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すごいぞ!東京法務局 

 ♪ようこそココへ、クッククック、わたしの「青い鳥」 は、来なくていい。今来て欲しい鳥は「振り込む鷺(さぎ)」だ。まさにその親切且つ能動的な鳥こそ、会社の資金を潤沢にする夢の鳥だ。資金が底をつきそうな口座に、コウノトリ(鷺はコウノトリ目だ)が赤ちゃんを運ぶが如く、資金を運び、そして振り込む。世界各国がアイスランドから金を引き上げたような勢いで・・・。一国が買えそうな金額になるまで振込みをやめないのだ。そんな非現実的な夢を見る今日この頃。

 そんな感じで(どんな感じだ!)、昨日、東京法務局へ行ってまいりました。参ったのだ。へりくだって申し上げているのではなく、閉口する「イヤ~、マイッタ!」なのだ。普段、午前中に行くことが多いので、一階の入り口から入り、多くの人の流れに沿ってエレベーターに乗れば、皆、3階で降りる。私もそれに連なって降りれば、何も考えること無くすべての用が済む。ところがどっこい、午後4時半頃に行った私が悪かった。

 法務局の駐車場からしてガラガラ。一階入り口、エレベーター前にも人はいない。何階に行けばいいのか、全く分からなくなってしまった。案内はあるが、小さな文字から目的物を探す力が劣っている私には苦痛だ。結局、分からずにエレベーターに乗る。乗れば、中に案内があると考えた。しかし、甘かった。一階と同じような法務局内の部署の案内だけ。私のような場にそぐわない一般ピープルはオドオドするばかり。勘を頼りに6階をテキトウに押す。

 降りれば節電中の暗い役所の廊下。仕方なく、誰もいないこともあり5・4・3階と続けてボタンを押し、最後の3階でようやく目的地に到達した。そこでは登記簿謄本や印鑑証明書を発行し、それらの取得に必要な古式ゆかしい収入印紙までも販売する。すべてがその階で完結するドリームランド、いとおかしなスペースだ。2枚の申込書を書き受付カウンターへ。3人の職員が野球部員「ヘイ~、バッチコ~イ!」のような、つま先立ちの万全な体制で私を待ち構えている。

 すばやく印紙を貼ってもらい、受付番号が入った紙を貰う。免許所センターのような電光掲示板をしばし見入る。人が少ないせいもありその処理の早いこと。わずか2分くらいで「ハイ!オマチィ~」と呼び出される。さっと受け取り、ハイさよならだ。超極早中華料理「秀栄」(豊洲ホームズ内)で餃子やレバニラ炒めを注文し出てくる早さとほぼ同じだ。役所のサービスもここまで速くなったのかと驚嘆させられる。まさに役所のイメージ・リーダー、すごいぞ!東京法務局。

 収入印紙代金の合計が千五百円。それに見合った納得のいくサービスの速さだ。けど、その中で最も外来が多いはずの3階。「登記簿謄本・印鑑証明書の受付は3階です」との大きな案内や看板が一階入り口やエレベーター前に無かったのはとても残念だ。普段、混んでおり、人に連なり自然に行けてしまうはずの3階がその時間に限り人が少なかった。滅多にいないが行けないお爺ちゃんやお婆ちゃん、そしてイケテない私も迷子の迷子の子猫ちゃん。

 吉野家の「早い、安い、旨い」の三拍子までは求めないが、その早さだけでも満たせば次なる客の要望は贅沢になり更に細分化される。将来的に、「登記簿謄本 全部入りお願いしま~す」やら「印鑑証明つゆだくで!」のやうな客に、対応する日はそう遠くない。法務局の前には都税事務所へも行きここでも収入印紙2枚合計八百円を払った。今日の役所へのお支払いは〆て二千三百円。今日の手配を経てこの先、プライスレスな気分になれるのだろうか?
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日本はメディアを巧く使い今こそ世界に主張せよ! 

