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コンニャクゼリーとお餅 

 兵庫県の幼児が、コンニャク入りゼリーを喉に詰まらせ亡くなった。書く前にご冥福をお祈りする。同様の死亡事故は、‘95年から判明しているだけで17件。この事故の対策に行政は、所管の官庁が明確でないことを理由に抜本的な対策を打ち出せない状態にあり、欧州連合や韓国では、この販売を規制する措置を講じているとのこと。マスコミがこの記事で示唆するように、この食品に対する行政の関与は必要なことであるのだろうか?死亡事故は一体誰の責任であるのかを考える必要がある。

 商品を販売している会社としては、初期的な商品開発等のマーケティングの際、味もさることながら、食べやすい大きさや形状、それらを入れる容器のサイズ、それらにかかるコストを計算し、消費者が最も買いやすい価格になるよう考え抜き、商品を世に送り出している。それらを、店舗で目視し購入した時点で、その食べ方についての責任は消費者に移行すると考えるのが妥当である。過去の事故から、パッケージにも「飲み込まないように」等の注意も書かれている。

 私は、ここまででメーカーとしての責任は十分に果たしていると考える。蒟蒻ゼリーは、日本で考案されヒットしている商品である。ヒットした理由は、現状のサイズが食べ易いこともその一因に違いない。もし、今後、同様な事件を懸念し、幼児用・老人用の小さいサイズを販売した場合、一個の容器や製造にかかるコストがかさみ単価を上げざるを得ない。その場合の消費者動向を予測すると、従来のサイズのほうが安く得であるので、大半がそのサイズを買ってしまうのではないか。それを幼児が食べ、喉を詰まらせ死亡してしまえば、また振り出しだ。問題は永遠に解決しない。

 すべての商品を幼児にとって危険が無いサイズに小さくするのが、グローバル的な危機管理であり最良の解決法であるようにも思える。しかし私は、『国家の品格』で藤原正彦氏が冒頭で述べた、アメリカ的な「合理・論理的」なことが一概にいいのか?日本の悠久の歴史の中で脈々と引き継がれてきた「情緒・形」こそ今大事であるという提言を思い出した。その考えから、日本の伝統的な食品であり同じような危険性を持った「お餅」と、「蒟蒻ゼリー」を比較することを思いついた。お餅を喉に詰まらせ死亡する事件も後を絶たないが、販売規制や小さくしろ等というクレームは皆無だ。

 日本が今世界に誇れるであろう「情緒・形」は、学校の教育以前、家庭内の教育で育まれる。「お餅」は喉に詰まるので気を付けるようにとの教育は根付いている。つい最近、日本で生まれた「蒟蒻ゼリー」は数百年先の未来に日本の伝統食となることであろう。「お餅」と同じように子供へ対する教育が行き渡れば「お餅」に対する「教育的危機管理」と全く同じ対処が可能だ。そのように考えると行政の関与は必要ないと断言できる。子供の教育以前、親自体の教育不足であるといった問題のほうが大きく深刻なのかもしれない。
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イチローに学ぶ 

 マリナーズのイチローはやはりすごい。28日が最終戦であったが、惜しくも張本さんの通算最多安打3,085本に2本届かなかった。今期は213安打で8年連続200安打達成だ。ああ~、なんという仕事人だ。イチローの爪の垢を煎じて飲ませてあげたいものだ、私自身に。連続出場し目前の仕事に対し選り好みする事無く、決められた期間・ルールの中で確実な仕事をする。どんな球であろうとそれに合わせ、もしくは無理なく見送り、確実に出塁してゲームの流れをまず先に作る。それも世界最高峰のステージ、大リーグで。

 父一徹に作ってもらった大リーグボール養成ギプスで鍛えた星飛馬でさえ大リーグで活躍することは儘ならなかった。というか、原作者の梶原一騎に日本人が大リーグで活躍できるなどといった考えがそもそもなかったのであろう。アレから40年・・・。ついに日本製安打製造マシーンはアメリカへ輸出された。そして見事な活躍。故障も少なく、まるで日本の自動車のようだ。バッターボックスへ入り、袖を引き上げるポーズはかつての大リーグになかった演出だ。アメリカの子供達までも虜にする。日米共に知名度がありここまでカッコいい日本人はかつていない。

