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7月末に書く 

 原油価格がニューヨークで暴落したと今朝の新聞にあった。今月初頭にはバレル140ドルを越えた価格が120ドルになったとのこと。石油素材の取り扱いが多く、船や飛行機で輸入することの多い私にとっては朗報だ。この一年は、過去の経験やコストに基づく原価計算を自分自身で割り出すことが出来ない位、原材料の高騰が続いた。年間を通して提案済みの商品については、一年も前に提案した価格で受けざるを得ない。赤字にならないように工夫すればするほど、すべて裏目に出るといった感じだ。それら高騰に追い討ちをかけるように品質のチェックも厳しくなり、品質検査報告書の合否に一喜一憂しているこの頃だ。

 品質検査の合格無しには、先の生産に進めない。検査機関の結果も7日~10日はかかる。この時期に原材料は工場で寝てしまう。モノを寝かせれば当然在庫の状態で金がかかり、検査にも金がかかる。原油の高騰で燃料代も上がり輸入コストも増える。それに輪を掛け、税関の検査も厳しくなる一方だ。完全だと思っていた輸入書類についても、本当に細かい不備を指摘され、著名キャラクターを使用している商品については、クライアントから輸入している私の会社も含め、すべての発注書を見せろとも言われた。この間、商品はストップする。輸入手続の簡素化と期間短縮を貿易立国日本としてもっと改善するべきであろうと強く思う。

 このようにすべてにおいて100%では無い状態で、あらゆる矛盾を背負い、命をすり減らすような状態で仕事をしなければならない。「つらいぜ、全く・・・」。完ぺき主義者には絶対に無理な仕事だ。自分を騙しながら、時には忘却力(記憶力の悪さ)もフル活用する。完璧でなくとも終わったことは早めに忘れるに限る。先の問題はまだまだ山積みだ。いっそのこと、熱帯雨林の国へ行き、自給自足の生活でも始めようか。バナナやマンゴーの木が沢山生い茂るジャングルで、焼畑でもして食料を確保し、多くの猿のメスを従えた一夫多妻もいいかもしれない。鉄の鎧兜を着て、ライオンと戦い、死の訪れに気付いた時、夕暮れの小高い丘で兜を脱ぐ。

 残さず自分をライオンに食べてもらい、消化され糞となり土になって地球に帰るのだ。なんという究極のエコロジーなのであろうか。その一生を見ていた神様が、「こいつは、もう一度生まれ変わらせ今度は猿にしてやろう」と考え、猿に生まれ変わったのはいいが、メス猿だった。猿語が話せるようになったはいいが、また、変な鉄兜をかぶった人間が現れ、その女にさせられる。今度は全く人間語が分からない。人間の言葉を理解しようとする向上心など欠片もないので決してストレスにはならない。生きている自分の価値さえ理解しないまま生きている。仲間の死を見ても、自分に死が訪れることなど考えることもない。迷いがあるはずも無い。
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パラパラ漫画 

 私が中学校1年の時、数学の教科書の右上の端に描いたパラパラ漫画は、今でも忘れられない傑作だ。中1の冬、野球部に所属していた私は6kmのランニングを毎日のように嫌々こなしていた。そんなランニング中の冬のある日の事、時間は日も暮れかかっていたので5時半くらいか。旧街道沿いを「ファイオー!ファイオー」と掛け声をかけ、いつもながら嫌々走っていた。その街道沿いに「モーテル〇〇入り口」という看板があり、我々が走っている真横の、その入り口である細い道から男女を乗せた車が突然出てきた。走りながらではあったが、よくよく見るとそれは数学の男の先生と保健室の若い女の先生であった。野球部は当然大騒ぎになった。

 2年生の永井キャプテンは、ものすごいキャプテンであった。皆を立ち止まらせ、「この事は、今すべて忘れろ!」と、大騒ぎしている我々に諭した。「先生たちはあの道の先に別の用事があったのだ!」と言い切った。今考えればすごいことである。13~14歳の少年がそのように言ったのだから…。チンチンに毛が生えたばかりの我々は、そんなキャプテンの言葉をも無視し、執拗に抗弁した。「あの道の先は、行き止まりでモーテルしかない」と。実際に小学校の頃、よくカブト虫を採りに行ったので、我々一年生はここら辺の道にはとくに詳しい。