 100年に一度、あるかないかの世界大恐慌。であっても、今の時期、天候は清々しく心地いい。円高で90円、株価は大暴落。7000円を切って、6000円代突入、この過小評価は許しがたい。黙ってられない。実質はそんなに安くない。安く見られているのに何故腹が立たない?銀行が保有している株を株価を固定し政府が引き取るのもいいが、株価を適正価格に引き戻すためには、まずは「決して安い女じゃないわ!」と世界に主張することこそ必要だ。果たしてその方法とは如何に。――金融大国の主要紙に日本政府の意見広告を載せることだ。

 いいものを雑誌で見つけた。以下の3つの主張はWill12月号掲載の経済評論家・長谷川慶太郎氏の意見だ。第一として、日本は大量破壊兵器といわれているCDS(債務不履行に対する保険)に手を出していない。第二に日本は世界一の技術力を持っている。第三に日本は四方を海に囲まれた天然の要塞で地政学的に安全である。政府はこれを参考にし即、世界の主要紙に意見掲載し、平行して公的介入を下支えするべきだ。銀行は安堵、国民の不安も払拭、株価上昇で、公的資金を投入した利子で3兆円を国が儲けたようにまた儲かる。

 恐慌の経緯、不安の核心とその総額を要約すると以下だ。証券老舗大手のリーマンの証券化商品とデリバティブの損失を引き受けるCDSが大量発行され、保険最大手のAIGはCDSを大量に引き受けていることから一挙に経営危機に陥った。証券大手メリル・リンチは破綻、バンカメに救済合併され、モルガンスタンレーは三菱東京UFJに出資を仰ぎ急場をしのいだ。CDSだけでも54兆ドル(世界のGDP合計額に匹敵)、デリバティブ全体では580兆ドル(世界のGDP合計額の十数倍)。これが金融商品や派生商品になり世界中にばら撒かれた。

 そのモノポリーのようなマネーゲームが最盛期の頃、僥倖にも日本の金融機関は公的資金投入後で金融庁の厳しい監督下にあり、実体経済とかけ離れた不遜なそれらの商品に手を出さずに済んだ。「小泉・竹中改革のおかげ」とは長谷川氏の意見だ。世界一の技術力を持っている日本、その株価が日本人の納得する株価、それ以上にならないのは、世界に言えるべき国としての自己主張が弱いからであると私は考える。国が確実且つ効果的な宣伝広告を企図・実行し、世界中のマスを動員し、日本の株価を引き上げる努力を今こそすべきだ。

 日本の安全保障については改善すべきところが多い。バブル崩壊を乗り切った経験。悠久の昔より継承し積み上げられてきた日本を象徴する職人気質、その独創性と勤勉さを反映した技術立国、その雇用形態や経済的に正しい国として世界に誇れる現状。日本流経済主義の正しさを証明するかの如く日本を買え支える海外各国、それらあっての貿易立国。実態経済に基づき世界の中でもっともバランスが取れた国であることを、世界に対して今こそ発信し、認めさせ、世界経済を牽引しなければならない。千載一遇のチャンスがやってきた。世界を視野に入れた場合、謙虚は美徳ではない。完璧でなくとも理路整然・堂々と自己主張できる国は強い。歴史がそれを証明している。敗戦から63年も経過した。正しいのだから、もっと偉ぶってもいいのではないだろうか。

檸檬ハイ 

 或曇った秋の日暮れである。日本経済は亜米利加の證券仕手戦の影響で先の見えない隧道に入った。私の頭の中には云ひやうのない疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のやうなどんよりした影を落してゐた。そんな中、事務所のデヂタル電話がけたたましく鳴つた。「こんな時間に・・・」と、私は電話に出ようと云ふ元気さへ起らなかつたが、仕方なしに電話をとることとした。近くまで野暮やうで来たといふ客人からの電話だ。人形町の酒場「おか吉」に飲みに出かけることにした。好物のメジマグロの刺身を無性に食いたかつた。私の心の中では既に不景気、優柔不断な世間は景気の行くゑを未だ定めきれない。いつもは満席である酒場の半分は、不景気と言ふが如くに空いてゐる。

