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Weekend In B.S.W.T 

天気予報によるとバーチー・プリフェクチャーの週末は曇り時々雨。私の住むビバリー・スモール・ウエハウス・テーブルランド(〇倉台)では、7月30日の土曜日午後三時より、3rd.ストリート・パーク(三丁目公園)でサマーフェスティバル(夏祭り)が開催される予定。オープニングは、チュルドレンズ・テーブル・シュリーン(子供神輿)、次にシニア・スメル・アクセレーテッド・バンド(おやじバンド)のコンサート、そして最後は花火大会。花火は本場中国製。

昨日、土曜はメーアーリーフーなのでフェスは中止であろうと誰もが言っていた。L.A.っぽく地元を宣伝したつもりだが、地名を英訳するとあまりにも安かったので、仕方なし頭にビバリーを付けてみた。隣町は、ア・サウザント・キャッスルズ・テーブルランド(〇城台)。こっちはディズニーっぽくもあるしとても豪華、ビバリーは必要ない。地元には、取り立てて自慢できるものが何も無い。あえて言うなら、一軒は70坪以上の住宅街であることとモノレールくらい。

あ、それとここの路線バスには、日本で初めてワンマンバスに整理券と両替機が付いたことも自慢。それまで、ここに限らずバスは運転士と車掌の2名が乗務していた。当時、バス会社にとり人件費も大変であるが、もっと大きな問題があった。二人が結託し運賃を横領することが頻繁であったとのこと。整理券と運賃投入機が設置されればそんな心配もない。客として便利になったと思ったが、これでバス会社の人件費は削減、収支が明確になり会社が一番潤った。

雨の休日は退屈だ。外出する気になる筈もない。そうだ!ギターを練習しよう。誰もいない応接間で。録画した番組も沢山あるので、それを見ながらギターを延々と弾くのもいい。そうだ!携帯の機種変更にも行こう。そして夜は食事と称し無駄に明るく白い看板が煌々と点灯している『酒楽』へ。そして二軒目はS・M・Lかと悩みながらも、昨日アッチとコッチに会ったのでUチャンのMへ行こうか、どうしようかな~?菅井菌がいたら嫌だな~。やっぱ、休肝日としよう。
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夏休み 

「夏休み」 この歳になると「心躍る夏休み」とはならない。手頃な遊びはやり尽くし、じっくり腰を据え観光する落ち着きもない。ふと思いついた企画は旅行、それも「格安、さらっと訪ねる猛暑の京都盆地」。千葉から京都まで約550km。リッター43km走るから約13リッターで片道1,950円。燃料代往復で約四千円。そう、新幹線なんぞではなく110ccのスクーター。果たして行けるのかと思いながらもホテルだけは予約した。それも3泊4日。当然、ビジネスホテル。

一泊目は岐阜県大垣市。千葉から大垣まで約450km。たいした距離ではない。110ccなので高速には乗れないが、それも初めてで面白そう。最近さらりと半日で200kmは走っているので、朝出れば夕方には到着する、するであろう、きっとするんじゃないか?大垣から京都までは約100km。スクーターは果たして京都観光に向いているのか否かを試してみたい。さらりと歩道に駐車できるのか?やら、東西4.5km×南北5.2kmを縦横無尽に走れるのか?

2泊目と3泊目のホテルは京都駅からすぐ、駅西側の堀川通りにあるアパホテル。大浴場サウナ付きに惹かれた。これでスーパー銭湯を探す必要がない。観光で疲れきって邪念も無くし早々に風呂に入りビールを一本飲みとっとと寝る。これが楽しみ。朝は5時に起き一番風呂。そして朝食バイキングが始まるまで、ロビーで新聞を読む。朝のバイキングも一番で誰も荒らしてないトレーから料理を取る。ホテル代はすべて朝飯付き三泊で大垣も含め約2万円弱。安いよね。

かつてホテルはルートインを愛用していたが、京都は系列の高いホテルしかない。また、シーズン中は観光地に近いルートインの場合、割高になるが、アパホテルはさほど高くない。旅館は夕食飯付きであると、初日はその時間まで行けるか否か分からないし、連泊の場合でも夕食までに帰らなくてはならないので面倒くさい。だからビジネスホテルはいい。それまでに携帯電話もスマートフォンに変えよう。ナビゲーションやホテルのキャンセルにはとても便利だ。

