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『酒楽会』プチ・コンペin 一の宮カントリー倶楽部 

『酒楽会』の正式なコンペじゃないけど、月例コンペ(今まであったっけ?)へ行ってきた。今年の3月からゴルフを始め3回目の本コース。万木城CC(スコア149)→成田東CC(スコア134)→一の宮CC(スコア?)。毎回、15打ずつ縮める戦略を立て練習に臨んできた?ので、このペースならば今回は119になる筈。今回は仕事で不参加であった後森先生からは、「目標をきちんと立てて、ついでにあそこも立てなさい!」と念仏のように言われていた私。

あっ、違った。「次回本コースでのスコアの目標を立て、それに向かって練習しなさい」だ。以前、ブログに書いたが、「149→134→119→104→89→74」と、私の緻密な計算で行けば、あと4回本コースへ行けばシングルになる予定。と、誰にも言ったことが無かった私の壮大な計画を、親切にも後森先生だけには教えてあげようと「内緒だよ!」と先生の耳元で囁いたら、「謙虚になりなさい!」と怒られた。後森先生でさえ、私の成長はきっと恐怖なのであろう。

少し謙虚さを取り戻した私はプチ・コンペの前日、「15打縮めるのは難しいと思うので、着実に10打縮め125位を目標にします」と後森先生に伝えた。こうして私は本番に臨んだ。集合は居酒屋『酒楽』前にAM7:30。6時には起きていたので朝マックのチキンフィレのコンビとソーセージマフィン単品で計¥300-。中倉台入り口にある早朝のマックは、爺さん婆さんシニアー毛だらけ。私も51歳、四捨五入ならぬ四十捨五十入すれば100歳で皆仲間。

でも、こんな炎天下の中、フーゴルに興じる爺さんはいないだろう、ヘヘヘと自分の若さ、みなぎる活力、滴り落ちる透明な汗、真っ黒なアソコじゃねえや真っ黒に日焼けした腕、反して日焼けの無い左手。プロゴルファーと共通する要素の方が、お爺さん達との共通項より多いことで自信を持った私だ。「ヘヘヘ、後森先生には謙虚ぶって10打と言ったが、予定通り15打縮めてやろうじゃあ~ないの!」とハンバーガーを頬張りながら目を細め遠くを見た。

昨夜、『酒楽会』会長こうちゃんの奥さんである筋子ちゃんに「マック行くなら、エッグマックマフィンを3個買ってきて~」と頼まれていた。席を立とうとすると、しんちゃん先生から電話があり、「100円マック2個買ってきてね~」と。独り身の私がマックで沢山ハンバーガーを買えるなんて、まるで家族に買って帰る良い父親になったような気がして嬉しかった。その後、酒楽に集合し2台の車で出発。クラブハウスへ到着しスタートまで約1時間もある。

メンバーの組み合わせは、1組目が「しんちゃん先生・忠シャン・キッシー」、2組目は「こうちゃん会長・仮面ライダー・ヨシミー・私」。スタートまで時間があったのでライダーとヨシミーはビールを飲みにレストランへ。他全員は炎天下の中、汗だくでとりあえずパター練習。あっ、そうそう、料金は食事付で平日¥6,400-位。安いでしょ。そして一組目のスタートの時間が来た。二組目もその後に続く。リモコンカートもふらふらと2台動き出した。

西コースout第一ホール401yd・PAR4。私のティショットの番が来た。風もなく私の弾道を狂わせる自然要因は何一つ無い。あえて言うなら、先日の全英のThe Openでの予選落ち。セント・アンドリュースには慣れていた私だが、ロイヤルリザム&セントアンズは初めて。大会2日目に現地入りしコースマネージメントが完全では無かった。しかしこれも実力の内。その後、オリンピックまで滞在しようと考えていたが、今日の一の宮CCの為に帰国した私だ。

おっと、イケない。また妄想癖が出てきてしまった。書き込みが長くなるので止めとこう。ここからは現実なので内容も文字も少なくなるが思い出しながら頑張ろう。第一ホールのドライバーでのティショットは、フェード気味に230ydの黄色い旗近くまで真っ直ぐに飛んで行った。得意のクリークも使ったが4オン3パットでトリで7打。ヤベ~、前回のスコアと同じになるかも?と不安が脳裏によぎった。第二ホール490yd・PAR5。ここはトリで8打。