 まあ、仕事熱心な御仁等は、酒を飲みながらも仕事の話に夢中で、悲しい日本のサラリヒマンの性かと思ひきや、さうでもなさそうだ。実に楽しさうなのである。我々の横のテイブルには、会社の社長と思はれるがやつれて頼りなささふな御仁、その会社の事務職の女であろう二人が、大声で話したり笑つたりしながらうるさく飲んでゐた。このご時世に大笑ひとは合点がいかない。小ひさな笑い声であつたなら勿論私も幾分ながら同情を惹くに足るものには相違なかつたのだが。座つた場所の選択が悪かつた。安易に座つたことを後悔した。メラニン色素が、一般概念としてのおつぱい、その中のおつぱいと乳輪の部位を医学的見地から明確に線引きさせるがごとく、心の奥底までもが不景気に支配されている我々には、隣のテイブルとの線引きをするメラニン色素が必要であつた。

 社長が飲んでゐた檸檬ハイが既に無くなつていることを見てとつた活発さうな女が、気を利かせすかさず追加注文した。運ばれてきた檸檬ハイの半分に切られた生檸檬を片手で握り、もう一方の手を絞り器に添え社長は真剣に絞りはじめた。それを見た女が言つた、「社長も檸檬を絞るくらい真剣に仕事をして下さひやう」 もう一人の女性もそれにつられ、「社長の真剣な目を見るのは久々ですねえ」と。げらげらと大笑ひする社長と女たち。檸檬絞り器に絞った檸檬の皮を置き、さつそく飲もうとした社長に女が更に大きひ声で、「うちの会社で絞れるものはもう何も無ひんですから、檸檬くらいはちやんと絞つて下さひやう、社長!」 飲みかけた檸檬ハイを思わず口から噴き出してしまふ社長。私は思はず息を呑んだ。さうして刹那に一切を了解した。

 周りの客もその大声が聞こえ皆笑つてゐた。ご多分に洩れず我々も笑つた。否、笑わされてしまつたと言つたほうがよい。暮色を帯びた町はづれの酒場と、小鳥のやうに声を挙げた二人の女たちと、さうしてテイブルの上に置かれた中身の無い抜け殻ではあるがとても鮮やかな檸檬の色と――すべては我々のテエブルの隣で、瞬く暇もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ない程はつきりと、この光景が焼きつけられた。さうしてそこから、或得体の知れない朗らかな心もちが湧き上つて来るのを意識した。私は昂然と頭を挙げて、まるで別人を見るやうにあの女たちを注視した。ある種の複雑な憧れを抱いてしまつた隙間だらけな面持ちとともに。

 女たちは何時からか趣味の話を始め、社長は相変わらず檸檬ハイを笑ひながら啜(すす)つてゐる。あの女たちと一緒に仕事をしているこの頼りない社長は、またすぐに刹那ではあろふが夢見心地で楽しい時間が黙つててもやつて来る。私はそこにいる筈も無ゐ。…………私はこの時始めて、云ひやうのない疲労と倦怠とを、さうして又不可解な、下等な、退屈な自分の仕事を僅に忘れる事が出来た。底抜けに明るい女たち。その女たちに大事さうに囲まれ幸せさうな社長に対し、先程湧き上つて来た朗らかな心もちが、唐突に、とても不可解な麻薬のやうな心地よい毒に変わつて来た。それは今流行の舶来有害物質「妬み度越す」であつた。