ホテルは直前に仕事が入れば、ネットでキャンセルすることが出来る。数日前であるならキャンセル料はかからない。また、数日前に心が折れる可能性だってある。本当はスクーターを下取りして、250cc級の中古バイクに買え替えようとも考えた。まだそれで揺れている。高速も乗れるし、かっ飛ばすことも出来る。きっと爽快であろう。このスクーターで一日最も走ったのは、郡山から会津若松を経由して日光へ南下して東京まで350km。さて、一体どうなることやら。

別宅 

つれづれなるままに、日中、パソコンに向かひて、心にうつりゆくイヤらし事を、そこはかとなく打ち続ければ、あやしうソコおなごほしけれ。夏は夜。月のころはさらなり。やみくもに股間のおおくふくらみたる。また、ただ一人二人など、ほのかにオカズおもふのもイヤラシ。エロのおもひは絶えずして、しかも もとのエロにあらず。ダシに浮ぶ タマネギは、かつとじかつ煮込んで、久しく煮詰める事なし。また、人の一生はカツ煮を食べて行くが如し、急ぐべからず。

昨日、ようやく父が別宅へ行った。当然、私が運転して送るので朝3時起き。2時間しか眠っていない。電動草刈機等、広い別宅の庭の手入れをする為の鋭利系ツールもすべてを車に積み込みさて出発、と思ったが、このクソジジイ~!準備は超スローである。行く直前になり着替えをバッグに詰めている。仕方ネエ~そんじゃあ、シャワーでも浴びるか!と風呂場に入っていると3:50頃地震があった。そしてまた出かけようとした直前、位牌を忘れたと言い出す始末。

よくあることだ。「テメエ!行く直前になってガタガタしてるんじゃねえ!」と、私がガキの頃、父にむやみに怒られたように怒り、仕返しでもしてやろうかと思ったこともある。私には出来ない。「まだ早いから、ゆっくりでいいよ」と言ってしまう。AM4:15に千葉出発。首都高を抜け、新大宮バイパス、熊谷バイパスを経由し、深谷到着はAM6:15。約130km。父と朝飯を食べ、私は別宅へは行かず、そのまま深谷駅で降りて高崎線7:18発上野行きで都内へ出勤した。

車中では父にホメ殺し状態。「オマエの運転は巧い」「ブレーキをかけるタイミングがいい」「アクセルを踏み込まないから燃費がいい」と。「もう深谷なのか!早いなあ~」は何度も。「オマエといると到着する時間が早い。一人だと長く感じる」とまで。「女々しいこと言ってんじぇねえ!男なら孤独に慣れろ!」と言いたいところ、「ハイハイ」で終わらせる。ま、遺伝子を継承しているので、自分の将来を見ているような気がする。このようになる可能性は高いのだな、と。

朝早かったので仕事を早く切り上げ7時には帰宅。父がいない応接間でゆったり過ごそうかとも考えたが、スクーターに乗ってスーパー銭湯へ。サウナで1kg絞ってから広間へ出てかき氷を食べた。中越地震直後の夏、家内と一緒に能登の水族館で食ったかき氷は旨かったなあ~と思い出した。これって女々しい?孤独に慣れてないか!そしてそのまま広間で仮眠。起きたら既にPM10:30。夕飯買って家で食おうとコンビニへ寄った。そして自宅へ向かった。

既にPM11:00を過ぎている。近所の居酒屋は終わっているであろうと万城台駅近くの居酒屋『酒楽』前を通ってみると無駄に明るい看板が煌々と点灯していた。中に入ると左の三卓は満席。「まだいい?」とマスターのこーちゃんに聞くと「基本12:00閉店」とのこと。一杯目はこーちゃんの娘さんの「綾・生グレープフルーツサワー」、二杯目は奥さんの「すず・生グレサワー」。サワーの親子どんぶりをまた味わえた超ラッキーな日であった。オレってオタク系?

店を出て、S・M・Lと迷うことも無かった。Uちゃんのことなど考えようともしなかった。とても眠かったから。ま、自分のパターンは読めた。『ぎんぱち』からはウッチーと『S』へ。『おおつか』と『酒楽』からは『M』へ。『M』へ行く時はいつも悪友アッチが一緒。彼は長沼原の沼に住むカッパだ。最近まで私の元カレだった。「どこでもドア」に乗り移動する。Mママの名前は知らないがアッチの狙いはMママ。ママの名前はとりあえずコッチにしておこう。「アッチとコッチ」 ベタか?


