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イオン980円のボジョレー・ヌーヴォー 

 「ボジョレー・ヌーヴォー飲んだ?」 フランス帰りの私は、昨日、解禁日に自宅で飲んだ。ストラクチャーがはっきりとしていてアロマがあり、一言で表現するなら例年より「深い」味わいだった、と、新聞に書いてあったので、「その通り!」と思った。ちょっと気取って文頭からフランス帰りなどという嘘をついてしまったが、訂正させていただくと、自転車で「こむら返りの私」が正しい。イオンで980円のボジョレーがあると聞き、早速買いに行った。ボジョレーも否応無くデフレ・スパイラルに巻き込まれた。その螺旋に私も巻き込まれる。イオンは商売上手だ。各売り場の隙間にボジョレーが置いてある。私はフランスパンの横で買った。小売大手として生き残る為、薄利多売、懸命な努力を感じた。

 ワインもその他の酒も、ここ数十年は旨いと思わないようにしている。だからワインのウンチクを披露出来るはずもない。安いものは別として、食についてもそうだ。銀座へ友人たちと鍋を食いに行った時、友人がそのハモ鍋の旨さに「味の素のように味が深い」と、きっとその鍋の旨さを彼なり最大級の誉め言葉で表現したのであろうが、彼を笑うことは決して出来ない。ただ、ただ、その日の仕事や明日の仕事の内容を、嫌な仕事関係の奴等を、頭から吹っ飛ばす為に、食ったり飲んだり話したりするのが健全だと思っている私だ。酒はあくまでそのツールであり、目的では決してない。酔えればいい。だから酒に飲まれる事は最近ない。あれっ!やっぱ、あるか~。

 このご時世、節約も大事だが、あえて外出し、些少な金で改めて社会を知るということも大事だ。だから好奇心旺盛な私はイオンへ行った。「980円且つペットボトル入りのボジョレーとは?」の答えを探ることこそ、自分のおかれている状況や社会・経済を知る上で大事であると思ったからだ。その答えとして、一般的な消費者としての私の答えはこうだ。「ビンが割れる心配がないので、持ち運びに便利」である。リサイクルにも適っている。フランスワインの空き瓶を、フランスに戻すことはコストが嵩むので決してないであろう。その空き瓶に、醤油でも入れて送り返すことが出来れば一番いいが、いくら寿司好きなフランス人といえどもそんなに醤油を使うはずもない。

 ワインの輸入量は一時期に比べ半減していると聞くが、このペットボトルの形状の細分化により販売が促進される可能性が考えられる。ワインのランチ・ボトルなどが販売されれば、サンドイッチやハンバーガーにワインともなる。割れる心配がなくとても手軽ゆえに。やはり、マーケットには隙間や溝があるものだ。ニッチもサッチもディッチもブルドッグならぬペットボトル。ハンバーガーに合うワイン等、ワイン自体、開発の余地も十分にある。企業の弛まぬ努力がペットボトル入りのボジョレーを生み出した。ワインとワイン以外の酒の販売拡大にもペットボトルをキーワードにきっと貢献することであろう。と、980円で社会を少し知った気になった私だ。
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未完成 『人創り大学 VS 人減らし大学』 

 3年前、世の中の為と、かねてより私が構想していた大学の設立準備に着手した。その名も「人創り大学」。英名「ベビー・メイキング・ユニバーシティ」。一人で教授会を作り、自分を教授に任命した。教授になるには国家の資格は必要ない。教授会で決定すれば誰でも教授だ。当大学の教育理念として、『人は人を人の上でつくる。人は人を人の下でもつくる。横もしかり』と、とても崇高な理念だ。キャッチ・フレーズは「スムース・イン」。

 瑞穂は嫌いだが、少子化対策に割り当てられる予算で順調な運営が可能になると推測する。姉妹校として、子作りに関するありとあらゆる技術を学問として追及し、誰がその大学名を聞いても大学らしく聞こえ、とても耳ざわりのいい大学=「大学芋大学」も併設する。校名に大学が2個も入っており、とても大学らしい、画期的なネーミングの大学だ。英名「カレッジ・ポテト・ユニバーシティ」。アメリカにも分校を作る予定である。

