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モヤシのセイロ蒸し 

 今週は湿気が少なく、外に出て営業するには持って来いの気候が続いている。早朝出勤時は寒いくらいだ。農家は大打撃。野菜は高騰。庶民の皆さんは、スーパーの野菜売り場を行ったり来たりし、挙句、安いモヤシを買い、じゃあメニューは焼きそばかと、焼きそば三昧の日々を送られているのではないでしょうか?昨日は袋に入っている粉のソース味、今日は変化をつけて塩味の上海風焼きそばと、やってることはどこの家庭でもきっと皆同じ。夏休みの子供たちもそろそろ「お母さん!また焼きそば?」と、文句の嵐が日本全土を覆いそうな今日この頃。焼きそばに飽きたら、モヤシのナムルはいかが?あっ、それも飽きた?胡麻和えも飽きたの?

 もっとちゃんとしたモヤシ料理を作りたいなら、土鍋と蒸しセイロを用意すれば、冷蔵庫の野菜室の野菜もモヤシと一緒に一掃できる料理ができる。セイロを持っていない人は、まず土鍋の蓋の直径を測り、ホームセンターの「コー○ン」へ直行して欲しい。文字を隠す必要など全くないのになぜか隠した「コーナン」。このコーナンだけは、様々なサイズのセイロが安く揃っている。あっ、そうそう、今日、客からの帰り、神田駅の近くをチャリで走っていたらブッ飛ぶ名前の中華料理屋に出くわした。なんと「香満苑」。「嘘だろ~」と通り過ぎ、振り向いて看板を確認しようとしたら、対向車にぶつかりそうになった。店名に間違いはなかった。

 鍋に出汁を入れ、その上にモヤシや余ったキャベツ・ネギ・玉ネギ・ニンジン・ピーマンを乗せ肉を被せて卓上コンロの火で蒸すだけ。胡椒やゆず胡椒でアクセントを付け、ゆずポンでいただく。豆腐や厚揚げを入れればボリュームが更に増す。酒のつまみにもなるし、〆は野菜や肉汁がたっぷり落ちた出汁に、冷凍ご飯やうどんをぶっ込めばこのセイロだけですべては完結。自宅で蒸し料理を鍋風に食べる事は去年まで全くなかった。今年の冬、偶然テレビで、青山の紀伊国屋裏手にあるセイロ蒸しの料理店が紹介された。それを見て「自宅蒸しセイロ」を思い付き、すぐにセイロを買いに行った。量販店各社やホームセンター各社を回ったが、コーナンが最も安くサイズが多くあった。

 焼く、炒める、揚げる、煮るまではやるけど、意外と「蒸す」は食卓上でやらないのでは?鍋料理が少し変化しただけ、意外にすばやく出来て簡単なのがいい。これを料理と言えるか否かは定かではない。が、料理として最も重要な点はひとつ、鍋の蓋の直径にセイロのサイズを合わせることだけだ。自宅の土鍋の縁にジャストで入るセイロがあればいいなあ~と、予め鍋蓋の直径を測ってセイロを買いに行った。家に戻り鍋の内側の蓋の溝にジャストで入った時はとても嬉しかった。木枠のセイロは¥1,100-程。さすがA型。父はB型、母はA型。妹はAB型。今後、いったい何回の冬をこのセイロと共に私は越すのであろうか?(←大げさな!) 

 年齢と共に揚げ物や、テーブルに油が飛び散る鉄板焼き(ホットプレート)もダメになってきた。安い野菜や余った野菜も多く摂取でき、このように手軽で簡単な蒸し料理を発見できた事は私にとりとても収穫であった。さあ、皆もセイロを買いに行こうじゃないか!「コー○ン」へ。あっ、ゴメン!話を面白くしようとホームセンター名を「香満苑」につられて間違えた。江戸川区の「ホームズ」だった。さあ行こう!「ホームズ」へ。
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家族や国家への使命 

 女性の妊娠が、男女平等ではないとの短絡的な考えがある。精神的な愛を追求する過程で、肉体的な事象が疎んじられ、人間の本質ともいえる遺伝子継承という崇高な使命を忘れがちになるのであろう。妊娠自体を愛の副産物のように考える人もおり、それを嫌い同性愛に走る特異なケースもある。本来、出産・子育てをも精神的・肉体的なバランスの取れた男女の本質的な愛の形と考え、女性の出産や堕胎の苦しみや傷等、それに相応する価値の自己犠牲を払い家族を守ろうと考えるのが古からの男性の在り方のような気がする。