 ひっくり返せば昼夜が反対の日米なので、BSでは朝から大リーグの生中継。春から秋にかけて、私の父は野球好きなので朝も夜も野球漬けの毎日だ。この恩恵は野茂とイチローのおかげであろう。野茂のトルネード投法もカッコよかったし・・・。ストイックに体調管理し、試合には連続出場を果たす。そして最初に出塁してゲームの流れを作り、その後、流れの中で自分に出来る最大限の仕事をする。彼自身の臨機応変な仕事振りは万人が認めるところ。あえて奇を衒いイチローらしくない仕事をすることはない。

 ああ~、仕事人イチローをそのように考えると、私の仕事は奇を衒い過ぎであることが分かる。だから効率が悪い。チームの専属打者でなく、考えてみれば常に代打でしかないのに・・・。客の誰もが私に対してホームランを望んでいる訳ではない。着実に私が出塁し、チームとして得点することを望んでいるのだ。私の代打で双方に利益があることを期待しているのだ。それなのにピッチャーをやったり、時には審判までもやってしまう。かつては「背水の楚歌」※1)や、「漁夫同舟」※2)までも経験している。これじゃあ、お呼びがかかっても受注に結びつかないはずだ。とっても、とっても、反省しています、最近。

※1)背水の楚歌
陣崩れの様。背後に河川や湖海などを控えて陣を布(し)いた途端、後方輜重部隊に裏切られること。眼前の敵から退けば急流に溺れる。先程まで味方であった部隊からは「バ~カ~、バ~カ~」と罵られ、果ては矢の洗礼を浴びる羽目になる。決死の覚悟で戦おうと思っていた矢先、「前も後もダメじゃん」と志が萎えること。転じて、仲間が同意したと思い込み、自分一人で先走ってしまった結果、仲間からは陰口を叩かれ、とってもヤル気をなくすこと。

※2)漁夫同舟
出典:孫子と北島三郎共著『Hey!兵法』より。漁夫同士は商売仇であったが、原油高騰の折り、二人は経費節減のため仕方なしに同じ船に乗り漁をした。しかし、普段からの敵対心を更に煽ることとなり、殴り合いが始まり双方血まみれになった。そこに強風が吹き、二人が乗った舟は転覆した。ここぞとばかりに数匹のサメが現れ、二人はパクリと喰われてしまった。転じて、同業者を狭い場所で競い合わせると共倒れになるといった意味。

ガラガラポ~ンで、ハイ!出来上がり 

 最近の新聞を見るにつけ、ワイドショー化した日本の政治にはほとほと呆れ果てる。政党はそもそもマニフェストを掲げ、任期内で政治と行政が一体となり公約を成し遂げなければならない。これらの公約すべてがが無し崩しになり、結局何も変わらないのが日本の政治の現状だ。現状の憲法や法律のままで、「官僚をぶっ潰せ!」が最も虚しい叫びだ。子犬の遠吠えのようでもある。選挙は公営賭博なのか。胴元である党や官僚は損する事がないが、国民は大損だ。公約や方針も似通っており、先に公表したところからのいいとこ取りだ。

 もっと、欧米並みに契約の観念を高める必要がある。政権公約もある期間に区切り発表させ、その先行権を著作権で守るのも手だ。政権公約(マニフェスト)は選挙公約と違う。担保されるはずのマニフェストの事後検証がない。論点の定まらない議論に国民は翻弄されながら、ガラガラポ~ンで麻生内閣のハイ!出来上がり。カップラーメンのような即席内閣か。高度経済成長期のツケ払いやその穴埋め、結果的な官製食品無差別テロの処理に追われ、先に進むことが困難な状況であることはいまだ変わらない。