 その話を友人にすると、彼も私に対抗し大学を作ると言い出した。その名も「人減らし大学」。教育理念は『地球を人間から解放する』とのこと。将来、どのようにしたら地球の為になるのかを追求した結果、自然界と人間との共生などそもそも不可能、CO2削減などでは到底無理で、究極は「自然界から人間がいなくなること」、との結論にたどり着いたという。その大学は体力作りを重視し、姥捨て山等の山裾に校舎を建てるとのこと。

 学生すべてが、日頃より足腰を鍛え、人一人を背負って山登りが出来る強靭な肉体を作ることを教育の目的とする。北朝鮮にも分校を作り、ここでは航海士と船舶の免許は必須科目。内から外からと「人減らし」の為に役立つ人を育成する大学とのことだ。「日々これらの人減らしを繰り返し、最後にはこの大学の卒業生しか地球上に存在しなくなる」と、彼は言い切る。私としては当然、「私の大学がそうはさせない」と反論する。

 現実にはありえない話だが、その考察の為、この敵対する大学を同時に設立したとするモデルで仮説を立ててみよう。「人創り大学」設立当日から、人創りに励んだとしても、10月10日(トツキトウカ)は、生み出すまでにかかってしまう。反面、「人減らし大学」は、その当日からアブダクションやキッドナッピングが可能である。競争の入り口ですでに負けが決まってしまう。これはとても不公平だ。それならば設立以前に、私の構想に賛同する大学を探し、基礎研究は委託するしかない。

 この大学になる候補を私は探した。江東区豊洲(別名:キャナル・シティー)の運河沿いに、芝浦から移転してきた理系の大学をふと思い出した。中流の若い奥様達(キャナル族)が、高級ブランドを身にまとい颯爽と歩くオシャレな街、豊洲にある大学。「そうだ!このキャナル大学だ!!」。目から目ヤニ、逆の鱗に触れたような思いに浸った。ちょっと浸ったのでDipped。

 フランス人が「H」を発音できず、「HERMES」をエルメスと発音してしまうように、私は、「C」が発音出来ない。故に運河の意味である英単語「Canal」はいったいどうなる?書くには問題が無いのだが、私としてこの単語を発音する際、「アナル大学」と発音してしまうのだ。競争の入り口で負けるのなら、その入り口の前にあらかじめ出口を準備するような戦略とでもいおうか、とても崇高なイメージが確立されるのではないか。さすれば入り口である「マウス大学」も必要となろう。

 更に踏み込んで、入り口と出口をジョイントすると一体どうなる?そう、永久機関となる。一旦、口から入った食べ物は永久に体内を循環し続け、人間自身、とってもエコな生き物となる。その循環し続けるものは一体全体、食べ物なのか排泄物なのか、私には分からない。人間が進化しハエの幼虫ウジ虫に近づくと考えれば誰もが納得する。地球に優しい生き物になるのだ。ダーウィンはこう言った「変化するものだけが生き残れるのだ!」と。

 と、いつものように指任せに今日のお話の出口を必死で探している私だ。「な~んだ、今日も入り口だけか」との声も聞こえてきた。そろそろネタも出尽くしたので今日はこの辺で強制終了としておこう。

唐僧 鑑真和尚 

 つい先日、11月になったと思いきや、今週末で既に今月の半分が終わってしまう。なんともタイム・フライズ・ライク・アン・アロー、タイム・アンド・タイド・ウェイト・フォー・ノーマンである。先日、酒を飲みながらアカデミックにも幼稚且いやらしい英語談義に花を咲かせていた。すると突然、真面目な友人が:「立方体は英語でなんて言う?」 私:「キューブ」 友人:「じゃあ、直方体は?」 一同:「シ~ン」 友人(偉そうに):「a rectangular parallelepiped」 

 私も含め英語の勉強を怠ってきたオヤジ一同は「そんな英語、聞いたことも無い!」と切り捨てた。ま、厄介な英語ではあるが、その単語を分解すれば意外と分かりやすい。「長方形の辺が平行のパイプ状のもの」だ。欧米人はとても合理的である反面、非合理的でもあるなぁ~と感じる。立方体は簡潔に「キューブ」なのに、直方体の英訳はこんなにも長く煩わしいものになっている。私なら「ロング・キューブ」とでもしておくところなのだが・・・・・・。