 子供が出来て遺伝子の継承が完了したからには、最も小さな社会の単位である「家族」と「その将来」を死もいとわず守ろうとの使命感が生まれる。本能がそのようにさせるのであろう。家族や国は、祖先から自分に受け継がれ、その子孫へ代々継承される。祖先から引き継がれてきた国という大きな社会に参加し、死を覚悟で家族が安泰でいられるよう国を守ろうとする。そのように、遺伝子継承の使命を果たし更なる使命を考えていく過程で、国や国旗に忠誠を誓うことは、世界中、国や民族に関係なく、それらの意識から発する人間としてごく自然な行為であるのではないだろうか。

 人は一人で生きていく事は不可能である。汗水たらし必死で働き、給料を稼ぎ、それで生活している。人がいるので商売が成り立つ。日本という国があるからそれが叶う。祖先を尊び、子孫繁栄を考えるのであるなら、代々継承されてきた国旗や掲揚の儀式で、国に対する感謝から始まり次第に忠誠の気持ちに変化する自分自身に気付くのが自然だ。これに反対する人達もいる。成長過程における反抗期なのか?行動も言論も自由だとは言うが、自由は戦った結果勝ち得るもので、戦う単位である国を否定すること自体が本末転倒、国家反逆以外の何物でもない。もしそれらが自由になる国があるならば、その国へ移住したらいい。

 自分だけならまだしも国旗掲揚や国歌斉唱の拒絶を人や子供に押し付ける行為も許しがたい。決してこれらが先の大戦へ国を導いたのではない。その前に国のかたちや輪郭を否定して、先の戦争の反省などが国家として出来るはずもない。木を見て森を見ないような愚行、先祖を否定し愚弄する行為に等しい。先祖から受け継がれてきた儀式や儀礼を拒絶する行為は、直接人に対する抵抗ではないと大きな考え違いをしているのであろうか。職にも就けず今日の飯にも困るような人が、このように国を否定する行動を起こすなら私としては理解できる。そうではない人が多いのは、国が豊かであるからなのであろう。なんとも嘆かわしい。

災難続き 

 先週、車検が終わったばかりの車のブレーキ・ランプが切れた。車検に関係なく、電球の寿命であることは理解している。15日の終戦記念日は、午前中に新横浜の日産スタジアムへ家内を車で送り、サンプルの写真4点を確認する為、そのまま人形町の事務所へ向かった。東京駅近くでフランソワーズ・オシッコが漏れシャンさん状態であったが、すぐ事務所へ着くからと下半身タイガースをなだめた。事務所へ到着し急ぎ入ろうと鍵を探したがどこにも無い。朝、車庫に入る前、車庫前のお台場海浜通りはお盆休みの大渋滞であった。これはこの近所を抜け出すのに30分はかかると思い焦って車庫を出た。そのせいできっと鍵を抜き忘れたのだろう。普段ならば約2分のところ、実際、車庫からフジテレビ前の高速入り口まで15分位かかった。

 鍵を取りに帰るにも、台場の大渋滞を考えなければならない。しかたなくジャスコのトイレを拝借した。レインボーブリッジの交差点からまともに台場へ入ることは避け、急がば回れと遠回りして船の科学館経由、ガンダム見物駐車待ち渋滞の横を切り抜け日航ホテルから海岸通りを走り車庫へ。今回は台場付近から約30分。案の定、車庫に鍵はさしっぱなし。盗まれることが無くホッと一安心。また、事務所へ折りかえさなければならない。自宅のパソコンで確認も可能であるが、仕事相手も休みを返上し出勤している。道義上、そのように安易な方法を選択する訳にもいかない。

