大丈夫であったのだが・・・。

 予算で大丈夫と言っていたメーカーは昨日の午前中、その指値では無理、両社とも約30セントアップすると、まるで申し合わせたようなメールがきた。このテクニックに引っかかる日本人は多い。親しいパートナーの見積もりで日本到着原価をはじいていたので助かった。もう少しで、赤字を食らうところだ。何社かに振っておいたのが幸いしたとは言えなくなった。親しいパートナー1社だけと組んでいれば良かったとはあくまで結果論だ。一社のサンプルが提出期日に遅れたりすることで、販売の機会を損失することもある。保険はかけるに越したことは無い。日々勉強だ。そして今月も行員→の如し。やべ~、銀行に融資期日延長の電話しなくっちゃ!

紛らわしい「ティーバッグ」 

 リプトンや日東の紅茶を買うと、もれなく「紅茶で染めたティーバック(綿100%)」が付いてくる。てな、キャンペーンがあったらいいなあ~。娘がこの景品を貰い台所に置き忘れていたら、ボケた爺さんが何を間違えたのか紅茶を飲んでいた。「なんとも薄い紅茶じゃのう~」と、ティーバックの端をつまんで、何度も何度も湯呑み茶碗につけている。たしかに、紅茶で染めた下着の綿生地を湯に入れれば、色落ちする。たちまち湯飲み茶碗の中の湯は紅茶色に染まる。

 と、自分で書いていても「だからナンなの?」のような書き出しだが、要するにこうだ。紅茶のアレは「ティーバック」(ハに濁点のみ)なのか、「ティーパック」(ハの右肩に「○」)なのか、「ティーバッグ」(ハとクに濁点)なのか、いったいどれなんだ、ということを言いたかった。まったく紛らわしい。英語に変換すりゃあ、「Back」「Pack」「Bag」だ。「T型のBack」がまさしく私の好きなアレである。紅茶ではない。喰い込みついでに更に話を深く喰い込ませよう。

 さすれば、「Pack」なのか「Bag」なのかの2択になる。伊藤園の「抹茶入り煎茶」のパッケージを見ると、「ティーバッグ」となっていた。となると、「お茶の鞄」が正解だ。なんだ!あっという間に答えが出ちゃったんじゃあ~ないの。じゃあ、時間も余ったんで、股にはく「Tバック」の私の体験をお話しよう。3時間に亘る痔の手術を終えた私は病室に戻った。麻酔から醒め、看護士さんが局部のガーゼを取り替えようと、薄いガウンのような手術着の裾をまくった。

 「イヤ~ン~」と、少女のような恥じらいの声が出そうになったが止めた。辱めを受けた私は赤面した。な、な、なんと、ナントの勅令(1598年)。私の下半身は前も後も英文字の「T(ティー)」であったのだ。しまりの無い薄いガーゼで出来たユルユルのフンドシ姿であった。私は恥ずかしさでいっぱいになり泣きじゃくった。そして、泣き疲れ深い眠りへと入った。翌朝、起きて下半身を確認した。同じだ。きつくそのフンドシを締めた。気が引き締まった。また、眠りについた。やったこともない神輿を担ぐ夢を見ながら・・・。

ナントは、フランスの南都ではない。フランスの西部にある。どうでもいいか。杏里4世。





四川大地震 「災害の規模に合わせた日本の救援方法」 

 四川大地震による被害で、日々、亡くなられた方が増えていく。とても胸が痛む。最先端の救援技術も、機械に負うところが大きい。しかし、機械の台数には限りがある。四川の地震規模では、最先端の機械を投入したところで、大海に飲み込まれるようなものであろう。建物の倒壊等、人災であるとも言われ出したが、鉄筋が賄賂になり細くなった例は除き、地震後の救援に人が関わる限り、助からなかった人すべては人災になってしまう。

 遠くの国から傍観している人々は、簡単に中国政府の対応に不満を覚える。最先端の技術も及ばないこの規模の地震の場合、人海戦術に負うところが多いのではないか。人民解放軍の素早い投入を含めた政府の対応は、近年世界で起こった災害の救援で、もっとも素晴らしいものであったと評価される場合もある。また中国政府は、どの国よりも先に日本の救援隊を受け入れた。救援する日本人が二次災害に遭わないような配慮も感じた。

 そのような配慮された危険の少ない救援場所で、日本の救援隊は、最新技術や上越地震の経験を持ってしても、一人の命を救うことも出来ずに帰国の途に着いた。独自に乗り物や重機の手配を他国で出来るはずもなく、当然の結果とはいえ、救援隊自身の無念を思うと察して余りある。とにかく災害規模が大きすぎる。この規模では、独自の判断・物資調達で救済する必要がある。それには兵站を持つ軍隊でなければ無理である。

