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週末に書く 

先日の日曜日に法事があり都内へ出たせいか11月23日の新嘗祭翌日の昨日は月曜日と錯覚した。正式には23日は勤労感謝の日。古来より日本人の文化的感覚として労働者を生き神様のように崇め祝日にする感覚は無い。勤労感謝は個人崇拝に近く、個人主義の国や社会主義の人に無理矢理作られた祝日であることがよくわかる。人に感謝するようなことはせず、謙虚にも自然のなかの八百万の神を先ず崇め、五穀の収穫に感謝するのが日本人である。

11月3日も日本国憲法と共に制定された『文化の日』ではなく、日本の近代化に貢献された明治天皇の誕生日である『明治節』に戻し、GHQの占領政策から脱しなければならない。アメリカが現在に至っても、それらを日本に押し付けているとは思えない。変える勇気が日本にはないのだ。日本の輪郭が日々ぼやけていく昨今、今上天皇ご退院のニュースは国民の救いとなり勇気づけられる出来事となった。消えた国の明かりがようやくまた灯ったような感覚だ。

昨日スクーターで出勤時、国道357号湾岸道の温度計は19℃。今日は16℃。この時期にしてはやけに暖かくスクーター日和。私は決めた。二度と電車で通勤するものか!と。寒くても万全な防寒対策さえ怠らなければ冬は乗り切れるとの結論に至った。今、私が乗っているホンダリードEX110は最高速が83km。燃費はリッター40kmで、千葉市と日本橋人形町の往復で約2リッター強。ガソリン代で300円。究極のエコカーではないか。

そこに最近登場したのが、ホンダPCX125。こやつは私のスクターより5万円高く約30万円位の価格だが、最高速は100km超えで燃費もリッター50km以上。湾岸道でPCXに抜かれる度、こいつに乗り換えようかと日々悩んでいる。今のスクーターは肩凝りや腰痛等一切無いので、短足の私にとりシートの高さやハンドルの位置の相性が抜群にいいことは分かっている。シートの中には楽々2個ヘルメットが入る大容量のスペースがありとても便利。

ま、こんなことで悩める自分は少しは幸せなのかなあ?家内の一周忌も終わったし引っ越しの荷物を早く片付けなくてはと思う毎日。未だに引っ越しの段ボールに囲まれて過ごしている。自分の部屋を含め3部屋が引っ越し荷物に占領されている。両親はツッコミが無くボケばかり。これじゃあ、楽しい漫才にはならない。嘆いても元には戻らない。DHAは認知症にいいらしい。DHAがたくさん入ってる魚肉ソーセージを買って冷蔵庫に入れておこう。

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家庭で出来る景気回復の一施策 

先日の20日、足立区のお寺で家内の一周忌法要を無事済ませることができた。これを機会に以前のように仕事まっしぐらに戻したいのだが仕事が少ない。人のせいにしゃちゃあいけないが、政府として震災復興と景気回復のためのデフレ対策が最優先であると思うのだがTPPで大騒ぎ。この重要な政策をなおざりにするから株価だって当然下がる。更には、優良企業であったオリンパスや大王製紙の不祥事。景気の底が見えない。どこまで不景気は続くのやら。

先週の土曜日、足場を組み上げていた現場で、飲み仲間である友人が雨で滑り8m下へ落下した。肋骨6本と鎖骨を折りICUに2日間。3日目には通常の病室へ移ったと聞いたのでほっとした。自分から電話をかけてきたと酒楽のマスターから聞きこれは見舞いに行かなくてはと、22日に人形町から千葉県印西市にある「千葉北総病院」へスクーターで向かった。そう、ドラマ「コードブルー」舞台となったドクターヘリで有名な病院だ。

行く道すがら、頭の中でドラマのテーマソング、ミスチルの「HANABI」、そのフレーズ「もう一回、もう一回」がリフレイン。友人のライオン・シンちゃんは快復途上にあるので、にこやかに見舞いが出来る。そしてついでに病室からドクターヘリが見えるかも?到着後すぐ、ガッキーと戸田恵梨香を探したがいる訳ない。廊下では山ピーとは似ても似つかないドクターとすれ違った。シンちゃんはとても元気で安心した。強靭な体であると先生に言われたそうだ。