 再度、車庫前の渋滞を抜け事務所へ向かった。午後5時、すべての確認は順調に終わり事務所を後にした。車に乗ると、くどいほどにブレーキ・ランプ切れの警告灯が点滅している。帰る前に修理をしようとディーラーに向かった。新大橋通りを走り、晴海通りを越えたあたりで、ディーラーより有明のオートバックスの修理のほうがきっと早いし安いし間違いないと、前回の経験が頭をよぎる。計画変更!先の信号で晴海通りへ戻ろうと考えるや否や、右折ラインへ入り右折をしようと考えたが、どうせなら手っ取り早くとUターンした。すぐ次の信号は晴海通り、その前に一人、コチラへおいでおいでのお巡りさん。なんとこの交差点はUターン禁止であったのだ。

 減点一の反則金6千円。4年前の駐禁以来、違反は久々。ま、頻繁に車に乗っているのでこの程度の違反はしょうがないと自分に言い聞かせる。違反切符を切られている間に、また違う車がUターン。お巡りさんは違反切符を書くのを止め、車道へ出てその車を止めた。この築地市場前の交差点は、Uターン禁止の看板があってもはっきり見えないのだと思う。私もそれらがどこにあるのかを聞き、ようやく理解。後続の違反者も同じだ。ま、そんなぁことはどうでもいい。些細なことだ。それより何より、自分の迷いが許せない。中途半端な決断が違反を招いた。そのこと自体が情けない。決断力ではない。決断だ。決断はオール・オア・ナッシングなのである。

 そうそう、自民党の麻生総理が盛んにテレビで言っている「責任力」という言葉も曖昧でなんかおかしい。責任は本来、100%全うする絶対的なもので、責任力となると相対的な言葉になる。責任を果たす力は一体80%なのか、それとも60%なのかのように。国民を惑わせる偽りの言葉を撒き散らしているのがどうも気になる。「責任力」という言葉で、「マニュフェストは100%果たせません」と公言しているように聞こえてしまうのは私だけか。

 ブレーキ・ランプは2個セットで販売している。寿命はほぼ同時に来るだろうとのことで両方のブレーキ・ランプを交換。修理待ちで約40分、上出来だ。値段も電球込みで約1,400円。帰り際、昼間にトイレを拝借したお礼にジャスコへ寄った。一階の駐車スペースが空いていたので、すばやくバックして入れた。すると鈍い音が聞こえた。バックし過ぎで柱にリア・バンパーをぶつけてしまったのだ。慌てて降りて確認。柱の角の縦傷が薄っすらとバンパーに着いていた。ウレタンバンパーなので凹みはおおよそ元に戻るが浅い2cmほどの傷は残った。新車を購入して約5年。下取りの査定がまたもや下がってしまう。これで2つ目の傷だ。ま、コレも良しとしよう。

 ①ブレーキ・ランプ切れ ②朝の近隣渋滞 ③鍵を忘れて事務所へ入れない ④自宅へ鍵を取りに行き渋滞 ⑤また出庫時の渋滞 ⑥Uターン禁止の交通違反 ⑦バックで車をぶつける と災難続きの15日。決断も責任も中途半端であってはならない。オール・オア・ナッシングと自戒した。墓参りは先々週に済ませているので、「靖国神社の参拝に行かなくては!」と、硬く誓った私だ。 


越中島公園から佃・新川方面を撮影
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ブログトップの写真は、新潟県中魚沼郡津南町のひまわり

短編 『子牛の姉弟 ソテーとグリル』 

 姉のソテーと弟のグリルはとっても仲のいい子牛のきょうだいです。このお姉さんと弟の組み合わせを書く場合、難しくは「姉弟(してい)」、簡単に書く場合は漢字の兄弟をひらがなで「きょうだい」と書きます。勉強になったねぇ~!二頭は群れから離れ、広い牧場のもっとも高い場所にある山裾でお昼寝中です。弟のグリルはまだ赤ちゃん。一週間前まではお母さんのオッパイを吸っていましたが、ようやく歯も生え牧草を食べられるようになりました。お昼寝の前までは、生えたばかりの歯で近くの草を食べていましたが、何せ赤ちゃん、眠気には勝てません。反芻した草をお口に入れたまま、飲み込む前にウトウトとしてオネムさんになってしまったのでした。姉のソテーは、そんなあどけないグリルが大好きです。必死で眠気をこらえながらグリルを見守っていました。

