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命名 

先週、M惑星のムーちゃんじゃねえや、Uちゃんにケロヨン・シンちゃんの快気祝いのパーティー会場で偶然会った。会場は中倉台ヒルズ&タワー1Fの会員制高級民芸民族民権民生居酒屋「酒楽」。民族・民権東路にある松山空港から円山大飯店は近いし見える。中山高速からもすぐである。でも宿泊したことは無い。前日、酔っていたシンちゃんに確認した時は来週と言った。翌日とは思ってなかった私は東京から帰宅途中、スーパー銭湯に立ち寄りくつろいでいた。

入浴後、乾いた喉を潤そうと酒楽に立ち寄った。すると来週であるはずのパーティーは宴もたけなわ。死にそうな爺さんまでもが生き返ったように大酔っ払いしている。「立ち寄って良かった!」とほっと胸をなでおろした私。そしてUちゃんに会った。M惑星が無くなった今、彼女には帰る惑星がない。仕方なく万城台に住んでいるらしい。だったら名前を「万沙子(まんさこ)」に変えたらいいと助言した。突然のサプライズに彼女は喜び日本酒を浴びるように何杯も飲んだ。

最後に彼女は泣きながら私に言った。「有難うございます。この名前、一生大事にします」と。当初、船橋に勤めているらしいので、「船子(ふなこ)」でもいいかと考えた。とても生臭い名前だ。その前に十沙子にしようか百沙子にしようか千沙子にしようかと候補も沢山あった。だが、万が一のことを考え万沙子にした。名前の頭に「千」が付く場合、千沙子はダサい。私なら大漁を祈願し「千釣子(せんづりこ)」とする。ま、万沙子に決定したのでどうでもいいが…。

中華民国建国の父「孫文」が四民主義を唱えた事は有名である。民芸・民族・民権・奥田民生。その孫文の号が「中山」であることは皆が知るところ。中国人で知らない人はいない。この号の由来は孫文が日本に亡命していた時期、日比谷公園付近に住んでいて近所の邸宅「中山」の表札をいたく気に入り自身を孫中山と号すようになった。これを知る中国人はほとんどいない。勉強になった?ちなみに私のかつての台北での定宿は「ゴールデンチャイナホテル」。

このホテルは、松江路沿いで民権路と民生路の中間地点。今は地下鉄も出来て、駅は真ん前。夜は「梅子おかゆ」が入り口にある林森北路でよく飲んだなあ~。今日も何書いてるか自分でも分かんなくなっちゃったけど、朝は病院に父を見舞い担当医から話を聞き、その後、区役所の窓口へ行き両親の介護申請手続き。その足で東京へ向かい、昼に到着する客のサンプルを待つ。いくら待ってもサンプルは届かず確認の電話を入れたら、「昨晩、出し忘れた」とのこと。少し頭にきたが、今日でも明日でも発送し中国へ到着するのは月曜日。
「ま、いいか!」と諦めた。

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餌か外食か? 

今日の湾岸道温度計は10℃。寒くはない。手袋に包まれている手は、悴(かじか)み痺れることもなかった。昨日は早めに仕事を切り上げ夕刻に入院している父を見舞った。西の空に沈殿した濃いオレンジ色、その上の青空も橙色とのグラデーションを経て闇に飲み込まれる。夕焼けの前面には小高い丘と病院の建物の黒いシルエット。街には点々と明かりが灯り出す。自然は休まない。せっせと冬の演出に忙しい。見惚れている内、すぐ夜になった。寒くて長い夜に。

とっとと見舞いを切り上げ病院の外に出た。今日の夕飯は何にしようか?と、しばし考える。近くに牛丼の「すき家」があるのでそこに決めた。どの牛丼店へ行っても「今日もブロイラーか」と、飼育小屋で穀物の餌をついばむ若鶏のような気分になる。カウンターでメニューを選んでいると突然、斜め横で笑い声が聞こえた。酒楽仲間の後森だ。「お前もブロイラーなの?」と思ったが、彼は単身赴任。沖縄には妻子がいる。私の場合は「餌」。彼の場合は「外食」。