かりんとう 

『かりんとう』 古くに外来した駄菓子の名称であるが、大正期の同人誌に掲載された小説のタイトルのようなレトロ感と、ノスタルジー漂う美しい響きを感じる言葉だ。しかし、今回のかりんとうはそんな郷愁に浸れるような筋のものではない。台風が関東に近付こうとしている昨夜、私は深夜に帰宅。録画した番組を見ようと、昼は父に占拠されている応接間に入り、リモコンの電源を入れた。節電と前の家から応接間にいる私の行動が見えないよう照明も暗くした。

昼の応接間には、ゴロゴロしている犬2匹と父がいる。締め切られたその部屋に夜入ると、犬のトイレのニオイと、泌尿器科でMRI検査まで受けたが老衰なのでこれ以上の治療方法はないと先生に見放された父のニオイが渾然一体、この世のものとは思えないニオイの三重奏は、三匹がとうに去った深夜までこだまし続けている。すでに消臭剤を買って配備はしてある。消臭剤を置いた当初、すぐニオイが軽減されたので化学の力の凄さを垣間見た気がした私だ。

が、今ではその化学も太刀打ちできない状態。既に消臭剤は無くなったのか?とボトルを確認するのだが、いつもたっぷり入っている。化学も化学反応を諦めてしまうニオイとはコレ如何に?手っ取り早いのは換気。いつものこと薄暗い室内の換気をしようと、風は強いが窓を少し開けた。ソファーに戻ろうとすると、柔らかい何かをふにゃっと踏ん付けた。「シマッタ!」と思ったが後の祭り。スリッパの裏を見れば、それは間違いなくヌーイーのソークーだった。

ま、そんなことも頻繁にあるので百円均一で買ったスリッパを履いている。「スリッパは捨てりゃいいや!」と割り切った。絨毯を雑巾で拭きながら、すぐ前の応接テーブルの下を見た。するとソークーが3個ほど転がっているではないか。犬を憎む前に飼い主のシツケの悪さを憎んだ。飼い主二人には怒りが込み上げてきた。それらをティッシュで拾うとやけに硬い。そしてテーブルの上を見ると「黒糖かりんとう」がある。封が開いてテーブルにもこぼれていた。

「なんだ、かりんとうか!」 ほっとした私だ。犬の餌用の皿を見ると、白い牛乳にかりんとうが浮いていた。今度は深い溜息をついた。母が犬に与えたトマトジュースにもビックリしたが、この組み合わせはトマトジュースよりはアリだと思った。父に味方する気はさらさら無いのだが。柔らかかった原因は牛乳であることも判明した。風が強いので窓を閉めた。オイニーは徐々に復活。その後、オイニーの中でテレビを見ながらかりんとうを完食。更に未開封のかりんとうも発見。袋半分も食べた。一体今日は何を言いたかったのか?って。じゃあ正直に言おう。「かりんとうなのか?クソなのか?」だ。感覚麻痺が一番怖いね。

枕カバー 

枕カバーやシーツの洗濯をかつては気にすることなど無かった。気付けば洗濯されていた。独身になった今、とても気になるのが、これらの洗濯。私が実家に戻った当初、風呂入り口の洗面所にカゴがあり、父の洗濯物入れになっていた3段のカゴの内、その一段を私に振り当ててくれた。そこへ洗濯物を入れておけば、母がまとめて洗濯し、夕方には綺麗になるので助かると思った。息子に対する母性は健在であったのだなあと。ところがどっこい、そうじゃなかった。

あれだけ豊富にあった私の上下の下着や靴下は日々減っていった。仕方なし捜索すると、白いTシャツやトランクスは父のカゴに入っていたり、洋服ダンスの奥にしまわれていたり、果ては納戸の入り口に置いてあったりと、洗濯後の仕分けが支離滅裂。どこにしまったのか行方が分からないものもあった。それが毎日続けば、私の在庫も底をつく。20足以上あった靴下は何故かほとんどが無くなった。しょうがなしに週末、何度か買いに行く破目になった次第。

母は、息子への思いも多少あったのだろうが、単に洗濯好きであっただけ。洗濯物が無い時は、既に洗濯し綺麗なものを再度洗濯する。これは何度も目撃した。私のボディーソープの減りが早い時はいつも洗濯機横に置かれていた。その置かれている理由が当初は分からなかったが、軽量スプーンにボディーソープを入れているのを目撃し唖然とした。怒っちゃあイケナイと思いながらも、少し強い口調で「お母さん!洗剤くらい買いに行きなよ」と諭したつもりだった。