 この状況の中、若手議員の影が以前に比べ薄いのも気がかりだ。老議員が得意とする国内の金の調整だけでは日本は今後生きていけない。将来や世界を見据えた政策・外交を優秀な若手議員に任せる時なのではないか。自民の世耕や石破、民主の枝野、前原、長妻。若手が党を離脱し新党を作るのも一つの手かもしれない。老議員は既得権益の上に胡坐をかき、死ぬまで若手を追い落としていくであろう。彼らが作り上げたと信じて疑わない金脈を守る為に。既得権の象徴である世襲議員・閣僚も異常に多い。北朝鮮の世襲を笑うことができないのは残念だ。集団世襲など世界のどの国を探してもありえない。一党独裁、集団世襲。これほどまでに歪んだ先進国はない。

即決のお買い物 

 三菱UFJFGがモルガン・スタンレーに9,000億円の出資、野村Hも経営破綻した米リーマンのアジア・欧州部門を買収すると発表した。米証券大手に対する世界的な経営不安からわずか一週間。これらの金額が妥当であることの説明もなく、この即決はいかがなものか。先日も書いたように、サブプライムローン関連のデリバティブ契約残高が米GDPの約10倍との試算に対する恐怖、その対策について、日本勢の戦略は万全か、独自の手法で構築できているのであろうか?単に経営基盤を継承し、営業拠点が広がるという考え方だけであるのなら、今後、何かとてつもない触手に絡まれ、蝕まれていくような気がする。

 大義として、日本勢は安定した財政基盤を武器に国際業務での攻勢をかけ始めたとのことである。しかし、それら、M&Aやデリバティブの業務に精通し、リーマン元社員や顧客を管理できるシステムや人材が日本の企業にあるのか?とても心配である。WASPのやり方は歴史に学ぶ必要があろう。まだ、かつての中国の朝貢貿易や日本独自の植民地経営のほうが対等以上で国に利益をもたらしたかも知れない。進化論を元にした人種差別、植民地、そして搾取。アジア人には思いつかない統治手法だ。今現在、その手法は、米ドルに継承されている。ドルの安定に関し、友好諸外国には徹底的に従わせている。反面、ユーロで決済しようという国とは徹底抗戦だ。

 1兆8,000億ドルと外貨準備高が世界一である中国の動きがないのも心配だ。ここぞという時、賭けに打って出る国民性であるドルまみれの中国人が傍観している。真珠湾攻撃の際の機動部隊は日本発であるが、その効率的手法をわずか半年で戦略・戦術に高めたのは米国である。日本はそれら世界初の機能を作り上げる力があっても、結局はその良さに気付かず集団決定主義にこだわり敗戦を迎えた。21世紀になっても日本勢、大企業における意思決定とその遂行においては集団主義で、欧米のトップダウンでの即決には成り得ていない。

 にもかかわらず、今回の即決。ライブドアを支援したリーマンの業務を振り返り、その後、それらが日本にどのような影響を与え、誰が損をしたのかを考えれば、今回の出資・買収の結果、果ては文化の違いが見えてくるような気がする。モルガン・スタンレーが、サブプライムローンで受けた損失はどれくらいなのか?破綻したリーマンが約60兆円であったので、その金額に近い金額なのであろう。米国内で提携する大手銀行は既になくなった。今回は分社化でFRBの支援が受けられることと、名門銀行との提携が魅力なのであろうが、極東にある黄色人種の銀行と証券会社、三菱UFJと野村Hにハイ・リターンはあるのだろうか?

アリクイ「タエちゃん」は女の子 

 水族館内で「逃亡事件」を起こしたと騒がれたアリクイの「タエちゃん」。特技は「引き戸を開けられること」。と、分かっていながら、引き戸の鍵を閉め忘れた水族館職員が一番悪い。なのに「逃亡」とはこれ如何に?人間中心的な驕りだ。水族館の広報の発言を聞いている限り、職員が悪いと言った発言は無かった。本来、「我々の管理不足、タエちゃんには申し訳ないことをした」と謝るべきではないか。好物のアボガドに誘われ漸く家に戻ることが出来た。メデタシ、メデタシ。

 またもや、警察官が拳銃で自殺した。数ヶ月前にも、千葉東署でも自殺があった。自殺して既に亡くなられた方を責めても仕方がない。警察庁は警官が銃を持つ意義について、深く再教育する必要があろう。平時であれば法的権威の象徴、犯罪が起これば治安維持を目的とした権力の行使を実行する為、警官には銃の携帯が許されている。国家意識や法の番人としての自覚があれば、そのための象徴であり神聖な道具である銃で自殺など考えないのではないか。