一人きりで食って美味いと思うことはない。だから「餌」。生きるためにのみ食べている。後森は牛丼並盛とプラス100円セットをさっさと食べ、「350円!安っ」と言って店を出て行った。この近所には吉野家も松屋もない。すき家だけが2軒ほどある。生きる為、避けては通れない店なのだ。約一か月前、牛丼店を毛嫌いしないでメニューを研究し、自分なりに工夫して美味く食べる方法を考えようと思った私。一人でさっさと食うにはこれほど重宝する外食店はない。

そこでオプションに着目。自宅で自炊することはない。「納豆」が80円。発酵食は完全に欠乏している。納豆からしか摂取出来ない「ナットウキナーゼ」をここ一年は摂取していない。メインメニューにどのようにアレンジしたらいいのか?白いご飯にかき混ぜて食べるのが納豆であるとの固定観念があったが、セール中の250円牛丼と80円納豆をとりあえず注文し、納豆を開けかき混ぜながら食べ方を考えた。松屋の円筒状の小さい納豆と違い、すき家は大きい。

スーパーで3パック100円で売っている白い発砲スチロールのケースのまま。そのケースの蓋を不器用に開ける。蓋の4辺の一辺は本体に繋がっている。適当に開きそうな辺から開ける。蓋に開ける辺の案内が矢印でついているのだが、良く見えない。人に優しくない容器であるといつも憤る。蓋を開け、からしとタレを取り出し、中のシートを納豆から剥がす。シートは納豆から剥がしたらすぐに折り曲げる。手前に引き過ぎると、納豆の細かい糸が飛びまくる。

蜘蛛の産卵のように。そしてからしとタレと別皿に盛られたネギをのせ、セオリー通り30回かき混ぜる。かき混ぜが終わったら、牛丼の上にのっているペラペラな薄い牛をドンブリの半分に寄せ、空いた白飯の上に納豆をのせる。牛だけ見れば特盛と同じ厚み。何ともお得な感じ。白飯とかき混ぜたい衝動を抑え、テーブルに置いてある和風スプーンで納豆と白飯を適度に乗せ口に運ぶ。白飯に混ぜると両隣の人に迷惑がかかるほど納豆の糸が飛びまくるからだ。

ドンブリの具だけ見れば、半分は牛の特盛状態、半分は大盛り納豆で合計330円にしては何とも豪華。汁系が好きな私には味噌汁も必要。味噌汁単体も味噌汁・おしんこセットも70円。このセットにたまごが入ると100円。こうなったら100円増しにして豪華に仕上げたい。無料の紅ショウガはあまり牛丼に合うと思わなかった私だが、風邪をひきそうなこの季節、大量に味噌汁にぶっこんで食べることを思いついた。画一的な味の味噌汁ががらっと美味くなる。

と皆さん、まあ何ともヒマなのね!とお思いでしょうねぇ~。在り来たりな日常からちょびっと脱出したいだけ。完全な白飯で納豆を食べたい人は420円の牛皿セットを注文し納豆80円を付ければ500円。タマゴも味噌汁もメニューに含まれている。今回の実験では途中、後森が店に入ってきたせいでカレーにしてしまった。食べ出した当初はちょい辛で美味いんじゃないのと思ったが、最後に甘さが前面に出て飽きた。サラッとした家庭のカレーが食いたいなあ~。

疑念 

本日出勤時、湾岸道の温度計は14℃。「ホントかよ?」と、先日までの寒さに慣れていた私は疑念を抱きながらも、季節外れの暖かさに感謝した。先の日曜日は午後10時に帰宅。応接間の照明が点灯していた。また父が消し忘れたのだろうと応接間を開け消そうとしたところ、テーブルの横に父が倒れていた。私が出かけた正午にはコーヒーを入れトーストを食べようとしていた。それを見て外出した私。それらは手付かずの状態でテーブルの上にあった。