 永井キャプテンは、野球部全体にかん口令を敷いた。絶対に誰にも言うなと。この前までキャピキャピの小学生だった我々は誰にも話すことが出来ないことにストレスを溜めた。誰かに言って、スッキリしたいと思った。翌日、この出来事をパラパラ漫画にすることを思いつき、その数学のエッチな先生が担当する授業中に着手した。まず構想を練るため、ノートを一枚ちぎって8コマ漫画で絵コンテを描いた。終わって2人が出てくるところでは面白くないと考え、モーテルに入っていくとこで、ばったりと野球部と出くわすという設定にした。

 直線の街道を遠近法で描き、遠くに「モーテル〇〇」の看板がピンク色に点滅しているところから始まる。手前にはリア・ウインドウから見える先生たちの車だ。リア・ウインドウからは、はっきりと男女の先生たちが見える。コマを送るにしたがい、点滅している看板が近付いてくる。先生たちの車からも、モーテルに入ろうとエッチな意思表示の黄色いウインカーが点滅し始める。遠近法の街道の向こうからは、カラスのような20人位の野球部が埃を巻き上げながら走ってきて徐々に大きくなってくる。ウインカーを点滅させている車は、左折して看板の右奥に消えていく。野球帽をかぶった集団は、車が入った方向を見て「ポツネン?」と立ち止まる。

 この絵コンテをパラパラ漫画にしていく作業はとても楽しいものであった。当時、新商品であった蛍光ペンを使い、看板のネオンの回りをグルグルと走っている黄色いネオンや、ウインカーの点滅などのパラパラの時の表情を事細かく再現した。同じクラスの野球部仲間からは天才ともてはやされた。部活が終わってから、それをキャプテンに見せた。キャプテンは笑いながら、「そこまでにしとけ」と言った。才能を発揮し、自力でストレスを発散した私であったが、絵コンテを自宅の自分の勉強机の上に置キッパにしたことは悔やまれた。 お袋は、それを発見し、なんとオヤジにチクったのだ。オヤジは会社から帰るや否やものすごい剣幕で怒った。

 「これを説明してみろ!」「説明できないんなら歯を食いしばれ!」と怒るオヤジ。先生の不倫を説明したいところであったが、キャプテンとの約束もあるし歯を食いしばることにした。往復ビンタが飛び絵コンテも破かれた。数学の教科書に描いたパラパラ漫画が見つからなかったのが、不幸中の幸いだ。「こんな芸術は、オヤジには分かるまい」と心の中で舌を出す私であった。今でも、あの年齢にして他人では絶対に考えつかない、複雑に入り組んだ人間模様を軽快なタッチで描いたマンガを、よくぞ作ったと思っている。実家へ行き、納戸から中学時代のその教科書を探してみたい。貧乏性なお袋のこと、絶対に教科書を捨てていないはずだ。不倫していた二人は、その後どうなったのであろうか。保健室の先生は、すぐに他校へ転任してしまったのだが・・・。

タスポめ!! 

 JTの所管庁である財務省は、タバコ屋に対し行政指導という姑息な手段を用い無理やり自販機にタスポを導入させた。この導入でコンビニは全体の売上が上がった。いまだにタスポに抵抗している私も必然的にコンビニに売上貢献をすることとなる。タバコを切らしちゃあいけないと慎重になり、とりあえず3箱買う。タスポが無かった時期は、どこでも販売機があったので買っても2個。タバコを買ったついでに、ニコチンで損なわれたビタミンCを補うドリンクまでも買う。更に売上に貢献することとなる。

 大手の客に出かけ、そのビル内にあるタバコの自販機までタスポが必要というのも解せない。決して未成年が買いに来ることが出来る場所ではない。りっぱなオジサン達は私を含め、コンプライアンスだなんだと、強制的に受付で名前を書かされ、カードを持たされて、その客のビルに入らなければならない。なぜ、りっぱな青年やおっさんが働く職場でも自販機は一律にタスポにしなきゃあならないの?と、彼らのやることには考えさせられることが多い。タスポ機能が無い、普通の自販機で十分じゃあないか。