祝杯を挙げる為、酒楽へ行き、その後S惑星へハシゴ。ここで日本の景気を活性化させるある一つの方法を偶然発見出来たのは不幸中の幸いと言えよう。なんとヘロ・ママが高級リンゴを食べさせてくれると言った。それも目の前でむいてくれるという。高級そうな大きな白いリンゴの皮を、危なげな包丁さばきでむいていく。それも干ぴょうのような1cm位の皮の厚さで。カウンターの客はその皮の厚みを見て誰もが「もったいない」と叫び、店は悲鳴に包まれた。

すべての皮をむき終わると元のリンゴの半分ほどのサイズ。それを更に8等分し、上のヘタと下のヘソの部分を大胆にカット、芯の部分を大きくえぐり取った。この時点で大きいミカンの一房サイズ。それをあろうことか更に三等分にカット。こんな母親に育てられた子供の顔を見てみたいと一瞬思った。リンゴと言われなければ分からない物体に成り果てた。例えるなら、クラムチャウダーに入っているサイコロ状のジャガイモか。日本の行く末を誰もが案じた。

しかしここに景気回復の一つのヒントを発見。リンゴをむいている行為さえ見なければ、少ないと感じもっと食べたいと思う。さすればもう一個買わなければならなくなる。ヘロ・ママの家庭では一個買えば済むところを2個買う必要がある。GDPに占める消費の割合は6割なのでヘロ・ママの家庭が仮にリンゴしか食べないというモデルを設定した場合、消費は2倍に押し上げられる。これでリンゴ農家が救われる。日本の農業に貢献することになる。

ユーチューブにこの「リンゴむき」をアップしたいところだが、日本人の「もったいない精神」を刺激し大論争に発展する可能性が大きい。その後、お店のアユちゃんが安い小さいリンゴをむくパフォーマンスをしたのだが、客一同、日本女性の手先の器用さと、ヘロ・ママとは違いいかにも家事に慣れている母のオーラに感動。日本の母がこうであるなら日本の未来は安泰だ!と安堵の溜息が店中にこだました。私ともう一人は、目から熱いものが込み上げてきた。

アユちゃんが手早く器用にむいた薄いリンゴの皮はどこまでもつながり、途中、残念なことに重力も手伝い切れてしまったが、むかれたリンゴは元のサイズと同じであった。カットされたリンゴは大きい高級リンゴよりも大きく、心なしか美味かったような気がしたのは私だけではあるまい。

アンコール編) 孫子と北島三郎『夢の対談』 

アンコール編) 孫子と北島三郎『夢の対談』 2007年6月14日

孫武『兵法』を語る

まず、皆様が私の生前の名前をご存じないので、そのご説明からさせていただきたい。私の名前は孫武と申します。私が中国の春秋時代(B.C.500年頃)書いた書が『孫子』です。没後に尊称となりました。戦略に関しては、古今東西の最良の書が拙著『孫子』と評価をいただいております。大変有難いことです。クラウゼヴィッツの『戦争論』も拙著を参考に書かれたものであるといわれておりますし、また、ナポレオンは拙著を読み、実戦で生かしたと聞きます。

近年、これを「ビジネスに生かす」という観点で解説した書も多く見受けられます。 軍事戦略には人が関わる以上基本的な約束や法則が必要です。時代を超え輝き続ける普遍的な法則を見出さなければなりません。この基本法則を抑えずして戦略・戦術に走ったとした場合、途中、かなりの確率で最終目標を失いがちです。刻々とかわる目の前の状況変化に翻弄されるのが世の常であります。それらに陥らないように兵法書『孫子』を書き綴った次第です。

基本的法則が無い場合、目的に辿り着くための手段が目的であるかのように勘違いすることが往々にしてあります。「目的のための手段」と「本来の目的」のすり替えとでも言いましょうか。日本でも先の大戦時、本来戦争に勝つ為に機能する筈の陸軍「参謀本部」と海軍「軍令部」の無連携等がいい例でしょう。当時の軍部中枢は、官僚主義に走り、自分の所属省の権益保持と自己保身のみを考えたので、的確な状況判断も指示も出来ない。