 中国政府は、国の舞台裏であり少数民族が多く住む中国内陸地を、世界に見せることを当然躊躇する。しかし今、そのようなことを言える時期ではない。日本にも自衛隊という軍隊がある。隣国中国が困っていれば、派遣に反対する国民はいない。自然災害時の取り決めを両国間で相互締結しておけば、救済・復興という目的の下、両国間の気持ちを束ねることは可能だ。傍観し、自国のモノサシで、災害時の中国を計ることは最も卑劣だ。

上海・常州出張 初めて知った「新幹線」 

 先週から、中国上海・常州へ出張した。時まさに中国全土が四川大地震の喪に服している5月19日から21日にかかっていた。テレビは娯楽番組等の放映を自粛しており、ホテルではNHK・BSも入らない。客四名の内二名が中国出張は初めてであったので、帰国前日の夜、東方明珠テレビタワーへ登り外灘(バンド)のライトアップされた夜景を見ようと繰り出した。しかし、いつもの夜景とは違う。ライトアップの自粛で、川沿いは真っ暗になっていたのだ。

 上海市街の街頭スクリーンでは一日中、地震の様子が映し出されていた。人民解放軍のヘリが爆音けたたましく災害地に降り立つシーンや、瓦礫の下から人を救助するシーン、胡錦濤主席や温家宝首相が被災地を視察し人民を励ますシーン等、まるでハリウッドの映画のような構成だ。共産党をこの時とばかりにアピールし、人民の支持を取り付けようと意図しているのであろう。日本のニュースで見るような、現場の実態映像は少ないように思えた。

 南京東路の和平賓館前から西へ延々と続くペプシの広告には、赤い生地のカバーがかけられ「中国加油!」(中国ガンバレ!)と白でプリントされていた。その漢字の下には白いラインがあり、まるでペプシの看板をコカ・コーラが包んでしまっているようでもあった。当初、広告の自粛のように感じたが、問題が発生し、なんだかの理由でコカコーラがペプシの看板を隠してしまったのであろう。自粛ならば「四川加油!」のはずである。

 常州で仕事を終え上海に戻る際、私一人の時はいつも電車で戻る。約200kmの距離であるが、上海へ向かう帰りの高速道路で事故渋滞に巻き込まれる頻度が高い。渋滞になれば5~6時間もかかる。更に時間がかかるときもある。私は寝ていればいいのだが、運転する貿易公司の総経理(社長)は可哀想だ。彼は渋滞で疲れ、私を上海のホテルへ送り、また常州へ帰らなければならない。帰りは深夜だ。彼の約丸一日が私の送迎で潰れてしまう。

 そのように考え数年前、常州からは電車で上海に帰ることにした。いつも、彼は車で送ると言うが、直前に電車で帰りたいと言い、その会社のスタッフにチケットの手配をしてもらう。各駅停車の電車でも2時間半位である。渋滞がない分、確実に時間が読める。彼も送迎に時間を費やす必要が無い。私も訪問したい上海の会社へアポがスムーズに取れる。夜の食事の予約も取りやすい。皆にとって私が電車で帰ることは利益につながる。

 今回、総勢五名なので、中国出張前に電車のチケットを購入するように現地の貿易公司に連絡を入れておいた。前日に全員のチケットを渡された。いつもは約20元(300円、ゆりかもめより安い!)であるのが、今回は客もいるので軟席(一等席)でとリクエストしたところ、一人61元(950円)であった。早速、不要!不要と言われたのだが立替の金を支払った。これでも安いのだが、駅へ行って驚いた。なんと、日本の新幹線、現地での名前は「和諧号」だった。

 東北新幹線「はやて」「やまびこ」に採用された「E2系1000」がベースとなっている。客席前方のディスプレーに、252kmと速度が表示された。常州~上海間の所要時間は一時間15分。席もファーストクラス並の快適さで、上海まであっという間だ。到着後、客がスリなどに会わないよう、ホームに出てタバコを一服し、乗車していた全員が改札へ向かうのを待った。ホームが閑散とした頃、改札へゆっくりと向かうのだ。タクシー乗り場で2台に便乗し、ホテルへ向かった。チェックイン後、皆を誘い早めの上海観光に繰り出すことも出来た。この新幹線を使うと、上海近郊エリアの出張はとても楽になる。

錯視 「杏マナー」の上をいくと思ったのだが・・・ 

1:「杏」の上部横棒、「マ」の上部横棒、「ナ」の真ん中横棒、「-」の横棒が
左の文字から順番に降下していくので、行が上下しているように錯視して
しまう。

杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー
杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー

―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏
―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏―ナマ杏

杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー
杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー


2:そんじゃあ、杏の前に更に横棒が上にある文字を入れれば、もっと行が
上下するのではないかと作ってみたのがこれ。更にグチャグチャになった、
ような、気がする。
 
丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マ
丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マ

―ナマ杏丁―ナマ杏丁―ナマ杏丁―ナマ杏丁―ナマ杏丁―ナマ杏丁―ナマ
―ナマ杏丁―ナマ杏丁―ナマ杏丁―ナマ杏丁―ナマ杏丁―ナマ杏丁―ナマ

丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マ
丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マナー丁杏マ

そうでもないか・・・。ワカンねえなあ。

錯視ニュース3からの引用 





洋式トイレは東か西か、はたまた北か南か? 

