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昨年の3月11日 

昨年、東日本大震災が発生した3月11日(金)午後2時46分。私は事務所にいた。4時に築地の客と打ち合わせの約束があり、その書類を作成していた。かつて体験した事の無い第一回目の大きな揺れは、事務所の棚の上にあったサンプル類をことごとく床へ落とし、それら棚までが大きく揺れ倒れそうになった。慌てて立ち上がり、揺れが収まるまで両手で棚を押さえていた。揺れが収まり少し経つと二回目の揺れ。外からは人の声が騒がしく聞こえてきた。

ラジオと同時にすぐに携帯電話のワンセグ・テレビも見た。都バスを除くすべての交通機関がストップしていることが分かった。客へ電話したが繋がらない。メールは大丈夫か?と思い客へメールを入れたところ、すぐに返事があった。「大地震なので可能なら来週にしましょう」と。こんなオンボロ・ビルにいたら倒壊して死ぬ可能性もあると考えた私は一旦外に出た。余震が続く中、人形町の交差点辺りは人で一杯。都バスを待つ行列の長さも半端ではなかった。

事務所へ戻りラジオを聴きながら散乱したサンプルの片づけをした。交通機関の復旧の目途が当面たたないことが徐々に分かってきたので、千葉までの帰宅手段は事務所の自転車?と、少し不安になり友人へスカイプで連絡。彼と話している内、スクーターは?という話になった。そういえば先月まで住んでいた台場の駐車場に置きっぱなしであったことを思い出した。年末以来一度も乗っていない。事務所の自転車で台場へ行き、そこからスクーターで帰ろう!

帰宅する交通手段を手に入れ安心した私は、午後8時まで事務所の片付けをして自転車で台場へ向かった。どの歩道も歩いて帰宅しようとする人の山。茅場町から永代橋を渡り、門仲、豊洲を抜けてお台場へ。約9.5kmの見慣れた道程はそう遠く感じない。都内在住の時、頻繁であった自転車通勤が幸いした。そして到着。バッテリーが心配であったが一発でエンジンはかかった。千葉へ向かう国道357湾岸道は大渋滞。というより車は止まったまま。

動いていない。その横をスクーターで慎重にすり抜けながら走った。ディズニーランド入り口は、まるで雨が降ったかのように道が濡れていた。船橋や美浜区も同様。後で知った液状化現象。自宅までの所要時間は1時間40分。父母は何事も無かったかのように眠っていた。家の中の物が散乱した形跡も無かった。千葉市の台地の地盤は盤石であるらしい。安心した私は、近所の居酒屋「ゴルゴ13」へ2時間ほど飲みに行き、テレビニュースに見入った。
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