 唐僧鑑真が如宝と共に数回の苦難の末、来日し唐律招提=唐招提寺を建立するドラマを録画したものを見た。天平時代後期の日本の歴史を見事に捉えたとてもいいドラマであった。女帝であった孝謙天皇が重祚(ちょうそ=一度退位した皇帝が再び天皇に即位すること)し、称徳天皇となった経緯や、道鏡との関係、藤原仲麻呂が起こした奈良時代最大の乱などを織り交ぜ、時代の流れに沿い老若男女の視聴者へ分かり易い構成となっていた。

 こういうドラマこそ、中高生向け歴史教育の教材にすべきであると考える。鑑真から空海へ繋がる仏教の歴史や、歴代天皇125代の内の第46代・孝謙天皇から第50代・桓武天皇までの日本史、平安遷都の必要性がドラマを見るだけで分かってしまう。きっと先生の授業より分かり易く面白い筈だ。学童保育ではそのような時間もあるのかもしれないが、このようなコンテンツを充実させることで、その放映中の約2時間、児童を退屈させることはきっとない。

 ま、つらつらと分かったような事を高慢にも書いてしまった。今日、書きたかった事は上記ではない。鑑真出身の中国・揚州の大明寺に行った事があることを実は自慢したかった。揚州へ行った最後の年はたしか2003年の冬。上海に事務所を構えるビジネス・パートナーは揚州出身。前職でも頻繁に揚州へは出張をしており、江沢民も揚州出身である。彼が総書記になってから市庁舎は急に建て替えられとても綺麗になった。金華ハムを使った揚州チャーハンも滅茶苦茶旨い。

 飯は旨く、気候も良く、とっても良い都市である。駅前通りのケンタッキーフライドチキン(肯徳基)もかなり昔からある。その最後の年、既に私は前職からの独立をしており、自分の仕事だけであったので余裕があった。大明寺の九重の塔は、過去数回の出張で移動中頻繁に見ているのだが一度も行った事はない。鑑真ゆかりの大明寺へ行きたいと話すとパートナーはすぐ彼の弟に電話をした。彼の弟は揚州で不動産と観光を営む大きな会社の社長だ。

 寺にはかなりの寄付もしており、大明寺にとってはVIPとのこと。ま、こんな話が大ボラであることは中国では頻繁である。が、行ってみなければ分からない。午前中の仕事もそこそこに切り上げ、大明寺へと向かった。それも時速130kmで。仏になって寺に行くのは嫌だ。そこの一番偉い住職と昼食も一緒との事。どこまでが本当なのか全く見当も付かない。弟は現地で待っているらしい。寺に到着し、若い僧侶と弟さんの案内でお寺の隅々まで見学した。

 そして昼食。大明寺には大きな食堂があり、何個も個室がある。あたりまえに精進料理なのだが、今までの精進料理の中では一番旨かった。あったりまえだ!歴史があるのだから。少し経つと住職が現れた。大ボラではなかった。が、謝らない。彼の大ボラは何度も経験している。ここぞと住職と握手し記念撮影をした。その食事中の話では、その当時、寺では併設する大学を建設中であるとのこと。パートナーは、元人民解放軍の諜報部門で日本語を専門としており、日本語ペラペラ、それも煩いくらいに巧い。

 彼は住職に対し、日本にゆかりの深い鑑真を売りとした大学であるのならば、その大学に日本語学科を創設し、自分を教授に迎えろと売り込んでいた。やることにそつがない。したたかな奴だ。それらの記憶を呼び起こしたのは、先のドラマであった。ドラマ中、大明寺の中国ロケが織り込まれていて、なんと一緒に食事をした住職が出演していたのであった。これはブログで自慢するしかない!と思った私だ。住職との記念ショット、交換した名刺の写真をご覧あれ!