敗戦の原因が自分の決断にあったと揶揄されることを恐れ事なかれ主義に徹した結果、日本は敗戦しました。拙著「謀攻篇」には「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」とあります。己の欲を知るばかりで彼を知ろうともせず、まして国家運営と戦争の関係など考えようともしなかった。このような事象を本末転倒と言います。またはフェティシズム(フェチ=目的倒錯症)ともいい、それは国家を運営するシステムの障害に他なりません。

現代でのフェチの例を引けば、男性は本来生身の女性が好きなのに、その目的にたどり着く前目的半ばでパンティーに興味を持ってしまったとでも申しましょうか。日本の軍部の場合も、いい娘を得ようとしたのですが、目的倒錯症に陥りパンティーで悩んでしまった。娘のパンティーを盗むつもりが派手なパンティーを目の前にし、母のか娘のかで悩んだ。結果、木綿の地味なパンティーを選んだ。盗んだそのパンティーは実はお婆さんのものであった。

これはもう底なし沼です。手段からして悩んでいる。目的などは考えてもいないのですから。そんな間違いを犯したのが先の大戦の敗因とでも申しましょうか。リスクは高いですが、スカートめくりのような地味な下調べや調査が足りな過ぎた観は否めません。少し話が長くなってしまいました。私は日本へ来たのは初めてです。しかしながら、日本歌謡界、とりわけ演歌界の大御所として有名な北島三郎氏のお噂は中国でも聞こえてきます。

かねてより私の兵法と共通するものをお持ちであるとの噂を伺っておりました。北島さん、その部分を中心にご説明いただけたらと思います。隣国より時空を超えはやる気持ちを抑え今日の対談に駆け付けて来ました。私のほうが年配でありますので、ニックネームでお呼びして宜しいですか?サブちゃん!

日本演歌界の巨匠 北島三郎 『兵法』を語る

(少し照れながら) 先生がおっしゃる共通性につきましては、山本譲二と小金沢昇治も呼んで三人でずいぶん考えたのですが、一つだけ心当たりがあると昇治が言いまして・・・。先生が『兵法』ならば、自信はないのですが、私の場合は『ヘイヘイホー』ではないかと…。「ヘイ」が一つ多いのですが、これじゃあないかという結論に達しました。これは単に、木こりの掛け声に過ぎず、先生の『兵法』に及ぶものなどでは毛頭ないと考えた次第でございます。

孫武 『ヘイ兵法』に言及する

サブちゃんの『ヘイ兵法』の第一章に、「与作は木を切る、ヘイ兵法、ヘイ兵法」とあるではありませんか。「与作」とは、すなわち作に与するということでしょう。「作(なすこと・はたらき・穀物や野菜を作ること)に与する(味方する・かかわる)ことは、即ち木を切るようなものだ」ということです。けだし名言ではありませんか。「目的から外れた小さな働きごとにかかわることは、まったくをもって無駄である」と私はかなりの拡大解釈を致しました。

巨匠 北島三郎 恐縮しながらも孫武にツッコミを入れる。ハァ?モシモシ、オイオイ、ナイナイ!

孫武 ホッと胸を撫で下ろしサブちゃんに感謝する

サブちゃん!いつ私を止めてくれるのかと、そりゃハラハラしながら話していました。これ以上『ヘイ兵法』のネタを膨らませるのは不可能。この対談からは「三十八罫・逃げるが勝ちよ」って感じですねぇ。おっといけない、これは私ではなく諸葛亮だった。「孔明死すとも自由は死せず」か。おっと、これは板垣退助じゃあ~ありませんか。※その後、二人は小金沢の運転で八王子のサブちゃんの自宅に向かった。サービス精神旺盛な北島ファミリーであった。

老子と外科医ウイリアム・カウパー氏 『夢の対談』  

アンコール編) 
老子と外科医ウイリアム・カウパー氏『夢の対談』 2007年6月13日

老子 『人の道を説く』〈第七十七章〉

自然の道は引いた弓の曲線に似ている。上端のものは押し下げられ、下端のものは引き上げられる。余りすぎは減らされ、足りないものは補われる。自然の道は余っているものを減らし、足りないものを補うのである。一方、人の道は足りないほうを減らし、余っているほうへ補うのである。いったい余りすぎるものをもっていて天下の人々のためにおぎなうことのできる者は誰か。唯一、「道」を有した者だけが天下の人々の為それを補うことができるのである。
 