「ホントかよ?」。もしや死んでいるのかも知れない。慌てた私は、大きい声で「大丈夫か?」と父の肩を揺すった。すぐに目は開けた。ホッとした。約10時間もここに倒れていた事になる。父に状況を聞いても言葉が聞き取れないほど、呂律が回っていない。すぐに119番に電話し救急車を呼んだ。状況はおおよそであるが、テーブルに足をぶつけ倒れて顔面を打ち気を失った。朝から何も飲んでいなかったので、暖房の効き過ぎた暖かい部屋で脱水症状。

血液がドロドロの状態になり、一時期、倒れた床の上に座っていた時は脳に血液が回らなくなった。その状態のまま床に頭が倒れ、幸運にも頭と心臓が同じ高さになり血液が脳に巡り自然治癒した、と救急隊の人は言った。入院した病院では翌日朝の食事は完食。私が持って行った餡子系のお菓子も貪欲に食べ続け、そこらへんは異常に元気。でも、見た目は他の入院患者の誰より貧相で病人。普段、家にいる時もそうであるが、テレビを見ることもせず眠っている。

一昨年、別宅の庭の手入れ中、木から落ち足腰を痛め片足が若干不自由になった。この時点からやけに老化が進行した。整形外科にかかろうと何度言っても父は嫌がった。入院ついでなので、内科の担当医に話し整形外科での治療をお願いした。普段から歩くなどの軽い運動を心がけろと私は言ってきたが、「食っては寝て」の繰り返し。幼少期の私には根性が足りないと鉄拳制裁。当時、父によく言われた「今のテメエのザマは何だ!」と言い返してやりたい。

が、やめた。代わりに「根性出せ!」と励ました。嗚呼、こんな話をしていると私の気持ちも暗くなる。師走のこの時期、街を歩けばクリスマスソング。人形町商店街全域には既に正月の提灯が飾られている。今年も終わり?「ホントかよ?」と。S惑星のヘロ・ママは本当に長崎の病院に入院していたのであろうか?もしや「八街総合病院」なのでは?とか、朝の出勤が早い量さんは工場ではなくサティアン勤めで、狭いスペースの隠れ家で昼寝をしているのでは?とか。

中倉台場末の民芸居酒屋「酒楽」は先週土日と満席であったが、あの宴会の客すべては「さくら」だったのでは?とか、万城台のM惑星が休業中なのは居酒屋に改装するため?であるとか。これらは今後噂になって飛び交う事であろう。そう、あのヘロ・ママが大量のカステラを長崎から千葉までいかに運んだのであろうか?かなりの重量である。「実は八街総合病院へ入院して、ネットでカステラを取り寄せた」。こう考えるとスッキリするのは私だけではあるまい。

ゴミ屑 

私は片づけや整理がヘタだ。子供の頃は友達が遊びに来る毎、机の中から部屋全体まで掃除をしたものだ。今ではもっとも不得意と自分に暗示までかけ、その通りに成り果てた。私は所詮「人間の屑」なのだから、ゴミはお友達。クズの私は「燃えるゴミ」ではあるが、リサイクルは利かない。膨大な引っ越しの荷物も途中、整理する気力も失せ、母の為すが儘。これではイケないと思い直し、書店で散々目にしていた『人生がときめく片づけの魔法』という本も買ってみた。

「ときめく物だけを残してすべて捨てる」と、ポイントは理解した。あれだけ必需品であったMP3やパソコンでさえ未だ引っ越しの段ボールの中。亡くなった家内の服と私の服で5年以上前のものは一度鬼になり、40リットルのごみ袋で15袋もゴミの日に捨てようと外に出し準備した。私の出勤後、母が勿体ないとすべて元の部屋の段ボールに入れ直した。「親戚に配るから」が理由だが、認知症の母にそれが出来るはずもない。と、人のせいにして片付けようとしない。

