スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ムーちゃんへ 

M惑星のムーちゃんから鍵付きのコメント(公表出来ない)が私のブログにあった。元々、Uちゃんという名前であったが、M惑星のUちゃんなので「ムーちゃん」と簡略化し、中倉台・万城台のアラサー・アイドルとして、誰でも親しみ易く呼べるよう命名した。メイメイさんが命名した訳ではない。愛を込め、夜も寝ず、昼はみどりの湯で仮眠しながら考え続け付けた名前である。当初、「ムーさん」か「ムーミン」が有力であったが、最後は私の独断で「ムーちゃん」とした。

彼女からの感謝のコメントは以下である。

『お仕事お疲れ様です! やっと拍手だけじゃなくコメント出来ました!! って出来てるか不安ですが。。(^^;  地球を去る前に言わせて下さい!「ムーちゃん」 とっても素敵な名前を有難う!!sumeさんにラブ注入!ムーはとても幸せなアラサー、エンヤサーな娘です。中倉台・万城台の住人の皆さまに宜しくお伝え下さい。あっ!カラータイマーが3分を告げてます。今回もカップヌードルは食べられませんでした。皆さんで食べてくださいね。では。シュワッチ!』

このコメントで努力が報われたと安堵した私、のような夢を一瞬見た私だ、が。

実際の彼女からのコメントは以下だ。

『お仕事お疲れ様です! やっと拍手だけじゃなくコメント出来ました!! って出来てるか不安ですが。。(^^;  これだけは言わせて下さい!ムーちゃんはだいぶイヤですっていうかイヤです(>_<)』

これを読み、少し嫌がっているようにも思えた。が、嫌よ嫌よも好きの内、アラサーの焦り、カップヌードルを食べられず空腹などの要因が重なり、本当は嬉しいのに子供のように少し駄々をこねている様にも思えたアラフィフな私だ。しかし今、更に深く読んでみると「ムーちゃん」という名前をとても嫌がっているのかも?とも思う。じゃあ戻してあげよう「Uちゃん」へ。あっ、それと昨日アッチー・バシタカが、岡ジイを置きっぱ、なすとキュウリを持って酒楽から突如失踪したんだけど、行き先知らない?もしやM惑星?それは無いと思うけどなあ……。

スポンサーサイト

お気楽・酒楽バンド ライブ反省会 

昨日、先々週のライブの反省会があった。居酒屋「酒楽」のマスターであるベーション、じゃねえや、コーチン、違う違うそれは名古屋の鶏。マスター「こーちゃん」がバンドマスターを勤めるバンドのライブ反省会。バンド名は、海外では「チープ・コンパクト」、国内では「酒楽てんこもりバンド」。今回、メインボーカルの俊ピーが仕事の都合で参加がかなわず、ゲストが交代で参加。そのゲストの一人に、というか、私がこーちゃんに強い圧力をかけ無理矢理一曲だけ参加した。

ま、こーちゃんプロデュースという形ゆえ、バンマスこーちゃんは、このように影であらゆる圧力に晒されている。脅しや暴力、金や女にはすぐ屈するタイプのバンマスといえよう。圧力のかけ方が足りなかった私の出番はたった一曲。反面、ライブ前は女とフーゴル、ライブ後、女の話が一切無くなり外車ムスタングの話を延々と語る長沼原のカッパことアッチー・バシタカのボーカルが中心であった。想像も付かない金をバンマスに貢いだか、彼と寝たかに違いない。

反省会当日、その会場である中倉台7丁目にそびえ立つ「酒楽ヒルズ・ツインタワー」の地下3階の駐車場で私はアッチー・バシタカに偶然会った。彼は大きな黒いワゴンから降りエレベーターホールへ向かい歩いていた。そこにハーレーの110ccで現れた私。すぐに彼を呼びとめ一緒にエレベーターに乗った。会場に到着するまで聞きたくも無い富士山への傷心旅行の話や樹海や雲海の写真を見せられた。どうせなら樹海で死んじゃえばよかったのにと思った私だ。

反省会会場では先日のライブが上映された。メインボーカル不在の「酒楽てんこもりバンド」のライブはその名の通りてんこもり。これを例えるなら、貧乏人が初めてホテルのバイキングに行き、料理を取り過ぎ残し、腹いっぱいになってる状態。実際にはローストビーフ等の高級料理もあるのだが、そんな料理は食べた経験が無いゆえ、焼きそばやご飯、味噌汁、肉豆腐などを多く取り過ぎ腹一杯。安い料理で当事者たちは大満足。さながら私は残された焼きそばか?