 今朝の産経新聞にサブプライムの負債総額はIMFの試算で115兆円とあった。私が稚拙に算出した数字が100兆円であったので、ほぼ近い。厄介なのは負債を証券化し、デリバティブなどで複雑化された契約残高はアメリカGDPの約10倍であるとのこと。115兆円は、日本の金融危機の際も同等の数字である。米国の金融の規模からすれば問題は大きくならないであろうと書いてあった。米国GDPの10倍規模であるデリバティブ等の派生は、何が厄介なのか?今後どのような影響を世界に及ぼすのか?誰か教えてほしい。

 農水省の事故米に関する形骸化した立ち入り検査。事故米を受け入れる受け皿には、旧社会党の影響も多分にあると聞く。これら一連の大事件は、食の安全ではなく国の安全を脅かす。他国からの悪意の流入・毒餃子問題とは全く性質が異なる。日本国内の日本人、それも官僚が自分の利権を確保する為、工業用資材としてしか使い道のない事故米をあえて食品として流通することを黙認し果ては推奨した結果となった。農水省の天下り先の社団法人も流通に関わっている。民間の会社ならば、確実に信用を失い倒産、刑事事件として裁かれる。

 大臣も事務次官も責任逃れのために辞職した。この大事件の最中でも大田大臣は農水省を去る際、花束を贈られ見送られた。大臣も農水省の官僚も世間の常識と果てしなくズレているとしか言いようがない。96回も検査した担当官と、その「調査中」なる一行にも満たない報告書を安易に受理したエリート官僚も、懲戒免職ものだ。誰か一発、官僚でも裁かれるという良き判例を作る為に、刑事事件として訴訟を起こす人はいないものか?裁判員制度も導入されることだし・・・。

サブプライム・ローン 余波は津波の可能性 

 公的資金が投入されなかったリーマン・ブラザーズは破綻し、16日、AIGは850億ドル=9兆円の融資をFRBより受け当局の管理下で再建を図ることとなった。世界的な金融不安は果たしてこれで解消されたのであろうか?アメリカは国として、国の実態以上にドルを発行しまくり、世界中にバラまき、更にはサブプライムローンの債権も無理やり外国の金融機関にバラまいた。アメリカ政府は思った以上に無責任で対応が後手後手だ。

 リーマンを潰した際、ブッシュは「アメリカ市場は健全である」と言ったが、AIGを救済したことで、「実はとても不健全である」と世界に言ったようなものだ。リーマンは64兆円の負債であった。負債と同等の資産があるとのことだが、目減りしている資産を思いっきり膨らませてあるので信用できない。これらの金額は、日本の一般会計に匹敵する金額で、大きすぎてなかなか理解不可能である。誰か信用の不安相当金額を算出できるアナリストはいないのか?

 サブプライムローンで家を購入した低所得者は何人いるのか?このうち、何割がローンの支払いが出来ないのか?何割がこの先、支払い不履行になりそうなのか?この金額を推定算出するだけで、今後のアメリカの金融証券業界はどうなるのかがある程度分かるのではないか。仮設を立て問題を解決しようとする手法や意志が無い限り、不安の核心もはっきりと見えてこない。アメリカ政府の後手後手の対応を傍観するだけでいいわけない。

 そんじゃ、オマエがやってみろ!と天の声が聞こえてきたので稚拙に私の感覚で計算してみよう。人口2億8千万人の内、労働人口は8割として2億2千4百万人。失業者や極貧層の2割を引いて、1億8千万人。低所得者の定義は難しいがその内3割とすると、5,400万人になる。この内、ローンで家を購入しようとする人の割合を3割とすると単純に1,600万人だ。夫婦もいるので、更にこの3割が支払いできなかったとする。約500万世帯だ。