それ故に賢者はそれをするが、誰がしているのかわからない。成功しても名声を求めない。そして、他人よりも優れていることを見せびらかすようなこともない。性交するときは、名声ならぬ喘ぎ声が出てしまうのも人の道であろう。他人よりも優れて大きいことを電車の中で見せ公にすれば次の駅で逮捕されることは条例にあると聞く。「この行為は人の道から外れますが、先生の得意とする尿の道の本質に通ずるのではありませんか。カウパー博士?」

外科医ウイリアム・カウパー氏 『尿の道を説く』(=我慢汁の第一発見者)

尿の道は弱アルカリ性でなければ人作りの道に外れ、人が生まれでる道にも悪影響を与えます。両者の道を清めその後、ほどこされる者の道を弱酸性に中和し、更には往来を滑らかにする。この神聖な行為すべてに関与しているのが私の名を冠としたカウパー氏腺分泌液(日本名=我慢汁)なのです。先生がおっしゃられているように賢者は余っているほうを天下の為に更に補うことが出来ると言われますが、これは日々精進、我慢の賜物なのでしょう。

日本では昔から私の発見した液を我慢汁と言います。天下の為、己を捨て我慢する日々の中、尿の道を経て先走ることもありましょう。先走る過ちを犯してまでも人々のために補い続けなければならないのは使命とも言えます。人はすべて平等ではありませんが、機会の平等はあります。陸上競技でもスタートの時、ライン横一列に並びますが、これも目で見える機会の平等と言えます。その後、スタートの合図では「尿意ドン!」と言うではありませんか。

※老子はカウパー氏の『尿の道』に少し憤った。そして反論した「博士、それを言うんなら「ヨーイ、ドン」ではないですか?」。カウパー氏は欧米風のジョークが老子に通用しないことを悟った。そして先走った自分を恥じた。「賢者の我慢は目に見えないものですが、唯一見る方法は尿の道にこそあります」。老子は思った。「懲りない奴だ」と。二人の会話は夜まで続いた。その後、席を替えようとどちらかが言い出し、夜の巷へ繰り出す二人であった。

アンコール編) トイレ研究(2) 2006年6月22日 

アンコール編) トイレ研究(2) 2006年6月22日

洋式トイレに入れば誰でも深い思索を巡らせることが出来る。ドアを開け、鍵を閉めてしまえば自分ひとりだけの世界。密室なのでどんな下品なことをしても誰も見ていないので安心だ。それと対照的なのは和式便所。何かに摑まって用を足さなければならなかったり、鍵を閉め忘れ誰かに開けられたときはケツがアラワになりながらも振り向かなければならなかったりと、思索を巡らせる余裕の欠片もない。そもそもドアが後方にあること自体、危険極まりない。

過去に和式便所の鍵をかけ忘れツーケーを見られてしまった人は、そのトラウマを背負いながら誰にその事を言えるはずも無く上品さを装って静かに人生を送っている。「この偽善者め、許せん!」と言ってやりたい。洋式トイレに入れば自然に思索が始まる。しかしその前、トイレに入った時に和式便所のほうが一部だけ勝っていることに気付かされる。ドアを開け鍵を閉めた後の行為は便座に座る事。そう、人が触れた部分に座らなければならないのである。

この便座に座る前にとんでもない言葉の選択問題が発生する。そして悩む。「この便座にはいったい体のどの部分が触れているのだろうか?」。言葉の問題にぶち当たる。『どの部分が』という問いの答えが難しいのは、人間が名付けた体のパーツのエリア特定があまりにも曖昧過ぎることに理由がある。便座に触れる箇所は一体「尻なのか太ももなのか?」というナーバスな問題。皆も便座に座る際、どの部分が便座に触れているのか考えて欲しい。

女の子の次に自分がトイレに入る場合、触れたのは「お尻であってほしい!」と神に祈る。男の後に入る時は「太ももだ、太ももだ」と自分自身に言い聞かせる必要がある。便座に座る時、自分の都合でこれだけ名称が変化する体の部分はここ以外には見当たらない。その時の状況に左右されるので明確な答えが出ない。人間が全裸で立っている場合、後方から見れば尻と足の太もも部分は明確に分かる。しかし、座ると尻と太ももは一体化してしまうのである。

