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考えない人 

 フランスの彫刻家,オーギュスト・ロダンの『考える人』は、世界に20体ほどあるらしい。縮小版も上野の国立西洋美術館で見たので、きっと何体もあるのだろう。日本人であるなら何故だか誰もが、その作者と作品名を言うことができる、文科省の一押し、彫刻芸術の入門編、私にとっては無理矢理覚えさせられただけ、まるで洗脳されたかのような、いくら齢を重ねてもダメ、噛んでも噛んでも味わえない、とっても不思議な作品というか物体。一体どこがいいの?おせ~て~、純粋で無知な私に。無知な私に誰か~、ムチ打って~!

 無節操に作品を量産しているのにも関わらず、芸術として崇めるとはコレ如何に?たくさんあるので有り難味がないなぁ~と思いながらも、上から目線で再鑑賞を試みた私だ。「考える人」の本来の姿はきっとこうであろうと以下の結論にたどり着いた。それはこんな感じ、「手の甲をしゃぶっている人」 「口の中に握り拳を入れようとしているお茶目な人」 「サウナで暑さをこらえている人」 「赤ちゃんプレーでバブバブ甘えてるオジサン」等。私の勝手なイメージは総じて作品名とは真逆、「なんも考えてない人」となった~。

 今後、レプリカを作るのなら、顎の下にある手の指を2本真っ直ぐにして鼻の穴に入れるとか、一本指だけを口に入れるとかして、作品名『とっても考えさせられる人』なんていいんじゃないかなあ~。バリエーションが増え、作品の解釈が広がり、とっても楽しい芸術ならぬ置物になる。こう考えると、この「考える人」を美術館に置くのは勿体無い。見て笑ったり、しゃべくりまくれる場所が最適であろう。鑑賞する何人かは、私のように「本当にコイツは考えているのか?」やら「果たして芸術といえるのか?」などと批判的になるはず。

 文科省が推奨する?生真面目に作品を理解し深く味わうといった単なる一方通行ではなく、疑念も含め、とことんそれを批判したり、世間が一般認識するものとは違うと考えたりすることができる、いわゆる双方向になりそうな置きモノは公的資金が潤沢に注がれるような美術館向きではない。じゃあ、一体どこに置く?庭園では、いつも服着ろ~って思う。世間も女性もヤツには寛大。私が全裸で庭園にいたら変体呼ばわりするくせに。やっぱりサウナだ。サウナ内なら違和感が無い。「一緒に暑さに耐えよう!」との一体感も生まれる。

 ついでにサウナルームのドアの外には、ミケランジェロのダビデ像も置く。サウナが満員の時、ドアの外で待ってる感じは、この像以外考えられない。左手でタオルを持ち上げ横目でドアが開くのを待ってるような感じがなんともいい。こんなサウナがあったなら絶対に行くなあ~。サウナが満員でもダビデの隣でダビデになりきる。順番が来て中に入れば、暑さを一緒に堪えるお友達ライクな「考える変体野郎」がいて、時間つぶしにコイツを真似、なりきってみる。「考える人」→「考えるヤツ」→「考える変体野郎」→「考えるコイツ」。

 このようにヤツには、何故だか貶めた物言いをしたくなる。先日、サウナの暑さに耐えながら、自分を含め周りのオヤジ達を観察し、結果的に芸術の謙虚な批判・冒涜にいたった私だ。あっ、そうそう、京都・奈良の中間にある信楽に行った時に死ぬほど見た、「陶器のたぬき」に「考える人」は近い。だったら「考える人々」を専門に作る町を作ってもいい。町興しになる。ラーメン屋の店前の椅子に5体座らせれば行列にも見える。盛り塩と共に居酒屋の前に置く。こう考えると、狸よりもコイツは多方面で活躍することが出来ることに気付く。