体の内部にある比較的安全な毒 三連発 

 私の国産の股間から、あろうことか有害物質「メラニン」が検出された。乳製品じゃねえや、乳(チチ)へのメラニン色素混入事件も跡を絶たない。幼い子供までもが大人になるに連れ、この有害物質に侵され輪郭が浮き立つ。どこまでが肌でどこまでが乳なのか?との人体部位の検証及び線引き行う際、メラニン色素はとても重要である。話は変わるが人体の部位でピンク色は絶対ありえない。何故今話が変わるんだ。話を戻す。湘南にあるサイゼリアでは、サーファーが集まり、店内にメラニン色素を混入した。北京ダッグは小麦色のセクシーな鳥肌であるが、あれも窯で焼かれた際に出来たメラニン色素か。違うか。

 ある日のこと、私は餃子の王将で餃子を注文した。ニンニクを食べ若かりし日々のあの輝きを取り戻そうと考えたのだった。後から入店したジャニーズ系の客も餃子を注文した。私はそっちの気はないが、とてもきれいな顔立ちの男だ。「こんな色男に餃子は似合わねぇなあ」と感じた。数分立つと餃子を持った女性店員が愛想良く近付いてきた。そしてその餃子を、なな、なんと、先に隣の客に出してしまったのだ。私は言い知れぬ何かが体内で急激に膨らみ、股間は萎み、そしてその言い知れぬ何かは爆発寸前だ。オヤジの神経細胞を犯す怒りの物質の正体は有害物質「ネタミドコス」であった。「妬み度越す」だ。

 30歳代前半は朝も夜も休みも、生活すべてもが仕事に追われ、それらのストレスが原因で精力減退し、果ては神経性の痔(こんな病気あったっけ?)になり入院した。私の下半身タイガースはとっても謙虚になり、猛虎ならぬキティーちゃんに成り下がった。当然、夜の夫婦生活も人並みに奢れや、一夜一夜(ひとよひとよ)に人見知りをするようになり、あそこは先立たず気まずさだけが先立つ。家内には、湿気の多い熱帯雨林の昼尚暗いジャングルに覆われた「ハニカミ王子製紙工場」は今日もストライキだと言うしかない。「マンネリライフのこんにゃくチ○○ン」は、PEARに成り果てたのだ。「洋梨(用無し)」だ。

まず先に行動ありき 

 「最近、腹減るんだよネェ~、何故だか」 イスラム教信者じゃない葬式仏教徒の私が夏までやってた「一人ラマダン」。そのせいで腹は引っ込んだ。平日は朝から日暮れまで何にも食わなかった。客からお座敷がかからないので早めに仕事を切り上げ、大衆酒場へ一人で駆け込んでいたのだ。そして、ハラーム(イスラム教で禁止の意)に注意しながら、枝豆と鳥の網焼き、そして「アルコール抜きのチュウハイ!」と頼む。笑いながら「アイヨ~!」と、オネエちゃん。

 すぐに飲み干しすかさずおかわりを頼んだ。なかなか出てこない。「チュウハイら、まだ~ん」と確認した。3杯飲んでグデングデンだ。〆にうどんを注文しようと厨房を見渡せば、そこに見える「みりん」のボトル。ツユにはアルコールが必ず入っている。諦めた。酔いが回ってきたので帰ろうとすると、ネエちゃんに「コ~ラン」と怒られ、ネエちゃんは冗談でコブシを振り上げた。私はあらかじめ用意した工事用マホメット(=ヘルメット←×センスなし)を被ってその場をやり過ごした。

 昨日は、本来先週中にやるべき仕事のやり残しがあり、ヤバイと感じた私は重い腰を上げた。その行動を起こした途端、神が突然降臨した。その仕事の解決をその思い付きのほうに委ねた。まだ結論は先になるが、気候も良かったし、気になっていた仕事をやり遂げたというプチ満足感でとっても腹が減った。そして麺300gの中盛ラーメンを食べた。腹一杯のはずが久々に別腹も減っていた。本能の赴くまま、近所のコンビニでメロンパンを買いムシャムシャ食べた。