 高速道路を車で走っている時、心地よい風が吹き込み、私のポンポンを冷たく刺激するせいであろう、自然が私を頻繁に呼ぶ。また、中央道のパーキング・エリア「談合坂」の音の響きから団子状のウ○コの「貫き止めぬ 玉の散りたる」を想像する。すると反射的に、「談合坂」と見ただけで、このPAのトイレに引き寄せられる。

 近年、高速道路のトイレはとっても綺麗になった。JRもそうだ。しかし、私が用を足そうし、すべての扉をチェックすると、好みの洋式トイレはすべてふさがっている。常に、「東の洋式」しか空いていない。東洋式=和式トイレで屈むと、腹の脂肪が前傾を邪魔し、後方にコケそうになる。それを踏ん張る。すると腹が圧迫される。

 このようにメタボであると前傾を意識する。つま先立ちして屈み込まなければならない。これが辛い。膝がカクカクし、どの筋肉に力を入れていいか分からない。神経を集中すべき筋肉に集中できない。歳のせいか、集中すべき筋肉も忘れ、口をだらしなくポカンと開き、ヨダレを垂らし、自分は一体何をしているのか、と考えたりもする。

 「東の洋式トイレ」ならぬ「西の洋式トイレ」は、それらの邪念を誘引せず、休息も出来る素敵なお部屋といえよう。新聞なんかも読めちゃうんで、汚らわしいことをしている罪悪感も無い。故に汚いと自分を責めることも無い。行為の結果確認をしようにも、ダムの底に水没し、紙に埋もれて見えない状態にある。故に今日の出来や感想を述べる必要も無い。

 私は嫌いなのだが、便座暖房まである。これは、用を足そうと力を入れている筈の、本来ならば熱のこもった一点がぼやけてしまう。やけに広域になってしまうのだ。便座並みの太さの芸術作品が出てくるような錯覚に陥る。また、便座に接触しているのは「足なのかお尻なのか?」といった、一夜では論議し尽くせない根の深い問題もある。

 接触するところが「お尻」だと思えば、便座シートが必要だ。その接触する部分がない点では、和式トイレのほうが衛生的と見えなくも無い。だから、公共の場には和式が多いのであろう。掃除も簡単だ。しかし、私は洋式トイレがすべてにおいて好きだ。とても落ち着く。公共の場ではお金を払ってでも洋式トイレに入りたいと思うのである。

ファントム振動 

 先月、私のブログに、携帯電話を受信していないのにマナーモードの振動を感じる「お尻しびれ虫」を書いた。それは既に専門家の間で「ファントム振動」といい、現代人の中毒症・社会現象として取り上げられていたことが分かった。電話本体ではなく、脳が振動を発しているということだ。「人は世間から隔離されることに恐怖感を抱いており、そのために社会との連絡網に気づかないうちに依存している」「重度の利用者たちは、携帯電話が自分の身体の一部と感じている」とスタンフォード大学のフォッグ技術研究所所長は指摘する。

 こんな振動の幻覚に怯えるお仕事とはサッサとオサラバしたいと書いた私であったが、「世間から隔離されることに恐怖心を抱いている」という、自分では気付かない意識が原因であったとは・・・。「電話をお尻のポケットに入れていない時、ボクのお尻が電話を食べさせてと欲している」とか「お尻がピリピリして痺れちゃうボクってカワイイなあ」までは良かったが、中毒症とはショックだ。携帯電話依存症、それも重度。「携帯電話を体の一部と感じている」とあるが、それにオサラバしたいと思っていることが、体の一部と感じていることなのだろう。

 昨日早朝、出勤する際、車の中で「お尻痺れ虫」ならぬ「ファントム振動」があった。ポケットに手をやると携帯電話が無い。急いで出勤したので家に忘れてしまったのだ。すぐさま家に取りに戻った。こりゃあ便利な幻覚ではないか、と思ったが、幻覚が便利な訳がない。タバコを一時止めた時も、夢の中でタバコを吸って頭がクラクラする状態の幻覚を何度も体験した。対象が無いのに知覚してしまうことは、「セルフの狼少年」ということではないかいな。ま、人に迷惑はかけねども、自分の心が司れないとは・・・。なんとも情けなや、嗚呼、情けなや~。



