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 2009年07月 

短編『竹薮』(2) 

 翌週の晴れた日曜日、僕と僕の友達3人が集まった。やることのない僕等は、ただお喋りに夢中になっていたが、その時急に一人がこう言い出した。
 
 「墓地の竹薮を探検しよう」。
 
 友達3人のうちの一人は女の子。その娘は何故だか率先して行きたがった。僕は絶対に行きたくなかった。でも、その行きたがる女の子の手前もある。みんなと一緒に行かなければ、弱虫と思われるに違いない。

 断わる適当な理由が見つからない・・・・・・。

 すでに竹薮の崖をみんなは登り切っていた。僕はそのあとに続き、少し間をおいて登った。

 濃い緑の葉が入り組んで生い茂り、竹薮の地面には鋭利な陽射しでさえも差し込む隙がない。密集した竹の葉の下は、まるでだだっ広い地下室のようだ。その地面には低い雑草やコケが生え、のっぺりと湿った空間が低く続く。その濃い緑色の薄暗い空間には、桜餅のような古臭い香りと、どくだみの花なのであろう鼻を突き刺す異臭が混ざり合っている。それこそ臭いまみれで、終わりそうにない不安な空間がどこまでも続いている。所々にある小さな坂や窪地では、湿ったコケやシナシナと湿っている腐った葉を踏むことになり、何度も滑り転びそうになる。途中、竹薮が一瞬途切れ陽が差し込んでいるほっとさせる小さな空き地が何箇所かあった。そこで少し休み、下界本来の明るさに励まされて僕らは更に奥へと踏み入って行く。

 僕は常に列の最後にいた。女の子は背後からの恐怖を守るため、彼女の後ろに必ずいて欲しいと僕に言った。いや、きっと、怖気づいている僕をかばい彼女なりに気遣って言ったのかもしれない。そこにいる誰よりも先にある恐怖に怖気付いていた僕は、彼女の言葉にも助けられたが、成るべくして最後になったに違いない。列の順番は勇気の順番であると誰よりも先に気付いていた。皆はきっと気付くはずもない。前の三人は好奇心や勇気が剃刀のように先立っている。

 ―――――いったい彼らは自分の弱さを考えたことはあるのだろうか?女の子もそうだ。皆勇気がある。緩やかな下り坂が続く谷の手前で先頭の一人が足を止めた。

 「煙が見える」と彼は言った。
 
 その瞬間、たくさんの雀であろう鳥たちが竹薮から一斉に飛び立った。僕は更に上乗せされたその二つの恐怖に凍りつき、全身の痺れと共に鳥肌が立った。せめて前の女の子だけには、先にある見えない恐怖を僕と同じように怖がってほしかった。

 「もう、戻ろう」と、女の子らしく泣きながら言って欲しかった。

 だが、どうも僕以外の三人は彼女も含めすでに煙へ気持ちが向かっている。一人はすでにそこへ向かって歩き出している。

 「行くしかないか」と、終わりのない恐怖に堪え後に続いた。
 「またしても最後尾」

 そう思うや否や、先頭の一人が突然走り出した。それに遅れまいと皆走り出す。竹薮に一人で置き去りにされる恐怖、これは先にある恐怖とは全く違う。別物だ。

 「ひとりぼっち?」

 いや、僕の死に直結する恐怖だ。その恐怖がきっと僕を走らせた。

 皆、煙が見える谷へ向かい、転げ落ちるように坂を走った。今まで見えなかった小屋が徐々に見えてきた。その小屋に数十メートルも近付いたであろうか、煙は小屋の隣にある錆びたドラム缶から立ち上がっていた。

 「人の声が聞こえる」

 と、一人が言った。皆、走るのをやめ耳を澄ました。墓地の火葬場から聞こえてくる不気味なお経のようだ。すり足で息を殺し更に近付き更に目を凝らした。白く長い髭を蓄えた皺だらけの老人が、ドラム缶から頭だけを出しているのが見える。     

 「お風呂に入っているのかなあ?」

 と、聞く間も無かった。一人が何を思ったのか急に石を投げたのだった。途中、竹に当たり二回ほど跳ね返った。その「カーン、カーン」という大きな音は竹薮中に幾度も幾度もこだました。(続く)
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