 すると遠くの方から人の声が聞こえてきました。きっとこちらに近付いて来るのでしょう、だんだん声が大きくなってきます。人には慣れていますので、そのまま二頭は寝ていました。聞き覚えのあるその声は、いつもの吉野さんと松さんです。その二人の後を追うように牧場主も走ってきました。彼らは来るたびに、毛並みもいいし艶があると二頭を誉めます。姉のソテーは目を閉じながら話を聞いていました。誉められれば悪い気はしません。将来、二頭を欲しいとまで言っています。この牧場も居心地がいいけど、あの人達の牧場で暮らすのもいいかなあと考えるようになってきました。

 「吉野さんと松さんの牧場はいったいどんな牧場なのかしら?」 今日も期待に胸を弾ませるソテーです。マザー牧場のように、広い牧草地の脇でたくさんの家族が大きな笑い声をあげながら楽しそうにバーベキューが出来る牧場であったり、小岩井牧場のようにたくさんの子供たちが絞りたての牛乳やアイスクリームを美味しそうに飲んだり食べたり出来る牧場であったらいいなあと、考え続けました。たくさんの人間に囲まれ、いつまでも暮らしたいと思うのでした。ふと谷を見ると、大きな牛二頭がこちらへゆっくりと歩いてきます。先頭の牛はお爺さん牛で牧場一物知りの「シチュー」でした。

 「シチューお爺さん!吉野さんと松さんの牧場はいったいどんなところなの?」と、ソテーはシチュー爺さんに聞きました。「ワシが聞いたところでは、大きな鉄のお風呂があるそうな。なんでも、牛の健康の為、風呂に玉ネギをた~くさん入れてコリをほぐしやわらかくしてくれるそうじゃ」 そこへ急に割って入ったお婆さん牛のカレーが言いました。「紅生姜は食べ放題じゃと。私も死ぬ前に一度でいいからそんな極楽気分を味わってみたいものじゃのう」 吉野さんと松さんの牧場?そんなものがこの世の中にあるはずもありません。彼らは牛の前では牧場といっていますが、本当は「お店」を「牧場」に置き換えた彼らの隠語なのです。皆さんがよくご存知の牛丼の2大チェーン店の二人です。お婆さん牛のカレーが言った極楽気分は、実は極楽浄土なのでした。
 
 人間は牛に対し、すべてが嘘まみれなのです。そう思ったほうがいいでしょう。牛に事実を伝えられるわけがありません。このことは絶対に牛には言わないで欲しいのですが、彼らの戒名は生まれながらにして決まっています。――――「ビーフ」です。牛のきょうだい「ビーフ・ソテー」と「ビーフ・グリル」、祖父母牛の「ビーフ・シチュー」と「ビーフ・カレー」、そして親戚でロシア牛のビーフ・ストロガノフ(正式にはビフはロシア語で~風と訳します)。フランスかイギリス牛のハーフである「ビーフ・コートレット=カツレツ」やアメリカ牛の「ビーフ・ステーキ」などがもっとも有名な戒名です。人間は生きている牛たちに戒名を教える事はありません。故意に隠しているのです。

 この戒名を人間は他の動物にも同様に教えることはありません。豚の戒名はポーク、鳥の戒名は漢字で書く鶏であったりチキンであったりします。このように人間は自分たちの都合がいいように、勝手に名前を変え、食べるまでの一連の殺生からあえて目を背けているのです。食べる前の挨拶やお祈りは「感謝」ではなく本来は「懺悔」でなくてはならないのです。しかしながら人間は、「いただきます」やら「アーメン」などと薄っぺらいことを平然と言ったりはしますが、罪の意識を感じることはまずありません。その前に、お金を払って買っているという思い上がりも多分にあるのでしょう。果たして、お金を払えば免罪されるのでしょうか?このように考えていくと、人間は誰もが罪を背負って生きていると言うことが出来ます。違うと言い切れる人は、精進料理を食べているお坊さんか、菜食主義者に限られているのですから・・・・・・。

バイアグラと不思議膏の共通点を探る 

 なぜかバイアグラ販売の迷惑メールが事務所のメールに送られてくる。メールだけにとっても気がメール(=滅入る)。(←パチパチパチパチ・・・・・・拍手鳴り止まず) 駄洒落のオリンピックで金賞を獲得、そんな気分、今日の私。プロバイダーの無料迷惑メール対策として、件名の登録でフィルタリングが可能である、叶姉妹、加納典明、(←金メダル自主返還!)と書いてあったので件名を懸命にコピペして登録した。が、その後もそのメールは入ってきてしまう。