かつて、このような特定不可能な名称の問題にぶち当たりそれを見事に解決した事がある。私が20歳代前半の時である。今では誰もが言う『ビキニライン』という部分の名称は当時なかった。(←あったかも…) 彼女と海に行く前夜、彼女はエーケーの処理をしていたのであるが、私は「どこのエーケーを抜いているの?」と、質問してみた。すると「あそこ」と答えが返ってきた。なんて曖昧な名称なのであろうと私は憤ってしまった。聞く私も私だが……。

そこで考えた。マ○○とアンヨの間だから『マンヨ』。自分の造語センスの良さには感動した。涙も流れた。なんてやさしく美しい響きを持った言葉なのか。なんて女の子のパーツとして相応しい名称なのであろうかと。10年後には広辞苑に乗るかもしれない。欧米の辞書にも「shousha」「karoshi」等の様に「manyo」になる可能性をも秘めている。私はその大業を成し遂げてしまった後、焼肉『萬世』の看板やネオンを見れば「マンヨ」と読むようになった。

この成功体験をもとに新語を作ってやろうと『ツーケー・お尻』と『太もも』の単語をアレコレ組み合わせてみたのだが、『ケモモ』やら『もも尻』とか『ツーケーモモ』などの、とてもお下品なイメージの言葉しか作り出せなかった。「ビキニライン」から発想し「便座ライン」がいいか!!と瞬間盛り上がったが体のパーツ名としては相応しくない。以来、この問いの答えは自分の都合のいいように考えればいいと自分自身に言い聞かせている。

アンコール編) Tバック居酒屋 門前仲町 

アンコール編) Tバック居酒屋 門前仲町 2009年7月1日

生活単位である一年の半分、当社としては第3四半期が終了した昨日、どこの会社も受けないやっつけ仕事を紹介され勢いで受注になった。(術中にはまった!) そのお礼にと京粕漬けの老舗である人形町「魚九」のお土産を携え紹介先を訪問した。月末なので遅くまで会社にいるとは、当日午前中の電話での担当者の話。午後7時に約束なしで伺ったのが悪かった。外出して今日は戻らないとのこと。仕方がないので急遽、自宅へのお土産に変更した。

二日連続朝早かったので、そのまま帰宅することも考えたが、紹介者と軽く飲もうと考えていた私は家内にオタマジャクシ・メール(帰らないメール)を既に送信済み。今更帰っても家内には迷惑。決算は9月。会計年度の四分の三を「Manage to manage」とフラフラとしながらもよく乗り切ってきた。自分の強運と取引先各社の迅速な対応に感謝した。自分へのご褒美として質素な外食を敢行し、日本経済活性化の為にも現金を流通させることが肝要である、とも考えた。

Manage to manageという英語が果たして正しいのかは分からない。この単語を覚える際、勝手に私が暗記用に作った。ワタクシ的和訳は「なんとか(どうにかして)経営をやり遂げる」。この単語の訳として頻出する2つの語意を勝手に自分でくっつけただけなのだから……。と、アレコレ考えながら、本来は汐留で乗り換えるところ、部活のグランドのある門前仲町で下車。焼き鳥屋さんでビールジョッキを片手に持ち、普段通り筋力トレーニングに励んだ。

すると店の外から私を呼ぶ声がした。ここ門仲でよく会う部活仲間であった。この店で何度も一緒にトレーニングをした仲間であるので店内に入ればいいものを入ろうとしない。おいでおいでと私を手招きをしている。私は立ち上がり外へ出た。すると「今、門仲で流行っているTバック居酒屋の場所を知ってますか?」と。「それは、この前のビルの2階だよ」と親切に教えた。私は入ったことがないのだが、どの店に行っても、今、その話題で持ちきりの旬な店だ。

嵐のような彼らが去った後、また、いつものように静かな大人の時間が流れていく。年配のお客さんへ知的なクイズを出題しながらも夜は更けて行く。「じゃあ問題!F1レーサーとAV男優が共通してかけるものは?」と。その時ふと、何か言い知れぬ不安が私の頭をかすめた。こんなエロ問題を出題するような毎日、いったい私はこんな日常に埋没していいのだろうか?と。答えは「生死をかける」。「これじゃあ、ブロイラーとなんら変わらないじゃないか!」と。

