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炭水化物の生き神様 

 仕事で移動中、地下鉄の中でのこと。席に座っていると、どこかから香ばしいいいにおいがする。目を閉じ、しばしの休息を取っていた私は、なぜだか急に赤ワインが飲みたくなってきた。チーズも欲しくなった。目を開け、あたりを見回した。すると、少し離れた右隣の男の行動が、とてもヘンである。対面するシートの女性数人は目をそむけている。もしや、ヘンタイか?そっと観察すると、ファスナーが開いており、そこから、太い何かが天に向かって硬直している。

 とっても恐ろしいことに、デカイそれを男は食べようとしていた、いや、食べていた。開いたファスナーから飛び出している。ズボンではなく、膝に乗せたビジネスバッグのファスナーから。それは直立している。しっかり見れば、それは男のそれではない。なんとも紛らわしいそのものの正体は、フランスパン。パンの前に、週刊誌を広げ、彼としては精一杯隠して食べているが、パンの先は週刊誌の上からはみ出ている。真横からは丸見え。なんとも間抜けな状態だ。

 事件か?と思ったら、男の昼食の光景。ほっとした私。当初、外国の方か?とも思ったが、読んでいたのは日本の週刊誌。30歳台後半の男性。オカズ等、一切挟まれていないただのフランスパン。それも大手パンメーカーが販売している柔らかめのそれ。彼はきっと仕事が忙しいのだろうが、炭水化物一発の昼食とはなんとも寂しい。彼はまわりなど一切気にせず、割り切っている。が、私も、まわりの人々までも、無差別に巻き込んで「虚しさ」のたたき売りをしている。

 カッコ良さは微塵もない。「メトロでフランスパン」とすると、無理矢理、フランス繋がり。でもこの組み合わせではデキるビジネスマンのイメージには全くならない。あれをすべて食べれば満腹になり、昼食としてのCPは抜群。持ち運びや日持ちも申し分ない。空腹は満たせばいいだけのものではない。なにか一工夫がほしい。と言って、地下鉄内でバターやジャムを塗られても困る。同じ炭水化物一発でも、まだ白飯だけのオニギリを食べている方が、きっと受け入れやすい。ラーメン・ライスが好きな私は、人から「炭水化物好きのオカズ要らず」と言われる。が、彼こそは、もしや、その頂点、炭水化物の生き神様なのではないか?崇高なこのシーンを録画して You Tube に投稿したかった私だ。
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短編 『舌切り婆さん』 

 女装好きな21歳の男が、大好きであった男にフラれた。失恋の痛手を癒そうと、ミニスカートをはき無謀にも山登りに出かけた。途中、足を滑らせ岩にぶつけて大怪我をした。その後、大雨にも遭った。疲れ切った体はこれ以上動きそうにない。日が沈む前、運良く農作業用の小さな小屋を見つけた。小屋に積まれた藁に包まれ一夜を明かした。翌朝目覚めると、木戸の節々から何本もの光の筋が射し込んでいる。時が経つのも忘れ、細目をあけ見とれた。すると突然、光の何本かが遮断され暗くなった。それからゆっくりと木戸が開き、小屋の内部を太い光が照らした。

 戸口の中心にあった人影は、この小屋の持ち主のお爺さんのものであった。お爺さんは小屋の中の男に驚いた。男が事情を話すと、すぐに竹筒に入った水で男の傷口を洗い手拭で応急処置をした。家が近いのでそこで休むようにと男に勧めた。うなずいた男がゆっくりと立ち上がった時、男のはくミニスカートを見てまた驚いたお爺さん。あごが黒ゴマ状になった男に、性別を尋ねることはなかった。家に着くと、お婆さんが温かく迎えてくれ、すぐに朝食のお粥を炊きお風呂も沸かしてくれた。男は喜んで風呂に入ってヒゲを剃り、朝食の後には薄化粧もした。

 無口なお爺さんはお婆さんに男の事情を語ろうとはしなかった。すぐにお爺さんは男を家に置いたまま畑仕事に出かけてしまった。お婆さんは目が悪かったので、声は低いがその男は女であると思い込んでいた。お婆さんは客間に布団を敷き、突然の来客に少し喜び、何を勘違いしたのか、一旦、そこに寝た。すぐに気を取り直し、布団を敷いたことを男に告げた。疲れていた男はすぐに布団に向かった。布団に入るや否や、深い眠りに就いた。――――――― 一体、どれくらい寝ていたのだろうか?男は自分の顔に何かが触れるのに気付き薄目を開けた。

 なんと、お婆さんの顔が目の前にある。お婆さんは男の布団に入り男にキスをしようとしていた。お婆さんはレズビアンだったのだ。フランス生まれのお婆さんは心の中でこのラッキーな状況をこう呟いた、「レズビア~ン、トレビア~ン」と。何かの勘違いか夢であろうと思った男は、その状況を一旦は受け入れた。お婆さんは徐々に荒い息づかいになり、ナメクジのような舌を男の口の中に入れ始める。お婆さんは喜びに包まれ心の中でこうも呟いた、「殻なしエスカルゴ~」と。男の限界は近付いていた。でもまだ寝ているフリを続けた。そしてついに堪えきれなくなった。男はお婆さんの顔を振り払うようにして反対側に寝返りをうった。