 自販機を作っている会社はこれで大儲けをしたに違いない。その見返りに、天下りを更に多く受け入れたに違いない。天下り官僚へ年間何千万円ものギャラを払う為に、タスポは導入されたと考えるべきだ。確かに未成年者が安易にタバコを買うことが出来なくなり、喫煙は減っているのであろう。しかし、タスポごときで未成年の喫煙が防げるとは言い切れない。買えなくなれば皆頭を使い、どうにか手に入れてやろうと考えるのではないか。今年の夏休みは、タバコの窃盗が増えるか、オジサン顔の高校生が重宝されるであろう。

 大人がストレス解消や気分転換の一服として、時には優雅に、あるいは慢性的にたしなむ嗜好品の購入を、タスポ無しでは自販機で買えないように制限し、自由を奪う。反タスポ同盟を結んだ私の仲間も、タスポが無い不便さを思い知らされ、次々に同盟を離脱していく。これまでの厚労省や社保庁を見て分かるとおり、個人データの管理は杜撰極まりない。タスポに申し込まないで、タバコを自販機で買える方法はないものだろうか?今現在、買い置きしか方法が無いというのも、なぜかとっても惨めだ。

今昔物語 

 前に会社に勤めていた時の話。先3ヶ月間の売り上げ数字を把握する為、営業会議を招集する。利口な営業は、先々大きな受注があっても、ノルマ以上を言うことはない。きっと世間の営業マンの常識なのであろう。先々の売上数字に余裕のある営業は、会議の中で、「何月の売上が会社は足りないの?」と、「そっちから言ってごらんよ。オレが会社を助けてやるから」と態度もデカイ。私も含めちょっとお利口なだけ、それ以上ではないので、明らかに態度に出る。客の都合を理由に会議に遅れてくるヤツは、概して隠し売上を持っている。

 直前でないとなかなか表面に出ない売上数字を、探りを入れて把握しようと試みる。会議の後、新人営業を帰り際、酒に誘う。「おい、ちょっと行かない」と。すると「いいですよ」との返事。心の中で舌打ちしながら「いいですよじゃネエだろ、お願いしますだろが!」と怒る。ま、私に染み付いた体育会系コミュニケーションを彼らに求めたところで、満足いくいい返事が聞ける訳もない。飲みながら、あの物件はこうしろとか、ああしろとか、過去の実例を基に緩やかな指示を出す。「ああ、それはおもしろいですねえ~」と彼は他人事、異星人だ。

 「なんでコイツはこんなに冷静なの?」と、若手に戸惑いを感じることがしばしばあった。仕事に対する情熱を感じない。次第に私も話す情熱を失う。向こうからは何も話しかけてこない。私はうつむきグラスを見つめる。静かでいや~な時間が流れる。そして彼は時計を見ながらぼそっと言う。「そろそろお開きにしましょうか?」と。「オイオイ、お前からお開きにされちゃあ~、困るんだけど・・・」。トップからは、新人は3ヶ月間で判断しろとの指示。小さい会社なのに「会社は勉強させない。客から教わるものだ」と、常に強気な社長であった。

 入社のきっかけは、私自身モノ作りが好きで自分のやりたいことが出来る小さな会社であると思ったのが理由だ。私を飼い慣らすことができた上司は、入社後すぐ退職した一人を除き全くいなかった。新規取引で稟議が必要な客や仕事を取ることはなかった。誰もがその社名を聞き、いい会社であると分かる会社のみ新規のアプローチを試みた。談合などなく通常のコンペでどんなに小さい会社であろうが、受け入れてくれる客はたくさんいた。大きな金額でも口約束で発注してくる。バブルだったんだなあ~、と思う今日この頃だ。

 これらの成功?体験や過去の経験が、今は全く通用しない。「大変な時代になったものだ」と、つくづく思う。暖簾に腕押しか。

駅 プラットホームの危険度 

 電車を待つホームは、絶壁の縁と同じように危険な場所だ。両場所ともに落ちたら死ぬ。人が集まる観光地の切り立った絶壁の縁には必ず手すりがある。「白い点線まで下がって電車をお待ち下さい」というアナウンスがあり、点線内が安全であるといった錯覚は、「障子や襖の向こうの話は聞かなかったことにする」といった日本古来の暗黙のルールに近い、思い込みによるものである。崖は滅多に無い。反面、ホームは日常生活に密着したものだ。