すると、「買いに行く15分がもったいない!」と逆ギレされる始末。認〇症の母に言い返すわけにもいかない。作戦を考えた。以降は私専用の大きな巾着に洗濯物を入れ、両引きの紐をきつく締め自分で週末に洗うようにした。が、洗濯機横においた私も悪かった。母はそれらの巾着もこじ開け洗濯した。当然、洗濯物は無くなり、果てはそれら巾着も3個無くなり、で更に大変になった。今度は私の部屋に汚れた洗濯物を持ち帰り、ベッド下の引き出し奥に隠すようにした。

これで完璧? が、次なる問題が発生。洗濯物をベランダに干しておくと、気付いた母はそれらを取り入れてしまう。そして母や父の洗濯物と一緒に仕分けする。するとどうなる?私の洗濯物はまた無くなる。そして考えた。午前中、洗濯物をベランダからハンガーごと取入れ、自分の部屋でこっそりと干す。更には干してあることが母に分からないよう部屋の真ん中に引越し後まだ開けてないダンボールを積み壁を作る。身長の低い母からは洗濯物が完全に見えない。

こうして隠密洗濯珍作戦は常に成功するようになった。それでかどうか、母がたまに私の部屋に入り洗濯物を物色した跡を見ることがある。何も無い時は枕カバーとシーツを盗み取っていく。シーツは大きいので探すことが簡単だが、枕カバーは小さいので見つけづらい。これも在庫切れになった。母は自分で失くしていることを分かっているのかどうか、枕カバーの代わりにタオルを巻いておく。これが中途半端でとても嫌な私。また買いに行くしか方法はないのであろうか?

ベッドの上を見ると先ほど私が畳んだ白いTシャツがあった。このTシャツを枕に着せたらジャスト・フィットするのでは?と考えた。早速、枕に着せた。Tシャツが被せてあるとはきっと誰も気付かない。Tシャツなのに枕カバーにしか見えない自然な感じ。Tシャツは身近にあり枚数も多い。下着なので肌触りも抜群。これを知り、枕には専用の枕カバーという常識をくつがえし、思った時にいつでも取り替えることが出来る便利な枕カバーを発見したのであった。面倒なファスナーも無く、周りのヒラヒラも無い。Tシャツ枕カバーはとってもいい!

このように母の洗濯に対する異常な執着心を削ぎ落とそうとあの手この手を考えた私。好きな洗濯が出来ず可哀想ではあるが、着ていくものが無いと外にも行けず私のほうがもっと可哀想。母の執着心を削ぎ落とさざるを得ないのだ。この作戦以前の朝は「お母さん!オレのパンツどこ?」が毎日。母は笑いながらいかにも正常な母親を装った口調で「やれやれ、男のあんたのパンツなんて私が知るわけ無いでしょ」とすっ呆ける。そして母の着衣をよ~く見れば、私のトランクスをはいている母。それも明るい柄や派手な柄のトランクスを選んで。

どうも母は綺麗で派手な柄が好きなようだ。それを見ると自分のものにしたくなるのだろう。小さい母が私の大きなパンツをはくとスカートに見えてしまう怖さがある。私のアロハシャツも母の部屋で何枚かを見つけたことがある。母から生まれた私ではあるのだが、親子、それも母と息子でパンツを共有していいものか、否か?世間も私も決して許すまい。そうであっても「お願いだからオレのパンツはかないでよ~」とお願いするしかない私。これってなかなか可哀想でしょ。

三連休 

ハナから何の予定も無く、ようやく終わった三連休。当初はギターを死ぬほど練習しようと思っていたのだが、こう暑いと家で練習する気にもならなかった。実家でクーラーのある部屋は、父の寝室、母の寝室、応接間の3部屋。私が越してくる前、洗濯物を室内干しする部屋であった私の部屋には無い。じゃあ買えばいいって?そういう手もある。応接間は昼間、父と一匹の犬がゴロゴロしている。連休前、父を埼玉県深谷市の別宅へ追い出そうとしたのだが……。

8月のお盆前には毎年約一ヶ月、お盆の準備で帰省する父。父の車を私が運転して送ってやると言ったのに行かない。暑いので行く気がしないらしい。朝4時に車で千葉を出発し、深谷駅で降りて東京に出勤する手筈であったのだが。9月が車検なので、早々一ヶ月前には車検を受け、それから別宅へ行くとのこと。この一年間、父は運転中、歳で注意力が散漫、そこらじゅうぶつけていてボコボコ。あのマメであった父が修理もせずそのまま。寄る年波には勝てずか。