更にはご近所で飲み仲間でもある民生委員の先輩が「遺品なのだからそう割り切って易々とは捨てられない」と弁護してくれたので尚更。先輩も私と同じで奥さんとは「死に別れ」。お亡くなりになり17年間も其の儘とのこと。自分がその言葉に甘えていることは分かっている。一周忌も過ぎたことだしと、先週、ホームセンターで燃えるゴミと燃えないゴミの袋を大量に買った。母はごみ袋を見つけると、すべてどこかへ持って行ってしまうので手の届かない棚に隠した。

水曜日と土曜日が燃えるゴミの日。木曜日が古着の日。第一と第三水曜日が燃えないゴミの日。子供会の古紙回収は第一週の水曜日。マメにではないが、気付いた時には捨てているので曜日はすべて覚えた。新聞屋が持ってくる古紙を入れる紙袋も一か月で一杯になる。父から「一杯だ」と言われ、出勤する間際に顎で指示。「コーヒーの粉も無い」「トイレットペーパーも無い」と立て続けに。「暇なんだからテメエで買ってこいよ!」と怒りが込み上げてくる。

ま、やることはやらなきゃならない。限界が来たら介護に任せるしかない。その前に自分の身の回りを整理しシンプルにしなければ。両親の物も要らないものは黙って捨て、家じゅうを綺麗にしようと思う。私が持ってきた座椅子を産業廃棄物として捨てようとしたところ父は「捨てるな、俺が使う」と。その代り40年も前の錆だらけの座椅子を捨てようとしたら「まだ使える!」と。判断を仰いではイケないのだと学習した。黙って捨てても覚えちゃあいないのだから。

父には特に曽野綾子著『老いの才覚』や『自分の始末』を読ませたい。が、活字を読む気力もないので無理か。老いたら人に頼るのではなく有り余る時間でいつ死んでもいいように整理整頓すべし。生きているうちに高価な着物などは親戚知人に配り、持ち物は必要最低限にし遺影も自分で用意するような才覚が必要という内容だ。『坂の上の雲』の秋山好古も下宿に弟の真之が転がり込んできた時、兄弟であえて一つのお椀を使い酒を飲み飯を食べ共有した。

「腹が膨れればいい」という目的に対して、手段としてのお椀は一つで単純なほうがいいということだ。判断力が無い人の「勿体ない」は、手段を複雑にし更には溺れ、目的に到達し難い状態に陥らせるものであろう。話の流れで父を引き合いに出してしまったが、判断力・決断力は今の私に欠けている最たるもの。「勿体ない」と私が思っているからこそ、親に聞いてしまうのだろう。「人は自分の鏡である」。両親こそ本当の自分の鏡であると再認識した私だ。

江戸切り蕎麦 『ゆで太郎』南行徳店 

今朝、湾岸道にある温度計は4℃。冷蔵庫の中を突っ走ってるような感じでそりゃもう寒ミィー・デイヴィスJr.。途中、いつものように南行徳の「ゆで太郎」へ立ち寄り、寒さ対策も兼ね温かい「朝蕎麦」¥290‐を食べた。かけ蕎麦にかき揚げ(通常の半分)と温泉卵のセット。午前11時までの時間限定の朝メニューであるが、なんとも安い~。私の発注の仕方はセコイので書きたくはなかったのだが、今日はネタが無いので皆に特別に教えてあげよう。

この朝蕎麦はザル蕎麦でもOK。温か冷を選択できる。ざる蕎麦を注文した場合、かき揚げと温泉卵は別皿になる。温かいかけ蕎麦を注文した場合はかけ蕎麦のドンブリの上にかき揚げと温泉卵が乗せられ、汁にすべてが混ざってしまうことになる。同じ料金なのに…。そこで¥290‐といえども、デリカシーのある発注形態を考え付いた。かけ蕎麦のドンブリは単体にし、かき揚げと温泉卵を別皿にする。ざる蕎麦の手間と同じにしてもらうのだ。