その後、気持ちを立て直し、右足を筋肉が痙攣するくらい固定したスイングを心がけ、前半ハーフはPARは無かったが、ボーギを4回ほど取り56。やっと足し算が終わり、これはスゴイ!とクラブハウスへ戻る途中、顔はうつむきながらも目は五木ひろしのように笑っていた。体も柔らかくなってきたから、後半は53で回れば110切っちゃう~と、人知れず喜んでいた私。クリークも調子いいし!今回、ティショットのドライバーも真っ直ぐは3回。

「なんだ!もう二回くらい本コースへ出ればシングルかな?」などと私が思ったと皆は思うが、それは無かった。ロッカールームで前の組の二年生キッシー先輩に出会った。先輩であるにも関わらず私に敬語で「いくつで回られたのですか?」と聞くキッシー。すかさず「おーしえないっ!」と切り替えしあえてキッシーをじらす私。キッシーは53。なんだ~、あと4打縮めていれば先輩後輩の関係が逆転していたのに…とは思わなかった紳士な私だ。

食事をしながらこーちゃん会長から「パットをもっと安定させたほうがいい」とアドバイスを受けた。バックもスイングも早過ぎるらしい。パットを打ち過ぎるので多く叩くのは分かっていたが、パッティングを練習する場所がないのが現状。家で練習するのもかなりの効果があると教わった。父の入院が長引くことが決定したので、これは休日オリンピックへ行きパット練習の社長室によくあるアレを買おう!と心に誓った私。今日の後半戦には不安を残したまま。

そして後半戦。しんちゃん先生が同じ組じゃなきゃ嫌だ!と駄々をこねながら本コースの前回前々回は一緒に組ませてもらい、しんちゃん先生の背中を見ながら回っていた温室育ちの田園調布だった私だが、今日同じ組のメンバーに慣れた私は既に野性を取り戻していた。「ガオ~、やってやろうじゃあ~ないの!」と。右足を固定し顔を残す。ショットの度に自分に言い聞かせていた私であったが、集中力が途中で切れなかなか思ったように行かなくなってきた。

第17番ホール356yd・PAR4。右ドッグレッグの打ち下ろし。どれだけ右に曲がっているかは定かでなかったが、練習場でドライバーの時、頻発するスライスの弾道ラインとほぼ同じであると思えた。早速、練習場の固定されているゴムティーと同じ位置に球を置き右足を固定するのも止め、いつものようにスライスする意識でスイング。まさに思ったようなスライスの弾道。そして落下位置を確認すると、な、な、なんとフェアウエーほぼど真ん中。

私としては思い通りになったので今日一だったが8打も打ってしまった。そして最終第18番ホール612yd・PAR5。な、長い~。ティショットはチョロったが、手前の池には落ちずセーフ。その後、ウッドはドライバーとクリークしか持っていないので、クリークを巧みに使いながら、といっても5オン。そして不得意なパッティングは4パットで9打。後半は62。ってことは、スコア合計118。なんと目標の119を切っちゃった。パーは一個も無しで。

会長のこーちゃんは最近少し練習するようになったせいか快調で93。しんちゃん先生は死に損なって入退院し、7か月たった今それを言い訳もせず95。忠シャンは人に教え過ぎて精気までをも奪われ101。仮面ライダーは着実なアプローチで101。キッシー先輩は106。ヨシミーは東千葉CCに勤めているといった抜群なゴルフ環境にいるにもかかわらず全然練習しなくって116。そして期待の新人である私は118。

今回、クラブはどれもこれも良くはないが平均していた。アプローチもショートコースに通ったお蔭で「様になっている」と仮面ライダーからもお褒めの言葉をいただいた。更にこーちゃん会長からは「クリークの魔術師」と後森先生からいただいた言葉と全く同じ言葉を賜った。最も悪かったのはパター。これがネックであることが分かった。ってことはパターで18ホール一打ずつ縮めれば118-18=100。あれれ、のレレ、なんだ、次の本コースは100じゃん!