 フランス住まれの日本人だが、中国留学の経験もあるお婆さんのメンツは完全に潰された。メンツが潰された場合、中国人は黙っていない。お婆さんは留学以来、とても中国好き。怒ったお婆さんは男に覆いかぶさった。人との意見調整は嫌いだ。民意は嫌い、独裁は簡単で好き。何度もデープキスを繰り返した。男はついに限界。ついにお婆さんの舌を噛み切った。痛さで「ヒイェェェ~」と叫びたいお婆さんであったが、舌を噛み切られたので声にならない。泣きながらもお婆さんは、はだけた男の股間を見やった。するとフランスパンのバゲットのようなものが垂れ下がっている。ここでようやく男であることに気付いたお婆さんであった。

 男は一目散に家を飛び出し、片足を引きずりながらも自力で山を降りた。夕刻、北朝鮮のスパイであるお爺さんは家に戻った。拉致した男が少し気がかりであった。いつもならお婆さんは機関銃のように話しかけてくる。今日は何も話さないし元気もない。当たり前だ、舌がないのだから。会話がないまま夕食の時間になった。今日の前菜は「牛タンの梅肉バルサミコ・ビネガーかけ」。「四足はイスや机以外、飛ぶものは飛行機以外すべて食べるのが中国人」とお婆さんは中国で学習済み。その後、赤ワインで程よく酔ったお爺さんは寝室へ。ネグリジェを着て薄化粧もした。そして自分のイエス・ノー枕をイエスにした。なんとも仲のいい二人のお婆さん達。


「おざなり」と「なおざり」 

 「御座なり」と「等閑」 「おざなり」という漢字は読めるが、「等閑(なおざり)」は読めなかったという人が多いと勝手に思っている。私がそうだから。さらに私はこれら2つの言葉の意味を深く考えることなく、同義語であると勝手に考え、これまでの長き人生を歩んできた。先日、新聞に「おざなり」という言葉があり、「なおざり」と一体どのように違うのであろうか?と、すぐ広辞苑で調べた。御座なり=当座をつくろうこと。その場のがれにいいかげんに物事をするさま。等閑(なおざり)=あまり注意を払わないさま。いい加減にするさま。かりそめ。おろそか。ゆるがせ。

 「等閑」には、源氏物語や徒然草からの引用もあった。使われる頻度が高いのは「御座なり」であろう。「結局、同義語?」と思いネットでさらに調べた。「御座なり」とは、江戸時代、宴会の座敷でその場を取り繕った言動をするさまを表し、「座なり」に敬語の「お」を付けることで皮肉を表現した反転用法、敬意を表すものではない。「なおざり」は、なおその状態が続いている副詞「猶(なお)」に、動詞の「あり」=「ぞあり」が付いた、「たいして気にとめない」が原義、転じて「本気でない」「おろそかにする」といった意味。漢字「等閑」は同義の漢語「とうかん」を当てた。

 ネットで調べた多くの見解を簡単にまとめるとこうなる。「おざなり」は「適当にやっておくか!」。「なおざり」は「面倒なんで、そのままにしておくか!」。「おざなり」は対象に行動が伴い、「なおざり」は行動が伴わない。以下はNHK放送文化研究所からの引用で分かり易い。「教育を[おざなり/なおざり]にする」は文として成り立つが、「[〇おざなり/×なおざり]な教育をする」の、「なおざり」は「何もしない教育をする」となるので、文として成り立たないとあった。「なおざり」は広辞苑に平安短歌の引用があり格調高く、言葉の歴史も古い。しかし死語になりつつあるとのこと。

 と、調べながらつらつらとここまで書いてきた。似た音ゆえ2つの言葉の区別が本当に出来なかった私だ。分からない事をなおざりにするのは嫌な性分。だから、御座りしながらいつものように御座なりにブログを書いた。←とっても怪しい使い方) じゃあ応用問題でもやってみるか!設問)これら2つの言葉を使い、文章を作成しなさい。私の解答)「昨日、田んぼにあれだけ農薬を散布したのに、今『なお、ざり』蟹がたくさん生息しているのを見た僕は愕然とした。数分後には失禁してしまい、田植え仕事を『おざなり』にした」。 採点結果)0点 私:「先生!『おざなり』に部分点下さいよ~」 先生:「失禁したんだから、仕事はしなかったんでしょ」 とっても残念な結果だ。

摂氏と華氏とカウパー氏 

 1687年プロイセン・グダニスク生まれのガブリエル・ファーレンハイト氏、1701年スウェーデン生まれのアンデルス・セルシウス氏。この2人はある共通点がある。そして、1666年イギリス生まれの外科医ウィリアム・カウパー氏。この人は番外。前の二人の名前を書いているうち、氏(うじ)つながりでつい書いてしまった。共通点のある二人、彼らの名前は中国語になり、華氏と摂氏になった。そう、両者は温度の単位をそれぞれに考えた人である。