そして最後にブルース・セッション。大酔っ払いしていた私は記憶が飛び飛び。とりあえずセッションは延々と続くが、ストック・フレーズが乏しくスリリングさに欠ける私のアドリブ。これを例えるなら、酔い過ぎて食感中枢が麻痺し満腹感が無くなって、さっき食べ残した焼きそばをまた食べてるような状態。そして飛び入りで歌いだす客。その後、エンディングに持ち込もうというバンマスの努力も空しくまたアドリブを弾き始めた私。客もバンドも確実に飽きてきている。

この状態を更に例えるならば、食感中枢がイカれ残した焼きそばをまた食べ出すのはいいが、途中、気持ち悪くなりそれを吐き出し、発酵したそれをまた食べ出すような感じ。まるで牛の反芻。バンマス!今度はエンディングの合図はあらかじめ決めておこう!ときっちり反省会らしく反省した。その後、アッチー・バシタカとメイメイさんは社会人らしく「明日があるので!」とテッペン前に早々と切り上げ帰ってしまった。会場に残された反社会人のメンバーに「明日は無い」。

その後、皆泣きながらも全裸で反省会は続いた。そしてテッペンを1分過ぎた頃、人生の峠を越えた私は急激な眠気に襲われた。天国にいる岡爺が私を呼んでいるような気がした。先日のお盆の時、岡ジイの霊が酒楽のカウンターに座って酒を飲んでいたと数人の目撃証言がある。岡ジイは池袋出身で電大付属から電大へ。電大時には、米国にある姉妹校P.R.L.A.へも留学した。東京電動こけし大学付属小熊高校→東京電動こけし大学→ピンク・ローター・ロサンゼルス校留学。

なんという華やかな経歴。特に私は幼少の頃、付属の小熊高校に憧れていた。こけしに付属された小熊。なんとも泣かせるフレーズではないか!と、無理矢理岡ジイの経歴を挿入したのには理由がある。こんな下品な話をブログの冒頭に持って来ることはこの私でさえ出来なかったからだ。話は戻る。眠気に襲われた反社会人でアナーキーな私は反省会場を出た。S・M・Lに行ける時間ではない。が、MのUちゃんの英文字MとUを結合して今後、ムーちゃんと呼ぼうと決め高級住宅街の家路を急いだ。


スクーター通勤 

残暑の中、スクーター通勤はいまだに続いている。電車通勤の場合、自宅から歩いてモノレール駅、JRに乗換え錦糸町駅もしくは馬喰町駅で地下鉄に乗り換えて水天宮か人形町駅。Door to doorで早い場合は1時間10分。JRの快速では出勤時座れることもあるが帰宅時は立ちっ放し。とにかく周り中人だらけなのがダメ。約30年間東京在住であったので満員電車で通勤は苦手。サラリーマン時代はフレックス出勤。午前10時半前後の出勤であった。

この時間帯、ゆりかもめの新橋方面行きとその先の地下鉄もガラガラ。世田谷から新大橋、そして最後の台場に住んでいたのは約15年間。満員電車なんて全く縁が無かった。しかし、千葉の実家へ戻ることになり、そこから東京へ通勤しなければならなくなった。引っ越したのは今年の冬の2月。寒くてスクーター通勤など考えたことは全く無かった。そこに大震災。震災当日、台場にスクーターが置きっ放しであったことを思い出し、事務所の自転車でお台場へ。

人形町から台場まで約11km。台場在住時、気候がいいと自転車通勤は頻繁。所要時間はゆっくり走って1時間。だから余裕。自転車という超オープンカーで通勤時間1時間はへっちゃらだったのだから、スクーターで片道43km・1時間は屁のカッパ。スクーター通勤当初、通勤時間1時間10分。今では1時間を切る。ガソリン代は往復で300円強。一ヶ月23日通勤すると約7,000円。電車の場合の定期代は一ヶ月3万円弱。危険はあるが電車より数倍いい。

しかし雨は大敵。スクーターで通勤し初めて約一ヶ月、電車に乗ったことは一度も無い。レインコートを着た場合、片道の所用時間は1時間半から2時間かかりとても疲れる。次回から雨の場合のみ電車通勤にしようと考えている。通常料金で3種の交通機関を乗り換え往復2,240円。梅雨以外考えられないが10日間雨だとしても22,400円。そして更なる敵は寒さ。防寒対策さえしっかりすればどうにかなるのでは?と思う。ま、冬だけだったら電車通勤でもいいか!