じゃあ、クーラーのある部屋を占拠された私は暑い連休を一体どのように過ごしたか?三日間ともすべて同じパターン。まるで世捨て人。朝は朝マック、9時にはスーパー銭湯。高温サウナ10分4回と低温サウナ塩もみ付き(自分で)10分2回。これで体重は1.2~1.5kg減量。そして外の露天風呂隣の屋根付きの板床でお昼ね30分。シャワーを浴び、室内の休憩所でお昼ね一時間。毎回、百均で買ったイグサのマイ枕をバッグから取り出してお昼ねする。

最終日、外の低温塩もみサウナを出て、白鳥の湖の舞のようにクルクル回ってシャワーを浴び、横のメガネ置きからメガネを取り真ん前の露店風呂を見た。すると知り合い2人が入浴中で、笑いながら「こんにちわ~」とサツアイを切られたのだった。とても動揺した私。塩でもみ、冷水シャワーで麺の様にしめられ小さくなったアソコも見られてしまったのだろう。露天風呂に浸かり、ダラ~っと垂れ長めの時に会いたかった。いつもは隠さないが知り合いがいると……。

スーパー銭湯ゆえ、女性のパートであろうスタッフが多い。ま、大体はおばさん。彼女たちが男風呂に入ってきてもアソコを隠すことなど全く考えない。が、しかし、一人だけ私より当然若く、年の頃ならアラフォーのとても綺麗な女性がいる。この女性に限って、男風呂の中ですれ違う時、咄嗟にアソコを隠してしまう私。何故だか分からないが。唯一、将来、この人とは接点があるのかもしれないという期待感、股間を接点とした双方向の意思疎通を求めているのか?

だから、お付き合いするまでは「見せてあげない」といった私の本能的なジラシのテクニックなのかもしれない。なんという自分勝手、幸せな妄想が出来るお目出度い男なのだろう、私って。このような誇大妄想も手伝い、楽しくスーパー銭湯で過ごした後、昼飯は?と考える。こんな暑いんじゃ、米は喉を通らない。消化のいいパスタ系がいい。そして思いつきで丸亀製麺所へ。「おろし醤油うどん」や、期間限定「すだちおろし冷やしうどん」やらを昼連続2日間食べた。

それから午後は一体?毎日、スクーターでツーリング。長袖のTシャツを着て日焼けしないようにした。初日は勝浦。二日目は銚子。三日目は鴨川と。銚子へは東金から海岸線を北上、申し訳ないと思いながら旭市飯岡の現状を見ようと考えた。瓦礫は既に全く無く、崩壊した家はコンクリートの土台のみが残っていた。残った海岸線の家は修復され綺麗な壁の色になっていたのが印象的であった。それ以外の前後両日は、山の中のワインディングロードを走った。

二輪車は常に全方向に注意が必要で脳への刺激が多い乗り物であると考える。四輪と二輪の運転で、大きく違うところは二輪には走行中の体重移動が必要なところ。これを覚えてくるとなかなか楽しいことがわかり、飽きもせずに三日間山道を走離続けた私。毎日往復で200km弱。ホンダリード110の燃費はリッター43km。ガソリン代は満タンにして600円位。安い~。夏休みは今回の練習を活かし、この原付2種に乗り、東北へ行こうと考えている。

3日間夜は?というと、初日を除き近所の居酒屋『酒楽』へ。火照った体には、マスターこーちゃんの娘の「綾・生グレープフルーツサワー」が一番効く。一杯目の注文後、知らぬ間に部屋へ戻った娘。入れ替わりに現れたこーちゃんの奥さん、すずちゃん。お代わりを注文するとグレープフルーツが無いとのこと。それじゃあと「すず・生レモンサワー熟女絞り」を注文。娘、母とサワーの親子どんぶりはこうして完成した。その後、会計して満席の店を出た。二件目はS・M・Lのどの店に行こうかとは最終日、迷わなかった。Uちゃんが待っているMに行こうと決めていた。しかし、行ったらお休み。すぐ先のSへ行った。残念!無念!