 敵もさる者、当初、件名にバイアグラが70%OFFと書かれていたのに、78%やら72%などに毎回変えていたのだ。これじゃあ、私のPC技量で対応できるはずもない。何故このようなメールが私に送られてくるのだろうか?会った事も無い人に、私が変態男であることが何故分かってしまうのか?とっても不思議だ、不思議膏。まるでキツネにアソコを摘まれたような気持ちいい気分、最高だ~!!きっと、銭湯で金冷法を実践している私を見ていたのだろう。

 先ほどのくだり「不思議だ、不思議膏」の解説をしておこう。不思議膏とは「ヒサヤ大黒堂」の有名な塗り薬で、これを塗るとアラ不思議!痔が治っちゃう!というお薬の名前である。かつて私も痔になり、医者から手術の宣告をされた。が、忙しさで手術を伸ばし伸ばしにした時期が約2年間も続いた。この場をしのぐいい薬はないかと考えていたところ、新聞広告で知り、すぐ申し込んだ。塗ってみると、アラ不思議、腫れが嘘のようにひいていく。

 だからきっと不思議膏。最初は、グリコのアイス「パピコ」ほどの大きさのチューブが20本ほど入っている一万円弱くらいの不思議膏を買っていた。が、継続して毎日塗るような性格ではない。痛くなってきたら塗るといった不定期な治療で、塗り薬もなかなか減らない。そのうちに痔もだんだんと悪化し、一度に塗る薬の量も増え、仕舞いにチューブ入りでは足りなくなってしまった。そんじゃあ、しょうがないと、お徳用缶入りの「不思議膏」約6万円を買うこととした。

 その時、オマケに付いてきた保存ケースがこれまた最高!塗り薬は一回、トーストにバターを塗るようにガーゼに塗り、それを患部に貼り付け治療する。塗り薬を貼付したガーゼ数十枚を一度に作っておき、それを保存する為のケースなのである。玉手箱のような漆塗り調のプラスチックのケースと思いきや、ちょっと違う。蓋を開けるとIC音の鳥たちがピリピリと啼くのだ。最初はマイナスイオンに包まれた森林にいるような清々しい気分に浸れたが、慣れると雑音。

 お得用缶のサイズは、舶来のチョコが入っていた円筒の缶と同サイズ。手術する直前まで一生懸命塗ったものだ。私の痔は、皆さんが想像する痔とは種類が少し異なり、ケツペタに出来る腫れ物。まるで大きなニキビのような。手術後、約3週間入院したが、結局、完治しなかった。そして2年後に長年勤めた会社を辞め独立。するとどうであろう、アラ、不思議、不思議膏!とばかりに再手術もなく完治した。座ることを避け、人前ではなるべく立ちっぱなしであった私がだ。

 ストレスから来る痔に他ならなかったのだ。足なのかケツなのか?とても微妙な位置に患部はあった。ケツッペタか尻ペタかはシリませんが、座れば当然患部が椅子にダイレクトに当たり痛い。だから、立ちっぱなし。その立ちっぱなしから改革開放され、座る幸せを噛み締めている私にとって、またバイアグラで立ちっぱなしは辛い。立ちっ放しは敵なのである。(←おっと、うまく話が繋がったのでこれにて〆ましょ) 以下は今日のオマケだ。便器の蓋が閉じている状態をベンザ・ブロックという。これをやられちゃ~、フランソワーズ・もれちゃう時にはタマリましぇ~ん。私は酔っぱらった時、蓋にたった2度ほどしただけ。皆はどれくらい?じゃ~ね~。

夏の風物詩 「花火」 

 夏の風物詩の代表といえば花火。と思っていたら、ランキング一位は、なんと「すいか」。すいか・花火・カキ氷・海水浴・風鈴・ひまわり・せみ・ビアガーデン・ソーメン・朝顔の順でベストテンにランクインされていた。ビアガーデン・ソーメンに代えて、幽霊・火の玉を私なら入れる。これらすべては夏の終わりと共に消えて無くなり、なんかこう、柴咲コウ、喪失の象徴でもある。特に刹那的な存在の後、姿も形も無くなり、虚無感が襲い来るもののトップはきっと花火。精神的な何かの喪失を花火の終焉が奇しくも呼び起こし、更なる苦しみを感じさせる怖さがある。