このようにすると、かき揚げの油が出汁の風味を損ねることもなく、卵が全体に混ざることもない。また、別皿にした温泉卵を素早くかき混ぜ、そこに熱い蕎麦を入れると「釜玉蕎麦」のようになる。ドンブリ全体に広がってしまう卵ではなく、濃い卵が熱い蕎麦に絡んでとても美味くなる。たった¥290-にこれだけ思いを込めている男はそうそういるまい。ミミッチイ野郎か?安いだけあって、朝蕎麦のかき揚げは半分だが、この量が私には丁度いい。

と言いつつ、ゆで太郎のかき揚げはあまり油っぽくない。朝蕎麦を発注した場合、南行徳店以外の「ゆで太郎」は、一個のかき揚げを半分に切ったものを出すところが多いが、ここは半分の大きさに揚げ、更には揚げたての時が多い。他店より確実に手間をかけている、と思う。汁も以前は甘かったように感じることが多かったが4~5か月前から余計な甘さが無くなり、相当引き締まった汁になった。それが原因でゆで太郎に通うようになった。ほぼ毎日。

朝蕎麦等の朝メニューを販売する時間は店舗によって違うが、午前11時を過ぎると、朝蕎麦のかき揚げが通常の大きさになりワカメが乗った「天玉蕎麦」は¥430-。各店舗の自家製麺所で「江戸切り蕎麦」と称し、小さい店舗であっても製麺までやっている。うどんでは私の好きな讃岐うどんの「丸亀製麺所」と同じ形態だ。ここは週に2~3回。千葉の自宅近所にも作って欲しい。「ゆで太郎」と「丸亀製麺所」。最近、こんな話ばっかだなあ~。ちなみに一番近い「ゆで太郎・犢橋店」までは自宅から10km。「丸亀製麺所」までは6km。遠い~。

量より質 

前回書いた「ウィンナーコーヒー」は分からねぇ!」と、中倉台場末の居酒屋「酒楽」でメイメイさんに怒られた。怒って当たり前、書いてる自分でさえ分かんな~いんだから…。近頃、中倉台や万城台で閉○ガールズに囲まれ飲んでいるせいであろう、きっとメイメイさんにも更年期が伝染して閉精になり怒りっぽくなったのかも知れない。同じカウンターに座り、メイ2さんとは対照的に閉精と怒りを脂肪で覆い隠している量さんは、優しく私にこうアドバイスをくれた。

「量より膣だ」と。言われた私は当初、全く意味が分からなかった。人の優しさを妬みながら大人げないメイ2さんは会計をして酒楽を去った。座っていた椅子の上には打ち止めの赤玉がむなしくも残されていた。きっとS惑星に行くのであろう。S惑星は女性三人組のユニットであるが計算すると以下だ。「開○2-閉○1=開経1」。計算すると実際女性はひとりと残酷。閉精のメイ2さんが行くには余りあるが…。白熱した討論も終わりBGMのジャズが聞こえてきた。

「量より膣?」。私はその意味を考えていた。BGMに混ざり私の後ろからは雑音も途切れることなく聞こえてくる。長沼原のカッパことアッチの全くツマラないギャグだ。ほぼ0点のギャグなのだが、30分に一回くらいは20点位のギャグもある。彼の場合、ギャグを練ることをしない。だから膨らむことも無い。ネタに詰まると「小宇宙」の連発。ますます意味が分からなくなる。アッチの聞き手である沖縄出身の後森は0点のギャグごとに「めんどくせ~」と連発。

「亮より膣」。雑音に包まれながら次第にその意味の輪郭が見えてきた私。ウィンナーやフランクフルトのような男性系の海外エロネタよりも、国産のツーチーに近いネタでブログを書きなさいというアドバイスなのではないかと。そういえば量さんはブログタイトル「Tバック居酒屋」は面白かったと言ってくれた。Tバックはツーチーにとても近い。それと、母の介護のネタもいいんじゃないかとも。そう言われれば51年前、私は母のツーチーを経てこの世に生まれた。