 一部であるが、ホームと線路に仕切りがあり、電車がホームに停止した時点で仕切りの扉と電車の扉が同時に開くところもある。プラット・ホームでの死は、事故もあろうが自殺者の方が多いのではないか。日本の年間自殺者は’07年で約33,000人、平成元年と比較し約1.5倍に増えた。衣食住においてこれだけ安全が叫ばれている昨今、鉄道だけはその例外のように、殆どが危険回避の工夫が無く、旧態依然、安全基準に達していない。

 仕切りを作る予算がないのであるなら、駅の前で減速し、いつでも急停車できるスピードでホームに入ればいい。人の多いホームで、速度制限が無いというのも納得いかない。何故、猛スピードでホームに滑り込んでくる電車に対し、「危ないじゃないか!」と怒る人が少ないのだろうか?「ホームとは、そういうものだ」と思い込み、それに慣れてしまうことはとても恐ろしい。忘れかけていた餃子より、危険であることは間違いない。

本格的な夏が来た~ 

 学生時代の話。正月に帰郷し、元旦の夜、飲む約束をした後輩と会った。年齢を聞くと18歳とのこと。明日は誕生日であると言った。翌年の正月も帰郷し、元旦の夜は他の約束があったので、翌2日にいつもの後輩と会うことにした。年齢を聞くとすでに20歳になっていた。366日で3歳も歳をくってしまうとても恐ろしい話だ。

 最近、スーパー銭湯から、普通の銭湯に鞍替えした。人見知り故、前回書いたように客にまた出会ってしまうのが怖いからだ。墨田区に2つある天然鉱泉の銭湯で、押上駅近く、業平の「泉湯」と、蔵前通りと三ツ目通りの石原三丁目交差点近く、「御谷湯(みこくゆ)」だ。平日も交互に行っていたが、先週までは「御谷湯」にはまっていた。

 だが、果たしてその2つの天然鉱泉だけに満足していいのか?と自問し、この連休を使って江戸川区の天然鉱泉の銭湯にも行ってみた。19日の土曜、仕事帰りに船堀駅近くの「鶴の湯」、日曜日は60kmポタリングの帰りに、これまた船堀駅から少し離れた「乙女湯」へ行った。これがとんでもなく良かった。両店共にサウナが完備されている。

 私としては、「乙女湯」より小さいが、船堀駅近くの「鶴の湯」が気に入った。更衣室が大きく、天井も高くゆったりとしている。更衣室でタバコも何故か吸える。小さい露天風呂もある。水風呂はひんやりと冷えた天然鉱泉の風呂で、これまた気持ちいい。両店共に子供が少なく、季節外れの桜吹雪を堪能できた事は、いとおかしかった。

 60kmポタリングのコースは、台場出発→湾岸道路→辰巳海浜公園→新砂→永代通り→丸八通り→葛西橋通り→荒川サイクリングロード北上→堀切橋渡る→平和橋通り→環七右折→大谷田→飯塚橋渡る→水元公園→江戸川サイクリングロード南下→江戸川大橋→篠崎街道→船堀「乙女湯」→清砂通り→台場だ。

 猛暑の中、大バカと言われるかもしれないが、自転車は走っている限りは、それほど暑さを感じない。例えて言うなら、「扇風機に向かって走っている」といった感じか。猛暑の中で、風が汗を蒸発させ熱を奪う為、暑くはないのである。汗はかき続けるので水の補給は欠かせない。この日、水は合計2ℓ飲んだ。とってもいい汗をかいた。仕事のいいアイディアも浮かんだ。

「仕事はアトラクション」 クリエイティブ・ディレクター 佐々木宏氏 

2003年、株式会社電通(俣木盾夫社長、本社・東京、資本金589億6,710万円)は、広告キャンペーンの企画制作等におけるプランニング・サービスを強化・拡充するために、社内の有為な人材を代表に就任させ、複数のプランニング・ブティックを設立した。プランニング・ブティックは、プランニング・フィーによるビジネスを基本とし、人事報酬制度としては年俸制を導入する。広告キャンペーン領域だけではなく、マーケティングやブランディング等の分野でも必要に応じてプランニング・ブティック設立を検討し、グループ全体でのさらなる顧客満足の向上を図っていく。