 近所のコンビニは、朝6時から夜9時まで開いているので「シックス・ナイン」と呼びたいところだが、「セブン・イレブン」だ。ダイエットに気遣い、微糖コーヒー(約34kcal)まではいいのだが、メロンパン(380kcal)を食べたら、そりゃもう海の藻屑だ。(←なんのこっちゃ?) 今日、本当は、悩んだり考えてばかりいないで行動を起こすべきだと書きたかった。仕事で弱気になると思考回路が、Plan→Do→Seeに偏るが、「まず先に行動ありき」である「Do→See→Plan」こそ、神をも味方に付ける正しい仕事の方法のあるべき姿であると言いたかったのだ。

見えない本丸 

 所用で先週の日曜日は静岡県島田市から東名高速、一昨日の日曜日は栃木県矢板市から東北道を使い東京に戻った。両日共、午後一に東京へ向かったのだが、渋滞が全く無かった。ガソリンも未だ高い。皆、外出を控えている結果なのか?米国発の本格的同時不況に突入し、坂道を転げ落ち始めた世界経済。中国上海の友人からもメールがあり、使っていた工場も淘汰され、私が発注するような小さな仕事はあっさり拒絶する巨大工場のみが生き残っているとのこと。今後、彼の会社のような小さい会社はいかに生きていったらいいのか?と、上海もこれまでにない切実な状況に直面しているようだ。

 マンナンライフは年商70億円で、その売上の90%を「コンニャク入りゼリー」が占めている。従業員は80人であると今朝の小倉さんの番組で放送していた。一人年商約一億は優秀な会社だ。この食品の死亡事故17件のうち3件がこの会社の商品で起こった。喉に詰まらせる死亡事故の筆頭はお餅、そしてパンや飴が、断然上回っている。あるコメンテーターが、この問題は中国毒入り食品問題を棚上げするスケープゴートであると言っていた。本丸への突入は避ける。今回の金融恐慌の原因を政府があえて伏せている状況に似ている。

 今回の金融恐慌は米国発であることは確かであるが、小泉内閣・竹中金融行政の時代2002年~2005年の金融行政・為替管理・経済外交が加担しているという意見が多い。下落するドルと米国国債保有者を救済すべく2002年10月から2004年3月にかけ、約100兆円の外貨準備のうち47兆円もの大金を国民に断わることも無く使いドル買い介入をした。もし、日本がこの資金を投入しなかったら、この時点でサブプライムローンに端を発するバブルははじけ、その被害は世界に広がらずに最小限に抑えられたとのことだ。

 この日本発の潤沢な資金の注入でFRBは史上空前の金融緩和を行うことが出来、不健全な住宅・不動産バブルを更に膨らませた。日本における過去の事例、大蔵省銀行局長の通達「総量規制」に端を発したバブル崩壊で学習したことを、同盟国に教えてあげることはできなかったのだろうか?米国の金融系の高給取りや住宅購入者など不動産バブルを存続させる意味は一体どこにあったのか?日本国民は小泉内閣で同時に行われた緊縮財政により「痛みに耐えていた」。株の暴落、りそな救済後の株の反発や不動産価格の上昇。誰かが利益をせしめたことは間違いない。
 

「せんとくん」 平城遷都1300周年祭公式マスコット 

 2010年に奈良県で開かれる平城遷都1300周年祭に使われる公式マスコット「せんとくん」。芸大の偉い先生が創ったそうだ。こう言っちゃあなんだけど、昭和40年代の場末の遊園地、寂れたデパートの屋上、北京のディズニー風遊園地で見かけた偽マスコットを連想させる。このキャラのデザインと選考過程の密室性に反発し奈良のクリエーター集団が「まんとくん」、最近では寺院団体「南都二六会」が「なーむくん」を発表した。一部の若者が支持するヘタウマっぽさを前面に出す「ゆるキャラ」の括りに入るそうだが、日本の歴史を茶化すようなイベントになりかねない。