頂戴した住職の名刺 両面フルカラー
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中国内のあらゆる役職に就いている 右側がその役職の数々
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住職と私 危険な顔はあえて隠した
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と、自慢したがりな私なのであった。頂いた名刺は今でも常に名刺入れに入れお守りとして持っている。

3日も損した11月のはじまり 

 今週はとても短かった。月曜日は当然出勤。それも先月末の入金は本来土曜、だが銀行が休みで2日の振込みが多い。朝から事務所でスタンバった。そう、10月は終わっていなかったのだ。午前9時にネットバンクで入金を確認。入金後、支払わなければならない会社は8社。ネットバンクでの手数料合計を見ると、約六千円。振込み手続きの画面まで進んだが、ネットでの振込みの実行はしなかった。そのページをプリントアウトし、近所のATMへ向かった。約2,500円位はネット振込みより安く上がる。それに費やす時間は約15分。時給に直せば、約1万円。そこまで私をセコクさせるような時代になったということだ。

 火曜日は休み。翌水曜日が私としては本格的な11月だ。すると今週はたった3日間。攻撃的に仕事をこなすしかない。水曜日も木曜日もまだ真っ暗な朝4時に起き、4時半に入る新聞を待ち、日の出を待つ。水曜日は自転車で6時半に家を出た。耳が千切れんばかりに寒い。自転車用の指だし手袋では寒すぎた。途中、一旦家へ戻り、ダウン、手袋、耳ホットを取りに帰ろうと考えた。が、やめた。自転車に乗り対向する人々は皆、冬支度。耳ホット、マフラーまでしている。有明からレインボーブリッジ、東京タワー方面を見ると冬化粧の富士山がくっきりと見える。

 まるで正月休みのような寒さと風景。いつものルートは坂の少ない豊洲のララポート付近を抜け、門仲方面へ向かうのだが、この凍える寒さを解消するには激しい運動しかない、と考えた。そして、坂の勾配が激しい晴海大橋を渡る事とした。自転車通勤で健脚になったせいか、いままでとても嫌であったこの橋の急勾配は大した苦ではなくなっていた。以前であれば大汗をかいていた坂なのに、体が温かくならない。寒いまま坂を上り切り、そして下り坂。本来、温存した位置エネルギーを大放出すべく自転車の真骨頂を発揮できる下り坂であるのだが・・・・・・。

 漕がないでもスピードが出るとっても楽な下り坂。しかし、寒いのでスピードは出さず、ブレーキを使いながらゆっくりと下る。晴海トリトン横を通り過ぎ、勝ち鬨橋を渡ったところで、聖路加方向へ右折。築地市場のフォークリフトを避けながら茅場町方向へ向かう。ここを通る度いつも思い出すのは、築地に働く友人。朝5時頃に場内の寿司屋で飯を食いましょうと誘いを受けているのだが未だ果たせず。灰干しの干物を専門とする友人だ。この灰干しはとっても上品で旨い。彼からその灰干しをいただき食したことがある。親が死ぬ前に一度は食わしてやらねばと思った位旨い。(東仙の灰干し

 7時近くになると既に証券街は出勤する人達で溢れている。いいスーツを着て流行りの高級自転車に乗っている若者もチラホラ。きっと証券マンに違いない。私はブリヂストンのカゴ付き、荷台付きパパチャリだ。この貧富の差が私の労働意欲をなんともかき立てるのだ。「シェキナベイビ~!」と。同時間、同ルートを水曜日と木曜日の2日間続けた。2日目はダウン着用。昼飯も食わず5時に仕事を終わらせた。10時間労働。まずは人形町の千円床屋で散髪、そして向かうは銭湯。カットだけ洗髪がないので銭湯、と、疲れを取るために銭湯と、合理的な流れとなる。三ツ目通り沿い森下5丁目にある「竹の湯」の日替わり薬湯を初体験。男湯と女湯の壁の上にスピーカーがありそこからは演歌が滔々と流れている。(滔々とここで使っていいのだろうか?) 何故かうるさく感じない。演歌がDNAを程よく刺激する。それから友人と待ち合わせて飲みに行った。友人もレコーディングで徹夜明け。お互いヘベレケに酔ったのは言うまでも無い。
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