 と、考えるので大きな花火はあまり好きではない。花火大会の打ち上げ花火は音も色彩も派手すぎる。花火が打ち上がった後、漆黒の空に残った白い煙を見続けるような自分の精神状態が女々しくて嫌だ。終わりが突然襲ってくるのも考えもの。これにヤラレてしまう繊細なヤツはきっと多い。精神的なリハビリの期間が必要であると過去何度も思ったものだ。例えば、打ち上げ花火がすべて終わったとのアナウンス後、お手持ちの花火でお楽しみ下さい等、段階を踏み、徐々に平凡な日常に戻らせるような工夫が必要なのではないだろうか。

 反面、線香花火は小さいが一生懸命尚且つ控えめなのがいい。いつ落ちるとも知れない火の玉から、放射線状に放たれるオレンジ色の細かい火花。花火を長持ちさせようと、その先を持つ人は必死だ。そこに理性を越え祈る自分を発見する。誰が教える訳でもないのに身近な人の命に、花火の発火時間を重ねる。火花の飛び方は様々。何時間やっても飽きないのが大人の線香花火だ。(←なんかとってもSMチックな表現だ) ロウソクの火を中心に、大人の男女が線香花火で何時間も戯れる。(←マスクとムチも必要になってきた)

 あっ、そうだ!!東京上空へヘリコプターを飛ばし、重力方向の地上へ向かって花火をブッ飛ばせば、自宅やその近所で混雑することなく楽しめるのではないだろうか。あえて混雑する暑い場所へ行くのを避けたいのが大人。好んで行くのが子供たち。そうか!東京の子供は虚無感に襲われない様、花火大会を、隅田川→江戸川区→江東区→東京湾とはしごする手もあったのか。千葉育ちの私に気付くはずもない。千葉市は大きい花火大会が年一回だけなので、私はこのように追い詰められ、繊細になってしまったのであろう。(←繊細かっ!)

 ま、この時期、悩んでないで夏の風物詩を堪能しようではないか!百円ショップへ行けば、花火・カキ氷・風鈴・ひまわり・ソーメン・朝顔の6点は買える。ビアガーデンでピン飲みは恥ずかしいから友人を誘い事務所から歩いてすぐの日本橋三越屋上へ。海水浴は家の裏のお台場へ。セミはそこらじゅうで鳴いている。すいかはこれまた事務所近所の千疋屋ではお高いからマルエツで。と、指任せで長々書き込んできたが、その過程で薄っすらと分かってきたことがある。「火をつける前にその存在の『無常』を悟らせるのが線香花火である」ということを。


居酒屋&銭湯探訪 江東区菊川「みたかや酒場」と墨田区立川「高砂湯」 

 都営新宿線菊川駅から徒歩5分程度のところに「みたかや酒場」はある。前回も居酒屋探訪を書いちまったので、また書いちまおう、大地真央。またもや駄洒落に切れが無い。場所は検索していただくとして、ココは居酒屋の王様、否、始皇帝ならぬ終皇帝と呼ぶにふさわしい店だ。営業開始時間は午後4時半。早朝から仕事がある日は、一日の締めとしてこの店に行くことを目標として頑張る。兎に角、煮込みが最高に旨い。店自体は決して綺麗とは言えない。

 東京三大煮込みで有名な森下「山利喜」、月島「岸田屋」、千住「大はし」に勝るとも劣らない、もしくは私の中で日本一旨い煮込みなのでは?と思わせる、そんな居酒屋だ。友人から聞いた話では、このドロリとした煮込みは関西風とのこと。今まで他の居酒屋で食べていたのは「モツの味噌汁」であることを思い知らされた。他店との比較では「山利喜」の量の2~3倍で、値段はなんと¥450-。一時期、新館を出した頃の山利喜より煮込まれていて味も深いのでは?