 支払い済みの金額もあろうが、一律2千万円が払えなかったとする。2千万円×500万=100兆円だ。と、とてもテキトウであるが、アナリストが新聞紙上誰もやらない(私のチェック不足か?)ので自分なりに世界的な金融不安の元凶である金額を算出してみた。この未知の負債・金額がどのようにして日本に悪影響を与えるのか?その対策をいかすべきか。仮説を立てて論理的に問題解決に望む姿勢を誰かが見せない限り、不安は続く。日銀総裁や官僚の言葉等、誰も信じない。日本は大丈夫だとか、AIGをFRBが救済して不安は安らいだ等のコメントの前に、これらの仮説をきちんと立て、国としての対策を発表する必要と責任があるのではないか。

妊婦さん 

 警視庁はシートベルトの着用が免除されている「妊婦」に「着用したほうが安全」との見解を初めて示した。そりゃそうだ。シートベルト着用云々ではなく、この「妊婦」という言葉、その響き自体をどうにか出来ないものかと考えた。「妊娠婦人」の短縮形で「妊婦」だ。文語ではありだろうが、妊婦に向かって「妊婦さ~ん」と呼ぶことは少ない。呼んでいるのも聞いたことはない。

 看護婦の呼称が男女差別撤廃を理由に看護師へと変わったように、この名称も変える必要があるんじゃないのかなあ。そんじゃあ「妊娠師」か。いや~、あっちの技術を持ったスケコマシ男みたいでダメだ。「子持ち婦人」。いや~、「子持ちシシャモ」のような生臭い感じがダメだ。「タラコちゃ~ん」。うん~、かわいいけどやっぱ魚系だなあ。「たまごクラブ」はベネッセか。

 女だけが出産するなんて不平等だとの意見もチラホラあるやらないやら。この不平等を解決する為には、医療技術を発達させ、卵にして出産する方法を研究するしかない。さすれば、タツノオトシゴのように雄の腹の中で産卵することが可能になる。男の妊娠、これぞまさしく「妊娠紳士」だ。略して「妊士」。「妊婦」と「妊士」を統合し、「妊師さ~ん」と一丁上がり~。

前バリ・メロン 

 結婚して約20年弱、家内のアクセント(高低アクセント・声調)とは決定的に違う言葉が3つある。布団、相棒、夕張の3つだ。最近、気になるのは「夕張」だ。私は、「夕張メロン」と言う時のように平たく「夕張」と言う。家内は私の「夕張」を聞き、前にアクセントを付けろ!と言う。なぜこのような癖が私に付いてしまったのか?答えは簡単だ。AVといわれる前のポルノ映画で、男優・女優はアソコに「前バリ」をしていた。このアクセントに多分に影響されているのであろう。「前バリメロン」と言うときのように「夕張」と言ってしまう。

 権限・裁量がないのに、店長というだけで管理職扱いされるのを「名ばかり管理職」というらしい。こんな人って日本にはとっても多いんじゃないかなあ。労基法で管理監督者の規定は①出退勤の自由がある②経営と一体的な立場にある――といった通達だけとのこと。大小の規模に関わらず日本の会社で出退勤の自由がある管理職、役員級のレベルであっても、そんな人は滅多に見かけない。村意識が強いからなあ、日本の会社は。組織自体、厚労省とあまり変わんないんじゃない?

 決裁権が無い人同士で、阿吽の呼吸のような慣例に従った受注発注で成り立っているのが日本の会社だからなあ。ここが欧米とは決定的に違う。日本のサラリーマンが海外に行っても、全権大使であることは多分少ない。自分一人ではなにも決められない。いちいち日本の本社に電話して指示を仰ぐ。だから外人になめられる。商談がスムーズに行かない。名刺にある役職の肩書きもインフレだから・・・。歳食ったら官僚は天下れるけど、民間は肩書きに天下るしかないからなあ。

 未だにある肩書きで戸惑うのは「部長心得」のような「○○心得」だ。年配なのに修行中のような、少し頼りない感じがする役職だ。名刺を持っている本人に対し、「部長並みに頑張るように心得ること」と、会社側に言われているのかと思いきや、そうじゃないらしい。「取引業者はこの頼りない人を、部長並みに扱うように」と、取引先、出入り業者に対し偉そうにしていいと、会社が太鼓判を押したような、大きな勘違いの上から目線の役職であるようだ。