今週末に書く 

今週、2件の仕事で糞詰まりのピークがあった。一件目は、アレも嫌、コレも嫌と4回も違う手法で色校を提出させられた挙句、3週も結論を引きずられ、「もう勝手にしろ!」と諦めかけてた水曜日に最終の印刷方法でOKになった仕事。日本で生産するので後は楽チン。もう一件は中国生産の仕事。色校は2回ともNG。生地への4色分解なので、紙の印刷のようにならないことを理解させようと、あらかじめ同種の他のサンプルも見せていたにもかかわらず校了ならず。

昨日木曜日が校了のリミット。量産へ入らなければ納期遅れ確実。返事が遅れることも考え、利益を削り途中から日本へ空輸の手配も取っていた。客は横柄。私のイライラは頂点。朝、NHK連ドラ『おひさま』を見て心が洗われた後、出社しようと玄関を出た。モノレール駅へは行かずにスクーターを停めている駐車場へ向かった。都内から千葉へは、大震災の帰りに乗った以来。気分転換と久々にスクーターで通勤することにした。日差しは強いが、涼しくて爽快。

原付2種、排気量110CCなので高速は乗れない。都賀、穴川、稲毛、小仲台を抜け国道14号の千葉西警察交差点まで12kmで25分。そこから国道357号の湾岸道路をひた走り。船橋を抜け塩浜交差点まで20kmで20分。ララポート近辺から東京方面は大渋滞。そこは原付2種、その横をすり抜け早い早い。塩浜交差点右折して3kmで江戸川区に突入、そこから約8kmで人形町。この11kmは25分。9時45分に人形町事務所着。所要時間1時間10分。

その日、営業でも使った。日中、強い日差しの中、午前中は神保町と上野。午後からは築地、神谷町、大井町、そして最後は両国。ヘルメットをかぶるので髪の毛が長いと髪型が潰れるが私は短髪。移動中もトラブっている校正の件で電話は鳴り続けた。客には最初に、日本の印刷技術とは違うので2回目で校了しなければ仕事を降りると明言、メールも入れた。この仕事は、客は当社より先に2社に振り、色が全くダメであった為、私に泣きついてきた仕事である。

同じデザインの2社・2種の校正も見たが、そんなものより当社の一回目の校正は数倍いい。これ以上いい色を出すのは私の経験上不可能。当社の初校を見てきっと贅沢になってしまったのだろう。電話がつながらない場合、校了なのかNGなのか伝言に入れて欲しいと言い外出した。午後、着信のみ10回以上も続いた。仕方なし途中で電話を入れると、「何時に事務所へ帰るのか?」との質問。こうなったらざっくり言っちゃえ~と、5時から7時と伝えた。

6時半に事務所へ戻ると入り口の道路に4人がたむろしていた。2人は直接の客。2人は知らない人たちで私に強面。きっとクライアント。丁寧に事務所へ招き入れ結論は?と尋ねた。経緯を話しながら結論を引き出そうとしていくうち、クライアントお二人の顔は穏やかになり、私の仕事の進め方と決して投げ出さない性格を徐々に分かっていただけたようであった。その内、私の直の客に怒り出すお二人。「オメーラの言うことはテキトーなんだよ~!」と。

それ以降、直の客を無視して私としか話をしなくなった。最終的にAは一回目の校正でOK。BはAの背景に色を合わせることでOK。その他は2回目でOK。責了で色調整後、量産へ入れとの指示。話が早いね~、クライアントは!って言うか決定権者は。客には、決定権を持った客と選択権を持った客の2種類ある。私の客は広告会社が多いので選択権者が多い。このような客とは阿吽の呼吸が必要、お互いの性格を分かり合い、クライアントの下ではあくまで対等。

ところがドッコイ。上から目線、辞任した某大臣のような選択権者も中にはいる。そういうヤツに限って、我々業者に対しては横柄な態度、クライアントへは媚びへつらう。とっても卑しいヤツ等。今回の客はその代表格。当初よりそういうヤツであることが分かっていたので2回目で降りるとケツをまくるフリをした私だ。私の客は私の事務所でクライアントにはオドオドし、持っていた彼等のメールのコピーも見せてくれたが、日本語、伝え方がてんでなってない。

オメエ等、本当に外資系の社員?その夜、彼から電話があった。クライアントと確認したことと違うことをまた言ってきた。責了で生産は進行してもいいとクライアントが事務所で言ったのに、量産に入っては困ると言い出す始末。コイツは完全なバカで病気と断定。気付けば私は彼に敬語を使っていなかった。強く言い返すと媚びてくる。8時に仕事を終わらせ、スクーターで千葉へ。涼しくって気持ち良かった~。途中、稲毛で渋滞との表示。浅間神社のお祭りであった。

酒楽 

酒楽の「こーちゃん」「めいめいさ~ん」「あさりちゃ~ん」、昨日はどうも~!見てる?ブログ?「お母さん~、客だよ」の一言で笑ってくれた時はとっても嬉しかった。お礼に宣伝しちゃお~っと。こーちゃんの居酒屋『酒楽』は、1グレード地名をランクアップさせるとモノレール黒かもめ万城台(まんじろだい)北西駅徒歩3分。私の降りる駅は、中倉台西駅。最近、朝、暑いんで駅まで風を受けながらチャリ。昨日、そのチャリで一駅先、万城台駅近くの『酒楽」へ行った。