 ま、これだけではない。マグロ刺しは若干筋があるが¥600-。中トロに近いが脳天とのことだ。約1cm厚の刺身が8~10枚。これだけで腹一杯。魚三の「まぐろブツ」は¥230-で日によりマズイ時もあり¥400-の「トロぶつ」より旨い。マグロは魚三に勝っているのでは?居酒屋定番のポテサラは¥300-。他店での盛りは、アイスクリーム・ディッシャーでワン・アクションの量だが、ここはその2倍。さらにその下にはサラダ菜がぎっしりと敷かれている。

 私が友人にこの店を奨め、早速行った彼のレポートではじめて知った「くりから」も絶品。メニューに無いので裏メニューか?うなぎの稚魚を串に刺し蒸した後にタレで焼いたものなのだが、ふわふわっと柔らかく焼き上がり上品この上ない味だ。これ¥500-。手間暇かかるので早めにオーダーしたほうがいい。その他を書き綴れば延々と長くなる程、メニューは多岐に亘る。居酒屋人気店の三要素、安い・旨い・量が多いのすべてを合格点でクリアしている店である。

 おでんや豚カツ、チキンカツなどもある。おにぎりは戦国時代の大きさなので要注意!ソフトボール並みの大きさだ。おみやげにも出来、飲んだ帰りにサラダが別パックに入った豚カツを持ち帰る人を何人も見た。餃子は手が空いている時に頼めば、手作りで作り出す。頼むタイミングがあるらしい。そして私が最も気に入っているのが、カウンター内にある司令塔のようなセンターキッチン。テーブル席は奥にひとつだけで、すべてカウンターになっている。

 マスターは、このセンターキッチンで料理をしながらも、前方客席カウンターの視界180度にも全神経を集中させている。飲み物のオーダーにはすぐ対応。料理の手を止めることなく、グラスの飲み物が空いた氷の音を聞き取り、その方向へ来て「おかわり?」と空いたグラスを探す。この気配りは流石だ。その対応があり客も気を使わずに注文できる。ネクタイしたいい親父達が店に媚びへつらうどこかの店(魚○)とは大違い。気持ちよく飲み食いし会計して店を出る。

 そして次に向かうのが、銭湯「高砂湯」。菊川駅から三つ目通りを北へ向かい、右手のスーパー「ふくすけ」の信号を越え、2個目の「日本ペイント」の看板のある路地を右折し50m先の左側にある。ここは墨田区だ。この銭湯はマンション一階にあり決して広いとは言えない。が、銭湯の機能が凝縮されている。清澄白河の「辰巳湯」より広いサウナがあり、水風呂は冷却され15度位を保っている。春・夏の「辰巳湯」の水風呂はぬるいので高砂湯に切り替えた。

 熱いサウナから出て、冷却された水風呂に浸かる。それも長時間。出る目安は、肺の裏側まで冷やされ、ついには息を吸う際、肺に入った空気が冷たく感じるまで。これが実に気持ちいい。浸かりすぎて、記憶が遠退き、フラフラしながら水風呂から出る。このちっぽけな限界に挑む心構えが精神衛生上いい。下半身に話を移せば、目的が無くとっても無駄な「今更ながらの金冷法」の実践とも言えよう。陰嚢の括約筋を鍛える気は全くを持ってありましぇ~ん。

 古い瓦屋根の大きく広い銭湯も、たしかに文化遺産的な要素があるが、今後、それらに慣れ親しんできた人達が高齢化しこの世を去った場合、あまりに無駄に広く、商業用土地面積における収益を無視したような公衆浴場になる。経営も成り立たなくなるであろう。今後、銭湯として公衆衛生や災害による地域社会への貢献を合わせて考えた場合、マンションやその他の施設に併設された銭湯に変わることが考えられる。スーパー銭湯の小型バージョンとして。

 ビジネスホテルに併設もいい。せまいユニット式の部屋風呂を嫌う宿泊客に喜ばれリピーターも増える。当然、地元住人も合わせれば採算が取れる複合施設になる。その兼業パターンと銭湯設備のレイアウトのいい見本であると感じるのが「高砂湯」だ。銭湯フリークは、建物の文化遺産的評価をブログで書けども、銭湯の今後の在り方は書かない。また、高砂湯の評価は彼らにとって低い。厚労省管轄だが特例で文科省からも予算が下りれば別だが。