「じゃあ出題!女の子が大人の女性に変貌するための期間は?」。Tバックに興味が無いという自分は、果たして男として正しいのであろうか?答え「ひと月(突)」。「ワカメちゃんは水溜りを飛び越えられませんでした。どうして?」。門仲の飲み仲間じゃねえや部活仲間からは、会うごとに、まるで挨拶代わりのように「Tバック居酒屋へ行きましたか?」と聞かれるような毎日。答え「またげないから」。好奇心を捨てたかのように平静を装うのは偽善なのではないか?

Plan→Do→Seeではなく、Do→See→Planとなにかの本で読んだ。まず行動ありき。行動→反省→企画でなくてはならない。「じゃあ問題!サックス、シックス、スックス、さて「その次」を英語で言うと?」。私は反省した。そして会計を済ませていた客へ「私の仲間を今から追いかけませんか?」と誘った。答えは「ネクスト」。そのお客も 澱みのない澄んだ目を輝かせながら「死ぬ前に一度行ってみたかった」と。こうして2人は店を出て噂の居酒屋へ。

料金は4人で約6千円。先に入った彼らは約2時間、私たちは約1時間だ。居酒屋なので時間は関係ない。門仲のキャバクラの客が減ったのもうなずける。まず先に行動を起こしたことで、この店の中身をすべて語れる今の私。ちょっとしたネタにもなる。一人で行くと変態に思われるので要注意。仲間を誘っていってみてネ!駅近くに立っている呼び込みの兄さんに聞けばすぐ場所を教えてくれるよ~。このエピソードと共に生活年度の半分を不良消化した私なのであった。


※この記事の補足)今回、怪しげなタイトルを掲げながらも、序章から単なる日常の描写を時間に沿って記述し、その中に私がもっとも皆に伝えたかった「大人のクイズ」をサブリミナル的に散りばめるといったこれまでの文学史上に無い?画期的な手法を用いた。さらにそれらクイズの問題と答えをも切り離すことにより、想像以上にスイート且つまろやかで、お下品とかイヤラシさは微塵も感じさせない格調高い文章に仕上がった、と勝手に思ってる。皆さんの潜在意識下にこれらのクイズが埋め込まれ、飲みネタに使いながら場を盛り上げ、延いてはストレスが発散できることを心から祈ってやまない。(筆者談)

トイレット・ペーパー 

今朝早くにスクーターで日本橋・人形町の事務所へ出社。ゴミの回収車が来る前に。その後、半年ぶりに無くなりそうなトイレットペーパーを買わなくては安心してソークーも出来ないってな感じで、近所のドラッグストアーに買いに行った。トイレット・ペーパーを持ち帰る際、歩きがいいか?自転車がいいかと自分の見栄えを考えた。12個入りトイレット・ペーパーを包むビニールのヘッド部分にある穴に指を入れなければならないことがどうにも許せない私。このフィンガーホールに指を入れ持ち運ぶしか方法はないの?と思う。とてもカッコ悪い~。

抱きかかえ買って帰る様はもっと恥ずかしい。見栄を張るわけではないが、どんな持ち方にしろ大の男が朝からペーパーを持っている姿はどうにもいただけない。だったら、夜買えばいいと学習はしたが、夜までペーパーがもたなかったらヤバい残量。残った芯をほぐして柔らかくするか、持ち込んだ新聞を使うしか方法がないのだから。だから朝買うしか私の選択肢はない。ティッシュペーパーを買い置き、トイレットペーパーが無くなった場合に備える方法もあるが、これも中が丸見えのビニールに包まれていて、持っている自分がどうしても嫌だ~。

そこまで気にするようになった原因はある出来事から。買って帰る私を見たと言われたのが原因。「○○さん、今日午後一時頃、人形町交差点近所をトイレットペーパーぶら下げて歩いてたでしょ」と知り合いの女性に笑いながら言われた。おまけに「なんか、すご~い似合わなかった」と。これに繊細な私は深く傷ついた。ま、似合ってると言われないだけマシなのかも知れないが……。その時、彼女の心の声が聞こえたような気がした。「仕事もしないで糞ばっかしてんじゃネエ!」やら「また、体に巻きつけてミイラごっこでもするんじゃないの?」とか。