 この二人の説明を簡単にする。華氏は自分が住んでいたバルト海沿岸地域で、最も寒い日の気温を0度(零下17,8℃)、自分の体温を100度として目盛りの割り振りをした。対する摂氏は、水の凝固点を0度、沸点を100度として100の目盛りを割り振った。このように比較すると、華氏は、主観的で横着、不確実で混合物のような身近な気温や自分の体温まで基準の対象にするいい加減な奴、対する摂氏は客観主義を貫く偉い人のように思える。

 と、私なりに二人を比較してみたが、許せないのが番外のカウパー氏だ。男性から分泌される尿道球腺液にカウパー氏腺液と、自分の名前がつくことを許した。もし、日本の医者の平さんや源さんが発見していたら、平氏腺液や源氏腺液になっていたのかもしれない。ウィキペデアで調べると、1702年にカウパーが解剖学の書籍に発表する前、1684年に外科医ジャン・メリーも発見しており、第一発見者ではないとある。「氏」まで付けて敬う必要はあったのか?

 医学用語に「カウパー氏」という「氏」の挿入はとても違和感がある。まるで、外来語に「お」をつけ丁寧語の誤りとされる「おコーヒー」「おビール」のようだ。そもそも第一発見者は誰なのか?「ガマン」や「先走り」と形容される「汁=ジル」の発見者として最もふさわしいのは、第二次性長期に入った男の子自身ではないのか!ゆえに「〇〇氏腺液」の〇〇には、誰でも自分の名前を入れていいと考える。「氏」が嫌なら親しみのある「ちゃん」でもいい。

 中学一年生の鈴木一郎君を例にする。彼が成長期に入り自らそれを発見した場合、カウパー氏がやったように「一郎ちゃん腺液」と自ら呼ぶ。第一発見者の特権なのだから。数年後には彼女が出来、その名前を彼女にこっそり教えることできっと会話も弾む。お母さんとの会話は決して弾むことがあってはならない。〇〇に姓である鈴木を入れると、その彼女と結婚した場合、どっちの液であるかが分からなくなる。私が推測するに、カウパー氏自身も彼女や奥さんに自分の名前が付いたことを、現物を見せ自慢したに違いない。今日は、世界中の医学関係者を敵に回してしまったような、重苦しい気分だ。

短編 『パジャマ』 

 「こんな爺臭いパジャマなんか着てられるかよ!」と、長男の龍太郎は泣きじゃくりながら母親にいった。これは前回のブログの続きではない。とある家族の話だ。「じゃあ、ボクが着るよ」と、母を気遣う優しい次男の健斗。父親は数年前に不慮の事故で亡くなり、母子家庭の三人家族。二十歳の時結婚し、三十路手前で生まれた長男。遅くに生まれた長男を甘やかし過ぎた母親。世間は夕食時。騒ぎを聞きつけ、隣家の結衣ちゃんがパジャマ姿で現れた。

 「結衣ちゃんみたいなパジャマがいい!」と泣き叫ぶ長男。「どこのパジャマなの?」と母親は聞いた。「上海国の有名ブランドだけど、サハ共和国製なの」と結衣。縫製とデザインの良さに感心する母親。ネット上で、上海国か香港広州連邦共和国製かと一度は悩んだ母であった。が、モーリタニア製の安さに惹かれ買ってしまったパジャマであった。そんな反省も少しある。「こんなタコ臭い、生臭いパジャマなんて嫌だ~」と泣きながら駄々をこね続ける長男。

 「龍太郎君!私のパジャマ、着てみる?」と、年長の結衣がやさしくいった。喜ぶ長男。葛藤する母親。結衣はためらう事もなくパジャマを脱ぎ、龍太郎に着せた。更に喜ぶ長男。諦める母親。その後、結衣も龍太郎のパジャマを着て子供達三人でゲームを楽しんだ。気付けば午後9時。「あっ、いけない!帰らないと」と結衣。病を患いこの数年間寝込んでいる弟の看病もしなければならない。龍太郎とおない年の弟である。「パジャマを結衣ちゃんに返しなさい」と母親。

 その言葉を聞くや否や、また大泣きする龍太郎。母親はすかさず「お前は一体、いくつなんだい?」といった。龍太郎は首をうな垂れ、左手を掲げ、左指すべてを開き、そして右手の指もゆっくりと3本開いた。「聞き分けの無い80歳だねぇ~」と呆れる母親。「今日は貸してあげると」言い丁寧なお辞儀をし、龍太郎のパジャマを着て玄関を出る82歳の結衣。「結衣ちゃん、また明日、遊びに来てね!」と、龍太郎の躾すべてを放棄する母親は109歳。時は2100年10月1日、アメリカ合衆国のファーイースト・アイランド、日本州での話。

短編『偽装手袋』も見てね! ←ココをクリック 時は更に50年も前。




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