 私として社会に必要不可欠な銭湯を将来的に存続させる為には、高砂湯のような兼業経営が今後必要であると考える。更には医者が処方箋を書き、心身の治療の為、銭湯に保険で入れるようにしてもいい。同じ厚労省管轄なので法案作りは簡単だ。銭湯代金は酒なら一杯分の料金、たった450円である。治療を目的とした入浴で銭湯が活性化する。昭和懐古的「みたかや酒場」と、ハイブリッドな銭湯「高砂湯」。このコラボに今ハマッテいる私だ。

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銭湯「高砂湯」 つかさの銭湯日記 

居酒屋探訪 北千住「大はし」+銭湯「梅の湯」 

 中国に発注をかけた某アイテム。この撮影用サンプルを大至急作らなければならない。類似した光沢と色の生地は中国の某エリアにはないとの連絡を受けた。仕方なく数社の生地問屋に連絡を入れ、一点は薄い生地を発見。撮影用なので生地厚は問わない。色も近似色であればPC上で調整が可能だ。保険をかける意味で、売り場も探すか!と考え、人形町駅から8駅目で最も近い北千住の「ユザワヤ」まで日比谷線で向かった。

 私は仕事で、人形町から東京北部へは滅多に行かない。売り場で生地を探したが無かった。うなだれながら事務所へ戻ろうと駅に向かう途中、「あっ!そうだ、東京三大煮込みで有名な『大はし』へ行ってみよう」と予定をすぐさま変更。店の場所と近所の銭湯は数年前から調査済み。きっちり頭の地図に入っている。到着して引き戸を開けると、店中で5人もの人が待っていたが、すぐにカウンターの団体が席を立ち、2分と待たずに席に着くことが出来た。

 焼酎の梅割り(¥250-)に続けて、名物「牛にこみ」と「肉とうふ」(各¥320-)を頼んだ。梅割りは甘すぎて、2点の名物の甘辛さとぶつかる。二杯目をオーダーする際、梅のコンクは少な目にしてもらった。グラスのサイズは約直径4cm、高さ8cm程のグラス。そこに焼酎(キンミヤ)を8割程度注ぎ、次に梅の甘いコンクを、グラス下の小皿にこぼれる様にあえて?雑に注ぐ。常温。デリカシーは無いが、創業明治10年の粋を感じる注ぎ方とでも言おうか。

 名物2点は、直径12cm位の平たい皿に、平たく盛られる。「牛にこみ」は、時間をかけて煮込まれ味の染み込んだ柔らかい肉で、他店ではホルモンだがこの店ではカシラとのこと。とても旨い。肉以外は何も入っていない。味はまるで昔懐かしい「鯨煮込みの缶詰」。クジラ肉が牛肉に取って代わったような感じだ。「肉とうふ」の豆腐は、「牛にこみ」の鍋で煮込まれたもの。豆腐4分の1丁の脇に牛にこみが5~6片添えてある。皿の大きさはにこみと同じである。

 この2大名物は同じ鍋の中で煮込まれている。とても合理的。ボトルを入れていたのできっと常連であろう、この名物を交互に2回注文していた。とても旨いツマミだが量は適度であるので、酒が進む。日本酒(山形正宗¥320-)の冷に切り替え、ついでに「かにクリームコロッケ」を頼んだ。ソースを出されたがこれは醤油のほうが蟹風味が引き立つ。次に「貝柱の自家製さつまあげ」「おしんこ」「青やぎの刺身」と立て続けに頼み、酒も計4本注文した。

 一人であったが、小奇麗で店の雰囲気もよく、ツマミも酒も旨かったので、自分に向かい合うことも少なく、酔いも思ったより回らなかった。会計を済ませ外に出た。実はまだ外は明るい。店は旧日光街道沿い、現在はサンロードという歩行者天国(時間によるのであろう)沿い(宿場通り)にある。駅は南方向であるが、真逆の北方向へ200mくらい歩いた宿場通り左側、有名な「かどやの団子」の裏手に大きな煙突が見える銭湯「梅の湯」へ入った。サウナなど無い普通の銭湯だが、中庭の木々が生い茂り、東京とは思えない旧宿場町の情緒がある銭湯であった。いいねえ~、北千住。

千住 居酒屋「大はし」 食べログ
千住 銭湯「梅の湯」
千住 銭湯「梅の湯」(2) 
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