排気量50cc未満のバイクは原付1種。私のスクーターは、ホンダ・リードEX110ccで原付2種(50~125cc)。同じ原付でも排気量は原チャリバイクの倍。速度も80km以上出る。国道では自動車に比べ加速も速度も劣らない。渋滞した車の横をすり抜けられるので渋滞にはまる事もない。ゆえに通勤所用時間は何時に出発しても一定。帰宅時、車体が小さいので行きたい飲食店前の歩道にも停められる。違法ではあろうが小さいから目立たない。いい事尽くしなのである。

別れ 

家内を早くに亡くした私と同じ境遇の先輩から、別れは2種類あると教わった。「生き別れ」と「死に別れ」。それまでは、別れの種類など考えたことも無かった。私は後者を経験し、つい最近までそれら悲しみの軽重を問われれば間違いなく後者が重いと考えていた。「生き別れ」とは、恋人同士の別離や夫婦の離婚のような認識しかなく、生きているのだからまた何かの機会に会える可能性があるというような楽天的な考えであった。なんという私の軽さとケジメ無さ。

親や家の都合で引き裂かれた恋人同士や兄弟のような二次的で当人に原因は全く無い悲惨な「生き別れ」もある。昨年末は家内、今月は友人がこの世を去った。井伏鱒二が訳した五言絶句の「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」が近頃私の脳裏を過ぎる。「人生に別離があることは当然だ」という意味であることは重々承知している。たて続けに親しい人が逝けば訳通りの「さよならだけが人生だ」が「さよならだらけの人生だ」に聞こえる。

そもそもこの詩は人との別れの後に味わう詩ではない。「別れが前提なのだから、この出会いと交わりを大事にしよう」との意味。この詩を吟味すると「もっと時間をかけて故人を大事にするべきであった」との後悔しか残らない。後悔も人として大事であろうが、私も皆も命のある限り生き抜かねばなければならない。肉体は無くなっても心は残る。故人への一方的な後悔より、祈りと精神的な会話が今は必要。そして「人生は出会いと別れの連続だ」と考えるのがいい。

プチ旅行 

京都へ行く予定が仕事が今日までずれ込んだ為、先日ホテル予約をすぐにキャンセル。そして今日。朝も早くから頑張って仕事は昼までに終了。こんなに早く片付くとは思ってもいなかった。そんじゃプチ旅行でも行こう!と人形町から着替え等お泊りの準備も全くなし、会津若松のホテルを予約。千葉へ帰れば逆方向、ここから向かえば夕方には到着する。距離は245Km。楽勝。1時出発。途中、何度か休みながら6時には到着。5時間かかった。すぐ大浴場に入った。

明日は新潟へ行く予定であったが、友人から連絡が入り急遽取りやめ。事情は話せない。遠くへ行く気分にならなくなった。行く気も失せた。予定を変更し、父がいる埼玉の別宅へ様子を伺いとお盆のお参りに行く事にした。ここから日光を通り抜け205km。そして別宅から千葉の自宅まで135km。明日は合計340km走る。大事なものが自分の周りから去っていく。私や友人の力をもってしてもどうすることも出来ないこともある。我々はやることはやった。

糞詰まりのち放出のち糞詰まり 

仕事が糞詰まっている。盆休み前の輸入が立て込んでいるのに先週末台風が上海を直撃。中国工場で納期が遅れていた3物件を、本来船で輸入するところ料金は双方で折半にしすべてエアーに切り替えた。台風時に何便かが欠航したらしく、エアーのブッキングは後回し。思うようにいかない。イライラは募る一方。台風の影響という天候による納期遅れ。とはいえ3社3名の客へご理解いただいているが客もイライラは当然募る。朝から晩まで連絡の取り合い。

私は中国と客との板挟み。輸入通関、検品、配送の手配で事務所を離れることが出来ない。予定では12日から夏休みを取ろうと考えホテルも予約済み。ついには12日にも仕事がずれ込んだので、仕事に集中すべく仕方なしホテルをキャンセル。携帯もスマホに替え、実はバイクもスクーターを下取りしその金額プラスアルファーで中古の250CCのスポーツバイクに乗り換えようと考えていた。それらも頓挫。灼熱の京都旅行は果たして決行されるのか?