 以上は、電通オンラインニュースからの抜粋である。その第三弾、プランニング・ブティック「シンガタ」は、電通を代表するクリエーター佐々木宏氏が率いる。氏は‘08年6月4日の読売新聞のインタビュー「広告で日本を応援する」で以下のように語った。

“私は「インディジョーンズ」などのスピルバーグ的パニックものの映画が大好きなんですが、広告の仕事もそれに似ています。決して順風満帆ではなく、次々と危機が訪れるのですが、それをアトラクションと捉えると飽きません。いちいち落ち込まず、強引に「これ、逆にチャンスかも」と思ってみる。「このピンチをクリアできたら面白いだろうな」などと考えて快感に変えるのです。”

 「いや~、参った」。百戦錬磨の強者だからこそ、このように平易に説くことができるのだ。「仕事をアトラクションと捉えると飽きません」とは、まさに言い得て妙だ。私なんぞは、安心して乗れるアトラクションばかりを選んでしまう傾向にあるのだなあ~、と反省することしきりだ。この記事に出会い、とても励まされた。自分が抱えている大きな問題に対し、大きな決断をするきっかけにもなった。「有難うございました。佐々木さん!」。

クリエイティブ・ブティック「シンガタ」代表 佐々木宏氏インタビュー記事


教員の不正採用 

 「真に公正な採用試験は世の中に無い」と、誰もが思っていたのではないか。それは、給料の原資が税金である教員や役人であっても例外ではないと。今回の不正採用問題の発覚に私は驚かなかった。これは不正に関与した人の問題というより、管理システムの問題である。あえて機密性を高め、他に干渉されることの無い独自の権限を教育委員会に持たせ、自分の利益に適うように利用し続けた、市議、県議、国会議員に問題がある。議員に問題があるということは、それを選出した国民に問題がある。採用試験は真に公正でないと分かっていたのだから。

 賄賂が横行していたことが発覚した以上、それに対し関与した人は責任を取らねばならない。しかし、国民が認め、それなりの権威を与えた教育委員会という管理システムは、今後、採用に関し一般に情報開示できるような改革の必要はあれども、遡って個人を特定し罰したりすることには大きな問題が伴うと考える。近年問題になった、高校の単位偽装と根は同じだ。高校が偽装した単位で大学に入学した人達の入学を遡って取り消し、裁くようなものだ。すでに就職している人も、偽装単位であったのだから、履歴の偽装になり会社を辞めなければならなくなる。

 教育管理システムの改善が、まず議題に上らなければならない問題である。

世界遺産登録の是非 

 ユネスコの世界遺産登録は、ミシュランの星のようなものだ。その価値が分からない外国人に、その価値を説得し、他人のモノサシ、外人のメガネに適うように申請することが、長い歴史や世界的にも稀で独自の文明を育んできた日本にとり果たして正しい選択なのだろうか、と考える。世界遺産に登録された様は、新鮮な素材だけが勝負の、江戸時代のファスト・フード「寿司屋」に星が付き、外人に日本の「寿司」がやっと認められたと有難がる様と大して変わらないのではないか。

 日本独自の様々なものが、日本の管理を超え、世界の基準に管理されることは、多くのコストがかかり弊害が伴う。最も顕著な例は、ISOだ。日本のお家芸であった品質管理が、外国の機関に完全にパクられ、論理立てられ、マニュアル化され、果てはその管理基準に金を払って従わなければならなくなった。この基準を満たしていないと国際ビジネスは成り立たないことと相成った。中小企業は、その管理人員に二人は専属として割かなければならず莫大な金がかかる。

 世界遺産に登録されることもそれと全く同じだ。その管理には登録後、更に金がかかる。税金をその管理費に充当しなければならない。ISOと同じ、外国の誰かの金儲けのシステムであるような感じは否めない。国の文化を世界に認めさせることは必要であろうが、ユネスコ自体が研究機関を持ち、その登録の主旨である「顕著な普遍的価値」を独自に比較検討して、「すばらしい遺産なので登録させて下さい」と申し込んでくるのが、本来の姿なのではないか、と考える。