今日は久しぶりにいい天気だ。とても清々しい。

最高裁判事のリストラ 

 いや~、9月3日の産経新聞、【正論】政治評論家・屋山太郎 「最高裁の判事たる資格を問う」は凄かった。爽快だった。メディア本来の機能を果たし、メディアの在り方のお手本のようだ。全文は最後に紹介するとして、最後のくだりを御覧あれ。

以下抜粋)
平成9年1月で、横尾氏は長官として基礎年金番号の導入の検討に参画した。この作業が国民に未曾有の不安を与える“大犯罪”となったのだ。その人物が最高裁判事を務めているから、他の社保庁長官経験者が公益法人に天下っていることを咎(とが)められない。横尾氏は最高裁判事を務める資格は全くないと知るべきだ。即刻、辞任を求める。(ややま たろう)

 そもそも国民は官僚の「天下り」でさえ知ることが少ない。「天上り」という国民の知りえぬアクロバットが問題省庁にあったことを、政治家は分かっていたであろう。それを言えないこと自体、この国をダメにしてきた大きな要因である。屋山氏はそこに正論で切り込み翌日の9月4日、見事退官に追い込んだ。構造改革は民間でもこのような形で出来るといういい例だ。

 最高裁判事に法曹資格が必要でないことも初めて知った。知らなかったのはオレだけか?行政の甘いレベルで最高裁判事とはいかに?官僚同士は、女子高生のように甘すぎる。あれれ、行政じゃなくって司法じゃない?「シュープリーム」ならぬ「シュークリーム・コート」じゃあないか。あの畏怖じゃねえや威風堂々としたコンクリートの建物が泣いちゃうよ、全く。

産経新聞、【正論】政治評論家・屋山太郎 「最高裁の判事たる資格を問う」

国民を置き去りにした福田首相 

 福田首相、突然の辞任。「なぜ自民党はリーダーを全力で支えないのか」とは、大阪の橋下知事の言葉である。が、福田首相、辞任の決断は、衆院選を控えた自民・公明党を思ってのこと、国民のことは何も考えていない。日本の政治は完全に機能不全に陥った。首相在任約一年でいったい何が出来るのか。強力なリーダーシップがない日本の政治・行政システムはこのままでいいのだろうか?この構造改革無き状態が永遠に続けば、今後の政治は誰が首相になっても変わらない。安倍元首相が福田首相と同じ無責任であると私は考えない。

 天然資源がなく貿易立国・日本の生きる道は限られている。ライフラインを支える力を憲法上に明確に定義した上で資源を輸入し、付加価値の高い製品を作って輸出するのが第一義だ。日本のような国の景気対策においては、あらゆる規制を撤廃し、モノというモノが滞らず円滑に流れるシステムをどの国よりも整備・構築しなければならない。しかし現状は、行政のチェックが入り、血栓のように滞らせてしまう部分が多くある。日本国中が納期短縮につながる規制緩和を実施すれば、資金の回収も早まり、経済はその分成長する。

 と、私は考えるがいかがなものか?港湾関係者や組合が現状の利権を守る為、24時間通関可能な港が出来ることを阻止しているのであろうか?乙仲(輸入代行業者)には一度、聞いたことがある。日本の港で、航空便のように空港で当たり前に土日休日夜間でも通関できるような港はないのかと。すると、東京港の大井埠頭は土日休日の緊急開庁(通関)があると言った。では使ってみようと担当者に依頼したが、怖くて出来ないとのこと。規制が緩和され国は許可しても、現場が拒否するとは・・・。

 このように官民が密接に関係連動している現場はとても強い。規制を緩和しても捻れが生じるのは当たり前である。不景気を置き去りにした福田首相。年末に向け好材料は何も無い日本経済。米国のサブプライムローン問題は今後も何連にも連なり、日本の金融証券業界を襲ってくるであろう。今すぐに出来る景気対策以外に当座を救う手はない。規制は本当に緩和されているのか?この部分にメディアは切り込み暴露し、ヒト・モノ・カネの流動性を高めるよう、次の首相を待たずに動くべきだ。




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