15打ずつ縮める筈が、今回、16打も縮めちゃったんで、次は加速がついて18打も縮まっちゃうのか!!直線で右肩上がりかと思ったら、私の場合に限っては曲線なんだ!ってことは、後二回でシングルか~。たまんねえなあ~。という訳で、いつものように『酒楽会』プチ・コンペは最高に盛り上がり、打ち上げも最高でした。私は驕ることなく謙虚にパターの鬼になり、哲ちゃんは「バター犬」だけど、私は「パター犬」になってやろうじゃあないの!じゃあ~またね~。
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海の日のショートコース 

病院から電話があり、25日の午前中もしくは26日の午後に父の主治医とケアマネ・訪問看護師も参加し退院後の介護についての打ち合わせをすることになった。25日(水)は、何ヶ月も前から予定が入っておりダメ!当然、26日の午後に真っ黒な顔で病院へ行き打ち合わせをすることになる。これでいくと、入院計画書の通り約三週間の入院になり、父がシャバに出てくるのは8月1日位になるであろう。8月末まで入院してくれれば、私も父も助かるのに…。

父の入院で先日の三連休は久々解放感が満ち溢れた私。土曜日は洗濯に掃除、その後はスーパー銭湯で温泉にゆっくり浸かり日頃の疲れを取り切った。翌日は高校野球観戦。母校の試合があったので成田までスクーターで行った。後半から観戦したが、なんとマンモス校である幕張総合に勝った。時間は午後1時。気を良くした私は、しんちゃんや後森達が釣りに行っていることを思い出し電話をした。行川アイランドのあった浜行川漁港にいた。そんじゃ行ってみっか!と。

成田から浜行川までは約105km。成田空港を舐めながら『柴山はにわ通り』を南東方向に突っ切り、九十九里浜にある蓮沼海浜公園手前まで一直線で35km。海外沿いを南下してひた走り太東岬に出て、128号を更に南下。約2時間で到着。1時間位釣りを見学した後、いつものスーパー銭湯へ。地元ゆえ信号のない裏道を駆使し80kmの距離を下の道で約1時間半で到着。ゆっくりと温泉とサウナに入った。その後、翌日のショートコースの打ち合わせで酒楽に向かう。

場所は『大網グリーンゴルフ』。休日なので3,600円で1日回り放題とメシ付。平日は同条件で2,600円。ネットでアクセスしてプリントアウトした紙が必要だが。当初、しんちゃんと二人で行く筈であった。皆と飲むにつれ参加者が増えていき、後森先生・マサトモ・忠シャン(+ク)プロ・ヘロ君と午後からは仕事を抜け出しキッシーも。大網では前回、前々回と私の華麗なチップ・イン・バーディが炸裂。それを謙虚に話すと皆感動し行く気になったようだ。

前回は第一ホールで、グリーンから約60ヤードのフェアウエーから。すでにティショットでグリーンに乗せていた後森先生がピンを持ってくれていた。「ここはピンデッドに狙うしかない!」。私の正確なショットで第一ホールでバーディを勝ち取れば、組の皆のヤル気を削ぎ落とすことが出来、このラウンドは私の物になる。左足が泡立ってきた。風もアゲている。だが一瞬、グリーン周りの風が止んだのが分かった。「今だ!」。――――「カランカラン~」。

乾いた金属の音が私まで聞こえてきた。後森先生は私の余りにも正確で華麗なショットを直前で見て感動しピンから手が離れなくなり、私の父のように動けなくなった。「後森先生にはいい経験と感動を与えてあげた」と私も少しだが満足した。って言うかぁ~、第一ホール100ydのティショットでしんちゃん先生も後森先生もキッシーも皆グリーンにワンオンさせたのに、私だけピッチングでチョロって40ydしかコロがらなく、その2打目であったのがバーディの真相。