 日本人は、戦前より外国のルールに従順しすぎるきらいがある。反面、諸外国はルールを勝手に変え、武力で押さえつけようとする。戦後はまだ終わっていない。

偶然 

 先日の日曜日はスーパー銭湯に行った。サウナから上がり、水風呂に頭まで浸け潜水しゆっくりと水面に浮上した。すると、なんと、翌日、仕事の打ち合わせの約束をした客の横顔がそこにあった。「まさか?」と思い目の悪い私は、目を細めピントを合わせた。「間違いない」。避けるのも大人気ないので、名前を呼んでみた。「○○さん!」と。すると、「やっぱり、○○さんでしたか」との返事。あまりにもリラックスしているところを見られお互い分が悪い。まして裸だ。険悪な空気が我々二人を支配した。客が先に「では」と小声で言って水風呂を出た。「明日、宜しくお願いします」とだけ小声で言っておいた。

 本当はもっとサウナ・水風呂を何度も繰り返したかったのだが、仕事以上の話は互いにしたことが無く、また会ってしまっても話題等何も無い。スーパー銭湯で仕事の話は重過ぎる。ましてや、仕事柄、きっと生活感が無いように装っているであろうその人が、家族や子供を連れているところを見てしまっても、なんだか気が引ける。きっと、そのようにむこうも私に気を遣っているのかも知れない。露天風呂にでもさっと入って今日は帰ろうと考えた。10分位浸かり更衣室へ向かった。すると、私のロッカーの先で着替えている。話せる距離ではなかったが、さっさと着替え出口に向かうと、今度は至近距離の出口の前にある扇風機の前で涼んでいた。「お先に」とだけ言って帰った。

 スーパー銭湯からうちに帰る途中、夕飯のことを考えた。夜、うどんを食べたいと家内が言っていた。電話で確認しようと携帯を探したが、家に忘れていた。最近、休日に携帯電話を持たないで出かけることが多い。その気の緩みは、休日にかかってくる仕事の電話が激減したことにある。公衆電話を一生懸命探し電話をかけると、外食するのだと家内は言う。「外食のうどん?」と少し考えた。讃岐うどんの旨い店は、西新宿の「麺通団」か、千葉県市川市のコーナン内にある「丸亀製麺」しか知らない。時間は8時を越えている。

 2ヶ月くらい前、JR大井町近辺を散策し、池上通りで青物横丁駅横を抜け、旧東海道を歩いて品川駅に差し掛かった歩道橋からビルにつながるところで、なにか旨そうな、たしか、うどん屋だったような店舗を見た記憶を思い起こした。「オレを待つ間に旨い店をネットで調べておけよ!」と心の中で静かに怒っていたが、車はすでにレインボーブリッジを渡っている。行くしかない。品川方面は全く仕事のエリアではないので、地理に疎い。歩いた道を車で辿ってみた。ソニー本社の横を走り、JRにぶち当たる。道は道なりに左に流れる。ビルが途切れる最後に確かあったはず。そして見つけた。なんと、「丸亀製麺」であった。

 駐車場を見つけようと少し走ったが近所には見つからなかった。しかたなく、皆、路上駐車しているので路駐した。早速、ビルの二階にある店舗へ入り、「おろし醤油うどん(大)と(並)」を注文した。高松出張以来、旨いうどんは「おろし醤油」と決めている。小麦粉本来の旨味と甘味の両方を堪能することが出来る。うどんに大根おろし・かぼす・ごま・しょうがを入れ、お醤油をまぜまぜして食べる。シンプルだが本当に旨い。ふと、映画を思い出し家内に聞いた。「交渉人のユースケ・サンタマリアが主演していたうどんの映画のタイトルってなんだっけ?」と。するとそっけなく一言「うどん」( 『UDON』 )と返ってきた。

 と、スーパー銭湯で客に偶然会ったことと、曖昧な記憶の店は偶然にも「丸亀製麺」であったという偶然が2度重なった。「つまんねえんだよ~、オマエの話」。「ハイハイ、自分でもそう思います」。押上近くの銭湯「泉湯」でも行って天然鉱泉で頭ほぐしてくっか!とも考える、大トラブルの最中の脂汗だらけの私なのである。今回は「解決への出口が全く、み・え・な・い!!」。
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