 キャラ選考の騒動や反発の報道で、「せんとくん」自体の知名度は抜群に高まったとのことだ。主催者側が事前にこれを狙った訳ではないであろう。仏様のキャラ「なんとくん」は、頭に鹿の角が刺さっている。矢が刺さった「落ち武者」を連想し、遂には「廃仏毀釈」にまで思い至った。深く観察すれば、神様から遣わされた鹿と仏様の融合、まさに本地垂迹・神仏習合を意味するのであろうが、まず最初に「気持ち悪さ」が先立つ。「キャラ立ち杉」。なんかこう、もっと可愛くって尚且つ品格があるマスコットにできなかったのであろうか?嘆いたところで時既に遅しだ。

 平城京は、後の平安京の北都に対し南都。そして平城京遷都が710年(710年=なんと素敵な平城京)。その二つを掛けて「南都くん」というネーミングが子供たちの教育にも良かったとの話もちらほらある。クリエーター集団が対抗策で出した「まんとくん」は、意味ワカンネェ~。帽子が朱雀門で屋根の上からは金のシャチホコならぬ金の鹿の角。マントでタイムトラベルができるキャラクターらしい。このキャラは仏教の要素がない。鹿の角は神社(春日大社の鹿)を意味するのであろう。じゃあ、「なーむくん」はどうか?ネーミングが「南無」だから仏教に偏っている。聖徳太子は捨てがたいが・・・。

 用明天皇とその子厩戸皇子(聖徳太子)が、当時百済から伝えられた仏教を、従来の神道と両立させた。そのおおらかな本地垂迹の考え方は現在までも延々と引き継がれている。インド(ネパール近郊)に現れた仏・菩薩(本地)が、衆生救済の為姿を変え、日本では天照大神(あまてらすおおみかみ)という形になって降りてきた(垂迹=迹(あと)を垂れる)。だから、どちらでも拝んでいい。この2つの宗教を両立させているキャラといえば「せんとくん」しかいない。じゃあ、納得するしかないか。

 最後に、私の遠吠えでキャラを提案しておこう。欧米人も受け入れやすい、ギリシャ神話の牧羊の神様パン(上半身が人間、下半身がヤギ、頭からツノが生えている)を参考にして(パクり)、上半身は大仏、下半身は鹿にして頭からはツノを生やす。パン・フルートの代わりに雅楽で使う横笛(これ平安からか?)を持たせる。なんとも神仏習合じゃあないか!なんだかとってもキモカワイイ!!着グルミにコスト掛かりすぎかなあ。おみやげの縫いぐるみも作り辛いか。そうなると、やっぱ「せんとくん」はコストも安上がり、神仏習合の条件もクリアしているので「せんとくん」の勝ちか。イベントが終わったら、東京の銭湯組合で使わせてもらおう。そういえば、デーブ・スペクターは「お奈良くん」なんて言ってたっけ。

旧の木阿弥(もとのもくあみ) 

 「なんか世の中、荒れてるぜ!」 昨日もトコトコと車で移動中、こっちが左折しようと歩行者待ちの時、対向車線の右折車が私の車の前に強引に割り込み、横断歩道上でぶつかりそうになった。アッタマ来たんで、「青矢印が出るまで待てよ、この野郎!」と窓を開け、教育的指導とストレス解消の為に怒鳴ってあげた。大手町の産経新聞前交差点だ。

 一昨日は一昨日で、渋滞中の交差点内に止まってしまい、そのまま赤信号になり動けない状態なのに、後続のタクシーが何をイライラしたかクラクションを鳴らしっぱなしに。この時も「叱ってあげなきゃ」と思ったのだが、いきなり前が動き出したので「ノブレス・オブリージュ」は果たせなかった。江東区有明のヤマトのトラックが渋滞している交差点だ。