仕方なしに残り60ydを狙ったら偶然入っちまったって訳。ま、運も実力の内だから。と、前回の話が長々と続いてしまった。今回は灼熱地獄の中、5ラウンドも回った。1ラウンド10ホール合計50ホール。午前2ラウンド、午後3ラウンド。低忠プロ(今回から改名し忠シャン)に以前、大網は安くて面白いよ~と教えたら、その後、5ラウンドしたと言われ、なにくそ~と今回の目標とした。前回はキッシーに4ラウンドで無理矢理切られたので…。

忠シャン曰く、「こんな熱い日じゃなくって、5月の気候のいい時だよ」と言われた。この熱い中、よくも5ラウンドしたって感じだ。忠ちゃんはキティーちゃんの池の5番ホールと6・9番ホールでシャンク出まくり。よって改名され忠シャンク。映画の「チュウ・シャンクの空、サブタイトル:そら見ろ又チュウ・シャンク」ってな感じだった。5ラウンド目にはどうにか治ったらしいが、5ラウンドで練習場並みに250球も打ったらしく相当お疲れのようだった。

驚いたのはマサトモ君。ゴルフの練習は過去三回で初めてコースを回った初心者なのに、5ラウンド目にはパーを2回も連続して出した。忠シャンク先生がマサトモ君へ何度かアドバイスしたお蔭だ。私は5ラウンド目が一番スコアが良かった。初めて40を切り39。なにせ6番ホールでチップ・イン・バーディ出したのだから。グリーンにワンオンさせたキッシーがピンを持ってくれていた。「ここはピンデッドに狙うしかない!」。←またこの話?最初っから?

私はそんな野暮な男ではない。ピンまで約15yd。一発で沈めた。キッシーは感動しピンから手が離れなくなった。←またこの話?ま、そんなこんなで炎天下の50ホールを回り続け着実に経験値を積んだ。これが本コースでどのようなスコアになるのか?前回は134。果たして15打縮め110近くになるのであろうか、否、ならないであろう。次は125位でいいや。クリークっていう得意なクラブも増えたし、いい線行くかもしれない!!皆、ヨロピクね~!!

短そうな心の夏休み 

先週の火曜日の午後、父が高熱であると訪問介護師から電話があった。打ち合わせをキャンセルし東京の事務所から千葉の自宅へ戻り近所のかかりつけの病院へ行くと、肺炎と脱水症状で緊急入院する必要があると言われた。この病院に入院できるかと思いきやベッドの空きがないらしい。前回入院した病院への紹介状を貰い、明日の検査次第で入院を決定すると言われた。素人の私が見ても、父は約一週間食欲もなく三日間は何も食べず全く動けない状態なので入院は必要であると分かる。

翌日朝一から昨日と同じような検査をし、11時頃、ようやく入院が決定したと言われた。昼までには入院する部屋が決まりそこへ移動。その後、入院の手続きをして午後三時頃にようやく解放。主治医の先生からは、「この歳なので何があってもおかしくない」と脅され、どんな心の準備をしたらいいのか少し悩んだ。何かあった場合、すべてを決めている私。私の妹もそれを納得している。その日の夜は『酒楽バンド』のライブがあり、疲れを忘れようと酒を沢山飲み、2曲ギターで参加。

翌日は運悪く、母の一ヶ月に一回の通院日。父が入院している病院と同じである。介護ホームから母が歯を気にしているようなので歯医者にも連れて行ってほしいと言われていた。午後は仕事の約束があり昨日の約束を今日に変更したものなので外せない。歯医者へは翌日、妹に連れて行くよう頼んだ。診療待ちの間に父を母と一緒に見舞い、担当の看護師から入院計画書を渡された。その後すべてを終え、介護ホームへ介護タクシーで母を送り届け、仕事へと向かった。

入院計画書には約3週間の入院が必要と書かれてある。「たった3週間?」と思った私。母は介護ホーム、父は入院で、一人暮らしを満喫できる期間があまりにも短いではないかと思った次第だ。そんな折、病院から電話連絡があり、主治医から話があるので病院へ来てほしいとのこと。不安になったのでどのような要件なのか聞いてみたところ、数値が元に戻ったので退院の準備の話をしたいということであった。入院してまだ6日目。3週間と書いてあるじゃないの?先生の都合を調整してまた電話をするとのこと。私の短い夏休みはいつ終わるのであろうか?残念!!
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