店の目印はモノレール沿い、無駄に大きい白い看板が2個。大き過ぎるので、近くを歩いていると明るくて全く分からない。店の反対側の歩道からは良く見える。昨日は店で人気の「綾・生グレープフルーツサワー甘絞り」を飲んだ。こーちゃんの娘さんが握力の弱い手でグレープフルーツを絞る。ゆえに皮近くの苦味が入らず美味しいと噂の一品だ。健康と美容の為に2杯も頼んだ。2杯目は少し苦かった。見渡すと娘さんの姿は無い。まさか!こーちゃんの苦絞り?

お通しはゲッティーサラダ。便乗して頼んだ串揚げも旨かった。私の好みとしてウインナーはソース、うずらには醤油かな。あさりちゃんに醤油がいいと伝え損なった。先週、お通しで出てきたさっぱり系の冷たい煮込みも旨かった。アレは煮込み?冷たいのに肉の脂が浮いてなかった。昼、暑かったんでその冷たい煮込みも注文したかったけど忘れた。滞在2時間、客で賑わっている店を出た。その後、SかMかLかと2件目の店に迷ったけど、いつものSに行った。

ビタミンCの効率的な摂取方法 

蕎麦アレルギーって分かっているのに、昨日は午前10時に都営新宿線「馬喰横山駅」改札口近くの「文殊」という立ち食い蕎麦、午後4時は事務所近くの「小諸蕎麦」で2度とも冷やし系の蕎麦を食べ、今日も午後1時に昨日と同じ「文殊」で冷やしゴマダレ蕎麦とお稲荷さん一個を食べた。こんな暑いんじゃ温かい食べ物など食う気力もない。冷やし系の蕎麦は食べていて涼しい。私は独身に成り立てのホヤホヤ、自分の力で一生懸命に食べなきゃ生きていけない。

蕎麦アレルギーで発症する手の水泡などどうでもいい。とも思ったが、荒れた手で女に嫌われちゃあ大変。ちょびっと対策を講じた。ビタミンCを補給することにした。前回も懲りずに蕎麦を食べた後、野菜ジュースを飲もうとととりあえずコンビニに入った。すると突然神が私に降臨して「汝、ビタミンCを摂れ!」とのお告げがあった。ビタミンCといえばレモン。早速、レモン70個分というパッケージに惹かれ「サントリーCCレモン」を買って飲んだ。

すると「どうでしょ~」(長嶋さん風)、その後、水泡が指や手の甲に急激に発症することは無かった。わずかに手は荒れたがいつもの比ではない。臨床的な裏付けなどはどうでもいい。荒れが軽減したのは確かだ。だったら今回は更にビタミンCを沢山補給しようと、レモンの約34倍のビタミンCが含まれている「ニチレイ・アセロラ」を買って飲んだ。ビタミンCがレモンの34倍ならきっと発症することもないのでは?と安易に考えた私なのであった。

ビタミンCで血流サラサラ。手の荒れも抑え、更に肌もおしりもすべすべ。昨年、妻に先立たれ一人になった今、独身の私の博多人形の肌のようなリーシーを狙っている男は多い。オクタビアヌスになる危険性も多分に孕んでいるが、幸い私はヨシテネアヌス派。(←コレ分かんない人は前回のブログ読んでね!) 私は「ビタミンCがレモンの34倍」から、ニチレイ・アセロラはサントリーCCレモンの34倍の量のビタミンCが入っていると安易に考えたのだ。

早速、事務所にあった2つの500mlのペットボトルのラベルでビタミンCを比較した。CCレモンは100mlあたり286mgなので500mlで合計1,430mg。アセロラは100mlあたり10~60mgと曖昧、あえて大きい数値をとって500mlで合計300mg。約5倍もビタミンCの含有量が違う!アセロラにはめられたと少し怒りがこみ上げてきた。これじゃあ、水泡が発症する可能性大。こりゃあ~ヤバイと思い、コンビニへ行き、CCレモンに追いつく為、アセロラを4本補充しようと考えた。

