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キャソペーソ 

 昼の12時頃、目黒の営業先から人形町の事務所へ地下鉄で戻る途中、前々から気になっていた芝大門の中華そば「集来」でも行ってみようと途中下車した。醤油系ラーメン、手打ち麺が売りの店だ。本来、醤油系ラーメン屋へ昼のど真ん中に行くことはない。なぜなら、客の多い昼の時間帯、立て続けに注文が入りスープは薄まると考える。無難なラーメンの食べ方は、夜の部が始まる午後5時あたりに行くのがいい。スープが程よく煮詰まり、深い味わいとなっている。どこの店も薄いスープを補う常套手段は化学調味料。この店もこの時間、やはり化調が前面に出ていた。手打ち麺はとても旨かったのだが・・・・・・。

 店を出て、この舌にまとわり付く化学調味料をどうしようか?と考えた。外はうだる様な暑さ。胃の中には食べたばっかりの熱いラーメンとスープ。暑さに板挟みされた私の思考回路は停止している。少し経ってJR浜松町駅近くに「タリーズ・コーヒー」があることを思い出した。アイスカフェラテでも飲んで涼を取ろうとそこへ向かった。その途中、なにやら怪しげな横幕がかかっているラーメン店を発見。「夏のキャソペーソ」を実施しているとのこと。冷やし中華に代わる新しい麺類の名前か?と一瞬思ったが、「夏のキャンペーン」の間違いであることに気付いた。

 その後、コーヒーを飲みながら横幕の製造過程をあれこれと推測した。一体、校正はあったのか?それとも責了だったのか?戦後、小学校でカタカナの授業が無い時期があったと聞いたことがある。記憶は定かではないが、昭和16年生まれ前後の方達はカタカナを勉強していないと聞いた。「ソ」と「ン」、「シ」と「ツ」の区別が付かないらしい。そのどうでもいい知識から、エンドユーザーの発注権者であるきっとラーメンチェーンの社長さんと、横幕の製造会社の担当者であるきっとその会社の社長さんも、昭和16年前後の生まれ、更には二人は親友に違いないと推理した。

 そうじゃなけりゃ、こんな人通りの多い場所に、こんなちょっぴり恥ずかしい横幕は掲げない。お互いを許しあっている仲なのであろう。「間違えちゃったけど、ま、いいか!」レベルのような。深く考えれば、この横幕を見た人に「ソ」から「ン」への変換を委ねているのかも知れない。さすればこの画期的な横幕は、見た人を一瞬立ち止まらせ考えさせることができるといった双方向な新媒体と言えよう。それを制作したクリエイティブな二人であると言えない事も無い。浜松町の貿易センタービルの道を挟んだ真ん前にこの店はある。一度、この店に電話をかけて、この横幕が出来上がった経緯を聞いてみたいものだ。

 どこの国の言葉とも知れない、この「キャソペーソ」という言葉の響きが大好きな私だ。

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「しょっぱいヤツ」と「ぬるいヤツ」 

 山本七平氏の言葉を拝借すれば『ある種独特な空気に支配されている日本人』。 土井健郎氏の言葉を拝借するなら『社会全般に親子関係を求める日本人の甘えの構造』。 これら冷徹な論理から導き出される日本人像。それらが指摘する典型的な日本人は、きっとこの私であろう。そのように思っていた。これらを元に私を考察した場合、私自身は一体どのように表現されるのか?ハイ!整いました!「しょっぱい空気に支配された甘えん坊」。

 この言葉には、巨匠お二人のキーワードを漏らさず入れた。とっても大安売り。感覚的な喩えの「ぬるい」という一言に置き換えてもいい。私の仕事は全般的に詰めが「ぬるい」ので、客も業者も「しょっぱく」なる。私の私生活も同じ。身内も「しょっぱく」なる。睡眠時、横に寝ている家内が寝返りを打ち、不幸にも私と向き合うことがある。朝方、寝室が明るくなる頃、私と向かい合ったことが分かった途端、彼女の眉間には深い2本の縦じわが唐突に刻まれるのである。

 私と向き合って寝ることは彼女にとって、きっと「しょっぱい」出来事であり、怒りがこみ上げてくるのであろう。仕方なしに私は反対方向に寝返りを打ち、彼女にとり私の顔より目障りでないであろう私の後頭部を見せ、犬が腹を見せるようにする。そのようにして忠誠を誓う。彼女の深い縦じわが消えますようにと祈りをささげ、家庭の平和をも願う。平和は力で勝ち取るもの、血を流す覚悟などはさらさらない。まるでどこかの国の憲法のような野郎ではないか。

 世の中には、「しょっぱい奴」と「ぬるい奴」がいる。これは仕事や生活の進歩に欠かせない、世界を動かす二つの根本原理なのかもしれない。「しょっぱい」同士が結婚すれば喧嘩が絶えず離婚に発展。「しょっぱい+ぬるい」カップルなら均衡が取れ、二人の生活は進歩する。「ぬるい+ぬるい」のカップルならば、進歩は無くとも、常にお互いを許しあい、とても穏やかな家庭を営むことが可能になる。このように考えると「ぬるい」人の存在はとても重いことが分かる。

天地無用でござる(2) 

 「離発着」という言葉を撲滅しよう!とのサイトがある。深く追求する気持ちは全く無いが、空港の慌しさや忙しさを感じさせる漢字の並び方と響きがこの言葉にはある。撲滅させたく無いなあ~。そんな言葉より「天地無用」というヘナチョコ四字熟語を、今世紀初頭までにはなんとか撲滅したいと考えている。科挙じゃないんだから、理屈が通らなくてもすべてを暗記し過去の例に倣いそれを再現・再生できるようにする時代でもない。ま、中国語にもきっとこの言葉は無いであろうし、中国人がこの四字熟語を見てもきっと意味が分からないであろう。

 どこのどなた様がこの言葉の発案者であるのかは知らないが、きっと漢字の並びのかっこよさと言葉の響きの良さから世間に広まってしまったのであろう。「天地無用でござる」のような「問答無用でござる」系武士道精神がこの言葉に込められていると錯覚し、庶民の味方のようなとっても有難いような気持ちから大きな勘違いへ発展したと適当に推測する。それが段ボールに書かれてあると、のしを付けたような有難い感覚に陥ったのでは?ゆうパックには「逆さま厳禁」と書かれている。世間の実例ではこれが一番親切で分かりやすい。

 引越しのダンボールなんぞに「天地無用」が印字されているのを見ると、新天地に期待を込め越そうとしている最中、まるで無頼者が「世間なんぞは必要ねえ!」と、言い放っているような矛盾を感じる。引越し当事者がとっても間抜けに見えてくる。このように、この言葉にはなんともいえない毒がある。正しい日本語であろう「逆さま厳禁」もいいが、貿易立国日本はアジア共通語である正しい漢字で表記することを考えなくてはならない。中国から日本へ輸入する場合、カートン表記の指示が常に必要だ。中国人が理解できる漢字の羅列が一番いい。

 英語の「↑UP↑」は、矢印記号が入りシンプルで分かりやすい。「Do Not Turn Over」「This Side Up」は、ある程度の英語力を必要とする。だったら矢印と漢字を組み合わせてこれが分かりやすいんじゃないかなあ。「↑上下保持↑」と「↓上下保持↓」。もっと字数を増やすと「上下保持厳守」。 「天地無用」のような武士道精神風四字熟語からはかけ離れてしまうけど、とても分かりやすいよね!早速、輸入するカートン表記指示にこれを入れようかと思ったが、上下なんぞどっちでもいい商品ばかり輸入している私だ。誰かコレ使ってみてね!!
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