穴に指を入れることさえためらい、買って帰るのが恥ずかしいと思う繊細な私に「似合わない~」とは。でも指を入れて持ち帰るしか方法はない。こんな私が今度はティッシュペーパーを買って帰るところを彼女に見られたら一体どうなる?きっとゴミ屑のように言われることであろう。すでに彼女の声は聞こえている。「ま、精力絶倫ね!」やら「鼻かんで窒息しちまえ~」とか。自分の性格に似ている女性はとっても苦手。嫌な想像も二人で倍に膨らむ。今日は買って歩いているところを見られないよう、風のように早く帰ろうと自転車を選んだ。

両岸の火事 

今日、有給休暇を使って休めば4連休。紅葉狩りに行ってる計画的な人も多いのかな?ギリシャの人口は1,100万人、GDPは3,400億ドル。ソクラテス曰く「損害も利益も返報しえないことは不真面目なり」と。大震災からの復興と原発問題、2つの危機に直面している日本にとってギリシャ問題は「両岸で火事」。世界がメードイン・グリースを買おう!と頑張っても産業で思い当たるのは観光だけ。じゃあ、エーゲ海クルーズでギリシャに行こう!か?

エジプトの南に隣接するスーダン。その南の南スーダンが独立した。陸自のPKOとODA、NGOとこれまた大変。地図上での国名暗記が必要になる。私の暗記法の場合、アラビア半島の突端2国から紅海を経てアフリカ大陸に突入する特殊な覚え方でアラビア文字と同じ右(東)から順に覚える。「オマーン○とは言えめい(←江戸っ子風に。イエメン)、だって後悔(紅海)に染まるわ(ソマリア、女性っぽく)、まあ、エッチな(エチオピア)スーさん!(スーダン)。

江戸っ子が急変してオカマ化するような分裂気味な覚え方だけど、ま、いいか!南スーダンは来年の受験に出題されそうだね。でも受験生をお持ちの方は絶対この暗記法をお子さんには伝えないでね。心にしまっておいて!特に「エッチなスーさん」がいい。それとエジプトからリビア、アルジェリアも右から地中海沿いに頭文字をとって「エリア」と覚えるんだよ。簡単だね~。チュニジアがリビアとアルジェリアの上に楔のように打ち込まれてるけどね。

「エリア」の隣は性転換のモロッコ、そしてタコのモーリタニア。東から順に「エリア・モモ」だね。チュニジアと複雑な問題のある西サハラは省略。今日もまた、どうでもいいこと書いてきちゃったなあ。じゃあせっかくだから最後に2つの暗記法を復習しておこう!世界地図を見ながら大きな声で復唱してね。じゃあ行くよ~。1:「オマーン○とは言えめい!だって後悔に染まるわ。まあ、エッチなスーさん!」2:「エリア・モモ」 また来週~。 

香取良彦・ライブのお知らせ 

高校同級生の皆様!香取のライブの連絡です。特に横浜赤レンガ倉庫・モーションブルー・ヨコハマのライブには力を入れているようなので、11月15日(火)と、とっても中途半端な曜日ではありますが、ご友人・ご家族連れでラテン気分に浸りましょう。本牧に住んでる柴ちゃんも近いんで来てね!26日(土)モントルージャズフェスはなんとT-SQUAREの後。とってもスリリングだあ~!以下は香取からの案内メールです。


秋も深まって参りました。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
ライヴのご案内を申し上げたいと存じます。

11/15火曜日 Motion Blue 横浜 7pm~, 9pm~
《Orquesta de 4 Piesas》◎こちら優先で!(笑)
http://www.motionblue.co.jp/schedule/#1638
↓チラシはこちらからダウンロードできます。
files.me.com/abdorian/vizvlm

11/26土曜日 川崎市教育会館 16:00開演
《モントルージャズフェスin川崎・布川俊樹Special Band》
http://www.montreuxjazz.jp/mjkf_artist/14.php
2番目、T-SQUAREの後です...(*_*)

ご多忙とは存じますが、足をお運び頂けましたら幸いです。

香取良彦
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