そんなこんなで今、ギターの練習からも遠ざかっている。6月中旬からギターの基礎練習を始めた。一日断続的に合計3~4時間。腱鞘炎が治るか否か、未だに効果は無いがクラシックを数曲、ピックで弾く練習はジョーパスを2曲と毎日ではないが練習していた。しかし、これも頓挫。あ~神よ、我に巣食う悪魔から救い給へ。と、いつものように神頼み。克己心が欠如。意志薄弱~、オメエなんか死んでしまえ~。ボクは死にましぇ~ん。楽しいこともあるのだから。

こんな私でも昨日、居酒屋「酒楽」のライブに一曲参加させていただいた。それも歌だけでギター無し。こーまんじゃネエや、バンマスのこーちゃんとバンドの皆さん本当にアリガト。アッチのボーカルもイカシてた、28万円のマオカラーとポッコリおなかも。ブルースのジャムセッションにも参加、これはギターで。そして余興の「島人ぬ宝」では三線(さんしん)で音を探しながら参加、沖縄出身の後森にフレーズを教わって。メイメイさんのサックスも良かったですよ。

次回はもっと練習しておきます。その後、何時に帰ったかは記憶は定かではないが、S・M・Lを考える余裕は無かった。翌日は6時起き。どこでもドアで一旦東京の事務所へ行き、8時半には新木場へ。少量の輸入貨物を受け取りバイク便となって埼玉県三郷市へ。10時から昼までみっちり検品で汗だく。事務所へ戻り検品結果を中国へ連絡、不良を作り直せと言ったところ「もうこんな仕事はしたくない!」とのお怒りのご様子。ケツまくるんじゃネエよ!と言いたいが……。

通常、中国での仕事は信頼できるパートナーが上海の少し奥地である常州にいて彼に任せるのだが、今回は短納期。港や空港に近く工場も上海にあるほうが何かと便利。そんな訳で普段は滅多に使わない日本語を話せる社長がいる会社へ依頼した。日本語で言い返されるととってもムカツク。「もうこんな仕事はしたくない!」と聞くのは20年前に発注した韓国の会社以来。それを言っちゃあお仕舞いよと思いながらも彼にやらせ切らせるしか選択肢はない。

「オメエも椅子なんぞにふんぞり返って座ってネエで上海から日本へ検品しに来い!」と言いたいのをぐっと押さえた。代表的な不良の写真を送ってくれと逆に言われたが、そんなこともあろうかと写真は取ってあった。早く冷静になり信用第一と考える大人になってね。メールには作り直しの半分は負担すると明記。とっても優しい私。ああ~、またお金が消えていく。ま、お金より無事仕事を終わらせるほうが先決。不良品の写真を添付したメールを入れ再度電話したら、少し冷静になっていた。工場長と打ち合わせをするとのこと。逃げてんじゃネエ!テメエ、社長なんだからトップダウンで管理しろよ!と心の中で呟いた私だ。

どこでもドア 

スクーター通勤がかれこれ2週間も続いている。自宅から人形町の事務所までの所要時間は当初1時間10分。それが今では1時間ジャスト。電車通勤の場合、朝は自主時差出勤なので混雑は少ないが問題は帰宅時。快速のエアポート成田行きは夕刻から夜にかけどの時間帯でも大混雑。人と人の密着度200%で新聞も読めない。更には多種多様な体臭が入り混じり、時には動物園のサル山のようなオイニーと化す。これが最も電車通勤が嫌な理由である。

スクーターで東京まで通勤とは体力がある、と良く言われるが電車通勤ほど体力は使わない。電車通勤の場合、乗り換えの歩数も含め往復で一日約六千歩。これが無いので現在体重は2kgも増えた。いいのやら悪いのやら?通勤片道45km。このスクーターはリッター43km走るのでガソリン代は往復約300円。安い~ね。定期もモノレールとJRの2つの交通機関しか繋ぐ事が出来ないので、都内に入ると、その日の気分で降りる駅を変えて実費を払う。

錦糸町で降り営団地下鉄で水天宮で降りたり、馬喰町で降り都営地下鉄を使ったりするので、電車通勤の場合、定期以外に通勤では320円から340円も別途かかる。スクーター通勤はそれより安い。雨と寒さは大敵で、いかに対処するか工夫のしどころではあるが、今の時期の敵は雨だけ。本格的なレインコートでも買おうかとも考えたが、雨の日はなるべく乗らないようにしたほうがいいとは思っている。とりあえず、百円均一で上下のレインコートは買った。

そんな今日は朝から雨が降ったり止んだり。こんな場合、電車通勤を選ぶべきであるが、意地で雨が止むのを待った。午前10時に止んだので11時着を目指し出発。ところが湾岸道に入り美浜区辺りで大雨。橋の下で停止してレインコートを着た。そして痛いくらいの大粒の雨の中をひた走り。路面には水溜りが沢山あり、トラックを抜かそうとその横を走る度、バケツで水をかけられたような大量の水しぶきを浴びる。抜かすことも、2車線間をすり抜けることも諦めた。

