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中国の旧正月 

 近頃、とても寒い。二十四節気の大寒は1月20日。寒いわけだ。中国は来週月曜日から旧暦の正月に入る。中国の工場は今週20日位から正月休みに入っている。見積もりを取ろうにも、スケジュールを聞こうにも、休みじゃあ、正確なものを作成できるはずもない。だが、その作成に追われる毎日。他社も裏が取れないので、この時期とばかり、私に電話をかけてくる客は多い。これらを、いかにも現地で裏を取ったかのように書くことも、ある程度は時間はかかる。客が、こう書けばきっと納得するであろうものを提出する。私はこの作業で時間を拘束される。客はこの時期、一時しのぎに私を使い、旧正月が明ければ、きっと他の会社に発注する。それらに要した時間を計算し、代金を請求したいところだ。中国も世界的な不景気のあおりを受け、やったら今年の正月休みは例年に増して長い。旧正月の始まりと終わりがはっきりしないのが今年の特徴か。

 三十歳代初頭の若い頃、まだネットもなく、中国にデータ入稿が出来ない頃のことだ。金額の大きい注文が旧正月前に決定した。翌日の飛行機を予約し、帰りを考えず、紙焼き(版下)を持って香港に飛んだ。現地商社を通じ、工場3社に振り分けた。各工場の香港事務所で打ち合わせが終われば、忘年会に誘われ、すべて付き合った。挙句には体を壊しそうになった。連日のように、忘年会ではポーカーゲームがあり、商社の担当者に借金する羽目になった。更には、すべての仕事が終わり帰国しようとエアーの予約を入れようとしたが、キャセイ・パシフィックがストに突入した。3日間、朝から空港でスタンバったのだが、全くダメ。一週間後には、香港の旧正月に突入だ。「その前までに帰国できればいいや」と、帰国を急ぐのを諦めた。商社の日本人寮が空いているとの連絡を受け、九龍のホテルを出て、香港島の寮へ向かった。

 コーズウェイ・ベイのバス停からバスに乗る。バスは、高層アパートが隣接する坂道を小高い丘へ駆け上がる。百万ドルの夜景が一望できるアパートの高層階に寮はあった。気候は暖かいし、観光に来たような気分だ。フィリピン人の住み込みのお手伝いさん(アマさんと現地では言う)が、朝夜と食事を作ってくれた。2日間、ここで過ごした。アマさんは食事の後片付け、掃除、洗濯が終わると、近所の公園へ行き、香港人の子供を世話している同じフィリピン人のアマさん達数人と合流し、会話を楽しんでいる。2日目、何もすることのない私を見かね公園に誘ってくれた。ポカポカ陽気に優しいフィリピン人の女性達。彼女達にあやされる赤ん坊になりたいと思った。その他の時間は、とりあえず安いバスに乗り、香港島の観光に勤しんだ。その日の夕方、こんな優雅な生活をしていてはいけないと思い、他国経由で帰ることを思いついた。

 台湾経由は全便満席状態で、待っても難しいと言われたので、韓国経由で予約したところ、翌日の夕方のソウル行きに空きがあった。すぐ予約し、寮の国際電話を何度も使うのは気が引けるので、九龍のホテルへ戻った。ハイアットの横にある元ハイアット内にあった安いが旨くて有名な店に一人で夕食を取りに出かけた。料理は当時、当たり前に大皿。料理3皿とスープを取り、どれも沢山残した。その後、接待の下見と称し、商社の人の仕事が終わるのを待ち、日本人向けのカラオケ・スナックへ行った。第一興商のカラオケで歌いまくった。翌日夜にはソウル金浦空港へ到着した。現地は雪。約2年ぶりの韓国だ。タクシー乗り場へ行くと、黒い見慣れない高級そうなタクシーが並んでいた。‘93年夏に開催される大田(テジョン)万博の為に出来たと後から聞いた。それに乗り、かつて常宿にしていたホテルへ向かった。私が勤めていた会社にはソウル支店があったのだが、乗り継ぎで訪韓した連絡はあえて入れなかった。その夜、一人でフグチゲの有名店へ行き、二人前をすべて平らげた。一週間、中華ばかりだったからなあ・・・・・・。翌日、朝一番の飛行機で東京へ戻った。成田で出迎えてくれたのは、人ではなく、時間であった。また、時間に追われる日々が延々と続く私なのであった。
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GNPならぬGNH(国民総幸福度) 

 中国とインドに挟まれた唯一のチベット仏教国・ブータン王国では、GNP(国民総生産)ならぬGNH(Gross National Happiness=国民総幸福度)という概念があると、昨日のNHKラジオで聞いた。国力を単純にその国の生産能力に委ねるのではなく、幸福度にあるとする。競争を赤ちゃん言葉で言い換えれば「キョウチョウ」=協調か。世界的な指標に基づき数値化することは難しいが、他人や外国と比較する事さえ無ければ、かなり高いパーセンテージになるのではないか。ゲスト解説者の名前は忘れたが、地球の限りある資源を基にした生産競争は当然限界があると言っていた。今の私にとって、このGNHに寄り添っているうちに転寝してしまうのではないかと思えるほど甘い言葉だ。だがこの指標は真理であると確信出来る。生産や労働は幸福という目的の為の手段であるのだから。

謹賀新年 

皆さん、新年明けましておめでとうございます。
 
 気付いてみれば一月。なんてことなく、誰かが時を止められる訳もなく、地球が滅亡しない限り、年は明け、一年は始まる。時間ほど万民に平等なものは無い。反面、時間は冷酷だ。時間の使い方を知っている人と知らない人との間には天と地ほどの差がつく。この時間を有効に使えるか否かが、最終的には自分自身の満足度になる。時間は、漣のように静かに押し寄せるのか、はたまた、津波のように人命をも飲み込む勢いなのか。

 使い方はある程度分かっていても使いこなせないのが時間だ。この先、黙っていてもムコウから不意に富や幸運が突然訪ねて来て、自身が受身でそれらを享受するなどという甘い話は皆無。宝くじだって、出かけて買わなければ当たらない。一見無駄に見えるような鉄砲を数撃って、経験値を稼ぐことが、将来のためになる。と、考えることが今最も無難か。仕事は、仕掛ける人しか勝つことが出来ない時代になった。分かってはいるのだが・・・・・・。
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