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秋晴れが続きますねぇ~ 

 気持ちいい秋晴れが続く今日この頃。晴れが続いているので天気予報のチェックもしなくなる。久々、ネットで天気予報を見たが、一週間先まで晴れが続いている。「言うこと無し」。気候に関しては・・・・・・。そのほかは言いたいことだらけ。多すぎて何から言っていいかわからない。すべてがやりっ放し。日本列島の頭から足まで、それも左側すべて。列島の右側は、遠いけれど唯一の同盟国。完全に呆れている。見捨てられる日もきっと近い。これだけ一国で不協和音を奏でてしまうのは、憲法も含めた国家の体制自体が悪いに決まっている。

 昼過ぎ、朝から事務所にいた私は、日光浴でもして副交感神経を活性化させようと、メシに出た。時間は午後2時。そうだ、人形町交差点近くの『中華大衆』で「豚肉細切りもやし旨煮」を食おう!と考えた。680円にしては、肉もモヤシも量が多い。昼はいつも満席。味付けが濃く私の好み。茶碗一杯のライスで、オカズがいつも半分くらいは残る。おかわりは無料でライス好きにはたまらない店だ。昔は福建料理と書いてあった。甘辛濃い味の広東料理にも近い。ラーメン好きの私だが、ランチ時の定食が旨いのでラーメンを頼んだことは一度も無い。

 この店、料理の量と味付けは抜群だが、定食の味噌汁は中途半端。デザートには小さな杏仁豆腐付き。A・B・Cと3種類のランチがあり、Aの680円以外は780円。人形町の他の中華料理屋も数件探索したが、量は多いが味付けがイマイチだったり、値段の割には料理の量が少なかったりと、お勧めできる店は少ない。唯一、食いたくなるのが、ここから徒歩五分、地下鉄「浜町駅」近くの「中華料理龍門」。ここの「黒酢豚定食780円」は、ちょい甘だが、肉も多くお気に入り。2回目には「甘さを抑えて」と言ったところ、抜群に旨くなった。

 先週、事務所へ戻る途中、遠回りであるが浜町駅で降りここへ行ったが、黒酢豚定食が無くなっていた。とても残念。この日に限って無かったのか?それとも人気が出過ぎて注文が多くなり採算が合わなくなったのか?

 定食も食べ終わり、事務所へ帰ろうと横断歩道を渡っていると、ドラッグストア「ぱぱす」が目に入った。そして思い出した。「トイレットペーパー」を買わなくては!と。ここ十年、トイレットペーパーは私以外の誰かが買っていた。今、事務所は私だけ。約半年前、独身以来、二十数年ぶりに、それを買った私だ。値段は以外と安く、12ロール入りで198円。他のメーカー品は350円以上もする。私の下品なツーケーには荒削りで安いペーパーで十分だ。亡くなった祖母の家、昭和40年代初頭の離れのポットン便所の新聞紙では困るが・・・・・・。

 私のツーケーには、痔の手術で深く刻まれた傷がある。こんなにも傷だらけなヤクザで、放蕩息子の反対側にあるツーケーにブランド品を与え贅沢させるわけにはいかない。セレブのペットでもないのにメーカー品なんぞを食わせる訳にいかないのだ。格安トイレットペーパーを持って、そそくさとレジへ向かい会計を済ませた。レジのネーちゃんは、それにシールを貼っただけ。ここで前回は驚いた。「袋に入れてくれないの?」と。昼間からトイレットペーパーを持って、大の男が往来の多い通りを歩いているなんてとっても恥ずかしい~じゃな~い?

店を出てトイレットペーパーを前に抱えて歩いていたが、トイレットペーパーの袋本体の上部に穴を2つ発見。ここに2本、指を入れればいいのか!と少し感動。でも、チョッピリ恥ずかしい。この恥ずかしさを例えるとするなら、買った生理用品を露出した状態で道を歩かなければならない生理が始まったばかりの女の子か?←崇高な生理を例えに出すとはなんとも失礼な野郎だ。
--------次は絶対に夜に買いに行こうと反省した。ついでにレジでOKマークの指サインをしてみようとも考えた。(OKマークは昭和の都市伝説になりつつある) 購入はたぶん半年くらい先であるが。
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