郵政事業の分類と点検 

 日本郵政株式会社は業務の円滑・簡素化を図る為、平成21年度から取り扱い郵便の分類を大きく2種類にすることを発表するかもしれないし、しないかもしれない。2種の分類の内、第一種は従来通りポストに投函できるサイズの葉書・封書など、小さいサイズの郵便を「小便=しょうびん」とし、第二種は小包みなど、大きいサイズの郵便を「大便=だいびん」とする。

 日本郵政と郵便事業と日本通運は先月25日、3社で新会社を設立し、日本郵便と日本通運の宅配便事業(ゆうパック事業及びペリカン便事業)を統合する事に合意した事を発表した。これは、日本郵政と日本通運との間で平成19年10月5日に締結された基本合意書に基づき、合意されたものである。しかし、ここで大きな問題が発生した。

 3社の統合は、「大便」に分類される事業の統括であるが、30年以上も日本国民に親しまれた「ペリカン便」の名前を残した場合、私も見たことはない、見たくもない「ペリカンの大便」になってしまう。集荷を依頼する客も、配達を担当する人も「ペリカンの大便を願いします~」やら、「ペリカンの大便をお届けにあがりました」と、なにやら胡散臭い会話になってしまう。

 また、ペリカン便のマークであるペリカンの口ばしの下側、大きく受け口になっている部分に入るものは、荷物なのか、大便なのかという不安が、事業当事者や客にもよぎるようになり、双方のモチベーションが高まることなく、他社の商品に逃げてしまう可能性も指摘された。まだ、「クロネコの大便」なら、見たり臭いを嗅いだりしたことがある人が多いので安心だという意見もある。

 この混乱の中、この事業に新規参入を表明したのが、TOTO株式会社だ。「小便」や「大便」の分野ならオレに任せておけ!ということらしいが、ポストが白の陶器に変わることを危惧する意見も多い。この事態に、草葉の陰で密かに憂えているのが「日本近代郵便の父 前島密」だ。霊媒師に乗り移った前島は言った。「郵政を今一度点検する必要がある。そう、検便だ」と。

福田首相の気になる「負け犬発言」 

来日中の胡錦濤・中国国家主席は8日、都内の早稲田大学で日中青少年との交流活動に参加、北京五輪日本代表の福原愛選手と卓球を楽しみ、「ピンポン外交」を繰り広げた。胡主席は、上着を脱ぎ、眼鏡を外して臨み、強烈なスマッシュを披露。観戦した福田首相は「戦略的な卓球でなかなか油断できない。一緒にプレーしないでよかった」と話していた。
(2008年5月8日23時42分 読売新聞)

 この発言をニュースで福田首相が直接話しているのを聞いた。私は失望した。ニュースで聞いた人は、おかしい発言であると誰もが思ったはずだ。世界で謙遜は通用しない。まして外交ではなおさらだ。交渉・駆け引きにおいて、自分の得意分野に人を引きずり込み、自分が有能であることをアピールすることは世界の常識である。ピンポンが巧く力強いスマッシュを愛ちゃんに向かって幾度となく打ち込む胡主席、対する福田首相の「油断できない人とは一緒に~したくない」。すねた子供のようだ。

 「戦略的な卓球でなかなか油断できない。一緒にプレーしないでよかった」との発言は、「戦略的な外交でなかなか油断できない。根深い両国間の問題については一緒に会談したくない」に、どうしても聞こえてしまう。そう思っているに違いないと、誰もが確信してしまう発言だ。胡錦濤主席来日直前のチベットとの対話再開発言、パンダ、ピンポンと数々の煙幕を張り巡らす戦術で、首相はそれに乗じ責任回避し、外交の交渉主体であることを放棄した。

 そういえば「人が嫌がることはやらない」とかつて言い切った首相だ。そしてすべては他人事。その流れを未だ継続し、相手からは嫌がることをやられ放題やられ続けているので、ちょっとは皮肉ってやろうかとの想いが、この発言を誘引したに違いない。外交に油断があってはならないことは当たり前である。ピンポンの現場で、このような負け犬発言をした時点で、交渉の決着はついたも同じだ。これが、政治のプロ、それも日本の頂点にいる人の発言なのであろうか。

 数ヶ月前の温家宝首相とのキャッチボールも酷かった。日本の国技に近い野球に相手を引きずり込めたはいいが、福田首相のほうが下手糞に見えた。外務省はいったい何を考えている!もっと仕事をしろ!年齢も考慮に入れ、運動神経が無い人にスポーツを無理やりやらせる事は控えるべきだ。スポーツが得意でない首相の場合、その後の交渉がマイナスになると心得よ。みっともない。かっこ悪い。国益を損なう。ピンポンは胡主席に花を持たすものであった。福田首相は、生理で体育の授業を休む女子のように観戦するしかなかったのであろうが、その後のコメントくらい外務省は用意しておけ、と言っておきたい。

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