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最後のフーゴル練習 

昨日の午後からは久々のお日様。今日も晴れ時々曇り、なのでスクーター通勤。気温は10℃。昨日、行ってきましたフーゴル練習に。先週の日曜日は再開して4回目の練習。昨日でなんと7回目。平日の夜の水、金曜と2回も行ってしまった、訳あって…。行かねば間に合わん。今は言えないけど。アイアンは水曜日に真っ直ぐ飛ぶようになった。そして何かの練習が抜けている。そう、ドライバー。これが飛ぶようにならねばお友達に多大な迷惑がかかってしまう。

練習場へは後森先生の車で向かった。ベンチシートで荷台はオープン(別名:ダンプカー)。午後3時からみっちり三時間。最初の一時間はショートアイアン。残りの二時間はたっぷりとドライバーの練習。打てども打てども真っ直ぐに飛ばないドライバー。途中、何度も後森先生からはアドバイスをいただいたが、腕に力が入り腰も巧く回らない。アイアンとは全くの別物だ。同級生の低忠(忠ちゃん)も練習に来ていた。練習終わりの10分前頃、彼が来て言った。

「肩がボールを飛ばす方向に向いていない」「右肘を腹につけろ」と。私はそのアドバイスをすぐ聞き入れ実践した。すると「カキ~ン」 おおっ~、なんと真っ直ぐに飛んでいくじゃあないの!最後にはようやく200ヤード位飛んで行った。とっても嬉しかった。忠ちゃん、アリガトね。彼は悪の巣窟、松中の出身。中学時代、野球の対抗試合で松中へ行った帰り、二人の不良にカツアゲされそうになったが、我ら万城台西中野球部約20人はどうにか拒んだ。

2回もカツアゲされたのは我蘇中。居酒屋『酒楽』のマスターこーちゃんの出身校だ。我蘇中の不良達10人位に囲まれ帰りのバス代すべてを奪われた。(蘇我の地名はヤマトタケルノミコトの妻が「我蘇り」と言ったことに由来する。「袖ヶ浦」はその妻の袖が流れ着いたことから) 話が私のドライバーショットのようにそれた。今日は両腕が痛い。右手首も痛い。筋肉ではなく骨が痛い。この十数年、これだけ体を動かした経験は全くなかったのだから…。

しんちゃん先生、後森先生、忠ちゃん先生、本当に有難う御座いました。近い将来、私は本番へと旅立ちます。皆さんからご教授いただいたことは一生忘れず大事に胸にしまっておきます。本番で教えが胸から出なかったらゴメンナサイ。とにかく頑張ります。マンブリせずに!



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