ここで賢明な皆さんなら「バカじゃねえの!」と思うことでしょう。私はそこまでバカじゃあ~ない!ちゃんとCCレモン一本買ってビタミンCを補充したよ~。ま、ニチレイの言い分も聞いてくれ。天然ビタミン入りとラベルにある。だから数値は曖昧。天然ゆえコストが嵩む。量より質とこだわっている。天然は確かに体にいい。と、いつものようにひっちゃかめっちゃかだけど、一人で生きるって大変だ~。発症の結果はどうなることやら。ミミッチーな~、オレって。

オクタビアヌス と ユスティニアヌス 

『オクタビアヌス と ユスティニアヌス』  司馬遼太郎著『項羽と劉邦』のように、偉大な歴史人物の相関関係を客観的事実に基づき脚色を加え大胆に書き綴ろうと考えている訳ではない。そもそも、遥か昔、世界史を勉強した際、この二人の名前だけはどうにか覚えているといった人が大半、近い関係にあるようにも思えてしまうが、一方は紀元前、もう一方は紀元後の人物、あんまり関係がない。それをあたかも関係があったようにする試みが今回。

オクタビアヌスは新大久保の貧しいアパートに暮らしていた。伝承によれば沖縄の獅子「シーサー」の養子で、後にローマ軍の最高司令官の称号「インポガトール」も与えられた。しかし、そんな彼の幼少期の名前「ゼロタビアヌス」を知るものは少ない。「穢れ無き者」といった意味だ。幼少のある日、一度(ひとたび)だけであったが中野に住む男色の叔父に弄(もてあそ)ばれてしまった。そして名前も変えた。「ヒトタビアヌス」と。若さゆえ、ひとたび知ったら止まらない。

学校も中退し、新宿二丁目通いが始まった。ひとたびが積み重なり、それはもう数え切れない程の回数になっていった。そうして後に人は彼をこう呼んだ。1億に近い回数なので「オクタビアヌス」。男女の場合、究極の愛は平等になり得ない。家庭の営みを目的としない愛は、もし女性が子供を孕んだ場合、平等のバランスが崩れる。同性愛の場合は、愛の分身に惑わされることが無く純粋な愛を貫ける。三島由紀夫の数々の小説の大意も、オクタビアヌスに近い。

そして一方のユスティニアヌス(ヨシテネアヌス1世)。彼はオクタビアヌスが生きた時代の約500年後に活躍した人物。生まれは新宿三丁目の隣、内藤町。彼はオクタビアヌスとは違い、それを優しい言葉で拒んだことで有名である。その優しい言葉とやらをもう一度確認してみるとこうだ。「ヨシテね!アヌス」。後に東ローマ帝国2代目の皇帝になる人物であるがなんとも優しい。しかも純潔。しかし、東方正教会の大聖堂に残された彼の肖像画はなんとモザイク張り。

オクタビアヌスにモザイクがかかってなく、モザイクをかける必要など全く無いヨシテネアヌスにモザイクがかかっているとは、なんたる歴史のエボニー・アンド・アイロニー。今日こうして制約された文字数で二人の関係無さを見事にあぶり出した私。次回は、紀元前200年位にイベリア半島に現れ、その名に淫乱な香りが漂う大スキピオと第三次ポエニ戦争で活躍した少し淡白そうな名の小スキピオ、ついでにピノキオとゼペット爺さんの関係も洗い直してみたい。

では忘れないうちに今日勉強したことを簡単におさらいしておこう。
出世魚のブリ・スズキ・ボラのように成長と共に名前が変わるが、
名前の接尾語はすべて共通の「アヌス」なので簡単だ。

『ゼロタビアヌス → ヒトタビアヌス → オクタビアヌス』

また、お隣の中国の教科書では以下のように漢字で表記されている。

『零度肛門 → 一度肛門 → 億度肛門』

また、古代ローマ軍最高司令官の称号は『インポガトール』

中国語では 『不具陰茎通行可』

漢字で記憶するととても覚えやすく試験対策としては万全だ。
子供には漢字の覚え方をこっそり教えれば親として尊敬される。
大きい声で何度も復唱し覚えて欲しい。
これはエピソード記憶になり、
忘れたくても一生忘れられなくなるかも知れない。


予告編)『大スキピオ と 小スキピオ』

大スキピオの場合
男:(汗をベッドシーツで拭いながらタバコに火を着ける)
女:(全裸のまま動けない。恍惚状態はまだ続いている)
男:「良かったか?」
女:「……ウウ~ン」
男:(時計を見る男)「あっ、もうこんな時間だ。明日も早いし早く寝よう」
女:(急に起きる女)「……エエッ、ヤダ~、おかわりするゥ~」
男:(目が点になる)「おまえってヤツは、なんて大スキピオな女なんだ!」

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