私の母。今では泥棒。「花泥棒」なのだ。朝、犬の散歩の途中、家庭菜園がある畑に犬2匹と忍び込み花を盗んでくる。何度か諭したが止めない。お盆の時、仏花を売っている店を母に聞いた。買ってきてあげると金を巻き上げられた挙句、不揃いな花が仏壇に供えられていた。菊が多く混ざった花は私のベッドにも飾られる。永遠の眠りについてしまいそうな気分。盗んだ花と一緒に寝ている私も所詮「泥棒の子」。近所の警察に出頭しようか否かで悩んでいる。

月頭に書く 

『月頭』は、「げっとう」「つきがしら」と読む。『亀頭』は「きとう」としか読まない。「かめがしら」と読めば尊大な感じでいいのに…。と、悩ましい月末を終え心に余裕が出来たせいか、アンコール編等に頼らず、黙々と液晶画面を黒く染め抜きたい私。ネタも無いんでタイトルを『月頭に書く』とした。今日はどこまで話やアソコを膨らませることが出来るのだろうか?今日、スクーターでの出勤途中、国道357湾岸道の温度計の表示は7℃。昨日帰宅時は20℃。

その差13℃。「寒いわけだ!」。この世に生まれてこれほど気温に敏感になったことはない。天気予報通りの湾岸道の温度計にはとても感謝している。車に乗っていた時はこの温度計をあまり意識することは無かった。温度計の周りに広告スペースがあれば、いい金額でスポンサーが付くよ、きっと。今日明日の天気予報が時間別で表示されている広告ボードを国道沿いに作ったら露出頻度が高く、自然と生活を考える花王みたいでいいのに、と思う。

あと、走っている時、容易に目に入ってくるものはガソリンの料金とセルフかフルサービスであるかの表示。一番気になるのは「フルサービスなのにセルフと同じ価格」っていう言葉。安さをアピールしたいのであろうが何故か怪しく給油以外の余計なサービスでボラれる感じがする。ピンサロの呼び込みがこのフレーズを使うことは無い。ピンサロにセルフなどは絶対ありえないからだ。じゃあピンク業界のどの分野ならこのフレーズがしっくりと来るのか?

あっ、あった。「のぞき部屋」だ。約30年前の日本にもあった。このお部屋はドイツ発祥。6畳くらいの部屋の中に全裸に近い女性が踊っていて、その周りをトイレサイズの個室が囲む。1マルクのコインを投入するとその個室の窓が開き一分間女性を見ることができる。それを見ながらのセルフ。早い奴は1マルクで済む。フルサービスを受けたくなったら、窓の下の小さな扉を開け10マルクを支払い、如意棒を差し入れるとフルサービスが受けられる。

小さな街には無いが、ベルリンやミュンヘン等の大都市には必ずあった。ベルリン動物園辺りには、「お部屋探し」などする必要もないくらい怪しげな店やこの手のお部屋はそりゃもうたくさんあった。そうそう、フランクフルトにもあった。「フランクフルトの覗き部屋で、貴方のフランクフルトをフルサービス!でもセルフと同価格」。オオッ!使える。怪しさも無くストレートじゃあないの。ドイツの冬は寒い。これらのお部屋も暖房が完全でない店も多くあった。

特にオーストリアに近い街には。そんな時は暖かいコーヒーのサービスもある。飲むコーヒーでは無い。10マルクを下の扉から支払い、縮こまったフランクフルター・アリエナイネーをコーヒーに入れアリエールの形になるまで温める。そして温まりモアー・フランクフルターになったところで更に小森のオバチャマ風パーマと栗毛の女性に10マルク払いフルサービスを受ける。このコーヒーの中で行っちゃう輩も多い。たった10マルクですっきり爽やか。

行っちゃうとコーヒーの表面がクリーム状に泡立つ。そう、このコーヒーこそフランクフルトになる前、小さい時のコーヒーなので「ウィンナー・コーヒー」とドイツ人は呼ぶ。「あの泡立ちはタンパク質のメレンゲだったの?」。そんなことある訳ねえべ~(怒)!。←千葉弁でした。ウィーンの皆様、ゴメンナサイ。そういえばウィーンは全然ドイツに近くないよねぇ~。
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