湾岸道では、はねっ返りの大量の水しぶきを浴びないよう乗用車の後をゆっくりと走ることにした。江東区に入り雨は止んだ。南東から雨雲が追っかけてくる。反対車線のバイクや車は濡れていない。途中、濡れたまま銀行のATM2箇所に立ち寄った。そうして事務所へ到着。時間は12:00ジャスト。銀行へ寄ったとはいえかれこれ2時間もかかった。事務所ですぐ着替えた。ま、こんなこともある。いまやスクーターは私にとって、とても便利な「どこでもドア」なのだ。

休日日記 

二匹の犬の内、父に懐いている犬が荒れている。父が別宅へ行き不在のせい。先日も廊下に糞をした。私が出社時気付き母に伝えた。その後、母は本体は除去したが床にこびり付いた糞はそのまま。帰宅時、母のやりっぱなしを発見し怒りに震えた。ティッシュを濡らし拭き取ろうとしたが、敵は水分を失い床と一体化、模様となっていた。時既に遅し、拭き取ることもかなわず。ブラシで除去しようとしたが忘れてしまった。そういえば今朝ダンボールが置かれていた。

休日、父は別宅なので応接間でのんびりと過ごそうと思ったがそうならず。早朝からテレビが大きなボリュームで鳴っていたので起されてしまった。1階へ降りると、応接間で母がソファーに大の字で寝そべり、せんべいをバリバリと食べながらテレビを見ている。父がいる時は、台所か自分の部屋でテレビを見ているのに、父がいないとこの態度のデカさ。少し頭来た。テレビの音が家中、響き渡っている。また外に安息の地を求めなければならない私なのである。

仕方なく土曜は午前中スーパー銭湯。午後の雲の動きを天気予報で確認すると関東は所々雨。別宅へ行く経路に雲は少なかった。それじゃあ、父の様子でも見に行こうと、午前11:30、スクーターで片道137kmの埼玉県深谷市へ躊躇せずに向かった。東京に住んでいた時には片道93km、スクーターでは何度か行ったことがある。千葉からは初めて。東京を通過すると信号が多いので迷うことなく16号を使った。片道約3時間。往復で6時間、275km。

PM2:30、別宅へ到着し庭を見回したが父はいない。家で昼寝中であった。父を呼んだが起きない。胸あたりを見ると呼吸はしている。生きていた。焼香し30分位の滞在後、すぐに出発。上空は雲が疎らだが、夏のこの時期、夕方になると集中豪雨に襲われることが多い。慌てて千葉へ。千葉方向の上空をみれば積乱雲。中仙道をひた走りさいたま市北区で16号を左折。後は千葉まで一本。千葉へ入り八千代市辺りで寒くなってきた。千葉市上空は真っ暗。

ここまでは雨に降られていない。勝田台を過ぎた辺りから路面はビショビショ。長沼の交差点を左折し四街道方面へ行く道は水溜りだらけ。相当な雨が降ったのであろう。自宅に近付くにつれ、何組もの若者たちが夏祭りが開催されている公園方向へ向かっている。夏祭りは中止ではなかった。6時に帰宅。濡れることが全く無くとてもラッキ-であった。その後、食事と称して『酒楽』へ。その後、S・M・Lは全く考えず、ライブハウスの『一休』へ立ち寄った。

夏祭りには友人メイメイさんのバンドが出演する予定であったが、ちょうど集中豪雨の時間帯でありライブは中止。その憂さを晴らすべくきっと一休にいるのでは?と思っのだ。二人だけであったが案の定いた。ギターとサックスのデュオで演奏中。お二人は地元の祭りの参加等も含め地元への貢献度が高い。頭が下がる。翌日の日曜も母は朝から応接間。私の午前中はいつもと変わらぬコース。午後一に帰宅すると母は部屋で昼寝中、空いてる応接間でギターの練習。

練習しても右薬指の腱鞘炎が治る気配は全く無い。そしてPM4:30。自宅から42km、長南町の山内ダム入り口近く『アリランラーメン八平』へ夕飯を食おうとスクーターで向かう。5:30到着。農家を食堂にした趣きある佇まい。PM6:00には閉店なのでギリギリセーフ。満席であった。いつも通り「アリランチャーシュー(中)」を頼んだ。待つこと20分。たまに食いたくなる味、取り立てて旨い訳ではない。7:30には帰宅。往復2時間、85km。我ながら良く走る。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。