 こういうセッカチな奴らは、概して自分を制御できない。自分さえ良ければ、すべて良しなのだ。自動車という仮面を被り、自分が強くなったような気になっている。横断歩道上の人を威嚇し、迷惑をかけていることに気付いていない。スキーのリフト乗り場じゃあるまいし、割り込みが出来る自分は運転が巧いと多分に過信しているのであろう。

 そうそう、この前、千代田区外神田あたりで、「手打ち風ラーメン」を発見。「手打ち」までは食をそそるが、「風」なので手打ちじゃない。騙し討ちじゃあないの?と思った。だが、考え方によっては、店主は本来、「手打ちラーメン」と書きたかったところ、良心が打ち勝ち「風」を入れてしまったのであろう。店主は看板を書く時に随分と悩んだに違いない。

 車を走らせながら、この看板の最後の文字まで読めた私は偉かった。「手打ち」までしか読まないで、店に入ってしまった人は騙されたことになるのか?それとも国語力不足による自己責任なのか?そんなこと、どうでもいいじゃない。旨けりゃいいんだよ。ラーメンは。「神の見えざる手」が、その店の存在の是非を判断するのだから・・・。

 最近、この「見えざる手」が世界の経済状況の変化と共に機能不全に陥った観がある。富める人が貯め込み再配分しないことも原因の一つか。競争の勝者もかつてとは異なり、デリバティブ等の投資技術で経済の実態とはかけ離れ突出した利益を手にする。敗者は、負債が大き過ぎて破産する。リスクの実態を把握することは可能なのか?この不均衡なバランスはいかなる影響を与えるのであろうか?この資源や生産等の実質経済を背景としない資金運用法を、世界的に規制しなければ「見える手」の「公的資金」を注入したところで旧の木阿弥(もとのもくあみ)であろう。

♪「コンニャク畑でフルーツ と~れ~ない~」 

 ♪「コンニャク畑でフルーツとれな~い」。マンナンライフの「コンニャクゼリー」は、自主的に販売を取り止めた。とても残念だ。ダイエットやその食感等、世間に貢献しプラスになる部分が大きい食品であったと考える。この食品について、韓国や欧州では所管官庁の指導があり規制されている。日本ではこの規制に手を上げる官庁がないこともあり、次の事故が起こる前にとの、会社独自の配慮なのであろう。会社もこの決定で売上がなくなり大変になる。その期間のつなぎ融資は「貸し渋り」等があることも当然予想されるこの時期だ。

 世論を味方に付けるために、その危険性については酷似する「お餅」とコラボし、「コンニャク入りお餅」を正月前に販売開始するしかない、と私は考えた。この商品であれば、日本の伝統食として認知され、消費者の不注意で喉に詰まらせ事故が起こっても、世論は寛大で大々的に記事にされる事もない。喉に詰まらせたのは消費者の責任であるとの伝統もある。食品の「新参者」は大変である。他国に輸出された「コンニャクゼリー」が、他国で規制を受け、企業として幼稚な危機管理の「グローバリズム」を受け入れるしかなかったのであろうか。

 これら、毒以外の食品の危険性を更にメディアが取り上げ世間を焚き付ければ、将来、食品に食感・嗜好が無くなる日が来るかもしれない。○○冷凍食品の「骨なし焼き魚」に、骨の取り残しがあり骨が喉に刺さったとか、○○製菓の「固焼きせんべい」を食べたら、歯が折れたとか。納豆を食べていたら臭いので隣の人に訴えられたとか。訴訟だらけ、猫灰だらけのアメリカみたいになっちゃうよ。「あ~、嫌だ嫌だ」。未来にある食品は、チューブ入りの流動食だけ。そんな日本にならぬよう頑張るしかない。

 確実に女性ファンも多いであろう「マンナンライフ」だから、署名活動が自然と始まるだろう。そして、メディアも取り上げ発売再開。お餅の例も挙げ、あらぬグローバリズムの波に、日本の消費者も会社も飲み込まれぬよう注意を促す必要がある。
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